SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5015)

  • 早川書房
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本棚登録 : 539
感想 : 61
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784153350151

作品紹介・あらすじ

時間旅行が実現した世界で、タイムマシンの修理工チャールズ・ユウは、「もうひとりの自分」を光線銃で撃ってしまった……。SF界/文芸界注目の俊英が描く異色の家族小説を、円城塔翻訳で贈る

感想・レビュー・書評

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  • 訳が円城塔さんというところだけでも興味倍増なのだが、軽やかな邦題が気になって手に取った1冊。原題は“How to Live Safely in a Science Fictional Universe”。

    一人乗りのタイムマシンで時空を行き来しながら働く、タイムマシンの修理工が主人公。彼は特殊な能力や、世界全体を変える使命を帯びた人物でもなく、単にサービスマンとして、タイムトラベル中に機械トラブルに見舞われたタイムマシンのメンテナンスと顧客のケアをしながら日々の糧を得ている。スペースオペラ的な感じで冴えないキャラでも、カッコいいトラブルシューターでもなく、「それしかなりようがなかったから」という感触の、サラリーマン的な立ち位置というのが結構新鮮。表紙のイメージくらいのスペースのタイムマシンで日々作業に明け暮れるというのも「英雄の孤独」には程遠く、職業上生じるぼっち感。SF上壮大だった時間旅行も、技術と仕事が確立されると、小さくなってしまうのね(笑)。

    仕掛けに気づくタイミングは明確にあるものの、構成が巧みで、モジュールβあたりからスピードに乗ってくる。主人公の生きる、平穏で希望の少なそうな社会は伊藤計劃『ハーモニー』に通じるように感じたが、彼の思いは、『ハーモニー』のような「穏やかな社会でも私にとっては地獄だ」といういらだちと怨嗟には遠く、自分と家族のすれ違いと、自分の陥ったループを解決すべきか否かの問題に直面しつつ、タイムマシンのインターフェース人格と非実在ペットとともに行きつ戻りつ進む。構成やギミックはSFに違いないけれど、細部は決して軽やかなエンタメ一辺倒ではない、真摯で丹念な描きかただと思う。むしろアメリカ文学伝統の、からりとした底の浅さ(非難ではなく賛辞としてです、念のため)とエバーグリーンな孤独感が正統的に生きている感じ。それに加えて彼の選ぶ行動が、昔読んだブレット・イーストン・エリス『レス・ザン・ゼロ』やジェイ・マキナニー『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』に通じる気がした。

    円城さんのお選びになった翻訳文体と、主人公の口調や設定された世界の用語がとてもよく合っていて、ひょっとして円城さんの創作長編?と思っても全然不思議はない作品。ただひとつ言っておくと、SF女子は作品の序盤で、主人公のビジュアルを表紙イメージで上書きしたほうがいいと思います!

  • 円城塔の翻訳が綴るタイムトラベルもののSF純文学。メタフィクショナルで概念的な世界観は難解に映るものの、文体の軽妙さのおかげかまるで苦痛に感じない。特に翻訳者との親和性は抜群の一言。ウィットに富んだ比喩表現やプログラムとの掛け合い、自己語りなどは『ライ麦畑でつかまえて』のように軽妙洒脱で、非常にスマートで美しい文章だった。帯にある自分殺しのパラドックスが起こるのは中盤からで、やや遅めに感じるかもしれないが、序盤部分でじっくりと語られた主人公の生活や家族との思い出こそが本筋であり、パラドックスのアクシデントそのものは物語の一要素に過ぎない。難解な用語と世界観の把握が困難を極めるものの、一冊の本のような人生と家族の物語ということから逆算すれば、それらのメタな装飾もすんなりと理解できる。結末はやや安直で手垢のついた言葉のように映るものの、力強さのある言葉だった。ヒーローでも何でもない、ぼっちで、家族に取り残された主人公の放つ言葉だからこそ人間的な説得力に満ち溢れているのかもしれない。

  • SFのSはStoryのS。
    SFのFはFunctionのF。
    直訳すれば「物語的関数」、または「物語性のある関数」とでもなろうか。
    変数としての文字列に任意の読み方を代入することで、
    あらゆる意味を持ち得るのである。

