リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理

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制作 : Dan Gardner  田淵 健太 
  • 早川書房 (2009年5月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (478ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152090362

リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理の感想・レビュー・書評

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  • オリンピックではドーピング検査が何度も行われる。薬物摂取による運動能力強化は、人体に危険であると言われるが、著者はスキーのエアリアルなど一部オリンピック競技の方が、ドーピングよりも人体に損害を与える確率が高いと指摘する。9.11事件後、アメリカの人々は飛行機に乗るのは危険だと思って、車で長距離移動するようになった。現実ではテロにあう確率、飛行機事故にあう確率より、自動車事故にあう確率の方が、はるかに高い。しかし人々は、ニュース映像に恐怖して確率計算を誤り、自動車を利用した。当然の結果として9.11後、全米で自動車事故死する人が急増した(しかし、メディアはこれをニュースとして伝えず、テロの危険を煽り続ける)。


    人間は「頭」で合理的に考えて危険の確率を計算するより、「腹」で本能的に直感して、物事の危険度を判断する場合の方が多いという。

    目にしたもの、耳にした情報から直感的に危険度を判断して行動した方が、頭でじっくり考えるよりもよかったのは、石器時代以前の話である。テロにあう確率はイスラエルとパレスチナ以外の国ではきわめて低いのに、テロ事件のニュースを見れば、人々は自分もテロにあうのではないかと恐怖する。この非確率的な直感の判断は、石器時代の名残だと指摘される。人類が文明を手にしたのは、人類の歴史の中で、ほんの短い期間に過ぎない。文明なく生活した時代の方が長いから、人は今でも直感で危険の確率を見誤ってしまうのだという。

    著者は、現代は人類史上最高に安全な時代であるのに、メディアが危険を煽ってばかりいるとも指摘する。例えばマスメディアは、アフリカの未開民族の大自然に包まれた生活を称揚する。しかし、専門研究者の調査によると、一見温和そうな彼らの間には、紛争や犯罪などを原因として死亡する危険が、現代都市で暮らすよりもはるかに高いのだという。

    何故メディアは危険を煽るのか。危険が迫っているという情報を流した方が、平和が広まっているという情報を流すよりも、人々の注目を集めやすいためである。

    人間は生き延びるために、危険の情報を摂取しようとする。危険を告げて、その危険はこうすれば回避できますと宣伝すれば、政治家は選挙で当選するし、企業は商品が売れる。

    人工化学物質は体に悪い、天然の素材、食品がよいという現代文明批判が多いが、著者は、天然の化学物質の中にも人体に有害なものはたくさんあるし、化学物質まみれで不健康なはずの現代人は、寿命が人類史上最長であると反論する。健康になりたければ、食生活を変えたり、運動時間を増やしたり、睡眠時間を長くしたりと、生活習慣を変えるのが一番だが、生活習慣を変えることは、「腹」にとってはとても面倒なことだ。故に「この○○が健康に悪い」という「腹」にとって心地いい仮説がマスメディア上で広まるのだという。

    テロリストが大量破壊兵器を開発しているという説にも、著者は否定的だ。イスラエルとパレスチナはずっと紛争を続けているが、大量破壊兵器を使用して、敵対民族を完全抹殺することは、現実的におきそうもない。大量破壊兵器を作り出し、管理維持し、実際に使用するには、研究開発費、兵器の材料、施設と、知識豊富で優秀な技術者と、兵器管理のノウハウが必要になる。よっぽど強大でお金のあるアメリカみたいな巨大国家でなければ、大量破壊兵器を作って実用化することは不可能なのだ。

    アルカイダなどのテロ組織に大量破壊兵器を作ることは不可能、過去最大に技術と兵器を蓄えたテロ組織は、日本のオウム真理教だったという指摘が面白かった。ハルマゲドンを起こそうとしていたオウムのレベルでも、最大に成功した地下鉄サリン事件で死者は12名のみ。テロリストは、政治家やメディアが恐怖をはやしてたてるほどには、殺傷力を持っていないのだ。

    現代世界は過去の歴史上最高に平和である。人類が六十億人以上もいるのだから、ほとんどの人が遭遇しえないような凶悪な事件、事故、テロは、世界のどこかで毎日起こりえる。それをニュースにすれば、メディアは注目を集める。

