遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)

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制作 : Kazuo Ishiguro  小野寺 健 
  • 早川書房 (2001年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200106

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遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)の感想・レビュー・書評

  • イシグロ作品読破ツアー3作目です。
    静謐な文章に惹かれるが、疑問が残ったまま置いていかれ
    終了してしまう感じです。
    特に気になっているのが、悦子と二郎に何があって別れ、
    その後イギリス人と結婚・渡英にまで至るのか?
    緒方さんとのあまりに親密そうな関係は?
    フランス映画のように閉じないまま終了する作品のようですね。
    あとがきを読んで、やっと少し納得できました。
    後々まで考えさせられる作品でした。

  • カズオ・イシグロは小津映画を観ていたのだろうか。
    この物語は徹頭徹尾、会話により展開される。悦子と隣人の佐和子、悦子と義父の緒方、そして後年の悦子と娘のニキ。それぞれの会話展開に、佐和子の娘の万里子、夫の二郎、死んだ長女の景子が影を落とす。影を落とすだけでなく、家族関係が絡まってすれ違いトークが繰り返される。
    東京物語ではすれ違うのは老夫婦でなく老夫婦と子供たちの関係だったが、会話形態はどのようにも構成できるとすると、カズオ・イシグロは家族とは本来すれ違うものであると考えていて、このような処女作を書いたのだろうか。
    最後、その後悦子は何故二郎と離婚し渡英したのかという疑問が残った。多分ここはそういう命題ではなく、お腹に宿った赤ちゃんという希望で家族を幸せにまとめていけると考えている楽観が、長い時を経て崩壊していくという物語だったのかもしれない。

  • 1954年長崎生まれ、イギリス育ちの筆者による終戦直後の長崎の物語。

    そういえばこういうほわっとはじまって特に劇的な盛り上がりもなく(それを描くのが主眼ではない)ほわっと終わる話は久しぶりに読んだ。

    池澤夏樹の解説がよかった。
    「人間は互いに了解不可能である」という前提から発しながらも、ずれた会話をプロットの中心に据え、人間のありようを書き出しているという指摘。
    その会話に登場人物の属性をうまく表現した訳。
    さらにその人間性が原文でも失われておらず、それによって日本女を描くのではなくそれを超えた普遍的な人間の心の動きを書いているという指摘。
    そういうものだと考えながら読むと、もっと面白く読めたのだろう。

  • 日本を描いてはいるけど、内容はもぅばっちり海外文学でした。

  • ノーベル賞おめでとう記念で読み直し。

    噛み合わない会話がずっと続く。
    読んでる間中、不安な気持ちが続いて気持ちが悪くなる。

    一瞬の間に色々なことが変化するけど、その変化に適応するのは大変だし、対応しないのも苦しいし。
    いったいどうすればいいのかはわからない。

    苦い気持ちになって終わった。
    結局、そういう局面になったらもうどうしようもないんじゃね?という諦念がでてきた。

  • 20171009読了。
    ノーベル賞記念に。人は誰もが自分の考える像を他人に投影するのだなというのが、不気味に、不条理として描き抜かれているのがよかったかな。サチコがフランクのことをもっと聞いてきなさいよと煽り立てるシーンは、社会のなかで生きている我々の擬態をあばきたてんとする絶妙なリアリティがあった。

  • イギリスの田舎で暮らしている悦子。
    彼女の家に娘のニキがロンドンから久々に滞在するところから始まって、彼女が原爆10年後くらいの長崎にいた時の、悦子と佐知子との会話の回想、悦子と義父の緒方さんと夫の二郎との会話の回想、現在の悦子とニキの会話という3つを軸に進んで行く。

    これは英語で書かれていたわけだけど、とても奥ゆかしく、作者の考える礼儀正しい日本人の会話がされていて、表立っては揉め事が起こらず、それだけに、すれ違って相容れないことを意識下で互いが認識してしまうのが寂しい。そして景子の死の影も。世代間のすれ違い、価値観の違い、文化の違い。とても仲がいいのに、孤独を感じさせる物語だった。

