バルザックと小さな中国のお針子 (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200403

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  • 僕と同郷の親友の羅(ルオ)は、毛主席の下放運動の後、知識青年の再教育として山の村に送られた。
    なぜ毛首相がそのようなことをしたのかは不明だ。きっと毛沢東は知識人が大嫌いなのだ。

    十八歳の羅と、十七歳の僕が送られたのは鳳凰山、そのなかでも一番貧しい村だ。僕たちのような再教育青年でまた街に戻れるのは千人に三人だ。僕たちはその三人に入らなければ!

    僕たちを迎えた村長と農民たちは、僕のヴァイオリンに目を付ける。
    彼らはヴァイオリンも、羅の持っている目覚まし時計も見たことはなかったのだ。
    ヴァイオリンを壊そうとする農民たちに向って羅は澄ました顔で言った。「村長、僕の友人がモーツアルトのソナタをお聞かせします。《モーツアルトが毛主席を偲んで》という曲ですよ」
    そのおかげで僕のヴァイオリンは助かったのだ!

    僕たちの再教育内容は、農作業や、鉱山での労働、そして山の上の畑まで肥を運ぶことだ。肥桶からこぼれる肥で全身がずぶ濡れになるあの感触と言ったら!

    そんな中で僕たちは村で生きていく方法を見出していく。
    まずは僕のヴァイオリン、羅の目覚まし時計の音色とそして彼の天性の語り口。

    僕たちは映画の場面を語りによって再現した。
    そのため遠い町まで映画を見て仕入れに行く許可を得たんだ。

    町の仕立て屋は、近隣の村から特別視されているお大尽のような老人だ。
    仕立て屋は、お供を連れて馬に乗ってミシンとともに村々を周り、大歓迎で迎えられ、数日かけて服を仕立てる。
    その間町の仕立て屋の店にいるのは彼の娘だ。
    彼の娘の美しさときたら…!僕たちは彼女を”小裁縫(シャオツァイフォン)”と呼び、彼女に恋をしたんだ。

    僕たちの故郷から再教育で送られたもう一人の青年に”メガネ”がいる。
    メガネの預けられている農家に訪ねて行った僕たちは、彼が隠し持っている西洋の本を見つける。
    西洋の本。こんなものが見つかったら再教育どころではない、重要な国への裏切り行為だ。
    しかし僕たちは、彼の頼みを聞く代わりにこっそりバルザックの本を手に入れる。
    巴-爾-扎-克…!バ-ル-ザッ-ク…!知識に飢えていた僕たちにはその名前だけでも魅了されてしまう…!
    巴爾扎克 。最初の二音は重くて好戦的な響き、しかしそれがすっと消えるこの気品にあふれて無駄のない四文字…!その本の題名は「ユルシュール・ルミエ」という。

    この本は僕たちに、欲望を目覚めさせ、感情の高まりや衝動や愛情と言った今の中国の社会では禁止されていたことを刺激して目覚めさせてきた。

    僕たちは小裁縫のところに通いながら、彼女に「ユルシュール・ルミエ」を語って聞かせる。
    結局僕たちのこの恋に勝ったのは羅で、彼女は羅のものになったんだ。
    羅は知識により小裁縫が都会的にあか抜けて教養が付き、「もっと自分にふさわしくなること」を望んでいた。

    村では相変わらず僕と羅による映画の語りが続けられていた。
    ある時小裁縫の父である仕立て屋が村にやってきて、僕たちに語りを望んできた。
    この時のことは忘れられない、僕は九晩かけて仕立て屋に「エドモン・ダンテス」を語って聞かせたんだ。

    そんな時羅は、母の看病のため一時的に家に帰ることが許される。
    残された僕は、羅の代わりに小裁縫を守るという任務に就いたんだ。


    …あれから何年も経つ。
    僕はあの日々の終わりを思い出す。

    僕は、羅と小裁縫のために尽くして、羅はまた村に帰ってきた。
    しかしバルザックから新しい知識、新しい社会、新しい女性の価値を見出してしまった小裁縫は、僕たちの考えた以上の飛躍を望み、そして自ら行動を起こした。強い意志で、軽やかに、美しく。家族も故郷も恋人も、新しい光を知った娘を引き留めることはできなかったんだ。

    ***
    作者の実体験が元になっているとのこと。
    作者は、再教育の後フランスに渡りそのままフランス在住。そのため中国の作家が中国での体験をフランス語で書いたという形式です。

    反乱分子予備軍として一種の遠島になったような青年たちの体験だが、それでも生きていくという一種の青春文学的様相もあり。

    知識を求める気持ちと、また知識を禁じられた人たちにとってそれはまるで麻薬のような作用を要する姿と。

    本作にはバルザック以外にもいくつかの西洋の本が出てくるのですが…読んだことないものばっかりでお恥ずかしい限り…。

  • 文革時代の様子を知れて、よかった。
    また最後のオチもせつないながら、どこか自分にも似たような事があったような気がして、過去の思い出が別の視点を通して、違った経験に見えた事が感慨深かった。

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