私のハ-ドボイルド: 固茹で玉子の戦後史

著者 :
  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (519ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152087768

感想・レビュー・書評

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  • ハードボイルド小説翻訳/研究の第一人者(テレビドラマ『探偵物語』の原案者としても知られる)が、自らの半世紀に及ぶハードボイルドとのかかわりを振り返った大著である。

    中身の大部分は、きわめて個人的な回想。だが、“ハードボイルド業界”のメインストリートを歩んできた人だから、個人的な回想がそのまま“日本のハードボイルド史”になっているし、小鷹流ハードボイルド論の集大成としても読める。

    ハードボイルド小説のファンにはたまらなく面白い本だが、それ以外の人にとっては面白くもなんともないだろう。狭いミステリ業界の、さらに片隅に位置する“ハードボイルド業界”の歴史がつづられているのだから。

    私自身はまだ読んでいないのだが、村上春樹による話題の新訳『ロング・グッドバイ』には、本のどこにも「ハードボイルド」という言葉が使われていないのだそうだ。

    つまり、「ハードボイルド」という言葉は、いまやそれほど不遇をかこっているのだ。何より、「ハードボイルド」と銘打っても本が売れない。また、「ハードボイルドとは男性用のハーレクイン・ロマンスなのだ」という、斎藤美奈子の恐ろしく的を射た揶揄もひとり歩きして定着しかかっている。

    そのような時代の波に逆行し、あえて「ハードボイルド」という言葉に徹底的にこだわった本書は、痛々しくも感動的である。

    資料的価値も高い労作であり、ハードボイルドに興味のある向きは手元に置いて損はない一書。たとえば、村上春樹版『ロング・グッドバイ』を論じようとするなら、本書を読んでからにすべきだろう。

    本書には、次のような印象的な一節もある。
     
    《真の翻訳作業を通じて原著と四つに組んだものにしか到達し得ない理解の深みというものが翻訳にはある。原文を具体的に日本語に置き換える作業そのものが作品論であり、作家論であり、文体論なのだ。》

  • ミステリマガジン2016年3月号の小鷹信光氏の追悼特集で、紹介されていた本書を読んでみた。小鷹氏のデータ魔的な丁寧な仕事に驚かされた。ハードボイルドを本当に好きじゃなきゃ、あれほど膨大なデータを集めて整理して本にまとめるなんてできない。一つひとつの文章に氏の魂が込められているようだ。他の人が真似をできる仕事ではないだろう。本書を読んで、ハードボイルドを読みたくなってきた。これまではレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」しか読んでないけれど、小鷹氏が翻訳したハメットに挑戦したいと思う。村上春樹さんが翻訳した「長いお別れ」も読んでみたい。読みたい本がどんどん増えて困るなあ。

  • 「固茹で玉子の戦後史」の副題を持つ小鷹信光氏の新刊書である。「ハードボイルド」という言葉が、この国にどのように受容されるようになったか、を自分の半生とからめながら書ききった労作と言えるだろう。

    ハメットの翻訳家としても知られる氏は資料収集マニアとしても知られ、ハメットやチャンドラーを輩出した伝説の雑誌「ブラックマスク」をはじめとする推理小説関連の資料や映画関係の資料、アメリカ語についての資料などを多く所有している。それらの資料の山の中から、これと思った記述を豊富に引用しながら、ハードボイルドと呼ばれる小説の変遷を物語るのだから、面白くない訳がない。

    片岡義男や田中小実昌との交遊や大先輩である双葉十三郎のインタビューもまじえ、日本の推理小説の中に新しく入ってきたハードボイルドの波が、江戸川乱歩などからは疎んじられながら(チャンドラーの文章力は認めていたが)、次第にひとつの流派を形成するようになりながらも、ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドをついに越えられず、やがて衰退していった歴史が、その渦中にいた者だけが持つことのできる熱い視線で語り尽くされている。

    小鷹氏自身が命名者であったネオ・ハードボイルドと呼ばれる流派がネオであるが故に(マーガリンと同じで)本物とは及びもつかない出来と評されたり、およそこの国ではひとつの流派が登場すると、変化を求める者と頑なにそれを信奉する人々との間に軋轢が生じる。その間の事情も客観的に論評している様子に好感が持てる。

    村上春樹が、かなり以前から『長いお別れ』を読み返しており、単なるハードボイルド小説としてではなく、都市小説としてとらえているという指摘は新鮮だった。そういう視点からの今回のや翻訳であったのかと合点がいった次第だ。清水訳の欠落箇所についての指摘は随分以前からなされていたこともよく分かった。

    マーロウの名科白である「さよならを言うのはわずかの間死ぬことだ(清水訳)」を、村上春樹は「さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ」と訳しており、こちらの方が正解だと小鷹氏は言う。本書が書かれた時点では村上訳はまだ世に出ていないが、氏がそれにかなり期待していたことがよく分かる。

    大沢在昌や矢作俊彦の名前も出てくるが日本のハードボイルドについてはあっさりと触れている感じがする。同期であった大藪春彦の学生としてのデビューについては、かなり刺激を受けたようだが。

    ハードボイルドがアメリカのスラングなどではなく、標準英語としてちゃんと辞書に出ていたことをはじめて知った。また、実に様々な意味を持っていることも。ヘミングウェイ自身がハードボイルドという言葉を文中に使用していることも、様々な訳者の競作で採り上げられている。一翻訳者の自伝でもあり、ハードボイルド小説論としても読める。ハードボイルドファン必携の一冊。

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著者プロフィール

1936年岐阜県生まれ。早稲田大学英文科卒。ワセダ・ミステリクラブ以来のミステリーファンで、特にアメリカ・ハードボイルド・ミステリーの紹介・評論・翻訳では第一人者。松田優作『探偵物語』の原案で有名。著書に『パパイラスの舟』『私のハードボイルド』(推理作家協会評論賞)など。2015年12月没。

「2017年 『文庫 ファミリー下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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