ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力

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制作 : 林田 陽子 
  • 早川書房 (2011年12月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152092656

ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力の感想・レビュー・書評

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  • マリオを中心とした、アメリカにおいての任天堂の話(そもそも、原題は『SUPER MARIO』)。
    荒川實という元NOAの社長は知らなかった。そもそも、NOAがどういうことをやってるのかさえよく知らなかったのだけれども、任天堂の成長にも深く関わっていたんだなと。
    ユニバーサルと訴訟騒動での任天堂側の弁護士の名前が『カービィ』なことに驚き。ピンク玉のキャラクターの名前もここから来てるんだとか。

    ああ、なんかこの本読んでたら久々にマリオのゲームがしたくなった。実は、『スーパーマリオ 3Dランド』を買ったものの、ほとんどプレイしてないんだよな・・・。

  • 上司が「海外進出成功のモデル企業として任天堂を」云々と言うので「モデル企業……って業種が全然違うだろうに」などと思いながら読んでみた。いや、任天堂の、経営戦略などについて触れられた本って、そうそうないんですよ。
    他の人のレビューによると情報が不正確らしいので、話半分に読みました。私はそこまでゲームに興味がなく、スーパーマリオブラザーズシリーズはプレイしたことがないので、正直、正誤を見極めるほどの知識がない、というのもあり。「ドラクエのソフトは平日の販売が禁止された」とかいう部分は完全に間違いなんだったか。ともかく著者の主な参考文献がウィキペディアだったりするらしいので、致し方なしというところか。

    まぁこれを読んで「任天堂はどのような経営戦略のもと、アメリカで事業展開を行ったか」がわかるかといえば、別にわかりませんでしたね…… アメリカ人ってマリオ好きだねー、という印象は残りました。

    本当に必要なら買って読むことも考えたのだけど、これなら、買わなくて良かった(小声)

  • 展示期間終了後の配架場所は、開架図書(3階) 請求記号 589.77//R93

  • super mario という、ほんとにスーパーマリオな装丁のクールなペーパーバックの翻訳版。こちらは日本語訳にあたり、参考資料が掲載されている。縦書き。原題がマリオだから、マリオな話に寄っています。

  • 資料ID:98121571
    請求記号:589.77||R
    配置場所:工枚教員推薦図書

    ゲーム特集に選書された図書です。

  • 「枯れた技術の水平展開」史上最強のゲーム機を目指すPS3と画質を誇るXBOX360に対抗するために任天堂がとった手はブルーオ−シャン戦略の見本、ライバル達が血眼になっている競争から任天堂は意図的に遠ざかろうとした。スペックを落とし、低価格で対向、オンラインプレイも無料。wiiの成功は1970年にマジックハンドを開発した横井軍平以来の伝統的な思考法に則ったものでもあった。そしてマリオのためについてエンターテインメント以外の分野に進出できない任天堂の目指したものは最大でもなく、最速でもなく、最良のゲームだ。

    任天堂のゲームが生まれたきっかけは電車の中で電卓で遊ぶサラリーマンを見たことから。ここからゲーム&ウォッチが生まれDSに発展していく。1978年にインベーダーゲームが誕生しナムコのギャラクシアンが79年、ギャラガが81年に発表された。ニンテンドー・イン・アメリカ(NOA)に山内溥の娘婿荒川實が赴任したのは1980年、任天堂が販売したのはインベーダーやブロック崩しの亜流で売れなかった。満を持して投入した「レーダースコープ」も製造と輸送コストは回収できたがまだ2千台売れ残っている。荒川の裏技は今では当たり前のように思えるROMの交換だった。それにしても新しいゲームがいる。

    新しいゲームをデザインしたのが宮本茂。2006年にタイム誌が選んだアジアの英雄にムハマド・ユヌスやジェリー・ヤン、安藤百福とともにビジネス部門で選出され、同じ年サンフランシスコのエンターテインメント私設メトレオンにウォーク・オブ・ゲームが出来た際、最初に星を与えられた4本のゲームをマリオ、ゼルダの宮本とヘイローとソニックのアタリのノーラン・ブッシュネルが分け合った。宮本が目指したのはポパイのゲーム版で胸板の厚いヒーローに毛むくじゃらの敵に救いを待つヒロイン、そして生まれたドンキーコングからは複数の場面をクリアするひな形が生まれた。ドンキーコングに置き換えられるキャビネットの倉庫の賃料の支払いが遅れており、そこのオーナーがドンキーコングのヒーロー「ジャンプマン(またはオッサン)」の名前をどうしようかと言う会話に割って入り飛び上がらんばかりの勢いで怒ってまくしたて帰っていった。オーナーの名前はマリオ・セガール、そして誰かが言った「マリオ」という名前はどうだろう。ゲーム市場世界で最も知られているキャラクターが誕生した。

    ドンキーコングは大ヒットしたがユニバーサル映画がケチを付ける。キングコングの著作権を侵害している、金を払えと。ドンキーコングのキャラクターを使った小さな企業は早々に降参したが任天堂は法廷闘争に出る。弁護士のなはジョン・カーヴィー、法廷闘争で圧勝した彼には「ドンキーコング」号というヨットが送られ彼の名は星のカーヴィーに使われた。結果はこうだ。そもそもユニバーサルはキングコングを所有していない。さらにドンキーコングはコピーではない。仮にコピーであったとしてもパロディであり合法である。しかも、ユニバーサル傘下で作ったキングコングゲームがドンキーコングのパクリであり逆にライセンス料を払わないといけない。しかし、この勝利に味を占めたのか後の任天堂はサードパーティや小売業者にとってはえげつないパワーを振るうようになる。

