国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

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制作 : 稲葉振一郎(解説)  鬼澤 忍 
  • 早川書房 (2013年6月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152093851

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源の感想・レビュー・書評

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  • 非常に刺激的な内容の本であり、著者達の理論には説得力があるように感じた。膨大かつ詳細な事例は、その理論を裏付けるために実に手際よく叙述されている。

    今回、同書を電子書籍で読んだのだが、紙媒体の本で読むべきだったとちょっと後悔。というのも、線を引いたり、ページを折ったり、付箋を貼ったり、メモを書き込んだりするのは、やっぱり紙媒体の本が便利。上記のアクションは電子書籍でもすべて可能なのだが、やはり違うね。

  • 上巻に続き、国家規模の貧富や発展の差がどこから来るかについての研究。資源や文化、人種ではなく、制度であるとする主張とその裏づけが詳しく語られていることや、今世紀に入ってからも同じ愚行を繰り返していることに気づかされとても驚く。国連やNGOなどが貧困対策を講じているがなかなか改善しないことの原因が理解でき、この手の分野に関心のある人は必読。また、国だけでなく会社や組織の成長にも大きく関わる知識である。

  • "国家はなぜ衰退するのか (下)

    この上巻は1年以上前に読んでいますが、

    なぜか下巻はそのまま放置されていました。

    なかなか勉強になる1冊です。

    歴史から学べる点というのは本当に多く、

    今後の金融資本経済がどうなるか?

    ある程度が自分自身の中で、

    答えが見つかってきました。"

  • 長期的な経済発展の成否は、政治経済制度のちがいであり、社会を支配している制度的枠組みが、収奪的であるのか、包括的であるのか、の違いが、持続的な経済成長が可能となるかどうかを左右していると、主張している。

  • 下巻では、ヨーロッパに植民地にされた南米やアフリカの国々が、その遺産の制度にどのように対処したかによって、今日の貧困などの状況へと至る道筋を歴史的に見ることができます。また、先見の明のあるリーダー達によってそれを回避できた事実も教えてくれます。
    収奪的な制度、包括的な制度という2つの選択肢から、いかに一方に変わりにくいかということを、それぞれに固有のインセンティブに原因が見出されています。これは今日の我々の社会でも重要な視点ではないかと思います。

  • 「世界には四種類の国がある。先進国、発展途上国、日本、アルゼンチンだ。」ノーベル賞経済学者のサイモン・クズネッツの有名な言葉だそうだ。1914年のアルゼンチンは50年ほどの経済成長を達成し世界で最も裕福な国の一つだった。しかしその後は独裁主義と民主主義の間を行ったり来たりした。民主主義と言ってもペロンの正義党は巨大な集票組織による利益供与の賜物で権力は著しく集中していた。そして2001年には経済危機を迎え先進国から果て得ん途上国へと滑り落ちていった。

    日本は逆に19世紀中頃までは中国とともに鎖国政策の元で停滞していたが完全な中央集権の中国とは違い、薩摩藩が琉球を通じた交易で密かに力を蓄えていた。中国はアヘン戦争以降国力を落とし、太平天国の乱は一時期江南一帯=中国の穀倉地帯を征圧したにもかかわらず後に自壊し、辛亥革命後も統一政府は作られず各地の軍閥が地方を支配し、抗日戦の一時期を除いて国共内戦が続いた。鄧小平の改革開放以降少しずつ所有権や個人の権利は拡大し経済は発展してきてはいるが独裁的な政治体制が続いている。日本の明治維新が成功しより包括的な政治制度へと踏み出したのに対し、なぜ太平天国の乱や辛亥革命は収奪的な制度を維持してしまったのか。藩の独立性が高かったことで説明しているのだが藩内部の構造は収奪的で独裁的だったのではないのか。中国の軍閥の争いが誰が独裁者になるかと言う争いなのに対し、明治維新後は中央集権制の下で少なくとも民主化が進んでいる。徳川家を打倒した後薩長内戦が起こり、薩摩独裁政権が生まれても不思議ではない。しかし現実は坂本龍馬の船中八策と言う当時の常識ではかなり急進的な政策が採用され政治制度が生まれ変わった。

    歴史的な記録は近代化が必ずしも包括的な制度に結びつかないことを示している。20世紀初頭豊かな工業国として発展したドイツと日本でナチスドイツや日本の軍国主義の拡大を防げず弾圧的独裁政権と収奪的制度に屈し工業化はそれを支えてしまった。21世紀のアルゼンチンは未だにとがめ立てもされずに国民の財産を収用できる。敗戦後の日本がアメリカ主導で民主化に一機に向かったのはアメリカ国内の例をみると必然だったとも言えない。そのアメリカの収奪的な制度の名残は今でもまだある。1901年に書き直されたアラバマ州憲法256条は現在でもこう述べている。「議会は、公立学校制度、公立学校の資金の割当制度、白人の子供用と有色人種の子供用の別々の学校を創設し、維持する義務を負う。(中略)どちらの人種の子供も、もう一方の人種用の学校に通ってはならない。」この憲法を削除する修正案は2004年に州議会で僅差で否決された。18世紀末にイギリスで始まった奴隷貿易廃絶は1807と翌年に英米で法制化されたが大英帝国で奴隷制度が廃絶されたのは1834年であり南北戦争に負けた後も黒人に投票権が与えられた南部ではプランテーション農業は存続し、差別的な法律がいくつも成立した。これらの制度が崩壊しだしたのは1950年代からの公民権運動によるものだ。

