闇の奥

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163288802

作品紹介・あらすじ

太平洋戦争末期、北ボルネオで気鋭の民族学者・三上隆が忽然と姿を消した。彼はジャングルの奥地に隠れ住むという倭人族を追っていたという。三上の生存を信じる者たちによって結成された探索隊は調査をすすめるうち、和歌山からボルネオ、チベットへと運命の糸に導かれていく。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろかった。辻原ワールド全開の感。
    冒頭部分は辻原ファンならばあの名作を思い出すに違いない。
    出水裕二の大学ノートの中で語られる沈黙交易の場面が印象深かった。

  • 時間がかかって、ようやく読み終えた。
    和歌山毒カレー事件とリンクしていた。

  • ★3~4の間ってところでしょうか。
    小人族をめぐる冒険小説。
    ところどころコンラッドの『闇の奥』に出てくる世界観を彷彿させます。
    ボルネオ編、紀伊山地編、チベット編と大きく分かれてますが
    チベット編の雰囲気が良い。

  • 辻原さんも久しぶり。あー、なんかどっぷり浸かった。
    和歌山に心惹かれる。

  • 夏のけだるい午後クロアゲハを見かけたときのような。ないと分かっているような気がするけれど、本当にないとは言い切れない世界。だからこそ切なく探し求めてしまう。この感覚が好きです。

  • 小人族?

  • 「ポルトガル語にsaudade(サウダーデ)という美しい言葉がある。この言葉は他国語には訳せない。心象の中に、風景の中に、誰か大切な人が、物がない。不在が、淋しさと憧れ、悲しみをかきたてる。と同時に、それが喜びともなる。えもいわれぬ虚の感情……。」

    かつて三上隆という気鋭の民族学者がいた。蝶と矮人族(ネグリト)を追い続け、敗戦の年、ボルネオのジャングルで消息を絶った。語り手の父は三上の旧友として捜索団を組織し自らボルネオに渡るも、目的を果たすことなく病没する。息子である語り手は、父の意志を継ぐべく、父の遺した手紙、捜索団の一員だった出水(和歌山カレー毒物事件の被害者)の遺したノート、その他の資料をもとに、北ボルネオ最奧部における三上隆捜索団の旅、和歌山大塔山系における小人村探しの探検をレポートに書く。最後には語り手自身がチベットに潜入し、三上隆の影を追う。熊野、ボルネオ、チベットを舞台に、異世界と現実世界を往還する秘境小説である。

    実在の人物、史実を素材に創作された架空の物語。それも、どこまでが真実で、どこまでが創作なのか、虚実の境界が限りなくぼかされ、つかみがたい。それでいながら、とびっきり面白い。作者は辻原登。その語り口の巧さには定評がある。今回作家がその素材としたのは、伝説のナチュラリスト鹿野忠雄。巻末に参考文献が揚げられているのだから、ネタバレの誹りを受ける心配はないだろう。この若くして北ボルネオで消息を絶った稀有な探検家のその後の消息を追い求める探索行が、小説の主題である。

    題名が『闇の奧』となっていることからも分かるように、先行する文学作品を幾重にも織り込んだ間テクスト性の強い作品となっている。題名は、もちろんコンラッドの同名小説(の邦題)から拝借している。ジャングルの奧に君臨する白人の独裁者を追って、アフリカの奥地に向かう男の話は、オーソン・ウェルズが映画化を試みて果たせず、フランシス・フォード・コッポラによって、舞台をベルギー領コンゴから戦時下のヴェトナムに移すことで映画化された。言わずと知れた『地獄の黙示録』である。強大な軍事力を持つ覇権国家側の人間が、圧政下にある現地の部族民に同化しつつ生きるという主題を共有する点でこの二作はつながる。

    さらに、ナボコフの『賜物』との関係がある。ナチュラリストで探検家でもある蝶の蒐集家が、蝶を追って中央アジアに出かけ消息を絶つというのが、『賜物』の第二章で語られる主人公の父の話だ。作家志望の息子は、父の遺した資料をもとにその伝記を執筆することで、父の生涯に迫ろうとするのだが、書き進めるうちに息子はまるで父になりきって書くようになる。これはそのまま『闇の奧』の設定に重なる。一つのテクストの中に文体もジャンルも異にする複数のテクストが展開する『賜物』という複雑な構成を持つ小説を下敷きに、辻原はこれを書いたにちがいない。第五章「沈黙交易」のエピグラフにナボコフ『賜物』の一節が引用されている。作者からの挨拶であろう。

