音のない記憶: ろうあの天才写真家井上孝治の生涯

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163557304

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  • 『「音声言語というコミュニケーション手段を持たない孝治にとって、健聴者中心の社会で生きるということは、常に「曖昧さ」を伴うことに他ならない。それだけに「曖昧さ」とは対照的な、カメラによって切り取ることができる「鮮明な」一瞬は、彼には特別な意味を持つものだったに違いない。」

    そうだ。写真は、音のない世界だった。

    1959年、まだ返還前の沖縄を旅して写真を撮っている。

    『「ヤマトンチュから見たウチナンチュ、そして、健聴者から見た聴覚障害者―どちらも周縁に置かれた人々だという点で共通する。聴覚障害者である孝治は、そうしたことから、当時の沖縄の人々に強い共感を抱いていたのではないだろうか。彼は自分の体験から、無関心や無視からは理解も交流も生まれてこないことを知っていた。だからこそ生の沖縄を自分の目で見て、写真を撮ることで人々と心を通わせ合おうとしたのではないか。」
    「そう考えて見ると、孝治が撮った沖縄の人々の写真が、逆に「沖縄」ということを超えて、普遍的な人間の姿の表現になっていることも納得できる。」』

    井上孝治は、ろうあ運動のリーダーとしても活躍、奔走する。
    彼が子供時代の盲?学校ではなんと手話が禁止されていた。そんな時代を生き抜いてきたのだ。かれは、53歳で運転免許をとる。ろうあ者の免許取得は何年もの裁判で勝ち取った権利だった。この前向きさ、活力あふれる健康な精神に驚く。

    『「人々はこうした出来事の滑稽な部分を笑い、ろうあ者である孝治の身の上に少し同情し、やがて忘れていく。孝治自身の感情はそこでは完全に黙殺されてしまう。そのことの真の残酷さは、健聴者には気づかれることすらない。ろうあ者たちの前に立ちはだかる壁は話し言葉の問題だけには限らないが、孝治は、写真という「文字コードのない」表現によって、文字では伝え得ないことを語ろうとした。だが、彼が社会から突き付けられたのは、それでもなおかつ「理解されない」という厳然たる事実ではなかったのだろうか。そう考えるのは悲観的すぎるか。」』
    『孝治が残した作品の多くが、明るく、翳りのないものだけに、逆にそこに込められた彼の思いを想像し「て、私は考えさせられてしまうのである。」』

    街のアマチュア写真家として撮った膨大な量のネガは、一度捨てられそうになりながら、奇跡的に救われ、のちに、福岡の百貨店の宣伝に使われ大きな反響を呼ぶ。
    最晩年、国際的にも注目され、井上孝治の仕事は報われた。

    『「そこにはまさに、スナップショットの名手、木村伊兵衛自身が撮ったのではないかと思えるような懐かしい街の光景、人々の風俗や生活が捉えられていた。しかも、何気ないスナップのように見えながら、一枚一枚の写真が、トリミングが不要な完璧な作品として仕上がっているのである。」』

    『「生涯写真を愛した男が、風の如く自在に動き回り、立木の如く静かに待ち続け、魂の欲求に突き動かされるように、無心にシャッターを切っている。その姿が目の前に鮮明に浮かび上がってくる。」』

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/416355730X
    ―― 黒岩 比佐子《音のない記憶 ~ ろうあの天才写真家 井上孝治の生涯 199910‥ 文藝春秋》
     
    ♀黒岩 比佐子 ノンフィクション 19580501 東京 20101117 52 /籍=清水 比佐子
     井上 孝治  カメラマン    1919‥‥ 福岡 1993‥‥ 74 /1955‥‥ 写真店開業
    http://blog.livedoor.jp/hisako9618/archives/13565324.html
     井上孝治写真館のこと(1) 20050203
     
    「思い出の街が甦る ~ 写真家・井上孝治の世界 ~ 」
    ―― 《ETV特集 20110320 22:00~23:00 NHK教育》
     昭和30年頃の街と人々の暮らしを撮った井上孝治さん(大8年~平5年)。
    耳が不自由で、音のない世界で時代を見つめた。そこには、現代が失っ
    たものが写し出されている。
     井上一,清水孝子,安倍正喜,坂口征雄,秋山正俊,仲松庸全,
    副田高行,野口一雄,【語り】津田三朗,【朗読】井芹美穂
     

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著者プロフィール

1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。ノンフィクション・ライター。図書館へ通い、古書店で発掘した資料から、明治の人物、世相にあらたな光をあてつづけた。
『「食道楽」の人 村井弦斎』でサントリー学芸賞、『編集者 国木田独歩のj時代』で角川財団学芸賞、『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』で読売文学賞を受賞。
他の著書に『音のない記憶』『忘れえぬ声を聴く』『明治のお嬢さま』など。10年間で10冊の著書を刊行した。惜しまれつつ、2010年没。

「2018年 『歴史のかげに美食あり 日本饗宴外交史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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