走ることについて語るときに僕の語ること

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著者 : 村上春樹
  • 文藝春秋 (2007年10月12日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163695808

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走ることについて語るときに僕の語ることの感想・レビュー・書評

  • ゆるっとしてると同時に
    とてもストイックな村上春樹自身の走ることについて書かれた本

    村上春樹がとても愛らしく
    思わずファンになりそうだ
    それくらいざっくばらんに心情が書かれている

    また、
    なによりも素晴らしいところは
    誰もが経験してきた走ることやそのつらさについて、
    どうしてここまで言葉巧みに表せるんだろう。
    思わず唸る。

    普通なら
    「走って辛かった。でも有意義。」
    それで終わる文章なのに。

    自分のこと、他人のこと、
    いっぱいいっぱい物事を考えることには、
    損はないと改めて感じた。
    物事をこれからも考え続けよう。

    はて、
    生きる確かな実感を浴びるためにも
    私も走ろうか~

    ともあれ
    非常に楽しく幸せに読めた本でした!

  • アラフォーのバイブル本。
    人と競争するのでなく、自分と闘う、少なくとも、30歳をすぎてくるとそういう思考が必要なのだと思う。孤絶した行き方の負の遺産の引き受けた方の参考になるというか、自分らしい行き方、ある意味、人生を通じて自我を押し通すだけの心の筋肉を鍛える本。

  • 僕はこの本が大好き。

    本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。

    帯には「少なくとも最後まで歩かなかった」と書いてあるし、ここだけ読むと、もしかしたら言い訳じみていると感じる人もいるかもしれないが、読んでみるとそんなことはない。
    この作者、そしてこの本を読んだ読者(読んでない読者も)は、多少の差こそあれ(比喩として)、皆ランナーであり、小説家でもある。
    そして、ランナーであり、小説家でもある人にとって、この言葉は、この本は最高の励ましであり、一番誇るべきものの一つである。

    自分の墓碑銘には、とてもじゃないがそんなことは書けない。
    もう何度も、歩くどころか寝そべってるし。
    でも、せめて、何度立ち止まっても再び走り始めたと書けるようにしたい。

  • 第1・2・4・5章。
    集中力と持続力を要する創作活動において、つくり続ける基礎体力を走ることによって養っている著者。しかしそこから、走ることをメタファーに、著者がこれまでどのように小説を書いてきたのかを、著者自身が振り返っている。
    走るときの自分の身体の生命リズムを、創作の一部始終で起こるリズムの緊張と弛緩に喩えながら、それを自らコントロールしていく感覚が、プロのクリエイターにはあるのだということがおもしろい。プロジェクトを完成のクオリティラインにまで引き上げる感覚を知りたい人はご一読を。

  • 半年後にフルマラソンに挑戦してみようと思っていたときに、村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕が語ること」と見出しにぐっと惹かれて読んでみることにしました。いったいどんなことが書かれているのでしょうか。
    読んでみて、とても興味深いエッセイでした。僕もランニングをやってみることにしました。さて、どうなることやら。

  • 数年前、結婚が破談になった頃初めて手に取り生きる力を与えてもらった本。単純ですが村上春樹さんの生き方にただ感銘を受けました。自分に負けてばかりだ…と感じるときにまた手に取ります。

  •  年齢を重ねても、というか重ねるごとに
    パワフルになっていくような村上春樹さんの小説。

     淡々と走ったり書いたりしているようで、
    でもその中に少しでも希望を見出したり、
    考えを深めていくような過ごし方が好きです。

  • タイトルの通り。

    描写が素晴らしい。筋肉をつけたい、そう強く思った。年齢を重ねるということを受け入れよう。とも思った。

    若いうちを除いて、いかにエネルギーを割り振りしていくのか。それが出来ないと人生の焦点がずれる。

  • 2011年の僕の中のベスト。村上春樹という人の在り方、考え方に触れることができ、同時に勇気のようなものを頂いた。頑張ってる人はやはり頑張ってる。

  • 走ることに対する姿勢を言葉で表現しきれなかった部分を、しっかり言葉で語ってくれていて、腹にストンと落ちる感覚がいい。

  • 村上春樹はなぜ走るのか?
    ①無心になるために走る
    ②生活のリズムを作るために走る
    ③体質的に、性格的に「走れる」から走る
    結果、息長く職業的にものを書き続けることができる。
    ④墓標に気の利いた(自分がお気に入りの)言葉を彫ってもらうために走る