    1984年にはアメリカの家庭用ゲーム機市場は粗製濫造が元で崩壊し一方日本では83年にファミコンが生まれた。そして3年間で4作目のドンキーコングの続編「マリオブラザーズ」が生まれていた。任天堂はマリオに次から次へと仕事をさせていたが任天堂の代名詞にしたいなら彼の世界がいる。配管工ではなくマリオの世界が。任天堂はNESと名付けたファミコンを85年にアメリカ市場に投入した。86年シーズンの秘策は130ドルのNESを買うと「スーパーマリオブラザーズ」がついてくる。マリオの世界はここから広がり後には映画も作られた。この93年の失敗作で唯一良かったことは任天堂が儲かる俳優ではないと言う理由で500万ドルで契約した俳優を切ったことだ。彼はこの年「フィラデルフィア」そして翌年「フォレスト・ガンプ」で2年連続アカデミー主演男優賞を取ることになるトム・ハンクスだ。

    その後ゲーム機は発展しCDーROMを使ったゲームの開発でソニーと組んだ際にソニーのライセンス使用を認めたために強力なライバルを生み出してしますことになる。サードパーティへの締め付けが厳しすぎたためFFのスクウェアやドラクエのエニックスをPSと言う約束の地へ離脱させるというおまけ付きだ。任天堂は累積で従業員一人当たり100万ドルを越える利益を上げ山内はポケットマネー7500万ドルでマリナーズを買う日本の大富豪だが、従業員給与は低いと何度もこの本では書かれている。(2009−13の平均年収は900万を越えているが)ちなみに日本人がオーナーになることに反対された山内のマリナーズ買収を後押ししたのはテキサス・レンジャーズの共同オーナーだったジョージ・w・ブッシュだ。

    ゲームもやらず、野球も見ない山内の唯一の趣味は囲碁。任天堂が囲碁ゲームを出すためには山内に勝つのが条件と言う暗黙のルールがあったらしい。ちなみにアタリのノーランも囲碁初段で「アタリ」も囲碁用語だ。現在最も普及している囲碁ゲームはアプリの囲碁クエストで登録は2万を突破したらしい。日本の囲碁人口が2013年280万人なので普及率は非常に高い。9路盤だとbotとの対戦も黒番では必ず勝てるわけではなくこれなら山内も楽しめたことだろうに。

  • 【オススメ書籍紹介】『ニンテンドー・イン・アメリカ』著:ジェフ・ライアン 訳:林田陽子(レビュアー:エンジニア 福岡)

    この書籍はアメリカからみた任天堂の歴史が書かれています。
    面白いのはマリオを主軸にしているところです。
    著者はゲームジャーナリストで、彼は任天堂について調べてこの本を書いているので主観も入っていますが、任天堂がどのようにして成長していったのかとてもわかりやすいと思います。

    おそらく現在知れ渡っているサービスや商品などを築いた企業にはいくつかのターニングポイントがあったと思います。
    それは必ずしも好機なわけでなく、むしろことわざにもある火事場の馬鹿力のように、追い込まれてた時に立て直したことが結果として転機となっている、そんな気がしました。
    任天堂も、今は代表作であるマリオシリーズの主人公マリオは、アメリカでの最初の仕事で失敗してしまい、その代替案であるアーケードゲーム「ドンキーコング」から誕生しました。
    それもアメリカでの仕事はもう失敗できない状況でしたが、ドンキーコングがあたるという確証はどこにもありませんでした。
    結果として大ブレイクしましたが、それまでに売れていたアーケードゲームとは趣旨を変える、という一種の賭けだったと思います。そこで人気が出なければきっとアメリカ市場から退いていたんだと思います。

    どんな企業でもそうして何度も挑戦と失敗と成功を繰り返して行くんだと感じました。
    そしておそらく失敗のほうが多く、その失敗を活かすということもあり、1度の成功がとても大きいのだと思います。
    私も失敗をおそれずに挑戦をし続けて成功へ繋げていけるようにしたいと思います。

  • ニンテンドーインアメリカとはいっても、結局のところ任天堂通史になっている。これはいかにニンテンドーのビジネスが日本という国にとどまらないユニバーサルな物であるかを示していると言えるだろう。

  • 読み終えた!アメリカ視点で書いてあって中々面白かった

  • 8/17読了。任天堂が米国でいかにビジネスを展開し、そして成功をおさめたかを時系列に追っています。各時代のコンテンツの開発秘話(特にマリオカートは意外!)やマリオのキャラクター戦略なども面白かったですが、なんと言っても元祖"カービー"とマリナーズのオーナーが活躍した、ユニバーサルとの「ドンキーコング訴訟」の顛末は痛快。法務の仕事をされてる方には夢を与えることでしょう(笑)ゲームライターが著者のせいもあって、変にビジネスモデルやマーケティングの説明臭さがないので、気楽に読めましたね。

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ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力の作品紹介

なぜ任天堂「だけ」がアメリカで成功できたのか?世界を魅了し続ける日本企業の栄光と試練。気鋭のアメリカ人ジャーナリストが迫る。

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