  • カズオ・イシグロ、やっぱり怖い。
    突き落とされた気持ち。
    しかも他の彼の作品同様、読み終えて完結ではなくて、ずっと頭に残って考えずにはいられない。
    人物描写の丁寧さが見事。

  • 悦子:原節子
    佐知子:岩下志麻or岸田今日子or久我美子(←キャラ的に微妙)
    緒方:佐分利信
    二郎:中村伸郎or佐田啓二(←離婚した経緯による)
    藤原:杉村春子
    こんなキャストの小津映画を観ている錯覚に陥った。

    でもそれ以上に真里子のキャラが一番気になった(サラバ!の姉に匹敵する位)。
    読後は「景子=万里子!?(実子は何かの事故で死に、そのせいで夫婦仲も壊れる。時を同じく佐知子が現れ真理子を置いて蒸発とか…)」とも思ったが、イシグロワールドではその辺を突っつくのも野暮みたいですネ。

    追伸
    悦子がイギリスに来た経緯だけは説明しても良いと思った。

  • カズオ・イシグロの作品は好きだけど、これは難しかった。
    読後、祖母と話すなかで戦中戦後を生き抜いてきた世代が読むのと、戦後、それも平成に生まれ育った世代が読むのとでは受け取りかたも随分違うのだなぁと思いました。
    『浮世の画家』もそうですがカズオ・イシグロの日本を舞台にした作品に関しては舞台となっている時代の雰囲気を知っているか否かが共感できるか否かに繋がるのかなと思います。
    私自身が年を重ねればまた受け取りかたも変わるでしょうか。何年かしたらまた読んでみたい作品です。

  • 戦後(原爆投下後)の長崎を描いた作品。物語はその中で生きていた女性たちを描く。陰惨な戦後状況は綴られていないものの、当時の重苦しい空気を根底に置いているように見受けられる。作者は広島生まれ、幼いころに(被爆を体験することなく)イギリスへ渡った人物であるため、そこにリアリティを求めるのはやはり難しいのかもしれない。
    原爆小説、戦後小説とは何だろう、とも考える。それを描く資格、描かなければならない義務とは、一体どんな人間が背負わされているものなのだろう。

  • 若い頃と年齢を経てからの物の見方は違ってきます。一人の中年になった女性が戦後間もなく、長崎で出会ったある子持ちの女性との付き合いをふと思い出します。現在、イギリスの片田舎で暮らしている彼女は、ロンドンから訪ねてきた娘を前に、もう一人の不幸な転帰を辿ったその姉の来し方を振り返りながら、若かったその頃の自分を思い出します。
    ドラマチックな展開があるわけでもなく、若い女性同士の違和感のある会話でお話は進み、ぼんやりした印象のままで終わるので何か最後は物足りない感じもしました。
    しかし、主人公の悦子と別居している義父が訪ねてきての滞在中の会話は、あの名画「東京物語」を彷彿させる雰囲気が漂い、戦後の日本の価値観の転換に戸惑う人々の思いなども含め、後から伝わるものがあります。人生半ばを過ぎて振り返った時に去来するものは‥悲喜こもごもの人生の味わいがありました。

  • かみ合わない会話、が印象に残った作品。
    それぞれの人物の考えていることをすべて描いてしまったら、それはそれで物足りない小説になってしまうのだろうけど、「読者の想像にお任せします」っていうには材料が足りなさすぎるような。
    雰囲気から感じろ、ということ?自分の読解力が足りないのか?
    この時代を知らないせいもあるけど、わかりにくい作品だった。

  • 難しかった。
    あとがきを読むことで、何とか消化する事ができた感じ。

    会話が主体なのだけど、その会話がお互いの価値観を受け止めない形で絶えず進行していく。
    読んでいてえも知れない違和感があり、どことなく水中に淀んでいる汚泥のような空気感が。
    浮きもせず、沈みもしない、けど濁っているような雰囲気。
    これは、登場人物が根底で相手を見下していて、相手の話を受け止めず、自分の見ている視線で絶えず語っているから起こる違和感だ、とあとがきで細かく解説していて、やっと「なるほど」と腑に落ちた。

