わたしを離さないで

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  • 早川書房 (2006年4月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152087195

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わたしを離さないでの感想・レビュー・書評

  • ただ淡々と、感情を抑えて、回想するところがいい。
    育った施設・環境のこと、親友のこと、男女関係のこと等、出来事やその時の感情を丁寧に語るのだけど、そこには ”人ではない” キャシーの ”人生” があって、過酷で決められた最期があるにしても、それまで精一杯生きた彼女たちを感じることができる。

    語られる彼女の過去は、やはり一般的ではなく特別だと私は思うけど、彼女たちにとっては当たり前で、他の ”人” と比較して悲観なんてしない。

    やるせないなあ、と余韻の残る読後。

  • 舞台はイギリスの片田舎。淡々と回想される主人公たちののどかな子供時代から、この小説の恐るべき世界が暴かれていく。とかく描写が美しく、ヘールシャムの風景が目に浮かんでくるようだっただけに、後半で描かれる残酷な生のうずきを感じずにいられない。

    幼い頃より他者により運命が定められ洗脳された人間であっても、当然、そこには笑顔があり、泣き顔があり、喧嘩があり、恋があり、子どもとしてごく普通の感情や思い出がある。しかし、彼らは自分の運命について小さな疑問を抱くことはできても、結局その世界から逃れられないのである。そしてそうした「人間」たちを"作る"プロセスが完成されてしまった、社会。一度社会が出来上がってしまえば、残酷な思想が社会で容認され続けることも容易である、ということを、現代のパラレルワールドを通じて思い知らされた。

  • 「わたしの名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人をもう十一年以上やっています」「わたしが介護した提供者の回復ぶりは、みな期待以上でした」
    提供者と呼ばれる人々。介護人のキャシー・H。彼らは「へールシャム」という施設で育ち、大人になっていくが――
    英国文学最高峰「ブッカー賞」の最終選考まで残った名作。

    後書きで柴田元幸の言うように、「予備知識は少なければ少ないほどよい作品」。上記のあらすじは本文2ページまでの情報量に留めました。

    怖い話ですが、いきなり物陰からワッと驚かすような稚拙な手法を使わない。語り手は冷静な女性で、常に抑制がきいた穏やかな語りをします。驚かせるどころか、結論を先に持ってくるんですね。「結果的にこうなりました。それにはこんな要因があって…」と具体的なエピソードを付加してくる。この流れが読者を飽きさせず、惹きこみます。
    冷静な口調なのに、登場人物の感情の温度がまざまざと伝わってくるのも凄い。

    (土屋政雄の翻訳も良かった。そして後書きの柴田元幸、好きなんですよね。ポール・オースターの『偶然の音楽』の翻訳が良かったから。しかしエドワード・ゴーリーの絵本は理解できた試しがありませんよ・・・元々ワケの分からない絵本なのか、私に分からんだけなのか^^;)

  • とりあえず装丁が美しいです。読了した後、表紙のカセットテープじっと見つめてしまった。ああ、このカセットテープはあのカセットテープかと。
    読み終わった晩、胸が押しつぶされそうになって眠れなくなる本を読んだのはこれが初めて。
    ヘールシャムの教室を照らす日差しの暖かさ。そこで暮らす生徒たちのざわめき。そんな何気ない日常風景はとてもリアルに描かれてるのに、生徒たちの親や社会背景に関する描写がまったく出てこなくて、最初はとても不気味で気持ち悪かったけど、それがだんだん読者が望まない形で明らかになってきます。
    問題の根が深すぎて見て見ぬ振りをし何も無かった事にしてしまう出来事が日常でも(スケールの大きさは違えど)あるけれど、それを最も残酷な形で見せつけられたような気がします。
    同じ作者の「日の名残り」よりも面白かったなー。