    村上春樹は何を聞きながら走るのか?
    ①ラヴィン・スプーンフル「デイドリーム」、「ハムズ・オブ・ザ・ラヴィン・スプーンフル」
    ②レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
    ③ゴリラズ
    ④ベック
    ⑤CCR
    ⑥ビーチ・ボーイズ
    ⑦カーラ・トーマス
    ⑧オーティス・レディング
    ⑨ローリング・ストーンズ「ベガーズ・バンケット」
    ⑩エリック・クラプトン「レプタイル」

  • あなたがランナーならば、その心境に共感でき、大変楽しめる作品だと思います。しかし、ランナーでなくとも、村上春樹氏の走ることに対する考察は、生き方に通じる部分が多く、共感できると思います。村上春樹氏は、小説を書き続けるために走っています。これは、精神的負担に負けない肉体を作ることにより、追い込まれないよう防御線を張るためです。年齢とともに、勝負だけに執着することはできなくなります。そのような中、自分がどのようなスタンスで、スポーツや仕事と向き合っていけばよいのか、ヒントになる一冊でした。

  • 読む本がなくなったので
    久しぶりに村上春樹の文庫を読み返し始めたその日に
    本屋で発見して即購入。

    村上春樹が好きで、かつ長距離ランナーだったと言うと
    彼の影響で走り始めたと思われがちだが
    自分が走り始めたのは高校生からで
    村上春樹を読み始めたのは浪人生のときだ。

    おそらく、このエッセイは長距離を走っている多くの人間から
    共感を得ると思う。
    ただ、走ってない人間にとっちゃ「ふ~ん」で終わる可能性が高い。
    まあ、それはそれでいいかと思う。

    ということで、この本を読み終わって
    最近、ちょこちょこまた走りはじめました。
    フルマラソンに復帰?
    無理wwww

  • 足を交互に出すことだけに意識を集中するということは、走ることが手段でありながら、同時に目的でもあるといえるだろう。
    「ぼくは走りながら、ただ走っている。」この文章に村上の意図が濃縮されているように思える。

  • さらりと心に風を受けながら。爽快な読後感が心地よい。たぶん、また読むと思います。

  • 内田樹氏曰く、村上春樹は才能を開花させるために何が必要なのかを見極め、開花するための努力をする才能に恵まれたという様な事を指摘している。(大分言い換えていますがそんな内容だと思います)
    才能を開花させる、才能を発現させる才能とは言い換えると、才能に対する確信ということではないのでしょうか。
    あってもなくても努力する事は、間違いなく才能の発現形態のひとつだと思います。

  • 走り終えて自分に誇りが持てるかどうか
    走りながら、ただ走っている

  • 言葉というのはある種「猛獣」である。職業作家は,その猛獣の馴致に悪戦苦闘する。(そして半ば成功し,半ば失敗する)

    ものを書くときに要請される,抽象と具体の間の遊弋,自己肯定と自己懐疑の間の逡巡。

    その危険領域に継続的にさらされることで,体内に滞留する瘴気のようなもの。ほんとうの作家とは,あるいは,随時この形のない新種の猛獣に出会い,手なずけ,解毒化することで日々生き抜く開拓者なのかもしれない。





    村上春樹の小説には,主人公が料理をするシーンが多用される。冷蔵庫の中身を取り出し,確認し,ありあわせで作れるレシピを考案する。野菜を水で洗い,まな板の上で切りそろえて,油を熱したフライパンに加える。


    トマトの柔和で有機的手ごたえ。フライパンの上でリズミカルに騒ぐ玉葱の音,香り。


    その行程ひとつひとつが,丁寧に描写されていく。


    さながら創作作業の過程で「瘴気に中った」自らを癒すために覚えた「信仰」を,比喩的・迂回的に表現しようとしているかのように。


    本書は,ランナーである村上春樹自身が「走ることについて」語った文章である。


    そして,村上が熱心に「走ることについて」を語りながら,同時に「書くことについて」語ってしまっている理由を,読者はもう充分に知っている。

  • すごく読みやすいエッセイ。書くという行為の伴う身体性と、自己をコントロールすることの困難と重要性。「老い」を意識したときの、「走る」ことを通じての限界の突破。