    そう言われてから振り返ると、すごく緻密に組まれている作品だって思うけど、読んでる間は全然楽しくなかったのが玉に瑕。
    こんな不思議な空気感を作れるのはすげぇと思ったけど。

  • これは、、、
    この人遡ると作風随分と変わるのね。
    なかなか主題が掴めない感じは同じなんだけど、あからさまにしないまま終わってしまった。
    こうゆうの、わたしはすきだけど。
    この話はなかなか不気味さもあるな。
    しっとりした夏って感じ。
    タイトルはちくまのほうの、女たちの遠い夏 がよりしっくりくるような?
    ニキとゆう名前可愛いな。

  • カズオ・イシグロの遠い山なみの光を読みました。

    今はイギリス人と再婚してイギリスに住んでいる悦子は、終戦後新婚で長崎に住んでいたときのことを回想します。
    原爆が落ちて、戦争が終わって、世の中の常識が180度変わってしまった時代に、夫と義父と近所に住んでいた女性との関わりの中で思い惑う気持ちが描写されています。
    物語を読み終わると、淡々と語られている物語の中に悲しみが隠れていた事に気づきます。
    決して読みやすくはないですが、心にのこる物語でした。

  • 日本人である僕にはニキの気持ちは全く理解不能だ。舞台が長崎でありながら、これは日本のドメスティックな小説ではないことを常に意識させられる。今、ニキを容認できる悦子は、佐知子と出会った頃の悦子とは別人になっている。今の悦子は佐知子の気持ちが分かる。だから当時のことを今の悦子が思い出す、そういう凝ったプロットになっている。気持ちのいい本と言えないけど、脳に引っ掻き傷をつけた本となりそう。

  • 価値の転換に遭遇した人は、どのように身を処せばいいのだろう。
    初期3作はこの不条理を私に問いかける。

  • カズオイシグロの、戦後の日本、特に長崎を舞台にした物語。
    描かれるのは女性の自立。
    「戦後の女性は強かった」的な話を書きたかったわけでは当然ないでしょうが、したたかで理不尽で、めげない女性の姿が描かれる。そしてそういった女性の次の世代には今日の都会的な女性が出てくる。

    意外に登場人物が多くちょっと混乱したのと、悦子さんがなぜ日本を出たのかがはっきりしない。なんだか夏目漱石の小説みたいだと思いました。

  • おもいでとか、記憶というのは、それ自体がものがたりだと、おもう。

  • 「?」なままで終わってしまうエピソード満載で、読後にもやもやしか残らなかった。主人公と緒方さんの関係や、主人公のイギリス人のご主人のこと、景子やニキのこと、などなど。登場人物全員について全く描き切れておらず、がっかりな作品。

  • とても海外の作家が書いた作品とっか思えないくらい鮮やかあ日本の原風景であり、敗戦によって価値観の大きな変化に翻弄されて混乱する人々の心情を見事に描いていると思う。小野寺先生の翻訳の質の高さという面もあるのかもしれないが。

  • 亡くしたものは帰ってこないけれど。

    静かな物語。日本的なものを読みとるより、これが英語で書かれたことで、より一般的にとらえたい。同じ考えを持てる人ではなくても、かみ合わなくても、会話すること。いつか、わからなかった相手のことばが、自分のものとして蘇る。それは痛みを抱えること。

    日本語と英語は文法も話法も違うけれど、それはこの話でどう活きているいるんだろうか。この登場人物たちの会話は、英語的に(翻訳された会話のように)思えた。日本人はもっと沈黙で語るようなことが、ことばで(文字で)現れている気がした。

    翻訳者が漢字表記を考えたということを、後書きを読むまで考えもしなかった。日本に生まれた人が英語で書いたものを、日本語で読むというのは、果たして物語の解釈にどういう意味を与えるのか。英国で受け容れられたわけを知るには、やはり英語で読まないとわからないか。翻訳という問題にも思いを馳せる。

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遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)の作品紹介

故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー作。王立文学協会賞受賞作。

遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)のKindle版

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