羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (385ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152096685

作品紹介・あらすじ

『ピーターラビット』の故郷、イギリス湖水地方で600年以上続く羊飼いの家系に生まれた著者。ときに厳しい自然の中の暮らし、生業への葛藤……世界で最も古い職業の一つである羊飼いの生活をユーモアを交えてつづり、世界でベストセラーとなったノンフィクション

感想・レビュー・書評

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  • “私たちのような家族は長い絆を護りながら、時代を超えてお互い寄り添い続ける。人は生まれて死んでいくが、農場、羊の群れ、昔ながらの家族のつながりはずっと続いていく。”

    土地に染み込んだ家族の記憶、土地の景観を形作った何世紀にも渡る牧畜のシステム。自らはその一部なんだ、自分の後にも続いていく大きな流れに含まれているんだという帰属感が、著者の人生を形作る。
    しかし著者は伝統を重んじて、ただ家業を継いだ訳ではない。

    立派な羊飼いである祖父に憧れた幼少期、農場経営方針で父親と対立し新しい生き方を模索して大学に通う青年期、牧畜を生涯の仕事でと定めて家庭を築き、そして家族経営農場で子供達を育ていく著者の半生記が、夏・秋・冬・春の各章にて湖水地方の情景と四季に応じた仕事の描写に織り交ぜられて語られていく。
    大学やロンドンでの都市生活、ユネスコの観光プログラムアドバイザーとして各国の伝統的農業地域を巡る中で、もはや事業としては成立しなくても、次世代へ牧畜技術を繋ぐことの重要性と湖水地方の牧畜が持つ文化的意義を、著者は再発見していくのだ。

    時制を軽やかに超えることで生き生きと伝わる文章、美しい自然描写など読みどころが多いが、農場での仕事に対する溢れんばかりの愛情と自らの生き方への充足感がひしひしと伝わるところが最大の魅力だろう。
    羊の品評会で賞を獲得するビアトリクス・ポターに対して羊飼い達が敬意を表するエピソードや、著者の人柄が偲ばれる謝辞ー特に子供達への想いーには、ほっこりとする。

    読後に、改めてカバー写真を見る。
    羊の赤い背中や、遠く離れた場所で牧羊犬の活躍を見る人影など、最初に手にした時とは違う視点で美しい風景を見れることだろう。
    清々しい気分で読み終えた。




  • オックスフォード大学卒の羊飼いの書いたノンフィクション。文章は簡潔で分かりやすく、誇り高く生きる羊飼いの心を描く視点は俯瞰的。「1987年のある雨の朝、自分たちがちがうのだと気がついた」という書き出しで本は始まる。英国の羊飼いの生活で当たり前に使われる用語、例えばフェルは山、レースは細い通路、などの様に解説があるものと、ヒース(平坦地の荒地)や聞き慣れない羊の種類の様に、知らなければ絵が浮かばないものがある。それらをネットで調べると、イギリス湖水地方の美しい風景写真や、沢山の種類の羊の写真が沢山紹介されている。
    文章だけで光景を描くのも良いと思うが、面白いので先に読み進めたい思いを抑えつつ、ひとつひとつの描写を丁寧に理解しながら読み進めるのも、味わい深いです。
    「(祖父には)手っ取り早い利益よりも、誠実な人間としての名声や評判の方がずっと大切だった」の様な重い言葉も、心に響きます。

  • 読む牧場物語(ゲーム)!イギリス湖水地方の情景が頭に浮かんで読んでて癒やされた〜!
    ゲームで羊を飼ったことはあるけど、実際の羊飼いは過酷な仕事だらけでのどかなほのぼの牧場ライフとは程遠いもので全然違った…でも自然と動物と生活を共にするのってなんだか尊い憧れがある
    「ここの牧畜システムの根幹は生産性を最大化することではなく、この土地で持続可能な羊の群れを作り出すこと」
    なるほどなぁ、他の仕事や生活でもこの考え持った方がいいよなぁと思った

  • ビアトリクス・ポターと若い羊飼いトム・ストーリーの品評会の写真が素晴らしかった。(338ぺージ)

