遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫 イ 1-2)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200106

作品紹介・あらすじ

故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー作。王立文学協会賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 暗い影に纏われた作品。
    時には原爆、時にはネグレクト、そして幽霊。
    会話か噛み合わない登場人物。本質ではうまくいかないとわかっているが自らを偽る言葉を吐く人々。
    そして佐知子の人生が悦子の人生にダブってみえてくる。時代に翻弄された女達の心に根ざしたものは同質だったのか。

  • ノーベル文学賞受賞記念講演を読んで、3冊だけ限定でカズオ・イシグロの作品を読むことにした。作者の27歳時のデビュー作である。作者は幼少時に英国に渡る(まるで万里子や景子のよう)。血は純粋日本人で、その彼が純粋の英語で、長崎の話を書いている。

    噂に聞く「わたしを離さないで」と同じ構造なのか、最初は日常風景が延々と続く。縁側、ざぶとん、うどん屋さん、三和土、等々と何処から調べたのか、1950年代地方都市郊外の日本の姿が詳細に描写される。ところが、何か謎を孕んでいる不穏な空気が常にある。

    今はイギリスにいる主人公悦子は、おそらく80年代の初めに長女の景子を亡くす。その時に思い出したのが、長崎の暮らしである。まるで「失われた時をもとめて」のように(記念講演で影響を受けたことを告白していた)、悦子にとっての過去が現代のように映し出される。

    主な登場人物、悦子さんと佐知子さんと万里子ちゃん、3人とも何らかのものを抱えて生きている。それが何なのか、延々と続く会話の中で推測するしかない。私は3人のいずれかが被曝したと途中までは予測していた。

    幾つかは、日本語として不自然な語句がある(日本の嫁はいくら心の中でも、舅のことを「緒方さん」とは呼ばない、あ、でも回想の中の語句なのだからその方が自然なのか?)。その他いろいろ。そういうのが、いかにも80年代初めの英国文学青年から見た戦後間もない日本の風景のようで、新鮮だ。長崎弁は一切出てこない。

    第二部で、彼女たちはロープウェイで稲作山に登り、復興途中の長崎市内を見下ろす。表紙の絵かもしれない。そこで悦子と佐知子は希望を語るのである。どうも彼女たちの鬱屈は被曝ではないようだ。でも、ナガサキが彼女たちに薄暗い緊張感を与えているのは確かだ。

    結局、悦子が歩んで来た人生は現代の次女からは「正しかったのよ」と言われ、過去の思い出からはホントにそうだったのかと悦子を苛む。最後のあたりで、それが読み取れる。非常に計算された、賢い作家なのだろうという印象を受けた。あと2冊、我慢して読んでみよう。


  • カズオ・イシグロの長編デビュー作。過去の傷を癒しながら未来に向けて再起を図る、2つの家族を描いた作品。戦後の長崎が舞台で、登場人物は日本人が中心となっている。やはりカズオ・イシグロの作品は、色のないモノクロの映像しか思い浮べることができない。土地やキャラクターなどの設定濃度が低いからだろう。またこの物語では、登場人物は比較的多いが、どの会話も淡々と流れていく。最終的に大きな見せ場があるわけではないので、刺激も少ない方だろう。そのため、じっくり噛みしめながら味わう作品なのかもしれない。


  • 「日の名残り」がワタクシの中で大ヒットし、立て続けに「わたしを離さなないで」を読み、さあ次は「忘れられた巨人」と思っていたのだが…

    どの作家さんもデビュー作を読むのは興味深い
    荒削りながら、必ずパンチと個性が光る
    (本に限らず音楽も然り)
    そんな期待を込めてこちらのデビュー作を先に読んだのだが…


    うわー
    どうしよう…
    まさかの…
    苦手であった
    読み終わるまでは…
    そう読み終わるまでは…


    構成はイシグロ氏らしく時間軸が交差しながら展開する

    主人公悦子
    父親の異なる2人の娘がいた
    上の娘は日本人の父親
    下の娘は英国人の父親
    上の娘は引きこもり、そして自殺、下の娘は自由奔放に生き、葬式に来ない
    充分複雑な家庭環境を思わせる
    昔は違ったのだ
    そう佐知子と知り合った頃…