    題材によって、自在に文体を使い分けるのが、この作家の持ち味だが、今回のそれは、久生十蘭や小栗虫太郎の魔境小説を想い出させる男性的な文体である。小栗虫太郎の『人外魔境』シリーズは、日本人探検家が人跡未踏の地を探検し、有尾人やら水棲人を追うという荒唐無稽を絵で描いたようなストーリーを、独特の衒学趣味(ペダントリー)をちらつかせながらぐいぐいと読者を引っぱっていく躰のものだったが、辻原のこれも矮人族(ネグリト)が棲むという幻の集落を探して、熊野やボルネオ、チベットの秘境に男たちが次々と挑む話である。何が男たちをそうまでかきたてるのか。それが冒頭に引いたサウダーデ。作家の言葉を借りるなら、「胸がひりつくようななつかしさ、いてもたってもいられなくなるようなノスタルジア」とでもいうべき「何か鋭い情緒に突き動かされて」のことなのだろう。

    21世紀のこの時代に小人の話か、と思われるむきもあるかも知れないが、そこは、辻原。2004年にインドネシア東部で発見された新種の人類「ホモ・フロシエンシス」の骨という物証を提示する。この骨の持ち主は大人なのに身長1メートル。つまり小人。これに「和歌山毒物カレー事件」、ダライ・ラマのチベット脱出という実際の出来事を絡ませてストーリーを紡いでいく手腕はお見事としか言いようがない。

    その他にも、ニールス・ルーネベルクの『秘密の救世主』という異端神学書や、数年前発見され話題を集めた『ユダの福音書』、サリンジャーの『笑い男』といった、読者をして立ち止まらせ、考え込ませる鍵がさり気なく鏤められ、本好きにはたまらない仕掛けに満ちている。いろいろ調べて「『秘密の救世主』という本について言及しているもの」というのが、ボルヘスの『伝奇集』の中の一篇であることは分かった。ただ、その「ユダについての三つの解釈」の中に「イエスは妻マリアの肉体の中心部を、イタリアの秋の水仙と呼んだ」という記述は、どこにもなく、どうやら作家の悪戯に引っかかったらしい。それとも、また別のテクストの中に隠されているのだろうか。どこまでも読者を闇ならぬテクストの奧に迷い込ませるたくらみに満ちた一冊である。

  • この本は週刊文春の書評で知り、「地獄の黙示録」の基となったといわれるコンラッドの小説と同じタイトルをつけるのだから、相当な力の入った作品ではないかと思い、読むことにした。
    ちらっと読み始めたのだが、どうも進まず、積読に。

  • 太平洋戦争末期、北ボルネオで気鋭の民族学者・三上隆が忽然と姿を消した。彼はジャングルの奥地に隠れ住むという倭人族を追っていたという。三上の生存を信じる者たちによって結成された探索隊は調査をすすめるうち、和歌山からボルネオ、チベットへと運命の糸に導かれていく(「BOOK」データベースより)

    文明の闇を描いた、ジョセフ・コンラッドの同名小説を先に読んだ方がよいかも。
    和歌山毒物カレー事件は果たして必要だったか悩むところだけれど、おおまか辻原さんらしい作品ではないかと。

  • マレーシア関連と思って買ったら結構チベット。

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著者プロフィール

辻原登
一九四五年(昭和二〇)和歌山県生まれ。九〇年『村の名前』で第一〇三回芥川賞受賞。九九年『翔べ麒麟』で第五〇回読売文学賞、二〇〇〇年『遊動亭円木』で第三六回谷崎潤一郎賞、〇五年『枯葉の中の青い炎』で第三一回川端康成文学賞、〇六年『花はさくら木』で第三三回大佛次郎賞を受賞。その他の作品に『円朝芝居噺 夫婦幽霊』『闇の奥』『冬の旅』『籠の鸚鵡』『不意撃ち』などがある。

「2023年 『卍どもえ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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