作品紹介・あらすじ
戦乱や飢餓に満ちた不幸な国ばかりを取材するのにうんざりしたジャーナリストが、人びとが世界で最も幸せに暮らす国を探して旅に出た。訪れるのは、オランダ、スイス、ブータン、カタール、アイスランド、モルドバ、タイ、イギリス、インド、アメリカの10カ国。各地で出会う人びとのユーモラスなやりとり、珍しい風習や出来事などをウィットに富んだ筆致でつづりながら、ときに心理学や哲学の知見も交えつつ、真の幸福について思いを馳せる。果たして一番幸せな国は見つかるのか?全米ベストセラーとなり、18カ国語以上に翻訳されたユニークな旅行記。
感想・レビュー・書評
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「世界しあわせ紀行」エリック・ワイナー
オランダは売春と大麻が合法で、それはしあわせスイッチのようなもので、スイッチを押し続けなければしあわせは続かないし、同じくらいの幸福感を得たければより強い刺激を必要とするようになる。ロバート・ノージックの「経験機械」という言葉でそんなことが説明されている。日常と非日常、日本的にいえばハレとケの差が無くなることは鬱々とした日々による不安さをより強固にしてしまうと思う。
スイスはお金が禁句になっている。それは幸福のために嫉妬がなにより良くないことを心得ているからだ。スイスは退屈なところで、かわったこともしない。平凡だけれど、不幸を感じにくい社会になっている。
スイスは日本に似た空気(読む方の空気)がある。自然とのつながりが強いし、街のトイレがキレイだとか、他人の目を気にするとか、買ったものを見せびらかさないとか、人を信用する文化とか。
統計上は幸せな国であるスイスだが、自殺率が高いことも日本と似ている。Wikipediaによると10万人当たり、日本は21.7人でスイスは17.5人だ。この点については特に突っ込んだ記述はないが、日本との類似があるのかないのかとても気になった。
國分功一郎「暇と退屈の倫理学」での退屈の第2の形式(生命の危機が少なく、物質的にもほどほど幸せな中で生じる退屈)が充満しているのかもしれない。
政治的なことでは、住民投票が多く政治に参加していると感じる民主的な仕組みが幸福感につながっている(実際に相関関係があるようだ)。
ブータンは欲張らないことで、皆が幸せでいられる。坊さんみたいな国だ。もう一つ興味深い点は、死が身近にあることだ。死体が横たわっていて、腐乱死体さえ見かける。
ということは僕なりにこんな仮説ができる。死への準備がし易いだろう。死を隠蔽してしまう西洋文明は、死が不安や恐怖になる。命が惜しくなる。その命を惜しむ気持ちは、所有する感覚に大きな影響を及ぼすだろう。死の隠蔽は資本主義のエートスの一つかもしれない。
ブータンは資本主義は根付き難いかもしれないが、資本によって土地や人が分裂されることもないだろう。
カタールもは全てお金。お金がなければ文化は生まれないが、全てをお金で買おうとするところには文化は育たない。カタールは外国人が80%を占めているそうだ。移民については日本でも受け入れることを考える機運が年々高まっているように思える。
幸福感が減退しないものと、不快感が減退しないものについて書かれていて、それは女性の豊胸と大きな騒音だという。
アイスランドの章は酒浸りなのだけど、大きな示唆を含んでいた。寒冷地で生きることはとても辛そうだが、統計上は幸福度が高い、なぜだろう。どの文化でも、肯定的な感情を表す言葉より否定的な感情を表す言葉の方が多いのだという。あまりにも否定が多いと人は参ってしまうが
、アイスランドには特筆すべき風土がある。それは失敗への寛容さだ。アイスランドでは、人は多様な経歴を持つ人の方が幸せになれると考える。日本や西欧のように専門性を重視するのと真逆だ。
アイスランドは元々多神教だったそうで、資本主義のエートスが行き届いていないのが良いのかもしれない。日本の学生に関する調査に記述があった。個人主義的傾向の学生と集団主義的傾向の学生を比較すると前者のが幸福度が低いということだった。
日本には八百万の神がいるのだから、そういった一つの価値軸でない社会があったろうに、経済ばっかりで計測されてしまう。経済と社会の軋轢が大きくなりすぎている。経済を社会に合わせるようなことは大変困難なのは理解しつつ、期待も持てない。
モルドバは本書の中で一番不幸な場所だ。なぜなら年収が8万程度でありながら、物質的な価値観が資本主義であるからだ。バングラディッシュなどはとても貧しいが、社会の仕組みがお金が少なくて住むようになっている。一方、モルドバではものの価格や価値観は先進国なのだ。一時は良い時代もあった為、落胆の暗い影が覆っている。庶民はマクドナルドなんて高価過ぎて買えない。縁故主義だから、階層の流動性も全くなく、努力は報われることがない。そしてなにより、それが染み付いた結果多くの人が希望をもてず、人のせいばかりにすることだ。