  • 冒頭から出てくる「介護人」「提供者」という不穏な単語に何のこっちゃと思いながら読み進めていくと俄然面白くなって一気に読んだ。

  • 3人がお互いをわかり合い過ぎて身動きできないのが息苦しい。最後のページは心臓をギュッとつかまれるよう。

    自分が社会にとって一種のリソースであり、存在が尊重されるのはあくまでも許容される範囲内だということ。いろんなことを「わかったつもり」で日常を送っていること。自分も、自分の大事な人もいつかは死ぬんだということ。ヘールシャムと提供者はそういうことを極端な形に変換して表している。

  • 素晴らしかったです。本当に。なぜ、いままでこの作品の存在を知らなかったのか。こんな素晴らしい作品に出会えて良かったと思います。
    本書のあとがきにもあるように、この小説はレビューを読んだりして予備知識がある状態で読まないほうが良いと思います。
    ストーリーの設定自体は、SFでよくある設定のように思いました。しかし、まるで実際の体験記や手記を読んでいるようなリアリティのある描写のよって、1ページ目を読んだ瞬間に物語の世界に引き込まれました。主人公の置かれた状況にいたる背景やそこにいたるまでの経過の説明はなく、彼女たちの日常の詳細だけが事細かに描かれることによって、状況の奇怪さがクローズアップされ、物語を生き生きとしたものにしています。まるで、子供の頃、親や教師がひそひそ話をしている場面に遭遇した時に、ものすごく重大なことを話しているように感じられて胸がドキドキして不安になった経験が誰にでもあるように…。
    タイトルも秀逸です。なぜ、そのようなタイトルなのかということが中盤と終盤にわかりますが、読み終えた後は、わたしを離さないでという言葉の持つ重みと悲しさが胸にせまります。
    読み終えた後は、悲しくてたまらない気持になりますが、決して可哀想な話ではありません。登場人物達に共感し、物語世界に頭の先まで浸る楽しさを感じさせてくれる、数少ない傑作です。

  • 久しぶりに翻訳モノ。
    ミステリー以外の外国小説は基本的に読まないんだけど、
    あーそれはなぜかってこうだったーと思い出した。

    それは受け手の私側の問題であり、
    著者も翻訳者も関係ない好みのハナシで仕方がない。

    どうも集中できなくて、頭の中に広げる想像の世界が曖昧だったり矛盾してたりして、うまく世界を築き上げることができないんだよな。未熟。

    けどもちろん作品としては良かった。
    最初に出てくる「提供者」「介護人」という言葉が表すもの、
    冷静な語り口、この作品はどこでどう繰り広げられるのか想像もできなかった。

    やっぱり本はネタバレや口コミを読まずに取り掛かるのが好き。

  • 初読。

    カズオ・イシグロは好きなのわかってるんだけど、
    作品数がけして多くないからあえて読まないように
    自分を焦らしてる気がする(笑)
    でも、明日死んじゃうかもしれないからね!
    意味が無いかもね!

    で、やっぱり好きだなぁ。この文章。
    星は「その時の自分にグッときた度」なので
    これはそんな高くないんだけど、でも★3.5くらい。

    クローンがどう、っていうのは私にとってあまり重要じゃなくて、
    抑制がきいているのに饒舌で、
    静謐なのに寒々しく淡々としているわけではない文章が連なって
    子供時代のああ、あったなぁこういうこと。と
    心がキュッとなる感じ。

    クローンじゃなくても、どうせいつか死んじゃうのに
    勉強して、世界を知って、自分の宝物を作って、でもそれで?

    それがどうなるの?