    「世界は毎日平和です。今日こんな良いことが起きました」というニュースの方が、凶悪事件のニュースよりはるかに多く発生しているにも関わらず、グローバル展開している大手マスコミは、そんなニュースを絶対流さないだろうという悲しい結論にいたる良書だった。

  • 認知バイアスについてしっかり社会学として言及したのは本書が初ではないか。正しいリテラシーは決して派手ではなく、時間もかかるが、科学的に多角的に検証した結果でのみ得られるという示唆には括目すべきだろう。ただし、この翻訳はひどい。句読点の付け方の乱れ、二重三重否定「無関係でなくはないのだ」など。「曝露」もしくは「被曝」を何度も「暴露」としていたり、訳すセンテンスが英語順に並べられており、これは訳の正確さを期すためと好意的にとるよりおそらくは手抜きであろう。全体の情報量がとにかく多いので、読みづらいとどうにも苦痛だ。良書なだけに本当に惜しい。星二つ減点は翻訳者に因する。

  • あぶない、あぶない、といって保険屋ははしりまわる!

  • 政治、ビジネス、医療など、世の中リスクが強調され、人々はその情報に感情を揺さぶられて行動を変えたりする。恐怖は売り物になり、恐怖は儲かる。日常を見渡してみても、異常なまでの抗菌、抗臭、反人工化学物質などが溢れているが、性格で信頼できる根拠を示しているものは少ないか、あっても見にくいかのどちらかである。同調圧力、典型規則、良い悪い規則など、知っておくと騙されずに済む。911テロのあと、(圧倒的に安全な)飛行機を使わずに(年間の死亡者は911を上回る)自動車で移動したがために自動車事故で亡くなった人が急増した例もこの典型であり、自分の頭で考えることが難しいがやはり重要と改めて思う。

  • 人間が「いわれのない恐怖」をなぜ感じるのか解説した本。

    起きる可能性が低いにもかかわらず、悲劇的な事件という理由で何度も取り上げ、あたかも大きなリスクであるかのように報道するマスコミ、数字を扱ったり計算をするのが苦手で、自分の過去の経験や最近起こったこと、好みなどから直感で判断をする腹。
    この本に書かれていることがそのまま世の中で起きていることを痛感した。

    この本は全員が読むべき。いかに自分が騙されていたかがよく分かる。
    ただ、少し冗長な部分があり、もう少しボリュームは抑えられたんじゃないかという気はする。そこが少し残念。

  • 昨今の日本の状況がよく理解できる。

  • いまひとつ。タイトルからはリスクに過剰反応する人間の心理を描いた科学的な読み物に見えるが、これはジャーナリストの書いた本。様々なリスクに対するメディアの過剰反応を、実際の統計データや事実からどのくらい離れているのかを検証しつつ書かれている。例えば環境ホルモンと総称される化学物質や発ガン性物質、いまならエボラウイルスを始めとする未体験の感染病、小児性愛者を始めとする子どもへの犯罪、そして9/11を始めとするテロ。こうした事柄はメディアを多く賑わし、我々は恐怖を抱く。しかし冷静に考えるとリスクは他と比べてとても低い。

    我々はどうしてこうした低いリスクを過剰に恐れるのか。恐れるだけならまだしも、こうした過剰反応は得てして政治的である。政治家は人々のこうした低リスクへの恐怖を煽って支持を得ようとする。また政策もこうした方向に影響を受ける。かくして、例えばもっと死者数の多い原因への対処に予算が使われず、低リスクの事象への過剰な対策に費やされる結果になる。つまり「病気の象の隣を小走りする甲虫」に対する「資源の誤った配分の結果として、数えきれない命が正当な理由なしに失われるだろう」(p.24)。こうした事象の事例集として本書はとても役に立つ。

    著者の立てている問いは次に要約されている。

    「私たちは歴史上最も健康で、最も裕福で、最も長生きな人間である。そして、私たちはますます怖がるようになりつつある。これは現代の大きなパラドックスの一つである。」(p.19)

