黒い塔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 シ 1-7)

  • 早川書房
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (502ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150766078

感想・レビュー・書評

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  • なにやらおどろおどろしい「黒い塔」の存在が気に入らなかったのか、
    それとも障害者用の療養所という舞台が閉鎖的すぎたのか、
    読み進めるのが難しかった。

    ルルドへの巡礼がヘロインの密輸に利用されていたり、
    ヘロインの注文取りである会報の送り先を全て記憶していたことが殺人の動機だったりと、
    ミステリーとしては面白かったのだと思うのだが。

    この作品の前にあたるらしい、別の主人公の作品を読んでいなかったせいだろうか。

  • 禍禍しい「黒い塔」の設定と身体障害者施設の複雑な人間関係。相変わらずの細密描写であるが、いつになく次から次へと殺人が起こり、意外に「エンターテイメント」している。暗鬱な古色蒼然とした雰囲気の中で、とびきり現代的な犯罪が露らかになるのも見事であるし(ただしアガサ・クリスティの『バートラム・ホテルにて』の設定を思い出した)、しかも最後には犯人とアダム・ダルグリッシュ警視との決死の対決もある。もちろん文学的な余韻も後々まで残る素晴らしい作品だ。

    こういったジェイムズの重厚で文学的な作品は決して嫌いではないのだが、ある理由によってちょっとばかし彼女の作品を読むことを敬遠していた。

    一つは『わが職業は死』や『策謀と欲望』のように、壮大な規模の設定を有し人間関係の奥底に潜む「ミステリー」を繊細に重ねあげていく大長編は、確かにそれ自体、読み応えはあるものの、それにしては犯人が──ドラマの荘重さに比して──小物であり、ラストもなんだかあっけないような、要するにミステリ的なカタルシスに欠けるような気がしていたこと。

    もう一つは作品とは関係がないのだが、しかし個人的にはこちらの理由の方が重要で、それはP・D・ジェイムズが保守党の貴族院議員なったというニュースを聞いたからだ。イギリス保守党と言えば、サッチャー/メージャー時代に同性愛差別法案「セクション28」を制定し、伝統的に反同性愛の立場を取ってきた政党である。ジェフリー・アーチャーならいざ知らず、ジェイムズのような作家がそんな政策を取る保守党を支持しているのが残念でならなかった。作品と個人の政治思想は別とはいえ、例えば『女には向かない職業』はやはり反フェミニズム的な視点に立脚した作品だったのか、と勘ぐってしまう(一方、ジェイムズと良く比較されるルース・レンデルは、同性愛を公言している議員が何人もいる労働党の議員であり、レンデル自身もインタビューでゲイ・ライツ運動に参加していると応えていた)。

    そんなわけでP・D・ジェイムズからしばらく遠ざかっていたのだが、2002年、保守党の有力議員アラン・ダンカン氏が同性愛であることをカミング・アウトし、それ以降、保守党も伝統的な同性愛敵視政策を180度転回、同性愛を公認するに至った。そしてたまたまアンソニー・スレイド著による『Gay and Lesbian Characters and Themes in Mystery Novels』という古今の推理小説に登場するゲイ&レズビアンを研究した本をパラパラめくっていたら、ジェイムズの頁で「『黒い塔』はこれまで書かれたミステリーの中で、最も美しいゲイのリレーションシップが描かれた作品だ」と書かれてあった。その部分を引用すると、

    ”ヘンリイは、自分がついに、そして嬉しいことに、愛というものを知ったその瞬間を決して忘れないであろうとわかっていた。(中略)

    そして、それから、彼のほうを振り返らぬままに、ピーターがその腕をのばして柔らかな内側の肌をヘンリイのそれと同じ部分に押しつけ、そして、あたかも動きの一つ一つが何か儀式的な、確証の意義があるとでもいうように、たがいの指と指とをからませ合い、二人のてのひらもまた、その肉と肉とをぴったりと重ね合わせたのだった。ヘンリイの神経と血液とはその瞬間をはっきりと記憶しており、そして、死ぬまでそれを忘れはしないだろう。恍惚のショック、突如として知ったよろこび、波立つ昂奮ゆえのまったく混じりけのない幸福な泉は、しかし、それでもまだ、逆説のようだが、義務の遂行と平和のうちに根ざしていたのだった。その瞬間には、人生でそれまでに起こったすべてのこと、彼の仕事、彼の病気、<レイントン・グレンジ>に来たということ、それらすべてがこの場所、この愛へと彼をつれて来てくれたもののように思われた。何もかも──成功も失敗も苦痛も抑圧も──すべてがここに至るためのものであって、そして、今、それが正当化されたのだ、というふうに。こんなにも他人の肉体を感じた経験はなかった。 ─ p.98-99


    『黒い塔』は、僕がP・D・ジェイムズに対して抱いていた二つの「懸念」を吹き飛ばしてくれた。

  • イギリスの作家P・D・ジェイムズの長篇ミステリ作品『黒い塔(原題:The Black Tower)』を読みました。
    P・D・ジェイムズの作品は3年前に読んだ『高慢と偏見、そして殺人』以来ですね。

    -----story-------------
    ドーセットにある障害者用の療養所で教師をしていたバドリイ神父が急死した。
    長年の知人であるダルグリッシュ警視が、折り入って相談があるという手紙を受け取った直後のことだった。
    はたして神父の相談ごととは何だったのか。
    休暇を利用して調べをはじめたダルグリッシュは、療養所内で患者の事故死や自殺が相次いでいることを知るが…現代ミステリ界の頂点に立つ著者の英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞受賞作。
    -----------------------