    詩人になりたいという夢を持つリーバンクス氏。読むごとに湖水地方の四季がありありと目に浮かんだ。信条や信念、格言めいたことが書かれていて深い。そしてシンプルで哲学的。羊飼いって大変な職業だと思うけど、何だかとても憧れてしまう。(憧れだけじゃやってられない職種だけど…)農場、牧畜業は経営難になりやすい。日本の農業もそうだけど、一次産業に元気がないと、国や経済そのものが疲弊してしまうような気がする。

    羊の血統、数世代前の掛け合わせまでしっかりと覚えないといけないなんて…。もう特殊能力バリバリとしか言いようがない世界。

    だけど羊飼いはすごい。羊の群れを見抜く力、洞察力、推察力が深い。羊を人にすると人が辿る未来が見えてくるような気がして、薄ら怖さを感じた。例えば…「牧畜システムの根幹にあるのは、生産性を最大化することではなく、この土地で持続可能な群れを作り出すことだ」(300ぺージ)で、今の人間社会に対する一種の警告のようにも感じ取ることができた。エネルギーが尽き、最新技術も通用しなくなった時に、立ち返る場所、役に立つ教訓、知識はこういう場所でひっそりと息をしているのだと思った。

    ☞もうすぐ続巻が出る、それが楽しみだ。
    ☞『ティギーおばさんのおはなし』


    =メモ=
    共通の認識
    利益よりも誠実な人間としての名声や評判の方がずっと大切
    順応、適応、変更…。頼りになるのは自分だけ
    都会では生活を冒され、匿名の存在となり、周囲の世界に振り回される。自由も理性も根こそぎにされる
    家族と共同体、護るべき価値観
    人は見えないものを気にかけようとはしない
    流行に合わせて群れの性格を変えるか、現状を維持し再流行するのを待つか
    凶暴な犬が現れた時に射殺する権利がある
    湖水地方の景観は自然に保たれているのではない
    帰属感は”参加すること”によって生まれる
    雄羊を買うとき、私たちは将来への夢を買っているのと同じ
    雌の子羊は、群れの将来そのもの
    農場での仕事の多くは”合理的な経済的意味”の枠の外にある。

  • ひつじ好きとしては読まねばならぬと思っていた本。

    湖水地方を「夢の場所」として描く作家たちに反感をおぼえる若い頃の著者。まあわからなくもない…大切なのは、そのあと、「本当の」湖水地方について書こうと考えたこと、だと思う。言葉にするのって、本当に大事。

    仕事はぜんぶ祖父に教わったという。そうやって受け継がれていくことがある一方で、家族というものはままならないなあと思う。
    母親が冷蔵庫に貼ったマグネットに「つまらない女性の家は汚れひとつなくピカピカ」と書いてあったというのが、とても、とても…そのマグネットほしい!

    ところで、冬はひつじを羊舎に入れたらダメなのかな…過酷…
    羊飼いの杖かっこいいな…角を加工するのとか憧れるよねえ。
    羊毛を売っても利益にならないというのが悲しい。羊毛の活用については言及されてなくて、ちょっと残念。

    著者のTwitterを見ると、高原にひつじの群れ!
    日本では見ない品種のひつじ!
    やっぱりひつじ好きには夢の場所では…と思ってしまう。

  • ピーターラビットやワーズワースを読んで憧れて、旅行したときには景色の美しさに感動した湖水地方、そこでの羊飼いの暮らしが描かれている本だというので興味深く読んだ。
    「羊飼い」という言葉にはなんとなくのどかな印象があるが、実際は、当然のことながら厳しい。しかし著者は、家業だから仕方なく継いだのではなく、好きだから自分で選び、誇りを持って続けているということが伝わってくる。
    ビアトリクス・ポターは湖水地方の景観を保全するためには、ハードウィック種の羊での農場経営が重要だと考えていた。著者はそれを実践している人たちの1人だ。ワーズワースは湖水地方を独自の文化と歴史が根づく場所と考え、訪問者もそれを理解しなければ訪問者自身がこの地を特別たらしめるものを消し去る負の力になってしまうと主張していたそうだ。著者も同様で、農場経営は著者自身の生活のためというだけでなく、独自の文化と歴史、美しい景観を守るために自分が果たす役割だと考えている。ピーターラビットや詩を軽く読んだだけでは読み取れていなかったことを、この本を読んで理解できた。
    著者の半生が描かれているが、時系列ではなく、章立ては季節ごとになっている。農場での仕事は季節ごとにやることが決まっており、天候や羊の状態によって調整はするものの、基本的には同じことをコツコツと、何百年も前から続けてきたし、これからも続けていく。そんな書き方でいながら、著者が子どもの頃から今までどんなふうに生きてきたのかがちゃんとわかるようになっているのもおもしろかった。

