心臓抜き (ハヤカワepi文庫)

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制作 : Boris Vian  滝田 文彦 
  • 早川書房 (2001年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200052

心臓抜き (ハヤカワepi文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 不条理で不愉快な小説世界。これがなんとも言えない。中身は滅茶苦茶なようで妙に腑に落ちるというかある気分は確かに抱くわけで。それがうまい具合に何かを言い得ているというか。結晶化していく狂気と液状化していく狂気とそこかしこにある狂気といえる本質。嫌な気分になれること必定。でも面白いという。文学ならでは。

  • 小説を読む快楽がここにありました。後味は悪い話なんですけど、文章でしか表現できない比喩、リアリズムと象徴のあわいをふんだんに味わうことができました。

  • 久しぶりに再読。赤い小川の流れる村にやってきた精神科医ジャックモールは、崖の上の家でクレマンチーヌが三つ子を出産するのを助けたことから、その家に居候することになる。

    しかし自分に妊娠と出産の苦しみを与えた夫アンジェルを憎み、拒み(アンジェルはやがて出奔)、三つ子の育児も放棄しがちだったクレマンチーヌが、終盤どんどん狂気の母性愛を発揮しだすくだりがとても怖い。

    可愛らしい三つ子の、ジョエル、ノエル、シトロエンという名前は、彼らの父アンジェルも含めて、クリスマスに生まれたクローンの子豚たちの名前(ノエル、エンジェル、スター、ジョイ、メリー)を彷彿させられて、ファンタスティックなのになんだか切ない。青いなめくじを食べて空を飛ぶようになった三つ子の無邪気さも、やがて母の狂気によって摘み取られていく。

    村の人々も残虐で、老人売買と、動物・子供への虐待は当たり前、死体は川に投げ込んで、すべての村人の「恥」を受け入れる役目のラ・グロイールという男がその死体を歯でくわえて引き揚げなくてはならない。ラ・グロイールがもとは余所者だったこと、少しでも良心を残しているものがその役目をひきつがなくてはならないこと、彼が登場してそれを話した瞬間から、読者はジャックモールの行きつく先を予見してしまう。

    何故彼は逃げなかったのだろう。余所者である彼は、立ち去るだけで良かったはずなのに。最初は嫌悪していた村の風習に次第に感化されていきながらも、染まりきれなかった彼の良心を読者は褒め称えるべきなのか、憐れむべきなのか。
     
    解説:堀江敏幸

  • 「北京の秋」と並行読みしていたのに、追い抜いて読了。
    (前者は読み終わりたくなくてグズグスしているので当然かも)
    登場人物が2人、重なっているのでまずいかもと思ったけど、後日談という雰囲気ではなく。かする程度のスピンオフかなあ。

    何故か三つ子の描写が、やたらにマロセーヌシリーズを髣髴させる。ボリス・ヴィアン、おもしろいのに作品が少ない。

  • やっぱり良く分からん。ところどころできらめくが、俺の中では全くつながらない。

  • うーん、あんまり意味なし系の小説だとは思っていたけれど、そうなるとあとは雰囲気がハマるか否かという問題になって、結局のところハマらなかった。「うたかたの日々」みたいな優雅さとしゃれおつユーモアの世界じゃアないんだな。

    丘の上の一軒家にやってきた生まれたてほやほやの精神科医。彼は生まれたてなので人の欲望や願望を精神分析によって自分のものとしたいと企みます。でもって村人たちはこの人をバカだと思います。

    後半は母親が三つ子を守ろうと偏執狂的に囲っておこうとする、そういうお話に。三つ子のお遊びにヴィアンの良心(?)というか、子供心を垣間見たくらいかな。

  • 「うたかたの日々」に心臓抜きという道具が登場しますが、この小説はその道具とは関係ないです。
    とにかく不思議な小説です。
    精神科医の主人公ジャックモールがたどり着いた空虚な場所。そここで出会う人々。物語はあってないようなもので、不思議な情景描写や、出来事がなんとも味わい深いものになっています。かなり病んだ内容で、現代にも通じる部分はあると思うんだけど、ちょっとグロテスクなテイストが思いきって入り込めませんでした。
    「うたかたの日々」とはまた違った感じがしましたが、文章に漂う幻想的な感じは通じる部分があると思います。