    この問いに対して本書は、まずリスクに過剰反応する人間の心理の仕組みを解説する。その解説はカーネマンなどの行動経済学に依拠している。つまりカーネマンがシステム1と呼ぶ、瞬間的に反応して修正が難しいヒューリスティックな思考の様式と、システム2と呼ばれる結果が出るのに時間を要し、学習可能な、ロジカルな思考の様式の区別だ。著者はシステム1を「腹」、システム2を「頭」と平易化している。そして主にシステム1の特徴をいくつかの原理を挙げて解説していく。例えばアンカー効果(本書では係留規則と呼ばれている)はよく書けている(p.51-62)。それから情動ヒューリスティック(良い・悪い規則)。これはリスクの評価に善悪の判断(と本書は書いているが、むしろ好き嫌い)が影響することだ(p.109-115)。例えば原子力のリスク評価がそれだ(p.101)。原子力発電所は「悪い(嫌いな)」ものだから、原子力発電所の事故により放出された放射線への被曝は、飛行機に乗って上空で受ける宇宙線への被曝や、医療診断での放射線被曝よりも健康リスクが高いと評価される。そしてもっとも大事なのは利用可能性ヒューリスティック(実例規則)。これは思い浮かべやすいものは実際にも起こりやすいと考える傾向だ(p.73-91)。こうした三つに代表されるシステム1の傾向が、リスクに対する我々の過剰反応の原因になっている。

    ちなみに、利用可能性ヒューリスティックの解説で地震の発生と地震保険の販売数の相関が述べられる(p.73f)のは多少違和感がある。もちろん地震が起こると、地震に対する意識が高まり地震保険の販売が増える。それが利用可能性ヒューリスティックによるものであることは一面の真理だ。だが、ある大きな地震の発生は他のプレートや断層の構造に影響を与え、同じ地震源に属する余震ではなくて新たな地震源の地震をもたらすのも事実だろう。したがってそれは全面的には利用可能性ヒューリスティックによる過剰反応とは言えないのではないか。

    ともあれ、こうしたシステム1の傾向を我々はもつが、それだけで上記の現代の我々のパラドックスが起こるわけではない。それが起こるのは、「恐怖を売り物にする商人に出会うとき」(p.30)、「恐怖を助長することに拠って創りだされる巨大な利益が存在する」(p.209)ときである。というわけで本書の1/3は行動経済学を引用した人間心理の解説で、残りの2/3はメディアの偏向報道とその事実検証が様々なトピックで延々と続く。

    例えば豊胸材として使われたシリコンなどの物質が結合組織の病気をもたらすという話。これはほとんど根拠の無い狂騒としてアメリカを支配した。豊胸材を入れた人が結合組織の病気になることはもちろん確率的にありうることだ(p.142)。しかしそれが豊胸材を入れていない人の疾病率と有意な差があるのかについて検討されることはほとんどなかった。実際に病気になった人が印象的に取り上げられ、豊胸材メーカーは槍玉に挙げられた。FDAが1992年4月に豊胸材を禁止にするに至った。そして豊胸材メーカーのダウ・コーニングは破産した。最終的に豊胸材と結合組織の病気の間に因果関係はないという科学的結果が出て、FDAは2006年11月に規制を解除した。「反豊胸材活動家は怒り狂った。彼らは、シリコン豊胸材が致死性のものであることを依然として確信しており、納得させることはできそうにない」(p.155)。この先にあるのは陰謀論だろう。

    またこうした事例としては9/11から始める「テロとの戦い」は典型的だ。時のブッシュ政権がいかに国民の恐怖を煽って、アフガニスタン・イラク戦争の支持を得たかは記憶に新しい。テロによってこうして恐怖に支配され、リスクを過剰評価することはまさにテロリストの目的そのものだ(テロリズムの「テロ」はterror(恐怖)のことだ)。テロリストがまた飛行機をハイジャックするとか、大量破壊兵器を入手するとか、実際にはそんなリスクは極めて少ない(p.428-430)。

    恐怖を売り物にすることはメディアや政治家など、経済的利益や政治的名声を求める人間に特有のことではない。著者はNPOによる「善意で」恐怖を煽っている事例を取り上げる。彼らも自身への支持を増やすべく、ときには例えば貧困率のデータを偽装して誇張したりするのだ(p.217-220)。