モルドバの人は感謝するとか、他人を助けるといったことが少ない。最近の研究によると利他主義的な欲求は食欲や性欲をつかさどる領域にあるということで、人間に古くから備わっているものだと分かってきている。
集団で狩りをするなどの過程がそういう機能を進化させたのかもしれない。
良いことは野菜が新鮮なくらい。
著者なはモルドバ人になるのを避けるべき教訓として
その一、“「私の問題ではない」というのは人生哲学の一つではなく、心の病である・・・他人の問題は実際に自分の問題でもあるのだ”
その二、“彼ら(モルドバ人)の不幸を証明するのは、経済的問題に対する彼らの反応であって、問題そのものではない”
インドではホームレスといっても、家の建物はなくても、家族はある。アメリカ等では、家もないが家族もない。インドではやれるべきことをやったら、あとは天命に任せる。どれでダメなら仕方がないと考える
他にはタイ、イギリス、アメリカの章がある。
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「幸福とは何か」を知るために、オランダ、スイス、ブータン、カタール、アイスランド、モルドバ、タイ、イギリス、インド、アメリカをめぐった旅行記。
各国で出会ったいろいろな人のいろいろな考え方が、ウィットのきいた文章で語られていて、楽しく読めた。
中でも印象に残ったのは、タイ人が「考える」という行為に懐疑的だという話(イヌイットもそうだという)。
「幸せとは何か」を考えることが不幸になる原因なのではないかと思えてくる。
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「幸せ」をスピリチュアルにでなく研究した本。
著者はそのために、幸せだと言われる多くの国を旅し、そこでのインタビューや
経験を元に「人にとっての幸せとは何か」を解き明かそうとする。
何度失敗しても良い国。
深く考えないことが良いとする国。
善く生きることが幸せだと説く国。
他者との間に信頼があることが幸せだとする国。
嫉妬がないことが幸せのひとつだという国。
自然とつながれる国。
どれも、幸せの要素のひとつだと、なるほどと思えるものがあって
とても興味ふかい内容だった。
幸せって本当に研究したい欲望をかきたてられるテーマだが
「幸せのことを考える時間が多い人は幸せではない」と本の中で
言われるシーンがあり、それももっともだ、と思う。
私が最も「そうだ」と思った幸せの定義はコレ
「自分がよそにいるべきとか、誰かになるべきとか、他のことを
するべきとかを、思わなくても良い国」
なかなか難しいことだけど。
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着眼点もエピソードも面白いので漫画にすると良いと思う。
というのも、文章の端々に批判ではなく皮肉、差別に近いものを感じる。
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感想書くのを忘れてた。
紀行文を読むと、その土地について先回りして教えられたようで、それが嫌だから普段は読まない。けど、これはテーマが『しあわせ』という特殊分野なのでそうはならず、かえってそれぞれの国を旅したくなった。軽妙で読んでる端から笑みがこぼれた。
幸福学の入門書としても、オリエンタリズム(なんて簡単に言ってはいけないのかもしれないけど)としても、色々な角度から楽しめるので、何度か読んでみたいと思える作品。
紀行文ジャンルそのものを見直した良作。
追記:私もアイルランドが気になる。
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ロッテルダムのエラスムス大学でルート・フェーンホーヴェン教授が運営している「世界幸福データベース(World Database of Happiness, WDH )」なるものに従って、筆者が幸せ探しの旅に出る、というもの。
まあ、結論が出るとは期待していなかったが、旅のお供にライムジュースとかライムソーダってのは良さそうだな。
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幸せは落ちてるものじゃないんだなと。
実践できるだろうか。
妬まない
人とつながる
笑顔でいる
Eric Weinerの作品