雪〔新訳版〕 (下) (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (415ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200724

作品紹介・あらすじ

イスラム主義の気運の高まりを警戒する勢力によって、国民劇場での夕べは流血の惨事と化した。イペキとの未来を望みうるのかどうか悩みつづけるKaも、一連の騒動に巻き込まれ、俳優スナイ・ザイムや"群青"をはじめとする人々の思惑に翻弄されていく。大雪によって外部から切り離された地方都市カルスで、詩人が対峙することになる世界とは。政治と宗教の対立に揺らぐ現代トルコを緻密な構成で描いた世界的ベストセラー。

感想・レビュー・書評

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  • トルコ文学。未知の世界。
    トルコと聞いて連想することと言えば、
    ヨーロッパとアジアの中継地。イスタンブール。ケバブ。
    せいぜいこの程度の知識しか無かった。

    本著はオルハン・パムクの初にして最後の政治小説のようだ。
    冒頭でバルザックの引用を用いて
    文学に政治を持ち込む事への遺憾を表明しつつ、
    地理的、文化的、宗教的に特殊な国柄がもたらす
    トルコの問題を文学を通して我々に伝えてくれる。

    ドイツに長らく亡命していた
    主人公であり詩人のKa(カー)が取材を名目に、
    トルコ辺境の地カルスを訪れるが、
    様々な人間との出会いを通じて
    宗教、政治の問題に翻弄されることになる。

    そして、このカルスに住む
    古くから恋慕を寄せていた
    イペキとの恋愛と彼が書く詩を通して
    これらの問題が濃密に結晶化されていく。

    国民の99%がイスラム教徒でありながら、
    世俗主義(日本もそうです)を標榜するトルコは、
    正に西(欧州)と東(アジア。特にアラブ諸国)が混在し、
    その特殊性が齎す問題は我々日本人には到底考えが及ばない。

    Kaがカルスを去るまでの三日間が描かれているのだが、
    この限定した期間、そして雪のために道路も封鎖された
    カルスという閉鎖された街を舞台装置として描かれる人間劇は
    どこかカラマーゾフの兄弟を連想させる。

    ノーベル文学賞作家という冠は名ばかりではなかった。
    素晴らしい小説です。

  • オルハン・パムクは、ノーベル文学賞を受賞した、トルコを代表する作家です。

    題名から受ける印象とは違い、この小説ではトルコにおける政治の複雑な状況が描かれています。

    オスマン帝国後に誕生したトルコ共和国が国是とする共和主義や世俗主義、そしてそれに対するイスラム教や民族主義、更に社会主義や共産主義といったそれぞれの政治信条が絡み合い、主要な登場人物達の思惑が交錯します。

    久しぶりに帰郷した主人公のKaは、ある事件についての記事を書く目的で地方都市カルス(トルコとアルメニアの国境付近)に来ますが、そこでかつて恋心を抱いていたイペキ、イスラム主義運動家「群青」など、さまざまな政治背景を背負った人々に出会います。

    詩人であるKaに思想はないのですが、イペキと結ばれて幸福を得ようとする過程で、図らずも思想対立に絡めとられていきます。

    パムクは作中でKaにこう言わせています。「人は何かの信条を守るために生きているんじゃない、幸せになるために生きているんだよ」

    この一言に作家の普遍性が垣間見える思いがしました。個人の幸福の希求の前に、政治信条や思想の構図が一気に後退するシーンでした。

  • トルコで雪と言うと、ユルマズ・ギュネイ監督の「路」や、エルデン・キラル監督「ハッカリの季節」(原作はフェリット・エドギュの「最後の授業」晶文社刊)等の映画を思い出します。

    早川書房のPR
    「ノーベル文学賞作家の代表作が 清新な新訳で登場雪が降りつづくトルコの地方都市カルスに赴いた詩人Ka。そこで彼は、宗教や信念、民族をめぐる衝突に否応なく巻き込まれていく。」

  • 上巻では恋敵であるはずのムフタルの伝言を素直にイペキに伝えるKaの純真さに、恋心の薄さや幼稚さを感じたけれど下巻になってからはKaの想いにはくるおしさを感じた。

