悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

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制作 : Agota Kristof  堀 茂樹 
  • 早川書房 (2001年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200021

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 重いテーマを重く描く、
    悲しい出来事をセンチメンタルに描く。

    そういう当たり前の描き方ではなく
    悲惨な出来事を感情の動きを廃して
    淡々と行動のみを子供の視点から
    子供が書いた日記という体裁で
    描かれている。

    一つ一つの出来事は相当に衝撃的で
    悲惨な出来事なのに、
    ある種サラッと行動のみが書かれていて
    受け止め方に困る。

  • 目についたから軽い気持ちで読んでみたら割と衝撃を受ける小説。何の前知識も無く、「にんじん」みたいな小説かな?と思っていたら……。

    ずるくて、冷酷、残忍、時に温かで愚かしい人々を徹底した客観性をもって記述する。主人公の双子である「ぼくら」の心理は何も書かれない。だから読者である私は、誰かの心をなぞらずに、登場人物たちと直接対面することになる。おばあちゃんも女中も兎っ子も強烈な存在感だ。

    それと書かれていなくても、善悪も好悪も愛憎も入り混じってそこに在る。高潔な悪が在り、俗悪な愛が在る。私は彼らをどのようにも言い切る事はできない。彼らはみなただ彼らの生を生きているのだな、と思う。

    想像もしていなかったラスト。次の「ふたりの証拠」が読みたい。

  • 一気に読みたい本。
    誰か映画化しないかと思う。

    って奈良さんと同じ感想になってしまったよ。。。

  • 双子の日記には淡々と事実だけが綴られる。その中には深い悲しみや絶望が含まれている。
    戦争の中、悪童たちは盗みや殺人、あらゆる非道を行う。しかし彼らは、自分たちの真実に基づいて行動しているだけのように見える。

    戦争が終わる前、学校で離れ離れになるだけで失神するほどその距離に耐えられなかった双子は、戦争が終わった後、1人が国境を越えて離れ離れに生きるという選択をする。なぜそんなことをしたのかわからないが、それは2人がつよい決意のもと、生きる上で必要な選択をおこなったのだろう。

  • オススメされて読んだ本なのだけど、
    オススメして貰ったことを感謝したい一冊。

    解説を読むと原題を直訳すると
    “大きなノートブック”になるらしいから、
    「悪童日記」という邦題は非常に秀逸かと。
    確かに“悪童”であるかもしれない。
    しかしそれはこの時代の中で、
    生きるための、生き残るための術であり、
    そうかといって真に悪なのではなく、
    彼らだけのルール・主義・信念があり、
    それは読んでいる間に痛快にすらなってくる。
    “悪童”とは反語でしかないわけで、
    むしろ“恐るべき子供たち”ということか。

    もしも兎っ子がレイプされた上で殺されたとしたら、
    2人は一体どういう行動をとったのだろうか?
    そんなことを考えてしまった。

    文体も非常に面白い。
    主人公は2人のはずなのに文体は一人称っぽくて、
    思うことも感じることも一心同体の2人というのを
    その部分でも表していたのかも。
    だからこそ、ラストシーンは衝撃で、
    続篇が気になって仕方ない。
    近日中に読まなければ。

  • 映画化で注目されているので、数年ぶりに再読。

    初めて読んだ時の衝撃は、再読しても変わらず。
    感情という感情全てを削ぎ落した文体から、
    行き場のない怒りと悲しみが滲み出ているようだ。

    数年前はただただこの内容に圧倒されて貪るように読んだけれど、
    今回は註釈もじっくり読みながら、この世界に浸る。

    第二次世界大戦中、ハンガリーを舞台にした物語。
    あくまでも淡々と綴られていく双子の日記。
    痛みに耐えるためにお互い傷つけ合い、
    言葉の暴力に耐えるために言葉でも傷つけ合う。
    飢えに耐えるために断食をし、
    学校へ通わなくとも独学で勉強をする。

    双子の感情は一切描写されていない。
    読後に何とも言いようのない乾いた痛みだけが残る。
    本当に恐ろしい小説だ…

    それでも、これからもきっと双子に会いにこの本を開く気がします。

  • 主観を排し事実のみを綴る手法で、正義や悪などの分類分けができない双子の倫理観を客観的に表している。そこに惹かれた。
    物語によって読者の感情が誘導されるというよりは、読者が自分の感情や倫理観を客観的に探していく過程が生まれる手法だと思った。

