24人のビリー・ミリガン〔新版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150504304

作品紹介・あらすじ

1977年、ビリー・ミリガンはオハイオ州で連続レイプ犯として逮捕された。だが本人には全く犯行の記憶がない。精神鑑定の結果、彼の中に複数の別人格が存在し、犯行はそのうちの一人によるものだという驚愕の事実が明らかに…。『アルジャーノンに花束を』で知られる作家キイスが、本人へのインタビューや関係者の証言をもとにビリーの内面の葛藤を克明に描き出し、「多重人格」を一躍世に知らしめた傑作ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 面白いです。辛い描写もありますが、心温まる場面や言葉もあります。
    まとめて読む時間が取れず細切れに読んでいるので、最初は第一部が始まる前の『心のなかの人々』を参照しつつ読みましたが、だいぶその頻度が減ってきました。
    後半で、ビリーの中の人々が次から次に他者の前に姿を表す部分はとてもテンポよく面白かったです。彼らが実在した人たちなのか、どこからどうしてビリーの中にやってきたのか、まだ分からないことが多い。ただ、アレンがドクター・ジョージに言った「ドクターが人格たちと言うと、彼らがほんとうにいるとは考えていないみたいに聞こえます」という言葉は印象的で、彼らは確かに「人格たち」ではなく「人々」なのだろうと思えます。
    楽しみに下巻を読みたいです。

  • 覚悟していたものの、これがノンフィクションだということが未だ信じがたい。
    多重人格って、その人の裏の顔のようなものだと思ってた。願望というか。実際は、容れ物(体)にいくつもの魂が宿っているように思える。性別、年齢、国籍もさまざま。メガネをしてるとかひげを生やしてるとか容姿まで。。
    下巻へー。

  • 多重人格は言葉では知りながらもここまで明確に1つの肉体に共存出来るとは知らず、これがノンフィクションである事に驚く。人格同士は話し合い、スポットとして表の世界に立つ人格と、待機する人格。お互いに存在を認識しなければ確かに生活に支障があるが、ある意味便利な1面を持つ状況、これは娯楽読み物としてと秀逸な設定と感じる。
    子どもの頃の悲惨な体験がその人格を形成したのは明確だが、誰もが多少なりともあり得ることで、一般的にも多重人格者が多く存在しているのでは、と考えさせられる。
    レイゲンが他に共存する子どもの人格者を守るとか、いかしてる。人格によっては色弱だったり利き手が違ったりなのが不思議で、脳が担う身体の特徴が思いもよらず広いことを思う。
    以前読んだ百田尚樹の小説が本作の引用だと今更ながら気がつく。

  • 人格同士の争いや、他者と各人格とのやりとり中心の話かと思って読み始めてみたら、前半はレイプ事件中心なので、あくまで他者から見聞きして得られた情報のみを記していくのかと思いきや、後半から人格同士の対話が増えてきて、期待どおりの面白さだった。

    ノンフィクションでありながら執筆にあたり、全てが事実通りではなく脚色も入っており、公にされると犯罪として立証されてしまうため伏せられた案件もある(本人の希望を尊重)等の注意書きから始まる。
    そして複数人の登場人物の名前として、人格の名前と簡単な性格などの説明。

    上巻はレイプ事件の捜索からビリーミリガンという人物の登場、裁判にかけての一連の話。
    そして本著を執筆することになったやりとりを挟みつつ、"教師"の登場により改めて、ビリーミリガンの幼少期から順に語られることになる。
    最初の、ほんのちょっとした遊び相手として要したクリスティーンの出現から(既に自分は他者からなぜビリーと呼ばれるのか疑問に思っていつつ、黙って受け入れて過ごしている)、叱られそうな時に肩代わりする聴覚障害のショーンなど、続々と登場する。特に、アーサーが他の人格の存在に気づいて覚醒し続けて声を掛けていったり、人格によって興味を持つことが異なり、それぞれに趣味を見出しているのが面白い。
    そして、精神分裂の一番の影響とも考えられる、母親の2度目の再婚相手チャーマー・ミリガンとの離婚までが上巻となる。
    アーサーのように意識的に覚醒していないと他の人格での行動などを把握できないことや、アーサーとレイゲンが保護者としてタックを組み、自殺しそうになるビリーの代わりに管理すること、レイプ事件は強盗目的のレイゲンとこっそり便乗したレズビアンのアダラナによるものだったということなどなど、話として面白いことばかりで、退屈しなかった。

  • 1977年、ビリー・ミリガンは連続レイプ犯として逮捕された。だが、本人には全く犯行の記憶がない。精神鑑定の結果、彼の中には複数の人格が存在し、犯行はそのうちの一人によるものという事実が明らかになる。初めて『多重人格』により無罪となった男のノンフィクション。

    『ザ!世界仰天ニュース』でも放送され、実際の映像も残っているビリー・ミリガンという人物について、本人へのインタビューや関係者の証言をもとに『アルジャーノンに花束を』で知られる作家が記録作品とする。

    ビリーは幼少のころ、父親の自殺を目撃したころから精神の分裂が始まってしまう。そして分裂が加速したのが、再婚相手となったチャーマーによる虐待やサディスティックな性的暴行や暴言だった。

    ビリーの体の中では、暗い中に白くスポットが当たったような部分があり、その周りに何人もの人格が待機している。そして、スポットに進んだ人格が表面に現れ、意識をもつという感覚をもっている。