    別にごく僅かなリスクは無視して構わない、と主張しているのではない。ここにはトレードオフがあるのだ。新たなテロリストの攻撃とか、微量の発ガン性物質だとか、原子炉のメルトダウンなどのごく僅かなリスクに対して巨額の対策を取るよりも、遥かに少額で我々の生活を向上させることができる。また、こうした金銭的トレードオフだけではない。例えば、水道水に添加される塩素は水中の物質と結合して、健康リスクのある物質を生成する。では予防措置として塩素の添加をやめるのか。それはコレラなどの病原菌を蔓延させる、より高い健康リスクを生むだろう。一般家庭内にいる幼児は有害な化学物質を吸い込む。その中には例えばカーテンの難燃材があるが、では予防措置としてカーテンの難燃材を禁止すればよいのか。こうしたリスクを避けようとする予防措置が逆にリスクを高めるという事例は豊富にある。こうした予防措置は、それを取ることによって当該のリスクについて我々が考えることを免除してくれるので人気がある(p.361-367)。「臭いものには蓋」というやつだ。

    さて本書はメディア有害一元論ではない。メディアは結局、我々の感情に同調して反映しているだけだ(p.305f)。もともとリスクに対する過剰反応するのは我々のシステム1なのだから。だが逆にメディアのもたらす暴力的なイメージは実例を与え、また喚起される感情が恐怖を強化する。こうしてメディアは利用可能性ヒューリスティックと情動ヒューリスティックを強化するわけだ(p.297)。

    よく日本は場の空気に支配されるというが、こうしたアメリカの豊富な事例を見ていると、アメリカも特に変わらないのだなと感じる。とはいえ、ではどうするのか。パラドックスの解決に向け、どうするのか。著者が書いていることは、冷静に考えよう、ほぼそれだけだ。システム1とシステム2の思考結果が一致しなかったら、判断を遅らせ、立ち止まって冷静に考えること。つまりシステム2に従うこと。だがそれはとってもチープで、がっかりする結論だ。対策を練る才は著者にはないようだ。

    「しかし、恐怖の回路を断ち切ることはできないかもしれないが、少なくとも音量を下げることはできる。その最初の段階は、リスクを誇張する独自の理由を持っている無数の個人と組織が存在し、そして、ほとんどのジャーナリストがこういった誇張を見つけて修正しないだけなく、自らの誇張を付け加えていると、単純に認めることである。懐疑的になり、情報を集め、その情報について注意深く考え、自分自身のために結論を引き出す必要がある。」(p.447)

  • 回りくどい話で、中身が薄い。
    結局、何が言いたいのかわかりませんでした。
    読むのに時間ばかりかかってしまい、時間をドブに捨てたような感じがします。もっと早く、ムダであることに気づくべきでした。

  • 途中まで。
    人間の判断には、論理的・分析的な「頭」とともに——もしかしたらそれ以上に——直感的に「怖い!」「危ない!」などと感じる「腹」が影響を与えていて、時として非合理的な行動となって表れる…という話。
    けっしてつまらない内容ではないのだが、冒頭早々に示されるこの結論を、後は延々手を変え品を変えて語っていくだけなのには閉口する。また、平気で「彼たち」などと書いている翻訳のまずさも、読みにくさに拍車をかけていると思われる。

    2013/12/29〜中断

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リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理の作品紹介

テロ、死を運ぶ伝染病、環境を汚染する化学薬品、ネット上の小児性愛者…。ニュースでは毎日新しいリスクが報じられている。だが、本当にそのリスクは恐れるほどのものなのだろうか。よく検討すれば、実はそれほど危険ではないリスクも多い。たとえば、ある年の暴力犯罪件数がこの十数年で最大の増加を見せたというさも恐ろしげなアメリカでの事例は、増加は実は数パーセントなのに、これまでの犯罪件数がずっと減少または横ばい状態だったことによる。また、癌の発生件数がこれから増加していくという不吉な予想は、癌の最大のリスク要因である高齢化の影響が大きい。では、なぜそういうリスクにこれほどまでに影響されてしまうのか。私たちがどのようにリスクを判断しているのか、それによって企業、政治家、メディアに恐怖を操られてしまうのかを、多くの実例とともに解説する。

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