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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
第132回(平成16年度下半期) 直木賞受賞
初めて角田さんの本を読ませて頂きました。性格も生活環境も全く違う二人の女性小夜子と葵のお話。自分の経験と照らし合わせられるからか、凄く読みやすく、2つのお話が繋がっていき、どんどんと引き込まれました。歳を重ねるのは、また出会うことを選ぶためなのですね。とても、素敵な本でした。
3冊目の角田作品です。
二つの話が交互に進んでいく中で、それらがどのように交差していくのか気になり、一気に読みました。
結末にホッとしつつ、ナナコの現在も気になりましたが、やっぱり、それはなくてもいいのかな、と思ったり…。
川の様子や、景色が目に浮かぶようで、角田さんの文章が好きだなとおもいました。
ナナコ、葵、小夜子の性格はどことなく似ていたのだろう。
幼少の時から人になじめず、学校生活の中で起こる陰湿ないじめや家庭内の乱れ。
そんな中でナナコと葵はお互いの存在が心休まる場所になっていたんだと思う。
いつも誰かに何かにびくびくしながら過ごしていく毎日に嫌になり、ついに明るい未来へ飛び出す、逃げ出していく女子高校生2人。
たどり着いた先には結局「求めてたモノ」はなかったけど、彼女たちは更に心を通わせることができたと思う。
その後の別れは、すごい悲しかったけど、どうしていいか分からなかったのかもしれない。
今の現代にある切実な悩みを持つ小夜子の気持ちも納得がいった。
集団の中の「孤立」は誰もが怖いと思う一方で、その輪がどれだけ自分の中で大切かを考えることも、また必要なんだな。
既婚、未婚というそれぞれ違った立場にいる30代の女性同士の微妙な関係、みたいなふれこみで、何となく斜めな気持ちを持ちながらも、興味がないわけじゃなかったので手にとってみたのだけど、そんな陳腐なもんではなくて、なんと言うか、思春期の女子独特の儚さや脆さ、ピュアな幼さがひたひたとしみいってきて、自分の奥深いとこにある何かが揺り起こされるような感じがして、読後、爽やかなものが残った。頬を伝う汗や、エイトフォーの香りを思い出した。
八日目の蝉のようなドキドキ感はないけど、読み始めると止めれない。
登場人物一人一人にいるいるって感じてしまう。
一番共感できたのは小夜子の夫に対する気持ちかな。
これが又自分の年齢や置かれた環境に寄って共感できそうな人物ばかりが登場しました。最後は小夜子と葵の関係が続く方向で話が終わって良かったです。
とても面白かった。2つのストーリーが交差しながら、だんだんとつながってくる感じがとてもいい。まあまあ長かったが、そんなことは感じさせない。
すごく共感できる。幼児時代、高校時代、そして大人になっても人との関係を構築、維持していくのに自分を演じるというか、つくろうというか、打算的な振る舞いは誰しもあると思う。そんな人の嫌な部分をぐいぐいと描かれている。生身の人が描かれていて、引き込まれてしまった。楽しい、とか爽快な感覚は全く無いのだが、心を掴まれる。
専業主婦、女子高生、仕事、家事・・・色々と女性の苦悩と辛さがあらわれています。男に生まれて楽じゃないけど女に生まれてきたって楽じゃない。彼女や友達の人生が少しだけ垣間見れました。
たいせつな人、たいせつな関係ってどういうことなんだろうと、この数年ずっと考えていて、好きな本書を読み返しました。僕のばあいは、ここにいたら10分後には死んでしまうというときに、動けないつれあいをおいていくか、連れていくか、それとも一緒に死ねると覚悟を決めれるか、そういうふうに考えてしまうんだけど、角田さんの本を読んでいると、僕の想像は、まわりの人間関係のなかで相対化されていないと思い知らされます。人間って、関係のなかで生きてる。角田さんがすごいのは、どこか普通というところからはみ出た者同士が、遠くに行きたいねって一緒に遠くに行って、もう死んじゃおうかって自殺未遂をしたその先で、人はつながれるかっていうことを書いてることだと思います。もう水なんて出るはずのない、乾ききって、使い古したクタクタのぞうきんなんだけど、残っている力を込めて絞ったらじわりと水がにじみ出た、最後はもうそんな感じでした。
専業主婦で内向的な小夜子と、独身女社長で外向的な葵。対照的な二人に友情が芽生え、亀裂が生じる。
それは葵の過去から始まるもうひとつの物語によって、謎が解き明かされると伴に、出会いや別れの意味を考えさせられる。
過去と現在を交錯させながら、物語の芯まで掘り下げていく展開が素晴らしいと思ったし、どこにでもある日常の中からここまで感動を生み出す文章は凄い。
『空中庭園』では,大人の女性からの視点がゾクゾクするくらい鋭いのに対して,子どもや男の目線で書かれた文章に不満を覚えた。
今回は,タイプの違う大人の女性とタイプの違う子どもの女性の物語,共通する人物は1名。
大人同士の物語としても完成しているし,子供同士の問題としても完成している。つまり,どちらの物語も共感しやすい話を素材として深みを出しているし,その交差のさせ方もお見事。
女友達の話。高校生と主婦、女の集団はどの時代でも怖くて痛い。もっと陰湿に残酷に書こうと思えばいくらでも書けるが、嫌な熱は感じない、いい距離感で読めた。信じるって何より強い。そんなに期待しないで読んでたら、意外に良くて楽しめた。
もう、イライラするのも嫌やし、やったーって思ったとたんに悲しくなるのも嫌やし、思いすごしも思い違いも嫌やし、伺ったり伺われたりするのも嫌やなー
とか思うと、じゃあ誰とも関わらなければよいのかもしれんとも思うけど
素直に単純にシンプルに絶好調にうまくいく人間関係なんてそうそうなく。
ありえへん!とかもう一回だけ期待!とか、やっぱりごめん!やったり、なんかやっぱええやん、とかそういう繰り返しで育っていく絆があって。
自分の考えてるんと同じくらいかそれ以上に他の人も色々と考えてるっていうことを、自分だけの感情に支配されるととかく忘れてしまいがちやなと、思わされました。自問自問。
人は誰かと出逢うたび、自分の中にその人しか当てはまらない鋳型で穴があく(解説より)
再読。改めて、大好きな作品だと実感した。
小夜子の章は現代、葵の章は過去が描かれている。どちらの時代の話もすごく共感出来て物語の中に自分が見事に入り込んでいる錯覚さえする。読書っておもしろいっと思わせてくれる1冊。
専業主婦の主人公にここまで感情移入できたのは初めてかもしれない。
中学生のころから,ずっとずっと感じてきた,一人でいることへの恐怖。
一人でいても大丈夫でいられる,確固としたものを築いた今では,その恐怖も薄れてきたけれど,でもこの日本では完全にぬぐえない。
こんなにその恐怖のこちら側の心理を,鮮明に描いたものって少ないと思う。
八日目の蝉の作者なんだー。

とても心に沁みる話だとは思うのですが。
どうしても、葵の過去と現在が一致しない。
あの葵がこういう社会人になるのだろうか、
そこで引っ掛かってしまった。
小夜子にはかなりイラっとくる。
過去...





