ソロモンの指環: 動物行動学入門

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152087386

感想・レビュー・書評

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  • クジラの「淀ちゃん」が旅立ってしまった。
    ペットを飼うなど動物が身近だったことは一度もなかった。しかしそんな自分でも、見知らぬ場所で衰弱死していった、あの孤独な背中を見て何も思わないはずがない。だから本書を読んでいる間も、ローレンツ博士が見守ってきた動物達と「淀ちゃん」を結びつけずにはいられなかった。

    「私はできるかぎりたくさんの人たちに、自然のもつ畏敬すべき驚異への、より深い理解をよびさますことを自分の任務だと考えている」

    著者のローレンツ博士は「動物行動学(エソロジー)」という分野を開拓、1973年にはノーベル生理学・医学賞を受賞した。
    本書は彼が自宅でほぼ放し飼いしていた動物達の生態観察記である。本能のまま自由に行動できるし、餌も貰える。観察目的とは言え、彼らにとってはまさにパラダイスな環境下であったと思う。

    生態観察記と書いたが、ニュアンス的には「動物ふれあい日記」といった風。彼らとのふれあいをユーモアたっぷりに記録しており(当時のヒットソングを引き合いに出して魚の生殖行動を語ったり笑)、それでいて生態も正確に記されているから凄い。
    あとはペットを飼いたい読者に宛てたアドバイスの章もあったりする笑(飼いたい衝動に駆られなかったものの、生き物を育てることの本来の意味を学べた。それだけでこの章の持つ力は大きい)

    「ソロモンの指環」とはイスラエル王ソロモンが所持していた指環のことで、これを使って王は動物達と会話が出来たという。
    それを踏まえてローレンツ博士は、「自分の方が王よりも一枚うわてだ」と語る。何故なら王は最も親しい動物とですら、指環がなければコミュニケーションを取れなかったから。
    ソロモン王を超えた博士のおっしゃる通り、彼は動物達との共生を極めている。

    コクマルガラスの「チョック」(鳴き声から著者が命名)とのエピソードがその最たる例であろう。(章のタイトルも「永遠にかわらぬ友」)
    鳥なんて開け放てば最後、注視していてもどこかに飛んでいってしまうと思い込んでいたが、博士曰くそうでもないらしい。

    ペットショップで運命の出会いを果たしてから独り立ちするまで、チョックはなかなか博士から離れようとしなかった。著者自身もその後コクマルガラス14羽を飼育した際には、観察を経て目印なしで見分けられるようになったという。(勿論それには相当な時間と労力を要したが)
    動物愛好家の方はもちろん自分のように不慣れな人でも、彼が動物達にそそぐ愛情は間違いなく本物であることが見てとれる。

    博士だったら「淀ちゃん」のために何かしただろうか。何なら指環があれば「淀ちゃん」のSOSにいち早く気づけただろうか。
    どうしようもないことばかり考えてしまう…
    この喪失感が、博士の言う「自然が持つ畏敬すべき驚異への理解が呼び覚まされている」兆しだと良いのだけど。

  • 「ノーベル賞を受賞したローレンツ博士の動物行動学の名著」といううたい文句に、門外漢の私でも理解できるのか不安に感じながら手に取ったが、まえがきを読んだところで「これは面白いに違いない」と確信した。

    冒頭でローレンツ博士は、動物について書かれた本があまりにも動物のことをわかっていない、とプンプンする。そして、自分(と家族)が動物たちを知るためにいかに苦労をしているのか、とうとうと説くのである。

    本書は、ローレンツ博士が自宅で様々な動物を飼いながらその生態や行動を観察した様子をユーモアたっぷりに描いた記録である。
    自由に行動させないと意味がない、と基本的に放し飼いにされている動物のために、家庭内はしっちゃかめっちゃかだ。植え付けたばかりの花壇をハイイロガンから守るため、ときの声を挙げて赤いパラソルをひろげ、大型で危険な動物との共存のために幼いわが子を檻に入れる博士の奥様。
    寝ている間にオウムにズボンのボタンをすべてむしり取られる博士のお父様。
    博士はというと、コクマルガラスに恋されて、彼らのえさを口に押し込まれかけ、妨害すると耳に突っ込まれる始末。

    動物行動学の専門的な内容が書かれているにもかかわらず、くすくす笑いながら読めてしまうのは、博士の「聞いて、聞いて」という強い好奇心と子供っぽい虚栄心が感じられるからだろう。動物と話ができる指環を持っていた、とされる賢人ソロモン王に対して、指環なんかなくても話ができる、とマウントを取ってくるところなんて少年そのものである。
    博士自らが描いたという挿絵もすっとぼけた感じが出ていて面白さに拍車をかけている。