  • つよくなる

  • たんたんとリズムを刻む
    かんたんにリズムを刻む


    でも簡単なものほど、難しいものである。




    すべて勘違いに始まる。
    まず、この本のハードカバー版をエルヴェの「悪徳」と同じだと思っていた時期があった。
    なぜか、表紙の雰囲気がどこかしら似ているような印象が残っていたのだ。
    そうして題名からジュネの「泥棒日記」と時々混合していた。
    同じく4文字、そして最後の2文字が同じ。
    しかし『とて』の話である。
    この本自体はうっすらと誰かが、ほめていたような気がするのだがこれなのか「泥棒日記」なのか「悪徳」なのか正直あまりはっきりとはしない。
    なんだかもやもやしているが、古本屋でどういう訳か手が伸びた。
    そのときにはアゴタ・クリストフのことははっきりはしていた。
    しかし名前だけの話である。
    だけれどやっぱり特には理由がないのはやはり同じだったりする。
    そうして、今に至る。




    戦時中の話だとはつゆ知らずである。
    「恐るべき子供たち」のような話だと勝手に踏んでいた。
    無邪気だが、残酷な子供たちの自堕落な青春の姿を想像していた。
    そうとも言える部分も確かにあるが、しかし物語は戦争の激化する某国で”大きな街”から、田舎の祖母の家に疎開してきた双子の兄弟の日々を、題名通り日記のように描いているそれである。
    彼らの祖母はけちなうえ乱暴で汚く、彼らを平気で罵るし、叩く。
    隣人は物乞い、町の子供は乱暴、軍人もよく出てくる、しかしだれの生活も貧しく、ぎりぎりのところにいてみな何かに飢えている。
    戦争がすべてを歪ましてしまったのだ。
    描かれる日々はそんな惨状をありのまま姿だ。
    しかし、その中にあって兄弟は非常に冷静である。
    そして暴力に、飢えに、正義に、学習に、多くの感情に非常にたいしてたくましいのだ。
    何がすごいって彼らは驚くべき信念を持ち合わせている。
    それはどんな暴力にも誘惑にも屈指ないものであり、しかしけして安っぽいヒューマニズムでもないのだ。
    なんと言ったらいいのか正直はっきりしないのだが、本当に彼らの”信念”なのだ。
    それがこの物語に流れを作り、時に優しく、時に残酷なのだが手段に人情が入らないだけ他人にはなかなかの違和感を与えるが筋はしっかりと通っている。
    これが何ともたまらないクセを物語にうむ。
    なんというか本当に思いも寄らずに引きつけられた。
    意外すぎて、自分でも少々驚いている。
    おもしろい。




    彼らは文章を書くときにこんな定義を己に課していた。


    「感情を定義する言葉は非常に漠然としている。
    その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。」


    物語の中の日記であるが実体は私達の手元にあるその本なのだ。
    だからこそ、この物語はそれになぞらえて書かれ、言葉は無駄な動きも描写もほとんどなく、実際の動作、言葉で進められてゆく。
    作者がハンガリー出身の亡命者だということで、フランス語に不慣れなために簡素な言葉の選びが特徴、とも評されているようだが、だからこそこんな文体の物語が成立したのか。
    いいや、それではあまりにももすべてがうまくできすぎていやしないか、と私は逆に勘ぐってしまう。
    真意はわからないがその簡素さが読みやすさを生み、掴みやすく、するすると入ってくるがその中からじわりとにじみ出てくる力を持った。
    そうして、やはり日記だから主人公主体に書かれるが、それは一心同体ともとれる双子であり、”僕ら”と表現される。
    片方がこう思い、もう片方がこうしたという感情的・性格的な差異はほとんどない。
    まるでぴったりとくっついたかのように二人はひとつで、離れることがない。
    不思議なもので読んでる方にもそこに違和感は生まれない。
    それが当然だし、何となく落ち着くのだ。
    そう、二人でいてくれることによっていつのまにか二人を見守るような立場にいる気になってしまうから安心するのだ。
    なんなのかしら、



    やはり、おもしろいのだ、そして引きつけられる。
    章のほどよい短さがまるで小気味よいリズムを生み出し、そのテンポに乗れるとどんどん進むことができる。
    駆け抜けるように読める。
    だがかならず現実がそこに残る。
    戦争の悪?
    そうでもあるんだが、どうも違うんだよ。