  • うーん、これは何と言ったらいいのか、タイムトラベルもののSF小説であり、同時に、家族(特に父子)小説でもある。前者としては非常に面白く読んだのだけど、私はどういうわけか後者はきわめて苦手で、サーッと気持ちが引いちゃうんだよね。クールなSF部分に比して、家族部分はかなりベタに語られるのがつらい。そこがいいという人も多いだろうけど。

    出だしはまるきり円城塔。チャールズ・ユウって、円城氏の英語でのペンネームでは?という疑惑が頭をかすめるほど。シャープで、でもどこかとぼけていて、好きなタッチだ。いったいこれってどこまでが原文の味わいなんだろう。合わせ鏡の中にいるような自己言及の連続や、物語のメタ構造がとても刺激的だ。

    時間って本当に不思議だ。「未来」を私たちは知らない。「現在」はつかもうとしたときには既に過去になっている。じゃあ「過去」は確かか? そうじゃないのは、次の独白の通り。

    「時間は装置だ。痛みを経験に変換し、生データはコンパイルされてより理解しやすい言葉に翻訳されていく。あなたの人生における個人的な出来事は記憶と呼ばれる別の物質に変換され、その変換過程では何かが失われることになり、あなたは決して、それを復元することができなくなる。あなたは決して、オリジナルの瞬間をそれがまだカテゴライズされていない未処理の状態として取り戻すことはできないだろう。その過程はあなたに先へ進むことだけを強制することになり、この件についての選択権があなたに与えられることはないだろう」

    本筋ではないが(いや待て。もしかして重要な要素かも)、始まってすぐに主人公の容姿(と言うより体型)が明らかになるところで、「は?」と目が点に。表紙の朝倉めぐみさんの手になる繊細そうな青年とは全然違うじゃん!あの絵をイメージするから、現実の時間の流れから切り離された電話ボックス大の空間で、非実在の犬とコンピュータプログラム相手に何年も過ごし、父を探す青年の姿が切なく感じられるんだけど。本文通りに思い描いてみると…、うーん、また別の切なさがあるかなあ。

  • これを読み始めたとき、チャールズ・ユウの実在を疑い、円城塔の自作自訳なのではないかとちょっとでも思った人。やあ、兄弟。

    “継時上物語学”とか日本語でうまいこと言うから疑いがより強まる。

    でも、読み進めると結構違う。円城塔よりもっとウェットで、ちょっとだけ温度が高くて、地味な家族の話。

  • 「SF的な宇宙」と言ってしまっている時点で、SFではない可能性を孕んでしまっている、自己矛盾。
    それを感じつつも、現実にこの本を書いているチャールズ・ユウと、この本の中で『SF的な宇宙で安全に~』を書いているチャールズ・ユウと、……という入れ子構造は、そもそもタイムトラベルとは入れ子構造的ではないか、という疑念を抱かせる。
    それはつまり、ガレージで発見した、「あらゆるものはタイムマシン」ということなのであって。
    だからこれは、引きこもりの男が家族と、そして社会と和解するための、家族小説となるのだ。

  • なんかインターステラーみたいな。クリストファー・ノーランの映画的な難しさがあって読むのに思ったより時間がかかってしまったな…

    作者はコロンビア大学のロースクールで法学博士号を取った方のようなので、そういう博識な人が書いた文章って感じですね、ええ。

  • 読んでいて気持ちがよかったな……あたたかな読後感 著者のチャールズ・ユウって、本当にいるの?と正直しばらく疑っていたが、調べてみたら「ウエストワールド」の脚本家だった!

  • 県立

  • 煩わしさから逃避して時制から逃避してそれで良いと思ってたけどループの中に閉じ込められてそう遠くない未来の自分からメッセージを受けとる。過去は変えられない。繰り返すたび記憶がなくなることは幸か不幸か
    ちなみに、本の内容ではないけど、久しぶりに紙で本を読みました。電子よりも世界に入れる気がしてよかった。

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