新平等社会―「希望格差」を超えて

  • 94人登録
  • 3.20評価
    • (5)
    • (5)
    • (31)
    • (2)
    • (2)
  • 16レビュー
著者 : 山田昌弘
  • 文藝春秋 (2006年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163684505

新平等社会―「希望格差」を超えての感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 「希望格差社会」の続編か?
    婚姻率の低下、少子化の要因等、世間で一般に言われていることとは違う視点で切り込んでいる。
    教育問題についても非常に説得力がある。
    「パイプライン」については前著でも取り上げられていたと思う。
    注目されていないのは、的を得すぎていて抹殺されているのか。

  •  まとめると。まずニューエコノミー万歳。格差拡大は自由の拡大によるものであって、不可避。格差問題は、市場の「外部不経済」なので、公害と同じように対策が必要。市場の優れた点を保ちながら、格差をミニマムにする(注:オレにはコレ、意味不明です)新しい基準が大事になってくる、つまりこれが、新しい「第三の平等概念」なのであーる。

     でさ。
     まず、格差問題が「外部不経済」というのがナンセンス。格差問題は「外部」ではなく、どう考えたって市場「内部」の問題でしょうに。意味がわかんね。このあたりの本文は、経済主体ってナニヨどころか、センセの頭の中で主語がどっかにいっちゃってるとしか思えない支離滅裂さ。今どき公害だって排出権取引などを通じて市場の「中」で解決しようとしている。せっかく「中」に入ってるモノをわざわざ「外」に出しちゃう、それが「社会学的思考のセンス」というわけ?
     ニューエコノミー大好きな山田先生だが、実際日本がどんだけ「ニューエコノミー」なのよといういっちゃん大事な前提は、検証なし。ドラッカーやらライシュが言ってるんだから正しいでしょっていうのは、学者の仕事? で、日本が「ニューエコノミー」とやらになってるという例が傑作。ペットマッサージ、美容師にメイド服を着せるサービスとかが、なんとニューエコノミーの例なんだそうで。「想像力や創造力に富んだ美的センスを身につけた生産性の高い人」の例がソレですか。はぁ。

     あいかわらず、なんか「オレも、オレもそう思ってたんだよ」的な結論はうまいと思うけれど、論証がぐだぐだ。さんざっぱら「パラサイト」叩きした過去を微妙に修正して「若者弱者論」へとじわじわと体重移動してるあたりも、なんつーか面の皮が厚い。まぁつまりは、いままでの評価を変える著作ではなかったという一言だけで済む話ではあるが。
     最初に結論ありきで、それに都合のいいデータをさがしてきて当てはめればOKなのが社会学。という『反社会学講座』の指摘がまんまあてはまる。この人がこんなに売れっ子で、ホントにいいのか? 社会学。

  • ヤバス
    下流化しちゃっているかも。

  • 前作のまとめと付け足しのような本。

  • 「努力すれば誰でも」/読みやすい

  • 中流生活が崩壊し、社会の「底抜け」がはじまった−。仕事と家族のリスクが増大し二極化が進む今、経済・家族格差を希望の格差に結びつけない新しい社会のあり方を提案する刮目の書!(TRC MARCより)

  • 希望格差という視点からの現状分析は説得的。まぁ,『希望格差社会』と同じ内容ではあるけれども。本書の売りは,希望格差社会に対する処方箋な訳だが,正直具体性を欠く印象。ニューエコノミー下での労働の二極化という分析が明確なだけに,著者の提言くらいでこの大きな流れに効することができるとは考えにくい。どうしてもリスク化する社会をどう生き抜くかという勝ち逃げの方法に興味がいってしまう。漏れの大きなパイプライン(=博士課程)から新しくてリスクが低そうなパイプライン(=法科大学院)に飛び移ってはみたものの,やっぱり漏れてる自分って何なんでしょうね・・・。当事者としては著者の現状分析の鋭さが,痛い。

  • 希望格差社会の著者の続編

    前作『希望格差社会』では2極化とリスク化の2つの因子が格差の結果生まれるということを考察。

    本編では、このような現象が起きているのは日本だけではなく先進国に共通して起こると分析。実際にアメリカでもWorking Poorが問題となっている。1980年代から世界では『ニューエコノミー』へと変化していた。

    これは社会の構造変化のためである。
    『オールドエコノミー』は産業革命による工業社会(努力をすればスキルが上がりそれに伴い給料が上がり生活も豊かになる)から『ニューエコノミー』への変化である。

    『ニューエコノミー』では一部の創造力、想像力(Needsをつかめる)、美的センスの高い人たちと大量の単純労働者と呼ばれる人たちの2極化へと進む。もしくは発展途上国へのアウトソーシング。
    例えば、10年前ならExelとWordが使えますというのが一つの売りにもなっていた。しかし、今ではそんなことはバイトや派遣社員がする仕事であるといわれる。

    経理の仕事はあるが、IT化が進むにつれてソフトが開発されいずれそれも派遣、もしくは少数の人間で管理できるようになる。

    小泉改革では規制緩和を進めた。

    確かに競争をすることは日本が世界の中で経済的発展をする上で必要不可欠である。しかし、その結果までをそのままにしてよいものか。

    競争を肯定することとその競争の結果を同一視しては今後大きな影響がでるであろう。
    どうせがんばって何かしても意味がないと、学ぶ機会を放棄してしまう人が増えるのは明らかに人的資源の無駄である。そのような人を将来税金で救うことになるのは非常に厳しいであろう。

    確かに、最大多数の最大幸福を目指しても全員が幸せにはなれない。自分のボスも汗かいて努力しようが結果がでなければ意味がないと言う。確かにそれは額面通り正しことなのだが、がんばっても報われないというのも生きづらく感じる。

    そんなのは甘い!と、自分は自信を持って言い切れない。

  • 何かを読んで、現代社会における格差について興味を持つ機会があったので

  • 「希望格差」を超えて・・・
    って「希望格差社会」のほうが読み応えがあった。

全16件中 1 - 10件を表示

山田昌弘の作品

新平等社会―「希望格差」を超えてはこんな本です

新平等社会―「希望格差」を超えてを本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

新平等社会―「希望格差」を超えてを本棚に「読み終わった」で登録しているひと

新平等社会―「希望格差」を超えてを本棚に「積読」で登録しているひと

新平等社会―「希望格差」を超えての作品紹介

経済格差の拡大はニューエコノミー以降の世界的な現象だ。労働の「市場価格」の二極化による収入格差も、家族形態の多様化による格差拡大も、不可避であり、「不当」とは言えない。なぜなら、現代社会の格差は、自由で民主的な社会にとって、むしろ「望ましい」とされることから生み出されているからだ。そんな中、「希望の格差」に陥る社会とそうでない社会とがある。その分かれ道とは何か?いま、私たちは新しいタイプの平等社会に移行しなければならない-。「生活の場」を再建する方策を具体的に示し、真の希望を与える刮目の書。

新平等社会―「希望格差」を超えての文庫

ツイートする