    それがいったい何かと考えるには他の2つを読まなければならないな。
    これが3部作だなんてまったく知らなかった。
    気になるじゃない、でもそれには探さないと。
    てなかんじで、今回はこの辺でお開き。

  •  自分を自分から切り離す訓練をしたことがあるだろうか。私にはある。あなたにもあるだろう。そのことを、ここで私が誰かに「あなた」と呼びかける相手であるための要件であると言ってしまおう。

     この小説は十五の私にとってただ「よくわかるもの」だった。「よくわかるものが美しく描写されているので気味の悪いもの」でもあった。そのあたりが当時の私の言語化の限界だった。そんなものがあっていいはずがない。私は義務教育中の少女であって、だから「これは私の本で、けれども出版されているのだから私のために書かれた本ではないのだ」ということだけがわかった。うまく受け止めることができないので、暗記するほどに読んだ。そうした感情を呼び起こすシステムが文学とういものの商業的価値であり、私のような消費者はそのような書籍にささやかなカネを落とせばいいのだ、と理解するのはその数年後のことだった。とはいえ、中年になって読み返すと、いくらなんでも小説に飲み込まれて年単位で感想を言語化できないということはない。平気で明日も出勤できる。つまらないことだ。
     
     本書はやたらと巧い。本書が書かれる背景--第二次大戦中のナチス・ドイツ体制下--を鑑みるに不適切ではないかと思われるほどに、巧い。だいいちに、本書の語りの人称は一人称複数形である。これほどまでに私たちの(冒頭の要件に合致するような人間たちの)要望に合った表現があるだろうか。以下に本書の前提条件を記述する。

     ある種の人間は自分を分割し、その片割れとだけ、手を取って生きようとする。それ以外の自己認識を持つことができない。
     
     さて、本書の主人公はふたごの少年である。あるいは自分をふたごの少年だと認識している者である。それらの意味は本書において等価である。一人称の外側が完全に排除されているためだ。彼らは第二次大戦中、ナチス・ドイツの領土のひとつで育つ。都市は迫害と飢えに満ち、伝手のある親は子を体制の締め付けの弱い地域へと逃がす。疎開というやつだ。主人公は疎開児童(たち)であって、そのサバイバル日記が本書、というのが、取り急ぎの体裁である。どうですか、巧いでしょう。

     少年(たち)は生きるためにじゅうぶんなだけ賢明なので、まずは苦痛を切り離す。これはたいしたことではない。今の日本でもそこいらの人がやっていることだ。とはいえ戦時下だから急いで実行する。私たちはその速度と精度に息をのむ。彼らは食べるために家畜を殺すことも、家畜でないものを殺すことも、次いで人を騙すことも、もちろん殺すことも、平気になる。

     彼らはそれから、愛着を切り離す。これはなかなかの難行だった(と私は思う)のだけれども、彼らはやってのける。息もつけないほど巧妙に。だって、愛していては生きていられないからだ。想像できないって?それなら本書を読むといいですよ。想像できる人が読んだらなおのこといいと思うけどね。

     サバイバルの物語の常として、彼らは彼らを規定していた境界を越える。そのために犠牲になるのは愛着の最後の一線である。そういうのってすごく当たり前のことだ。そうして当たり前のことを書いた小説はなかなか見つからない。よろしいか、これはただ一冊の小説、ただのフィクションなのですよ。巧みにすぎて浅い吐き気がする。

     自分を自分から切り離す訓練をしたことがあるだろうか。その報いを受けたことがあるだろうか。感情を感じない処置をしたあとしばらくすると、私たちは感情に復讐される。感情はその取り分を取りにやってくる。感情は厳密で吝嗇だ。びた一文も負けやしない。

     本書の主人公が切り離したものごとに復讐されるようすは、本書の続刊において子細に描写される。それもやけに、とても、美しく。本書と同じように巧く。読んでください。そう、あなた、このような駄文を読むようなたちの、あなたは。

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悪童日記 (ハヤカワepi文庫)の作品紹介

戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、ぼくらの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理-非情な現実を目にするたびに、ぼくらはそれを克明に日記にしるす。戦争が暗い影を落とすなか、ぼくらはしたたかに生き抜いていく。人間の真実をえぐる圧倒的筆力で読書界に感動の嵐を巻き起こした、ハンガリー生まれの女性亡命作家の衝撃の処女作。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)の単行本

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)のKindle版

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