    本書では、イヌの系統による性質や飼いならせ方の違い、飼いやすい動物(博士はハムスター推しである)など、特に動物に触れ合う機会のない一般の人たちでも興味を持ちそうな話題が豊富で、肩ひじ張らずに楽しんで読むことができる。
    博士の家で暮らすのは勘弁だが、動物を飼ってみたくなる気にさせる本である。

  • うわー、おもしろい!
    もともと興味があった動物行動学ですが、おもしろさ倍増です。

    以前、訳者の日高敏隆先生の著書の中で書名を見てから気になっていた1冊。
    確か齋藤孝さんの『読書力』の中にも書名が挙がっていたような…。

    動物行動学という学問をうちたてた功績でノーベル医学生理学賞を受賞したコンラート・ローレンツ博士による入門書。
    研究内容の面白さに、ユーモアあふれる語り口が加わって、読者をまったく飽きさせません。

    特に興味深く読んだのは「第12章 モラルと武器」。
    鋭い牙などの武器を備えた狩猟動物ほど"抑制機能"を持っているのだそう。
    "抑制機能"とは、同種間の喧嘩の最中に分が悪いと思ったときに兜を脱いで相手に弱点をさらすと、相手は攻撃をしたいけれどもできない状態になること。
    ローレンツ博士は、これを仲間同士の虐殺を防ぐための一種のモラルだと考えています。
    反対に平和の象徴であるハトはそういった抑制機能を持たないため、同種で争いが生じた際には一方的に相手を痛めつけ、時には死に到らしめる場合もあるということに驚きました。
    そして最後にローレンツ博士は、その抑制を持たない動物として人間を挙げています。
    大戦の時代に生き、自身も徴兵された経験を持つローレンツ博士は、同じ種族で殺し合う人間をどのような想いで見ていたのでしょう?

    他にも研究に没頭するあまり、近所の人たちから「おかしな人」だと思われていたというエピソード、笑ってしまいました。
    近所に動物行動学者が住んでいたらいいのにな、と思わずにはいられませんでした。

    動物好きな方はぜひ一読していただきたい1冊です。

  • 動物と話せるローレンツさんの動物愛あふれる本。

    動物行動学の古典と聞いて身構えている人ほど読んでほしい。絵がかわいい。登場する鳥たちがかわいい。鳥派の必読図書。アクアリウムを作りたくなる。ハムスターを飼いたくなる。研究が進んだ今、ローレンツの考えには訂正されている部分もあるようだが、それでこの本の価値が落ちることはない。

    動物の擬人化について考えさせられることもあった。いかにフィクションであるといっても、その動物の本来の姿を歪めないこと。確かに芸術だから(つまり事実ではない部分があるという前提の上で)できる擬人化もあるが、それがやはり事実とかけ離れていたり誤解を招くような描写だったりするのは、将来の動物好きを育てるのにはよくないだろう。ローレンツが「ニルスのふしぎな旅」の鳥の描写に惹かれたように、優れた観察者による魅力的で長生きする擬人化こそ、動植物に親しむ未来の科学者の導き手になるのだろう。

  • 超有名な一冊ですが,タイミングがあったので読んでみました.

    本当に著者の動物好きさが伝わってきます.
    動物愛護,という言葉の意味が霞むような,動物と理解しあった描写はとても心惹かれます.

    少し描写がロマンチックな気もしますが,あるがままの観察の結果として,それだけのものが得られた報告である,と理解すべきなのでしょう.
    著者の,動物を理解するための様々な試みは敬服に値します.
    「なにを飼ったらよいか!」の章は,いろんな動物を飼いたくなりました.

