わたしたちが孤児だったころ

  • 早川書房
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感想 : 51
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  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152083425

作品紹介・あらすじ

1900年代初めに謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は混沌と喧騒の街、上海を再訪する。現代イギリス最高峰といわれる作家が失われた過去と記憶をスリリングに描く至高の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 読み慣れるまで時間がかかりました。

    主人公は、幼い時に上海に住んでいたのですが、両親がいなくなり、イギリスへ戻ります。

    イギリスで大人になった主人公は、再び上海へ。両親を探しに戻ってきます。

    あの時の両親に一体何があったのか?

    場面が上海に移ると、一気に面白くなってきました。

  •  大人になって子供時代のことを回想すると、誰だって少しは自分が孤児になったような気がしてしまうのでは? 子供だったころに住んでいた「いい世界」はもはや失われてしまったのだから。
     例えば、朝に眠りから覚めつつあるときの曖昧な感覚の中で、両親とともに過ごした子供のころの楽しい思い出が急に蘇ってきたとします。そんな時は失ってしまったものを取りもどしたいと願うでしょう。そういった誰にも訪れることのある自分たちが「孤児だった」ときの悲しい感覚を、この小説は巧みに掬い上げていると思います。物語の締めくくり近く(p409)で示される次の言葉が、作者の意図を余さず語っています ── わたしたちのような者にとっては、消えてしまった両親の影を何年も追いかけている孤児のように世界に立ち向かうのが運命なのだ。最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから。

     ところで、これは「探偵小説」です。でも有能な探偵であるはずの主人公クリストファー・バンクスは、結局のところ自分の力で両親の失踪事件を解決してはいませんね。むしろ失踪した両親を追ううち、上海での現実離れした不思議な戦場に迷い込み、日本兵となった幼馴染みのアキラと出会い、両親がとある家に幽閉されていると信じ込んでやみくもに突き進んで、どんどん不条理な方向へ物語を引っ張っていってしまいます。この辺り、ポール・オースターのニューヨーク三部作(「ガラスの街」、「幽霊たち」、「鍵のかかった部屋」。これらの作品にも探偵が登場し、誰かを追いかけて謎を解こうとするが、一向に謎は解かれることなく逆に自らのアイデンティティーを蝕まれていく)を連想させます。
     両親が誰か、出身地がどこか、何を職業としているかといったことは、その人が何者であるかを規定する大きな要素 ── いわばアイデンティティーそのものだと思います。バンクスの場合、そのうちの両親と出身地が半ば失われたようになってしまっていて、おまけに探偵という職業もどこまで本物なのか疑わしいのです。だからオースター作品に登場する探偵と同様、バンクスもまたアイデンティティーが蝕まれた存在といえるでしょう。
     似ている点は他にもあります。オースターの場合は「作中作(物語の中に別の物語を潜り込ませる)」という手法によって本来虚構である小説の中にもう一段深い虚構の世界を築きますが、カズオ・イシグロの場合は一般に、同じことが「回想」という手法を通じて行われるようです。この作品でも、一人称で物語を語っていた主人公が実はすでに探偵としては現役を引退していることが最後に明かされ、全てが遠い日の回想であったことが分かる仕掛けです。

     カズオ・イシグロの作品はこれまで4作読みました。先ず「わたしを離さないで」を読んで、次にこの「わたしたちが孤児だったころ」を読んだのですが、実はその時点では作者の意図が十分理解できませんでした。でもその後「日の名残り」や「遠い山なみの光」を読んでから今回この「私たちが孤児だったころ」を再読したところ、作者のいわんとするところがよく理解できた気がします。「わたしを離さないで」や「日の名残り」は設計図に従って規則正しくブロックを積み上げたように、とても分かりやすく書かれているのですが、「わたしたちが孤児だったころ」にはトリックが仕掛けられていてなにが事実なのかが判然としません。「遠い山なみの光」にいたっては、話の中心部分がすっぽりと抜け落ちた形で書かれています。だからこれらの物語では、読者はいろんなことを疑ったり補ったりしながら読まねばなりません。しかし、そのことが作品の解釈の幅を広げているのだと思います。そしてそれにもかかわらず、これら4作は全て、根っこの部分ではしっかりとつながっているのだと思いました。