    基本人格であるビリーは、高校生のときに自分が知らない間に時間が過ぎていることに悩み、自殺を試みる。しかし、学校の屋上から飛び降りる寸前で、レイゲンという人格がスポットに現れ、自殺を免れて以来、ビリーの人格は眠らされることとなる。

    ビリーの人格の何人かを紹介すると、誰がスポットに出るかをコントロールする「アーサー」。アドレナリンの流れを自在に操り、女性と子供を守る「レイゲン」は、危険な場所では優位に立ち、暴力的な行為をすることもある。「アレン」は口先がうまく、他人を巧みに言いくるめることができ、クリスティーンは3歳で、他の人格から愛されている。

    アーサーがスポットに出ることを許している10人の人格の他に、好ましくない特色をもつため、アーサーによって「好ましくない者たち」とされ、スポットに出ることを許されていなかった13人の人格には、軽犯罪を繰り返す「フィリップ」や強盗を計画する「ケヴィン」、自慢や気取りで努力をしないマーティンという人格もあり、23人が統合された人格である「教師」は、他の人格が身につけている技や知識を操り、ユーモアある人物とされている。

    YouTubeで実際の映像も見てみたけど、すごく不思議で興味深い内容で、人間の精神や脳、心の働きや可能性をも感じる内容だった。
    実際のビリー・ミリガンは、今も健在のようだが、治療の結果、基本人格であるビリーがスポットをコントロールしていて、スポットの周りには他の人格もいるけど、もうスポットには出さないようにしているらしい。
    今回上巻を読んだだけだが、同ページ数くらいの下巻が残っている。内容的には終息に向かっている、ビリー本人や関わった人たちにとっては苦痛で悲惨だっただろうけど、読み物としては、これからの展開がどうなるのか、一波乱も二波乱もありそうで楽しみだ。

  •  ダニエル・キイスの作品であったこと、多重人格を語るときに、この作品を外せないくらい、世の中にショックを与えた事例だったのだと思う。
     この作品がノンフィクションで書かれたことや、作者の感想、気持ちより、ビリーに寄り添って出来るだけ、正確に書き残して行っている。
     幼児虐待が精神あたえるダメージが、なんと深いことか。
     多重人格がそれぞれ結びつかず、記憶が飛ぶことでの世間からの誤解が大きく、女性人格が現れて、女の人に抱かれることで、レイプと判断を受ける。
     この様に本となったことで、認知が深まるきっかけとなった労作です。

  • 多重人格について、知るきっかけになった。
    気づいたら記憶がなくて、勝手に事が進んでるのはどれだけ怖い事だろう。

  • 『アルジャーノンに花束を』が良かったので。

    私のビリー・ミリガンに関する知識は、多重人格の犯罪者、といったものだった。実際読むまではその”犯罪”は殺人だと思っていた(なぜだ)。
    多重人格という題材はある意味アイキャッチーで、興味本位で書かれたものには食指が働かず、よって本書にも手が伸びなかった。
    ノンフィクションというのもためらった理由の一つだったのだが(現実は救いがないからだ)、本書はまるで小説のようだった。

    一気に読んだ。

    まずはダニエル・キイスは誠実に描こうとしており、私の勝手な先入観とは全く異なり、決して興味本位の本ではなかった。
    執筆のきっかけはビリー本人によるものであり、ビリーが純粋に虐待や多重人格について世間に知らせたいと願ったからであった。担当医からの紹介の通り、キイスはその期待を全うしたと感じる。

    先に”小説のようだ”と書いたが、これはキイスの読みやすさを意図しての手法か、あるいは作家故にこのような表現になったのだろうか。いずれにせよ私にとっては読みやすさの助けになり、良い効果が得られた。

    構成も(あくまで上巻読後時点)、まずは注目の発端となった事件から始まり、理解が進み、クライマックスのような”教師”の登場、そして過去を語る、という、読者を飽きさせないものとなっている。
    ノンフィクションだからと言って事実を淡々と描かなければということはなく、周知を目的としているのならば、読者を飽きさせない方法を取ることは賢明である。そういう意味でもうまく書かれているなあ、という感想。

    表現としては”時間を奪う”がいい。
    比喩ではなく、本人の実際の感覚なのだとは思うけれど。

    ここからは作品自体からは離れてしまうが、多重人格について、個人的な考察。
    統合されると能力が均されるというのが興味深い。人というものは、やはり伸ばそうとすると、様々な能力をある程度かなり高いレベルにまで発達させることができるのかもしれない。ただ機会や興味がないだけで。もちろんビリーが元々様々な能力の素質があるのかもしれないけれど。
    また別人格は自分を守るために出てくるのだと思うが、根底にあるものは自分なのだろうか。
    興味本位な本は食指が、とは書いたが、やはり興味深い症例であることは否めない。
    下巻に期待。

  • 自分の心を守るために、人はいろいろな反応をする。多重人格もその反応の一つ。

    空想の人格なのだけど、その一人一人が「人格」と言われるのを嫌うように、それぞれに過去があり個性のある別の人のように思う。実際にどこまで表情や仕草、口調が変わるのかは分からないけれど、訛りはなかなか真似できるものじゃないだろうし、どこで彼はそういったものを習得して一人一人を生み出していったのかと興味がわく。それを23人分も。
    そうまでして守られる、人の心の不思議。

  • 「アルジャーノンに花束を」を読み、同じ著者の作品を読みたいと思い手に取りました。
    題名は聞いたことがありましたが、こんな衝撃的な内容がノンフィクションとは信じられないと思いました。別の人格になる事で自分を守らなければ余りにも辛い現実のビリーの運命がこれからどうなるのか、下巻を読みたいと思います。

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