    というのがどこかにずっとあるのは
    もう自分が子供を持つ事はないと殆ど確信を得つつある今だからかと思うけど、
    (個人的には世界が続くことに寄与する事に直接自分個人の子を産む事は
    必要条件では無いと思うけど、実感の強さというのはあるだろう)

    でも、人間が持つ普遍的などうして?なのかもねぇ。

    私はルースみたいな信じたがり屋でもあるし、
    キャスやトミーのような知りたがり屋でもあるなぁ

  • 読み終わった時は苦しいほどだった。臓器移植用のクローンとして生を受ける という状況設定はともするとその運命に抗う主人公という物語に流れがちだ。この小説では全寮制の施設での共同生活を現在「介護者」である「私」が回想するという構造をとることで、そうした普遍的な(いってみれば「大文字」の)物語から逃避しようとする。運命とは乗り越えるもの、という現代的な常識を小さなエピソードの数々が巧みに揺さぶる。昨日の延長に今日、そして明日がある。その静かな日々の先には「使命完了」の日が待つことを彼らは受け入れる。ただ少しの望みもかなえられないことがわかった時もイシグロの筆は深刻な絶望を描かない。主人公の恋人はその短い人生の中で抑えてきた感情を小さく破裂させるだけだ。運命論でもなく単なる諦観でもない。たとえ曇り空の下に走る一本の荒れた道路のような人生であっても、そこを歩く人にとってかけがえのないものである、そんな当たり前のことに気づかされる物語だ。

  • 寄宿学校施設ヘールシャムで生活するキャシーたちは、施設内の規則に従いながら学び、詩や絵などを制作している。
    やがて18歳となった彼らはヘールシャムを離れて外の生活に慣れ始める。

    彼らはクローン人間であり、臓器を提供する使命を持って生まれてきた。
    臓器提供を始めるまで彼らは介護人となり、臓器提供者の介護にあたる。

    ヘールシャム内で深く愛し合った男女は提供を始める時期に数年の猶予が与えられるという噂を信じた、キャシーとトミーは彼らの創作物を回収していたマダムの元へ向かう。

    そこで彼らが知った事実。
    彼らの創作物は、臓器提供者として生まれた彼らの人権運動につかわれていたこと。今やその運動も下火になっているということ。
    真実を知ったトミーは感情を抑えられない。

    他人に臓器を提供する使命を持って生まれた彼ら。
    彼らの身体は他人のもの。
    では、心は誰のもの?

    クローン人間の人権を思う。

    ------------------------------------------

    普段は意識しないことだけど、人間はいつか死ぬ。いくら医療が発達しても何百年も生きられるようにはならないだろう。人間じゃなくても生きものは死ぬ。ぼんやりとしているけど、当たり前のこと。

    ヘールシャムで、その他の施設で、育った彼らは臓器を提供する使命を持って生まれてきた。
    彼らに待ち受けるのは、はっきりとした使命と、明確な死。ぼんやりなんてしていない。

    まるで死ぬために生まれてような彼らが、コミュニケーションを楽しみ、愛を育み、架空生物を作り出す姿はあまりにも残酷で、とてもつらかった。

    ルースもトミーも誰かに認めてほしかったんだと思う。ヘールシャムの外にいる人間たちに自分たちを認めさせたかったろう。キャシーはその客観的な視点を持ってるから介護人として評価されたのかな。

    とても重くて、つらい話だった。
    でも、死ぬことが決まってるのは彼らだけじゃない。人間全員いつか死ぬ。そう決まっている。うぬぼれるな。
    非常に重要なメッセージを掲げた話だった。

  • 設定としてはむしろよくある設定。ここ数年でよく題材にされるようになったテーマと言ってしまってもいいかな。それだけこういう技術や倫理観が現実のものとして報道される機会も増えてきてる。
    その中で、直接的な表現や、小説上の設定の解説、技術的・倫理的な解説をほとんど加えずに、キャシー(主人公)の心情と主観だけで一冊語り終えるというのは珍しく感じました。それが新鮮。それが社会的にみていいとか悪いとか、そういうことではない。
    物語のなかで出てきたカセットテープ。どんな境遇のもとに生まれても、忘れられない子どもの頃の宝物をもてた、それを誰かと共有できたということは、きっとしあわせなことなんだろうな。

  • とても精巧なSFでありながら、そのような匂いをはためには一切感じさせず、読後のこの感触は『ノルウェイの森』を読んだあととよく似ています。

  • 想像していたストーリーと全く違いました。
    過去のお話なのかと思っていたら近未来でした。
    でもなぜか今でも過去の話だったようなそんな匂いがしています。