    イペキもKaから詩を読んでもらった時にしきりに自分の感情的感想は述べずに「綺麗な詩ね」とばかり答えていた。

    イペキはKaのようにはまだKaを愛していなかったけど、幸せになりたかったし、Kaはムフタルや他の男性とは違うと思って愛せると思ったのだろう。

    純真そうで幼さも感じるKaには身勝手さを感じたけれど、嫉妬心を感じだしたKaの方が好きだった。

  • 全く予備知識のないトルコの作家の長編小説。2002年の発表で世界中でベストセラーとなったノーベル賞作家の作品。イスラム世界の辺縁が少しでも垣間見れるかと思う。しかし圧巻は主人公の密告、報復による死という結末であった。私にはどうしても手放したくない宝物を手中に収めるための覚悟の行動に思えた。一気に読ませる快作ではある。

  • 2012-12-6

  • Kaのめんどくさいところ、理屈っぽいところがまるで自分。読んでいて辛かった。これを読むとトルコに行きたくなる。

  • 新訳。イスラム主義者《群青》はドイツの新聞にクーデターに反対する声明を出すと主張し、これはカルスの様々な政治勢力が署名することになってイペキの父も元左翼活動家として関わることになりホテルを出る。そこでKaはついにイペキと思いを遂げる。この作劇上のクライマックスに続いて、(それまでも時々姿を見せていた)語り手が数年後の立場からKaの死と失われた詩集について言及し、物語は諸勢力入り乱れた政治劇から、その渦中において仲介者的役割を負わされたKaがイペキとフランクフルトで暮らす幸せを実現するためにどのように振舞ったのか、という記憶と理性と想像(Kaの詩集の構想にあったように)のないまぜになったサスペンスへと移行していく。魂の双子のような導師・説教師養成校の二人の学生の関係をなぞるかのように、オルハンと名乗る語り手もKaと半ば重なりあい、重ねあわされながらカルスを訪問し、真相らしきものを見出して、泣き崩れる。

  • スカーフを脱ぐか自殺をするか‥トルコにおける少女の慟哭を実感するのは難しい。宗教と政治の軋轢の中で生きることの緊張は計り知れない。雪とクーデターで閉ざされたカルスの街の閉塞感の中、主人公の詩人Kaの視線は第三者のもので利己的だ。恋愛の成就と自己の幸せのみを追い求めるKaはカルスの街を白い雪で覆い尽くす。ゆっくり舞い降りる大きな雪は詩想となって顕現される。しかし現実の雪は鮮血に染まり泥にまみれゆく。この隔離はファズルの最後の一言に集約される。突き放された感覚に自分の視線もKaと同じであることを思い知る。

  • 主人公の内気さは許されるものなのか。

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著者プロフィール

オルハン・パムク(Orhan Pamuk, 1952-)1952年イスタンブール生。3年間のニューヨーク滞在を除いてイスタンブールに住む。処女作『ジェヴデット氏と息子たち』(1982)でトルコで最も権威のあるオルハン・ケマル小説賞を受賞。以後,『静かな家』(1983)『白い城』(1985,邦訳藤原書店)『黒い本』(1990,本書)『新しい人生』(1994,邦訳藤原書店)等の話題作を発表し,国内外で高い評価を獲得する。1998年刊の『わたしの名は紅(あか)』(邦訳藤原書店)は,国際IMPACダブリン文学賞,フランスの最優秀海外文学賞,イタリアのグリンザーネ・カヴール市外国語文学賞等を受賞,世界32か国で版権が取得され,すでに23か国で出版された。2002年刊の『雪』(邦訳藤原書店)は「9.11」事件後のイスラームをめぐる状況を予見した作品として世界的ベストセラーとなっている。また,自身の記憶と歴史とを織り合わせて描いた2003年刊『イスタンブール』(邦訳藤原書店)は都市論としても文学作品としても高い評価を得ている。2006年度ノーベル文学賞受賞。ノーベル文学賞としては何十年ぶりかという

「2016年 『黒い本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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