    アフリカの植民地の大半では奴隷制は20世紀になっても存続した。例えばシエラレオネの首都フリータウンは送還された奴隷の安息の地として築かれた町であるにもかかわらず奴隷制が最終的に廃止されたのは1928になってやっとのことであり、すぐ南の国リベリアもアメリカ奴隷のために建国された国だが1960年代になっても労働人口の1/4は強制労働に従事している。イギリスの植民地政府はまずシエラレオネに収奪的な制度を作り、独立後はアフリカ人の政治家達が制度を引き継いだ。イギリス人は大首長を終身制にしこの制度は今でも続いている。シエラレオネ東部の現在はダイヤモンド鉱区であるコノのスルク王=大首長の玄孫は2005年にスルクのために設けられたサンダーと言う保護領の大首長に選出された。イギリス国内で作り上げた包括的制度は植民地政策には適用されなかったということだ。現在のアメリカの自由主義の輸出がうさんくさいのも同根だろう。

    アフリカにも包括的な制度を導入できた国がある。ツワナ人の国ボツワナは南アの北にあり、西はドイツ支配下のナミビア、東にボーア人支配のトランスヴァール(現南ア)やセシル・ローズのローデシア(ジンバブエ)に挟まれていた。これらの勢力の拡大を防ぐためにイギリスが支配したが植民地化には値せず出来るだけ手をかけない方針だったがツワナの三人の首長はよりましな方、イギリス人の支配の強化を求めた。1895年チェンバレンの言質を取りイングランドを遊説し庶民の支持を得た。またコットゥラと言う集会所では成人男子の総会が開かれ誰でも発言が出来る。そして実力が認められれば誰でも首長になれる。イギリスの力を借り収奪的な勢力から身を守ったボツワナは1966年に独立した時点では世界最貧国の一つであったがーだからイギリスも植民地化しなかったー翌67年に世界最大級のダイヤモンド鉱山が発見されるとすかさず国営化し、その収益でインフラを整え一人当たりGDPでは2013年世界80位となっている。これは中国やタイよりも上位なのだ。

    ここで得られた結論は制度は変えられると言う楽観論でもあり、しかし容易には変わらないと言う悲観的な見方でもある。現在の中国のように収奪的な制度化であっても一定期間の経済成長は歴史上多く見られた。包括的な制度が永遠に続く保証はなくメディアや国民の監視によってなんとか続けていくものなのだろう。そして収奪的な独裁制の下での持続的な発展が続いた例は歴史上ない。

  • 長期的な経済発展の成否を左右する最も重要な要因は、地理的・生態学的環境条件の違いでも、社会学的要因、文化の違いでも、いわんや人々の間の生物学的・遺伝的際でもなく、政治経済制度の違いである、と主張し、それを歴史的比較分析で論証…なのだが、とにかくRedundantに過ぎるというか、後半もう分かったよ…許してよという気になりましたw

  •  読み進めるにつれて、この題名の意味について考えさせられる。・・・・副題だけで十分ではないかと。
     たびたび手を休め、考える。副題だけだと、「何だ、富や権力起源はそんなところなのかー」と、狭い範囲で納得してしまう気がした。
     今、12章の悪循環を読んだいる途中だが、最後まで読み、通読してから、タイトルをふりかえりたいと思う。

  • 日本は分権、中国は中央集権、大きさが全く違うのに中国が中央集権を出来たのはすごい。
    豊かになるには搾取するか、独占するか。奴隷制度、プランテーション。メディアの独占。
    日本もドイツも経済的に豊かだったがそこからナチス、軍国主義が生まれている。
    搾取をしないのであれば、何かの制限をかけて対等な豊かさを生むしかないのか。

  • 本書の主張は極めてシンプルだ。収奪的制度をしく国家は衰退する。なぜならイノベーションへのモチベーションが起こらないから。国家を企業に置き換えるととても分かりやすいのではないかと思う。苦労してイノベーションを成し遂げたとしても、単に収奪されるだけで報奨がなければ、モチベーションが上がらないのは当然だ。では何故収奪的制度がなくならないのか。権力の掌握は富の独占を生むからだ。そうした体制において、イノベーションは既存権力を脅かす存在として排除される訳だ。これはリアルでわかりやすい。
    興味深いのは、ルーズベルトがニューディール政策を推進するために、最高裁判所判事の任命権を大統領の与える法案を通そうとした時に、米国では、経済的効果が期待できるにもかかわらず、行政権の濫用(=収奪的制度)につながるという理由で通らなかったことだ。現状の日本の状況に似ていると感じるのは気のせいだろうか。日本が収奪的な国家へ向かわなければよいと思うのだけれど。

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