    終始静かな、淡々とした語り口。
    寝そうになりますが、寝られません。
    どこか惹きつけられやめられません。

    ああ、徹底して世俗から離されて語られるから、
    過去のような、つまりは自分と座標が交わらないどこか遠い話のような気がしてしまうんだなー。

    割りと早い段階で彼らの存在する場所、存在目的には気がつきます。
    静かな語り口の中にざわざわと彼らにいずれ来るべき未来へ予感を膨らませながら読みました。
    この感覚がこの本のすばらしいところです。
    って私が何も予備知識がなかったからかもしれないけど、苦笑

    そして最終的に彼らの座標は大して自分と遠いところにあるのではなく、いずれ、それも大して遠くない未来にやってくるかもしれない場所にあることを静かに感じるのです。

    んーどうしてこんな口調?笑
    ともかく、この本は世俗から切り離され、私たち読み手にとっても世俗が覗けるのは主人公たちと同じ小さな窓(実際はたまにやってくるバザー?のレコードとか)しかなく、時代とかその舞台がよくわからない話になっているところが大きな魅力です。

  • 読後の複雑なこの余韻をどのように表せばいいのだろう。

    カズオ・イシグロは、いつものように計算しつくしていた。

    しかし、この主題に関して、目的の相違という点においてもしばしば扱われてきた種類のものである。

    カスピアン・トレッドウェル=オーウェンの『アイランド』とも主人公たちの存在価値を同じくする。

    小説は静かにはじまり、一人称の語りがつづく。
    ややもするとその平和的な回想になんらかの意図さえも感じられないほど、無装飾な文章をこちらも淡々と読む。
    だが、小説の流れも変わらず、劇的なドラマ的な機動力もないにもかかわらず、何かがおかしいことに、突然ハタと気づく。
    読み進むにつれ、だんだんこの小説の主題が明らかになり、何度も前の頁をめくりながら、イシグロの張った伏線をみつける。

    主題がはっきり認識されてからは、主人公たちという存在に戸惑いつつも、もうすでに読み手は彼女たち側にたって戻れなくなっているのだった。

    題名の『わたしを離さないで』は、作中の曲名で、歌詞にもこのフレーズが入ってる。
    主人公がまだ少女のころからだをゆすってこの歌を口ずさんだ。(のちにまたこの曲は彼女のものになるのだか)

    場面というのは懐古という意味で永続性があっても、個々による同一性はない。
    微笑ましく思える情景も実は悲嘆と絶望を意味していることもある。

    この小説は、近未来に我々におこりうる現実なのだろうか。

    この主題を選んだのはなぜだろう。排他的独占などではなくイシグロ文学としてこの主題に立ち向かったのは明らかである。

  • 闘病ものではないのに、生きている事、生かされている事を考えずにはいられない、心打たれる名作
    翻訳の文章がとてもすばらしく翻訳本嫌いの私がスラスラ読んでしまった

  • なんて言えばいいのだろう。表現が難しい。久しぶりの硬派な文芸作品で、静謐な語り口。なのに、描いている世界は異常。諦めとか、絶望とか。未来のない若者に独創性を養おうとする行為は意味のあることなのか、生きたいと願って足掻く行為はムダでしかないのか。そもそもこんなことに悩むことさえ否定されるような諦観。
    でも読後感は悪くない。妙に心に残る作品です。

  • 4年前に読んだ小説。
    「GARNET CROW」の「JUDY」を聴いて再読。
    人間関係の細かい描写が素晴らしい。

  •  カズオ・イシグロの「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」を読了しました。映画「わたしを離さないで」を観た後の原作読了です。

     優しい知性とたおやかな感性を併せ持つ31歳のキャシーの語りで田園地帯の私立学校での子供たちの生活と、ルース、トミー、キャシーの青春が回想されてゆく。
     臓器提供を目的としたクローンという設定そのものよりも、定められた運命のなかで喜び、怒り、悲しみ、恋するキャシーたち――人間の強さ、弱さ、そして温かさが沁みる。