  • 作者は、動物を下に見ず、対等に尊重しているところに共感しました。
    人間も動物も、違いがあるだけで対等なのですよね。

  • 2019.9.22読了。
    動物行動学の専門書のようなのを想像してたら、がっつり読み物だった。先生シリーズを彷彿させる内容だ。本書に出てくるアクアリウムなんてミニ地球そのものだろう。魚によっては世知辛い愛憎劇があるのは興味深い。魚にも他者への嫉妬の感情があるかのようだ。口で子を育てる宝石魚が迷子の我が子とご飯のミミズ同時に対峙した時の選択も私がその場で一緒に観察していたら学生達と拍手と歓声をあげただろう。メスの動物は男に魅かれオスは女に魅かれる現象に「異性誘引の法則」と名が付いていた事をはじめて知った。鳥では成り立たないらしいが。コクマルガラスに玉の輿があるとは!逆玉の輿は無いのだな。彼らの方が法を変える事が出来ないからある意味人よりずっと世知辛いのかもしれない。にしてもコクマルガラスの愛憎劇は人間顔負けだな。確かペンギンも凄かったはずだ。鳥は恋に積極的な分そういう点もドロッドロになるのだろうか?そして動物相手の研究者はやはり立派な変人になるのだなと思った。眠ったままガンをあやす声出すとかどんな職業病だよ。「友情の慣れ」!そう私が猫と築けて嬉しいのはこの関係なのだ。「唯物的な」餌欲しさじゃなく!でも撫でるのが上手い人と覚えられているとしたら似たようなものなのだろうか?犬のオオカミ系とジャッカル系の違いもそういう視点の違いで見た事がなかったから面白かった。なるほど日本犬はオオカミ系だからああいう性質を持つのか。不思議の国のアリスで三月ウサギが狂ってるみたいな話があったのは、事実3月頃のウサギは発情期で狂ってるように滑稽に見えるからなのか!服従の姿勢が相手の攻撃を抑制して攻撃したくても攻撃できなくする効果があるとは驚いた。これ犬と人間でもできるだろうか?探したら実験した事ある人いそうだなぁ。大元はなかなかに古い訳された本だから「あとがき」がいくつもあるのはちょっと新鮮でもあった。

  • 面白い!

    動物への情熱が有り余りすぎて困った人だ、ローレンツさん。
    ・家の中は動物だらけ。娘を動物から守るため、奥さんは娘を檻の中に入れるしかなかった(動物はあくまで自由にさせておく)
    ・コクマルガラスを捕まえる際、悪者と覚えられないように変装するが、選んだ変装が悪魔だったため精神異常者に間違えられる
    …などなど。
    その甲斐あって、動物のエピソードは本当に面白い!

    この本を読んで、小さい頃生き物が飼いたくて、虫や魚を集めたことを思い出した。読んでいてワクワクして、生き物を飼いたくなった。

    動物を飼う前に何に気をつけるべきかといった話も書かれているのも良い。
    生き物を飼いたいという子供にも勧めたい一冊。

  • ソロモン王伝承の本が読みたくて適当にタイトルで検索して借りてみたら、副題に動物行動学入門の文字があって「そっちかー!」と笑ってしまいました。
    そんなアホな経緯で読みましたが、入門というだけあってかなり読みやすかったです。
    著者の奥さんがガンから花壇を守るために突撃する部分が、挿し絵と合わせて最高でした。

    印象に残った部分
    ・「ゴールデンハムスターは家具によじ登ったりはしないし、かじったりもしない」
    (私が聞いてた話と違う…)
    ・「ネコは今日なお真の家畜とはいえない。」
    (流石ねこ)
    ・「とたんにこの畜生はきみの顔をめがけてとびついてきて、ぺろりとなめる。きみのズボンはまたもや毛だらけだ」
    (最後の一文がなんだか好き)

    ゴールデンハムスターのところは前書きにもその後のようすが書いてあったので、余計に印象に残りました。

  • “刷り込み”の研究者で、近代動物行動学の確立に寄与したコンラート・ローレンツ(1903~1989)。1973年には「個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する研究」でノーベル賞を受賞。

    専門的な知識がゼロでも楽しく読める、まさに動物行動学の入門書。

    まえがきによると、本書執筆の根底には「無知ゆえに動物を擬人化させて誤魔化す作者や作品」に対する怒りがある、とのこと。
    動物たちに対する正確な観察から得られる感動は、作り上げられた人間っぽさが狙うわざとらしいお涙頂戴とは根本的に違うんだ!みたいな、ローレンツの動物愛が全編に渡って炸裂しています。大好きなものについて語る人の話は、それを聞く人をも笑顔にするのだな。

    鳥や魚、ハムスター、犬など、我々にとっても身近な、けれども実はよく知られていない生き物たちにまつわる全12章。

    最後の第12章「モラルと武器」にはシビれました。
    牙や爪が発達した肉食の動物は、同族同士で争っても相手が「降参」の意を示したら、それ以上攻撃できないんだって。殺すまでケンカしちゃうと結局“種”のためにならないもんね。
    ところが、獲物を捕食するための武器を持っていない動物(本書に紹介されているのはハトとシカ)は、肉食動物みたいな「抑制」もなくて、人間が設けた檻みたいに逃げ場がないような不自然な状況下では、勝者が敗者をいじめ殺すという惨い事態が起きてしまう。

    本来、力のあるものには、力の使い方がセットで備わっている。
    元々力のないもの、力の使い方を知らないものが力を得ると、おぞましい同族殺しをやりかねない。

    ね。動物を擬人化させるどころか、人間様こそ今一度動物の在り様を参考にさせていただいたほうが宜しいんじゃないですかって、ちょっと痛快ですよね。

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