    1975年(昭和50年)に発表されたアダム・ダルグリッシュ警視シリーズの第5作にあたる作品です。

    アダム・ダルグリッシュ警視に下された白血病の診断は誤診だった… 残りの休暇はドーセットで過ごすことにする、、、

    というのもダルグリッシュ警視は知人でドーセットの障害者療養所で働くバドリイ神父から折り入って相談したいことがある… という手紙を受け取っていたのだった。

    しかし、到着するとバドリイ神父は急死していた… ダルグリッシュ警視が遺品を調べてみると、バドリイ神父は生前、卑猥な嫌がらせを受けていたことが明らかになる、、、

    そして、療養所内では事故死や自殺が相次いでいることを知る… 休暇中のダルグリッシュ警視は、徐々に事件に巻き込まれていくことに……。

    P・D・ジェイムズらしく、登場人物の心理描写がきめ細かく、重厚な作品でした… 犯罪の確証はないものの疑惑のある死が続きますが、休暇中というダルグリッシュ警視の中途半端な状況もあって難しい展開が続きますが、終盤は事件解決に向かって怒涛の展開、、、

    中盤、読み疲れしつつ、終盤は一気に読めた感じ… 冒頭の場面で『女には向かない職業』や『皮膚の下の頭蓋骨』で活躍した女性探偵コーデリア・グレイの名前がでるのがファンにとっては嬉しかったですね。

  • アダム・ダルグリッシュ警視シリーズ第5作。

    旧知の間がらである老神父が暮らす障害者用の療養施設を訪れたダルグリッシュ。ところが、訪問を依頼してきた神父は少し前に亡くなっていた……。

    シリーズ第2作『ある殺意』のあとがきで、P. D. ジェイムズの作品について”重苦しい、執拗過ぎる、陰鬱”との評価があることに触れているが、第4作まではまったくそんなふうに感じなかった。ところが、今回初めて「なるほど、こういうことか」と大いに納得。極端に改行が少なく紙面いっぱいに書き込まれているため、読んでも読んでもページが進まない。細かい描写が続くため、前のほうに書かれた内容を忘れてしまう……。しかし、人間心理や情景の表現がすばらしく、読了した際には高い山の頂に登ったかのような達成感を覚えた。

  • 本作もCWA賞受賞でジェイムズ初期の代表作とされている。前回同賞を獲った『ナイチンゲールの屍衣』から名作『女には向かない職業』を間に挟んで発表された本書で再度受賞だから、この頃のジェイムズはまさに油が乗り切っていたと云えるだろう(ちなみに原書刊行は75年)。

    今回もダルグリッシュは静養先で事件に巻き込まれる。よく休む警部だなぁと思われないよう、ジェイムズは一応ある設定を施しており、それはダルグリッシュが死の宣告を受けていたというもの。悪性の白血病に侵され、余命わずかと云われ、治療に専念していたら誤診だったという、なんとも滑稽な導入部である。療養休暇が余ったので、知り合いの神父から相談事があるとの依頼を受けて彼が勤める身体障害者の療養所へ向かい、そこで事件に巻き込まれるというのが本書のあらすじ。日本人だと誤診と解った時点で休暇を取止め、職場復帰するのだが、英国人は折角貰った休日だから有難く活用させていただこうと休むんだなあ。御茶の時間なども大切にするし、これが英国人と日本人の人生における余裕の持ち方の違いか。
    で、件の神父は死んでおり、なんだかきな臭いものを感じたダルグリッシュはそこに留まり、色々調べると、そこで疑わしい死亡事故が頻発していることが解ってくる。しかもそこにはその施設の創立者が閉じこもって、餓死したといわれる黒い塔があり、さらに経営者の病気を奇跡的に治したと云われるルールドの水なるものも登場する。なんだかカーの作品みたいな曰くつきの伝承が語られるのが今までのジェイムズ作品に無い特徴だ。この舞台設定を意識してか、物語の語り口もどこか幻想味を帯びているような感じがし、なんだか靄がかかっているかのような雰囲気で進む。

    しかしこれが非常に私には苦痛だった。かねてより何度も書いているがジェイムズの文体はうんざりするほどの情報量にあり、今回は登場人物もさらに多く、おまけに特殊な舞台設定でもあるので、人物の説明、描写、舞台の説明、描写がもうページから文字がこぼれんばかりに書かれている。初めから終わりまで全て見開き2ページが真っ黒だった記憶がある。しかもさらにページ数は増し、ポケミス刊行当時、最も厚い本であったらしい。その後、ジェイムズの作品は長大化し、この記録を自ら打ち破っていく。
    とにかく陰鬱で重く、しかもなかなか進まない話に私はなんども本を投げ出そうかと思った。その後も色んな本を読んできたが、特にこの本は苦痛が先立ったのを肌身で覚えている。

    ただ救われたのは意外な真相だったこと。それとダルグリッシュが犯人によって命を奪われそうになり、本書のモチーフとなる黒い塔に救われるシーンだ。ここで前半描写されたある特徴が一助となり、ダルグリッシュが難を逃れるのだが、こういう布石が最後にちゃっかりと活かされる小説というのを私は非常に好むのだ。

    ずっと陰鬱だが、最後はなんだか明るい幕切れで、通常ならば終り良ければ全て良しと前面肯定的になるのだが、本書の場合は本当に気がめいる読書で、読み終って本当にほっとした作品だった。

  • 3/6 神父の蔵書整理。

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