     クローンは人間ではないと思おうとする社会と、どうみても普通のまともな人間でしかないキャシーたち。
     何のために生まれてきたのか、何のために生きるのか。いや、定められた生の目的、使命――生まれることそして生きることに他動的な目的を付加することが許されるのか。

  • ジャンル分けがしにくい作品。
    SF、ミステリ、純文学。
    どんな読み方をしても何かが足りなかったり余計だったり。
    作者は何がしたかったんだろう?

    本来ならば重いテーマであるはずなのだから、雰囲気に頼らずもっと真っ向から挑んでほしかったと思う。
    (背景などの詳細まるでなし、運命だから仕方ないよねー、じゃなくて。)

    作者のメッセージが伝わってこなかったのが本当に残念。

    追記。
    作者は「長く生きられない若者の生を描きたかった」のだそう。
    そのための設定が・・・(ネタバレ自粛)だったそうです。

  • 緻密な描写や感情の動きの蓄積がじわじわとボディーブローのように効いてくる。全体的にふわふわした感じで、はじめはさっぱり様子が掴めず焦点の合わないまま話が進むのでちょっとしんどかったけど、輪郭が見え出してからは問題について考えながら読むことができた。命の尊厳を改めて考えるという意味ではよかったと思う。

  • この想像力に少しでも触れられることが、ラッキーという感じでしょうか。
    ストーリー展開がすごい。

  • 映画観なかったんで、読みました。残酷な運命を主軸に据えた話なのに、お涙頂戴になってないのは、慎ましやかな文章のおかげ。それが却って寂寥感を浮き彫りにしている。ちょっとした意地悪や、一人になることへの恐れ、やるせなさ、もう間に合わないという喪失感。それらが、各年代×各キャラクターの心理の蠢きとしてすごく繊細に描かれている。手許に置いておきたい本。

  • すごい本でした。なんという感想が出来るのだろう。圧倒されます。イシグロ氏の本を読むのは2冊目です。どちらも哀しい。と言うかこちらのほうが痛かった。心が痛いです。

    淡々と語られる主人公の過去の記憶。その風景は穏やかで牧歌的でもあるのに段々と不穏な空気を感じさせる単語や描写が。そのうちに次第にああ、もしかして、と思わせる。そうじゃあなければ良いのに、と思うんだけれども結局ああ、やはり、と思わせる事実。実際主人公たちが把握する自分たちの実態と読み手が受け取る状況把握が同じな事がすごい構成だな、と思います。
    又、訳が上手ですね。流れるようです。口語や状況を断ち切らないので本当に読みやすかった。自分、あまり翻訳物は読まないのでたまに読むとちょっとつっかえるような気がするのですがこの本に関してはそういう部分がなく、とても読みやすかったです。

    人に魂があるのは当たり前、なのでしょう。なのに。人間は教育を受けて社会に適合することにより一人前の人間として受け入れられるのでしょう。でも彼らの役割を前にではなぜ。とにかくものすごい話です。でも(色々人道的にも社会的にも問題があるのですが)ありえない話じゃあなくなってしまうのかもしれない。それが怖い。

    私たちが孤児だったときを読んだとき思ったのですが私が一番ショックだったことは簡単に一文で語られていました。詳しい描写が出てくるわけではなく、状況がただの一文で。その一文に打ちのめされました。今回はルースの言葉と最後のエミリ先生の言葉に同じように打ちのめされました。下手な描写を延々と続けられるよりその主人公たちの台詞から想像することのほうが悲惨さを増すなあ、と思いました。

    すごい話でした。はあ。

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わたしを離さないでの作品紹介

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々がたどった数奇で皮肉な運命に…。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく-英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』に比肩すると評されたイシグロ文学の最高到達点。アレックス賞受賞作。

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