  • マラソンをテーマにしたエッセイ。
    改めて読みやすい文章だと感じた。相づちに「あるいは」を使うのも相変わらず(笑)。
    スポーツ選手ではなく一般のランナーが「走ること」について書くことがまず珍しいことだと思う。なぜ苦しい思いをしてまで走るのか、走っているときは何を考えているのか、などは普段から走っている人にしか答えられないだろう。たぶん他のランナーの方も同じような解答をするのではないかと思う。
    また、走ること小説を書くことの関係性やなぜ小説を書こうと思ったかについても書かれている。ファンには嬉しい。また当時翻訳していた『グレート・ギャツビー』についても一部書かれており読みたくなった。

  • 110703
    創作者にとって、そのモチベーションは自らの中に確実に存在するべきものであって、外部に形や基準を求めるべきものではない。
    僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、達成基準のバーを少しずつ高く上げ、それをクリアすることによって自分を高めていった。
    ●100704
    本書のタイトルは「走ることについて語るときに・・」となっているが、「小説を書くことについて語るときに・・」という側面も持っている、と僕は思います。
    村上氏にとって、書くことと走ることは、多くの共通点があるからです。

    「あなたはどういう人生を歩んでいきたいですか?」
    と聞かれたら、僕は「村上春樹のように生きていきたい」と答えると思います。
    うまく言葉ではいえないけれど、彼の生き方、考え方はすごくすんなりと僕の心の中に入り込んでくるのです。
    その理由を明確に出来るまでには、もう少し時間がかかるかもしれないけれど、決して焦らず、でも立ち止まらないように毎日少しでも歩きながら、彼のような人生を目指して生きていきたいです。

    特に印象の残った言葉達を以下に引用します。
    「継続が一番大切だ。一度継続の習慣が身につくまでは、継続についてどんなに気を使っても気を使いすぎることはない。」
    「僕は空白を獲得するために走っている。」
    「走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラック一杯分はある。」

  • 少なくとも最後まで歩かなかった。ものすごくココロにズドンときたフレーズです。村上さんという人間のすごさをあらためて知ることができました。

  •  村上春樹の小説にはお世話になっているし、文章も心地よいのはわかっているんだけど、この本に関しては、まあ読まなくてもいいかという気持ちだったのだ。だって、マラソン興味ないし。でも、職場の市民ランナーが読め!そして走れ!と貸してくれたのだ。   私が走りはじめることはないだろうけれど、何がしかの影響を与えられてしまったなあと思う。 厳しくあること、努力して報われること、報われないこと、生きること、老いること。ああ、私はまだまだひよっこだ。

  • 走ってる人はもちろん走らない人も。。。村上さんの作家としての日常も書かれていて、こんな風に小説書いてるんだって妙に感心。

  • 雑誌「ブルータス」の特集で「ランナーには1日23時間しかない」とインタビューで語っていて大いに感銘を受け、その後紆余曲折を経て自分もランナーに。

    市民ランナーの誰もが感じ考えている事を見事に言語化。走っているときの思考、ゴールした時の達成感、爽快感。記録の伸び悩み、加齢、トライアスロンへの挑戦、スイムの恐怖、等々。

    著者はプロのランナーではないが、写真でも姿がかっこよく、また肉体もそして思考も良く鍛え上げられている。

    ボストンマラソンに出場した時、事前練習でチャールズ河を走った時の光景がそっくりそのまま蘇った。少なくとも自分が走った2014年時点では確かに河沿いを疾走するハーヴァード大学女学生のポニーテールは誇らしげに揺れていた。

    著者のデビュー作から読み直し、作品で紹介されている音楽と文学、そしてマラソン、ウルトラマラソン、トライアスロンを楽しみながら、折に触れて何度でも読み返して行きたい作品。外国語にも翻訳されており、ぜひ触れてみたい。

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走ることについて語るときに僕の語ることの作品紹介

1982年秋、専業作家としての生活を開始したとき、彼は心を決めて路上を走り始めた。それ以来25年にわたって世界各地で、フル・マラソンや、100キロ・マラソンや、トライアスロン・レースを休むことなく走り続けてきた。旅行バッグの中にはいつもランニング・シューズがあった。走ることは彼自身の生き方をどのように変え、彼の書く小説をどのように変えてきたのだろう?日々路上に流された汗は、何をもたらしてくれたのか?村上春樹が書き下ろす、走る小説家としての、そして小説を書くランナーとしての、必読のメモワール。

走ることについて語るときに僕の語ることはこんな本です

走ることについて語るときに僕の語ることのKindle版

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