    悦子が長女を妊娠中の頃、佐知子に出会う
    戦後のぐちゃぐちゃになった長崎であったが、これからの人生は幸せが約束されたかのような悦子
    優秀な夫は昇格間近、義理父との関係も良好
    お腹には初めての子が…

    一方の佐知子は、シングルマザー(?)として一人娘万里子を育てている
    浮気者で地に足のつかなようなアメリカ人に振り回されている
    が佐知子は強気な姿勢でこの男を信じているフリをしている
    もちろん娘の万里子にもトバッチリが押し寄せる
    猫しか友達がおらず、子供らしさはなく、現実感のない空間の中に漂っているかのような万里子
    そんな万里子に母親らしく接することができない佐知子

    悦子と佐知子
    二人の女性はまるで生きる世界が違うはずが、数十年経った「今」の悦子はまるで当時の佐知子のようにさえ感じる

    不穏で謎めいた出来事がいくつかあり、妄想を掻き立てられる
    しかし村上春樹のように、明確な着地点はなく、最後までグレーのモヤが延々と続く

    万里子は誰の影に怯えていたのか
    悦子は佐知子と友好関係に会った時、心からの友情があったのか?
    今の自分と照らし合わせたせいじゃなく?
    深く語られない自殺した長女
    悦子にとってどんな娘だったのだろう…
    長女が産まれてから、夫二郎と3人でどんな生活を営んでいたのだろうか…

    そして、万里子
    佐知子と万里子親子を長女を亡くした悦子が回想していくのだが…
    悦子の心の喪失や深い悲しみ、長女に対する想いは直接的に語られない
    そう、佐知子と万里子の回想を通しているのだね!
    だから当時の万里子に対する想いと今の回想している万里子は違うはずだ
    万里子を通して亡くした長女を想っている
    だから佐知子と万里子に対して、悦子は驚くほどあたたかく優しいのだろう(と憶測する)

    とにかく何が苦手って佐知子さんと万里子チャン
    日本人の最初の夫二郎クン
    この人たちの何というか剥き出しの感情(感情的な態度という意味ではなく)、暴力的な感情…
    他の登場人物たちも概ね同様
    あと日本語訳のせいなのか…?
    日本の、日本人のフィルターを通った感じがするのです…
    ワタクシに英語力があれば、もっと分析できるのだが(ないから無理)
    何か日本の、日本人の湿度が入っちゃった感じがして苦手だ
    「日の名残り」や「わたしを離さなないで」も不条理と不幸せと悲しみが常に漂っている内容なのだが、本書のようなストレートな行動や感情や湿度はなく、深い霧に漂うイメージだったのだが…
    読んでいる最中は早く終わらせたくなってしまった

    ただ、読了後の余韻は凄い
    暫く引きずり妄想が止まらない
    そして悦子の心を受け取ってしまったかのような錯覚に陥る
    読み手の想像力を恐ろしいほど掻き立てます
    これほど読んでいる時とその後のギャップみたいなものを感じたことはないかも
    やっぱりイシグロカズオ凄いです!

    さて「忘れられた巨人」は一体どんな作品なのか
    楽しみである

  • 作者のカズオイシグロは近年お気に入りの作家の一人。去年から立て続けに「わたしを離さないで」「浮世の画家」「日の名残り」を読み、今作が4冊目。だいぶ、作風というか、あぁカズオイシグロらしい作品だな、という感覚に確信が持てるようになった。

    基本的に主人公の一人称で描かれており、過去回想と現在が交互に入り混じって描かれる。それにより序盤では全く謎に包まれていた言動も話が進むにつれて意味が明らかになるようになる。描かれている情景が理解できず最初は不安に思うが、徐々に足場が安定していくイメージ。
    戦争による価値観の変化、世代による価値観の断絶がある。
    主人公はどこか陰がある。過去に何かしらの悩み・後悔・諦念などを抱えている。また、人間関係に軋轢が生じていることもある。
    それに引きずられてか、描かれている風景もどこか薄灰色に感じる。
    登場人物は他人の話を聞かず、話が噛み合っていないことが多い。「ええそうね、でも…」という返しで自分の主張を繰り返す論法が目立つ。穏やかだけど、平和ではない会話。だから会話シーンは読んでいて心をざわつかせられる。
    そして、ある邂逅から物語はクライマックスへと向かう。

