24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

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制作 : Daniel Keyes  堀内 静子 
  • 早川書房 (1999年10月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (502ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151101052

24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  多重人格者と診断されたビリーミリガンの半生を描いたノンフィクションの下巻。

     2章の続きから始まる下巻は事件を起こすまでのビリーの人生が語られます。

     ただ上巻で各人格がどのように生まれてきたのか、という点は非常に興味深く、面白く読めたのですが、ここまで来るとすこしその日常描写が退屈に感じてしまいました。

     でも一方で各人格たちがルールや規則を作って、体を支配する時間やルールを決めたりしているのが印象的で、面白かったです。

     三章では病院に入院してからのビリーの話となります。裁判等で内容を書くことが難しかったり、出版の期限などもあったのかもしれないですが、
    二章で細かく書いていた割に三章がちょっと大雑把に感じられ、尻切れトンボのように終わってしまったのがちょっと残念でした。

     三章で印象的だったのはビリーについてのマスコミの報道でしょうか。改めて人って精神的な病に関しての恐れや偏見というものを捨てきれないのだな、と作中のマスコミの過剰報道の様子を見ていて思いました。

     ただその思いはもちろん自分の方にも言えることなので、少しでもその思いを消していけるよう努力しないといけない、とも思いました。

     続編もあるようで尻切れトンボで終わった感じはそこで払拭されるのかな、また機会があればそちらも読んでみたいと思います。

  • 読み終わっても多重人格である人間が存在するのが不思議でならない。
    ビリーのなかで24人もの人格が交替しては現れる。
    その人格たちはビリーを守るため協力しあったりする。
    年齢は3歳から26歳までの国籍の違う男女。
    まるでファミリーのようだ。

    これってノンフィクションだっけ??って混乱するほどの内容でした。

    ビリーと作家が雑草に埋もれた墓地での散歩のシーンが印象的です。
    墓石に番号しか記されていないその墓地への想いを語るビリー。
    彼はやさしいのだろう。

  • 表紙の絵がとても素晴らしい。

    上巻では基本人格のビリーは塗りつぶされ別人格達に色がついていて、下巻ではその逆になりビリー自身が回復してきたことがわかる。

    ビリーの中の23の別人格が統合され24人目の人格【教師(Teacher)】が現れたことでバラバラだった記憶が統合され、彼のこれまでの人生が明らかになった。

    それは正に混乱(カオス)と言える。
    別々の人格が、それぞれの趣味や思考に基づき1つの肉体を操作する。
    しかも、人格の入れ替わりは制御できない場合も多い。
    誰か一人が嫌なことがあって意識を手放したり、休むために眠ったりするとランダムで別の人格が出てきてしまう。
    そのたびに突然全く状況のわからない場面に対処しなければならない。

    別人格たちも苦労が絶えない…

    統合された教師も世間の冷たい目や批判に晒され、分裂と統合を繰り返す。

    人間の脳の中でこんなにも複雑なことが起こるとは。

    人格というか、意識とはなんぞ?
    という強烈な印象を受けました。

  • ビリーミリガンの多重人格障害の人生、壮絶でした。

  • 自分の中に何人もなんて、なんてややこしい…
    この切り替わりとかどんな仕組みで
    そして中でケンカしちゃったりとか
    もうわけがわからん、ってなるのですが
    実際そうやって苦しんでる人もいて
    救おうとしてくださる方もいて

    心理学の教科書のような…
    感想も難しい本でした。

  • 24人の主人公。物語の始めにそれぞれの名前と年齢、それに性格などが書かれている。僕はこれは一体どういうことなんだろうかと思った。24人もの人、それが1つの体の中に存在する。これは解離性同一性障害(多重人格)をわずらった1人の青年の物語である。しかし、それはすべて実話に基づく。本当にこんなことがあるのだろうか。そんな思いの連続だ。誰にでも自分の中に2つや3つの人格があるだろう。学校での自分、家での自分、1人で街を歩いているときの自分、どれが本当の自分なんだろうと考えたことはないだろうか。それらすべてが自分であるに違いない。でも、どこかで無理をしている。本当の自分を出し切れない。そこで自分探しが始まる。このビリーの物語を読んで自分探しを始めた人が多いという。さあ精神病に分類される多重人格とはどういうものか。たとえば知らない間に犯罪を犯している。たとえば知らない間に自分のお金を使ってしまっている。知らない間に外国に行ってしまっている。気がついたら3日くらい日が過ぎている。こんなことがあったらどうしますか。1つの身体の中にいくつもの人が存在する。誰かが意識を持っているとき、他の人は眠っている。記憶が全くない。自分がしたことではないのに自分がしたことである。一体全体どうすればよいと言うのだろう。しかし、理解のある医者に治療をすすめてもらえれば改善していくことがある。人格が1つに統合されていく。あるいは人格同士の会話が可能になる。誰がいつ何をしたかが分かってくる。それで自分の行動を制御することができる。ところがビリーが現れたのは1970年代のアメリカ。まだまだ、多重人格という病についての認知度は低い。精神科医でも信用せず、芝居をしていると思いこむ人もいる。そんな医者に治療されるとかなわない。よけいひどくなる。だが、大きな犯罪がからむため、そしてそこにメディアや政治の動きがからむため、最善の治療が施されることはない。それどころか、危険人物として最重警備室に入れられ、しばられ、暴力を振るわれたりなどする。物語はまだ終わらない。続編を読まなければいけない。500ページ2冊の長編。話は犯罪を犯し、裁判にかけられるところから始まる。多重人格であることが分かり、治療が始まる。そして、ビリー自身の過去が語られる。児童虐待。解離性同一性障害の原因になることが多いらしい。病院で、希望をなくし、あまり思わしくない状態のまま、進行形で話は終わる。続きを読まなければならない。この病気は非常にまれである、というわけではないらしい。

  • 下巻は、事件以前と事件以後。上巻の密度と比べると、冗長で密度が薄く感じる。いずれにしろ、やりきれない事件だ。頭が混乱する、

  • あまりにも衝撃読書体験だった。ただ全編を通してあまりにも関係者、登場人物が多くとても把握しきれなかった。仮に病院での治療が上手くいこうとも(全員ではないが)世間は彼を認めないし簡単に平穏な暮らしなどできないあたりノンフィクションの厳しさを感じる。

    そもそも多重人格だったとしてもそれが無罪の理由になるのか。無罪になってしまったら誰が被害者の人たちに罪を償うのか、考え始めたらきりがない。

    通常の倫理観では追い付けない話だった

  • もし自分の人格が分割された場合、
    悪い方の人格が何をするかなど
    とても保証できたものじゃない。

    きっと誰だって同じだ。

    それを考えると
    多重人格というのは
    病気なのかなと思う。

    物語としては残念ながら
    登場人物が頭に入りきらず、
    後半はかなり読み飛ばしてしまった。

    読後にすごく中途半端に感じてしまったのは
    もしかしたらそのせいなのかもしれない。

    最後に名もなき人格の一人が
    スポット(主人格)にない場合の
    状態について語っている。
    それが一番興味深かった。

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24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)の作品紹介

ビリー・ミリガンのなかには、じつに23もの別人格が潜んでいた。性格だけでなく、知能、年齢、国籍、性別さえ異なる彼らはなぜ生まれたのか。一貫した意識を奪われ、自殺を繰り返し試みるほどに追いつめられた基本人格のビリーは、いかに混乱をのりこえていくのか。そして世間の好奇と不信の目にさらされつつ進む裁判の行方は…多重人格という驚異の世界を通じて見えてくる人間の真実を温かな筆致で描き出す傑作実録。

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