     それにしても、戦後のローズデイル屋敷での母との再会の場面は、とても悲しいです。

  • やはりイシグロ作品は面白いですね♪ この作品では混沌の上海で両親が相次いで消え失せてしまいロンドンで長じて念願の著名な探偵となったクリス ハンクスの言わば心の旅路の独白です。たぶんこの作品も翻訳家泣かせの箇所が少なく無かったことだろうけど上手く和訳してありますね。両親失踪の謎解きを絡めながら戦時の上海の混沌した様子も炙り出していて興味深かった。

  • ノーベル文学賞の発表があったのが、ちょうど読んでいた期間だったので、ナイスタイミング!と小躍りした(笑)。
    今作も面白かった…。
    物語の動きも大きいので他の作品以上に読みやすく、どんどん進めるのだけど、引っかかって飲み込めないところがポロポロある。
    何が想像で何が現実だったのかはわからない。
    私も、子供の頃に失った、届かなかったものを、意識の表面では忘れていたとしても、道理も理屈もへし折る強さで、どこかで求め続けているのかも知れないという切なさと空恐ろしさを覚えた。

  • もうイシグロ氏に慣れてきたからこの「信頼できない語り部」と対することも楽しみになってきました。まるで途中から見始めた連続ドラマのように、読者には初めての人物や事柄があたりまえのように語られるのです。読者はあれやこれや懸命にそれが何を意味するのか考えながら読み進めなくてはなりません。もしかしたら語り部の妄想かもしれない、いや、絶対違うだろ!と思う場面が多々あり、それも楽しみとなっています。一番は、アキラでしょうか。そんなに都合よく出会うわけないよ。でも、かの「アキラ」もぎりぎりのところで何の証拠も残さず別れていきます。
    そんなわがままな展開なのに、飽きさせないのは、そこに時代が描かれているからでしょう。第一次と二次の大戦のはざまで生きた人々の不安定さを登場する人物たちに代弁させています。やはり、優れた人です。多作はしないと決めているらしいですが、まだ次回作を読めると期待しております。

  • カズオ・イシグロが書く一人称(文学の世界では"Unreliable Narrator"という手法だそうだ。)は読者をもやもやさせる。このもやもやが絶妙なストレスとなって、読者のページを繰る手を先へ先へと進めるのだ。

    この作品について特筆すべきは構成だ。主人公・クリストファー・バンクスが「話す」形式をとっているが、実に巧妙な無秩序が綴られる。そして冒頭にある日付までもが、カズオ・イシグロの罠だと気付くのだ。

  • アヘン戦争に関わる小説を読んでみたく、検索したら出てきたので読んでみた。

    あまりアヘン戦争自体は関わってこないが(というか、自分の調べ方が悪かったのか)、色々と冒険する雰囲気でハラハラ楽しめた。

  • イシグロ的不条理世界が忍び込むところが秀逸。戦前租界。

  • 第一次大戦前の上海疎開で育ったバンクスが、両親の失踪後イギリスで成長して探偵となり、日中戦争が勃発した時期に上海に渡って、両親を探す。疎開での友だちアキラ、成功した男を渡り歩くミス・ヘミングズ、バンクスが引き取った孤児ジェニファーなど、一癖も二癖もあるキャラたちが混乱したようにも見えるバンクスの記憶を彩っていく。

    真実は認識によって変わる。描写はキャラ視点のもの。つまり読者の側の再構成を要請する。

    これが初イシグロ。すっきりと割り切れないキャラたちの割り切れなさを、執拗に描写するその描写力が印象的。それと1937年上海の様子。疎開の外部性、貧困地区の油煙っぽさ、アヘンの浸透ぶり、共産党や蒋介石の人々との隔絶性などが、際立っている。

  •  少年クリストファーは上海の租界で安穏と暮らしていたが、突然父が失踪、次いで母までもが謎の失踪を遂げる。大人になり、ロンドンで探偵として成功を収めたクリストファーは両親を捜しに上海へ舞い戻り、失踪の謎を解く…というのがおおまかなあらすじ(かなり雑)。
     優秀な探偵とは思えないほど冷静さを欠いてるし、「両親を捜し出す」「そこ(特定の場所)に幽閉されている」と(曖昧な根拠しかないのに)信じきってやまないし、さらにたまたま出会った日本兵を幼少時仲良しだった少年アキラだと盲信しておかしな行動をとる。それもこれも彼が少年の心を持ったまま、両親を失った悲しみ・喪失感を抱えたまま大人になったんだろうなと思うと、少し切ない。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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