    こういう、なんとなく共通した物語の型のようなものが彼の作品にはあるように見える。そして僕はその型の魅力に見事にハマってしまっているらしい。
    特にこの作品では最後に大きな仕掛けが施されていて、それまで理解していたと思ってきたものが一気に覆されてしまう。僕は綺麗に騙されてしまった。今まで読んだ作品の中で一番幻想的だった。

    過去の長崎と現在のイギリスの田舎町。全く違うようで鏡像のように似通ってもいる。時代も場所も違うけれど、同じようなやり取りが繰り返される。主題が形を変えて繰り返し出てくる交響曲のよう。

    オススメです!

  • この本は、戦後、将来の見えない薄暗闇の中を、手探りで生きている女性の人生を描いたものでした。
    とても息苦しいような読後感になりました。

    ぜひぜひ読んでみて下さい。

  •  ノーベル賞とか関係のなかったころのカズオ・イシグロ。書かれていない主人公の背景というか、意識の奥行というかの深さを感じさせる書き方に驚嘆。
     主人公の思い出として書かれている子ことを読みながら、「この女性がなぜこの手記を書いているのか」が読むということの興味の中心になっていくのですが、そこは最後まで読者任せ。すごいですね(笑)
     ブログにもうだうだ書きました。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202207130000/

  •  登場人物の誰も好きになれず、居心地の悪いわだかまりを抱えて読んだ。久しぶりの感覚だった。

     主要人物の自己主張が激しい、会話から共感や成長が何も生まれない、時間を共有してはいても内面的には自分の殻から脱することがない。過去に心の中でどこか嘲っていた人物と、結局同じことをして失敗する自分。身に覚えがあることも多々だし、だからといって最適な方法ってなかなか見つからないままだなって、再認識した。
     人間の本質の、暗い部分を思い出させるような描写が多かった。読んでいて“ああ、そうだよな。人間ってそうだよな。分かり合えないことばかりだ。分かった風を装って、腹の中では認められないことばかりだ。それが人間なんだよな。“って、何度も思わされた。
     権力、社会的圧力、自己欺瞞、自らの正義の押し付け、 承認欲求…。そういうのも読んでてすごい共感したし、同時に辟易した。

     訳者の技術による恩恵かもしれないが、外面は馬鹿がつくほど良いくせに、内では勝手に罵って、問題をややこしくする、そういうのは特に日本人が強く持つ性質で、それがよく表れていると思った。作者自身はほとんど海外で育ったと言えるようなので、日本的気質をどれ程持ち得ているのか分からないが…。最近、人間に共通の性質と、日本人に共通の性質の線引きがイマイチピンときてないから、またじっくり考えたい。

     読後、明るいのか暗いのか、なんとも言えないモヤモヤした感覚になったが、解説でイシグロの世界観について、「自分と世界との関係が分からない人間、過去についても未来についてもどう考えたらいいのか分からない人間、理想とは無縁に暗闇の中で手探りしている人間、暗さの勝っている薄明の世界という表現が非常にしっくりきた。
     昔の自分だったらこの世界観にどっぷり浸かって、世界をこんな風に捉えたっていいんだよなって、その暗さに共感と安心を覚えたかもしれない。けど、今の自分はどうしても、その程度の光で生きて何の価値があるのかと感じてしまうし、不気味な本質への嫌悪感が強くて、なかなか考えが進歩しないなっていう絶望感がある。
     小説も、ただただ通り過ぎて、なんとも言えない感情を残していって、後で形として残っているものは何もないっていう感じだった。

  • アホやけん、解説見るまで対比させてんの気付かなかった
    この人は女にも男にも日本人にもイギリス人にもなれるな

  • 初カズオ・イシグロ。緻密な掛け合いと、おしゃれなの時間のスイッチと種明かしが印象に残った。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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