  •  華麗な作者紹介に圧倒された。ありあまる才能とは裏腹に、限られた時間を急ぎ駆け抜けていった人特有の強烈な輝き☆ とりあえず、ボリス・ヴィアンがかっこいい! きっとモテただろう。

     若くして死んだ天才の、最後の小説『心臓抜き』にあらわれているのは、底がないということの恐るべき虚しさだ。

     精神科医ジャックモールは、一切の過去を持たず、自分自身が欲望を感じることもないという。ただ他者の感情を底なしに吸いこむことで内側を満たす、そのための精神分析なのだと。
     必ずしも小説の主人公が作者を代弁するものではないけれど、「わたしは空(から)なんです」と言い、えんえんと底の抜けた樽で水を汲むような真似を続けてきたこの男に、底なしの才能を発揮したヴィアンと、どこか重なる部分を感じた。

     偶然訪れた村で、たまたまクレマンチーヌの出産に居合わせたジャックモールは、成り行きでそこにとどまることになる。するとそれは、すべての恥を一人の男に押しつけて、他の村人たちは全く恥を知らないという風変わりな村だった! 精神分析のネタにはこと欠かぬはずなのに、意外にもジャックモールは、あまり精神を分析せずに過ごす。

     狂気じみた過保護で息子たちをつなぎ止めるクレマンチーヌと、空を飛ぶ力がありながらクレマンチーヌが作った鳥籠の宇宙に閉じ込められている三つ子。腐ったもののひどい匂い、喀血を連想させる赤い川。奇怪なエピソードが膿のように溢れただれるその村は、まるで世界の行き止まりのよう……。
     そんな村の様子を、相変わらず魔術的な文章で描き出すヴィアン。しかし、輝きにあふれ活動を続けていた彼でも、「底なしのように見えるものにもいつか止まる刻がやってくる」と、自作で予言したかのようにさえ読み取れる不気味さだ。

     もっとも、この小説に性急な意味づけなんていらなくて、ただそこにある空気、異様に空虚な感覚を味わうものなのだろう。

     想像力のはばたきで魅せる、たとえばジャネット・ウィンターソンの『さくらんぼの性は』あたりを好きな人は、一読の価値あり☆


    ………………………………………………………………………………
    「底がないということの恐るべき虚しさ」-Review Japan「はっぴゃくじ」掲載

  • 過去を持たない空虚な存在、精神科医ジャックモール。

    「わたしは空なんです。身ぶり、反射、習慣などしかありません。わたしは自分を満たしたいんです。だからこそ、わたしは人々を精神分析するんです。ですが、わたしの樽は、ダイナスの樽です。わたしは同化しません。人々の思想、コンプレックス、ためらいを取ります、ですがわたしには何も残りません。同化しないというか同化しすぎる・・・そいつは同じことです。もちろんわたしは言葉、容器、レッテルは取っておきます。わたしは情熱や感動を整理するための用語は知っていますよ、でも自分でそれを感じることはないんです」

    心が空っぽだから、他人の欲望や思いをでそれを補完したい。

    グロテスクな描写や死、性を軽いタッチで描く作者の魅力が詰まった作品。

  • うーん、綺麗な話ではないな。

    不吉さが漂う。

    幻想的な表現は、終盤のみ効果的にきいてる。


    空虚といいながら、老人市に嫌悪感を抱き、少年の扱いに憤慨し、司祭をまともと判断する、判断基準をすでに備えている。
    最後も、恥を受け入れる人物になるのは、自らの意志。背景があるように見えるけど。

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