  • こんなに読みたくなるタイトルもなかなか無い。
    自然と動物、伝統の中で生きること。著者がオックスフォード大学で学んだ経歴を持つのがまた面白い。頭でっかちにならず目の前のことに向き合って日々を生きる、できそうでできない芯の強さを感じた。
    訥々とした語り口が好き。羊たちを相手にする日常に独特の心地よさがある。

    p.58
    “……毛刈りに話を戻そう。納屋の奥には毛刈りを待つ羊が並び、室内には鳴き声の不協和音がこだまする。屋外の陽光の下で母親が出てくるのを待って騒ぐ子羊に向かって、親羊はメエメエと鳴き声を上げる。毛刈りを終えるなり、雌羊は鳴き声を聞き分けて自分の子羊を見つけ出す。しかし子羊のほうは、見たこともない骨と皮ばかりの生き物に戸惑い、以前のような毛がふさふさの母羊を捜して逃げ出してしまう。”

  • まさに「ランドスケープ=風景そのもの!」

    イギリス湖水地方に代々続く羊飼いの四季の営みを綴ったもの。
    美しく豊かな風景がそこに存在するということ。それはつまりその風景を守り維持する生活が根ざしているということ。

    四季を通して羊飼いの過酷な生活が綴られ自然の美しさと厳しさも綴られている。著者のユーモアを交えた文章にどんどん引き込まれる。

    著者は羊飼いの息子として生まれ、後にオックスフォード大学を卒業、現在はユネスコのアドバイザーとしての一面もある(著者紹介より)

    ランドスケープ、里山などの持続可能な開発...
    それらの仕事に携わる人たちにも是非一読してほしい本だと思う。

    目の前にひろががる広大で美しい風景...
    そこには四季があり、生活があり、そしてそれは一夜にしてできたものではなく何世代と途切れなく続いた営みに支えられている...とういうことを忘れてはいけないと思う。そんな一冊であった。
    素晴らしい!

  • 夢のように美しい湖水地方の、ナショナル・トラストによって管理される土地。

    そこで暮らす羊飼いによって語られる、祖父、父親、そして自分と子供たちに代々受け継がれて行く羊飼いの暮らしについての、美しい風景や厳しい現実。

    羊飼いとしてはめずらしくオックスフォード大学をでた作者は、それでも谷に帰って羊を追う暮らしを当たり前のように選び、日々いちにちも休むことなく自然と闘い、羊を育てる。

    チープな言い方だけど、その生真面目で真摯な生き方はまるで詩のようで、自然と尊敬と憧れの念がわく。

    詩であるが故に「先が気になる!」というタイプの読書ではなく、ひとつひとつ味わい想像しながら少しずつ読んだのでだいぶ時間がかかってしまった。

  • イングランド北西部、湖水地方の羊飼いの暮らしがどういったものであるかを回顧録的に綴ってくれている一冊。
    自身、だいぶ昔に湖水地方でないがイギリスを旅したときの電車からの風景、透き通った青空の下、木々の少ない一面牧草地の広大な丘があってそこに沢山の羊が放牧されていた風景をふと思い出しました。

    私は日本の畜産農家の下で生活したことがないので、完全に想像の域であるが、日々の生活や人間関係など、日本のそれと結構近いものがあるんじゃないかなって想像してしまった。
    コントロールできない自然現象との戦いに泥臭い人間関係、でも都会の生活より圧倒的に人間らしさを感じれる、そんなことを読んで思い考えました。

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