1985年のクラッシュ・ギャルズ

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163744902

作品紹介・あらすじ

一九八五年八月二十八日、巨大な大阪城ホールを満員にしたのは、十代の少女たちだった。少女たちの祈るような瞳がリング上の一点に注がれる。二人は、私たちの苦しみを背負って闘っている。あの二人のように、もっと強くもっと自由になりたい。長与千種とライオネス飛鳥と、そして二人に熱狂した少女たちのあのときとそれから。真実の物語。

感想・レビュー・書評

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  •  昭和の終わりに一世を風靡したライオネス飛鳥と長与千種のタッグ、クラッシュ・ギャルズ。二人と二人を追いかけたファンの一人の生い立ちから現在を追って、クラッシュ・ギャルズとは何だったのかを振り返る。

     クラッシュの二人だけでなくファンの代表として一人のライターの人生も合わせて追うことによって、当人達もファンの女の子達も深く傷ついた人生の中で何かを求めてさまよっていたことがよく分かる。何かを抜け出そうと偶像をまとい、その偶像が脱げなくてがんじがらめになる。長与も飛鳥も25歳定年制を跳ね返し、一度引退してからの方がプロレスラーとして覚醒しているのは面白い。
     二人だけでなく女子プロレス界の内幕もよく書かれている。こういった本ではプロレスの”筋書き”についてのカミングアウトが不可欠だが、当時の女子プロレスでは格付けの為に若手の試合は秘密のルールに基づいた真剣勝負だったという逆カミングアウトが面白い。
     20年で劇的に栄枯必衰を見せた女子プロレス界。ブームの頃よりプロレスラーとして大成した二人も、新人や団体が育たず時代の流れに取り残されていく。この本から人生論、組織論として学ぶことも多い。

     一時代を築いたブームを当事者とファンの人生から読んでいく極上のノンフィクション。
     これはスポーツではなく人生のノンフィクションだ。まさにプロレス。

  • クラッシュギャルズの本がずっと読みたかったんです。北朝鮮の人民が地に伏して泣く姿よりも、小さい頃に見たクラッシュギャルズに歓声上げる無数の女子こそ熱狂的、というのに相応しかった。その裏側、熱狂をつくりだした驚異的な人間力を克明に記したヒリヒリする一冊。千種のイカれた凄さを垣間見るよし、女子プロレスの盛衰を見るもよし、天才千種と愚直な飛鳥はバガボンドの吉岡兄弟を見るもよしですな。

  • 新日命だった、あの当時、クラッシュは視界にチラチラ入ってくるだけの存在でした。もっというと「女子プロがプロレスの真似してるのは嫌だな…」ぐらいに思っていたかもしれません。嗚呼、悲しいほど能天気。振り返れば1985年は男女雇用機会均等法施行の一年前でした。自分のおつむも男女雇用機会均等法以前。柳沢プロレス三部作の最後のこの本は前の2冊と違いリアル観戦体験のないプロレスについてでした。しかし一気にハイスパートリーディング、アッと言う間にスリーカウント!二人の天才の戦いは女子が世の中で自分の場所を得るための闘争であったことがわかります。全女という狂った親父組織の中で魂の叫びが時代の女子たちの自我のモヤモヤに火を点けたのがクラッシュブームだったのですね。そのテーマは二人に加えて三人目の主役としてファンからライターまで四半世紀を、社会と女子の摩擦の中を駆け抜けている伊藤雅奈子さんを設定したことでより明確になったと思います。さて今はどんな破壊が時代に要請されているのでしょうか?

  • この本はクラッシュギャルズという女子プロレスラーについて書いてあるノンフィクション。プロレスは好きだったんだけど、女子プロレスの世界は守備範囲外であまりよくわからない。この本で描かれている長与千種とライオネス飛鳥によるクラッシュギャルズというチームは1985年の社会現象だった。だからその存在は知っていた。だけど彼女たちがどのような人間で、どんなことをしてきたのかはほとんど知らない。そのように、あまり予備知識のない状態で、この本を読んだのだけれど、はっきりいってかなりの衝撃をうけた。この本はノンフィクションなのに、フィクションとしてのドラマで描かれている要素の大半が、ドラマの何倍ものエグさで描かれている。嫉妬や裏切り、友情、栄光と挫折などなど。このふたりの女子プロレスラーとひとりのファンのリアルな物語は読み始めると止まらなくなる。

    1985年それまではプロレスなど全く興味を持っていなかった多くの女子中高生たちがクラッシュギャルズという戦う女性に夢中になっていた。それはなぜか?それを考察するのがこの本の目的のひとつでもある。前述したとおりこの本の主役は三人いる。長与と飛鳥と、もうひとり、かって彼女達のファンであった、ひとりの女性ライターだ。女性ライターは書く。

    「1985年8月28日、大阪城ホール。観客席にいた1万人以上の女の子たちは、長与千種がダンプ松本に髪を切られる様子を、涙を流しながら見つめていました。リング中央に置かれた椅子に座らされた千種は首に鎖をまかれ、右手をブル中野に左手をモンスター・リッパーに押さえつけられたまま、ダンプ松本にバリカンで髪を刈られています。その様子はまるで、着座のキリストでした。長与千種は、私達が抱える苦難のすべてを背負った殉教者だったのです。15歳だった私の物語はここから始まりました」

    長与千種の子供時代はつらい。そもそも「千種」という名前のつけられ方がすごい。父親は元競艇選手で度を過ぎたギャンブル好き。千の種とは競艇の千円舟券の種になるように・・・という願いを込められた名前だそう。ちなみに姉の名前は一二三(一位二位三位から)。で、長与が10歳の時、両親は事業に失敗し、千種は親戚中をたらい回しにされて育つ。中学卒業後全日本女子プロレスに入団する。同じ年頃の練習生たちと仲良くやっていたが、ある事件を境に仲間外れにされいじめられる。やめようと決意するが、同期の出世頭ライオネス飛鳥とのシングルマッチがきっかけになり再びプロレスへの情熱を取り戻す。そしてクラッシュギャルズを結成する。パートナーのライオネス飛鳥は優れた身体能力と立派な体格を持つ。プロレスラーとしてはエリートだ。対して長与はそれほどの資質はもっていない。しかし長与千種は考えた。徹底的にプロレスとは何か?を考えた。一ヶ月でビデオデッキが壊れるくらいに様々なプロレスのビデオを観て研究した。どうすれば強くなれるか?ではない。どうすれば観客の心を捉えられるかをだ。その結果、長与が出した結論は「痛みの共有」だ。いかに自分の痛みを観客に共有してもらえるか?その結果、クラッシュギャルズのスタイルは定まっていく。長与が痛めつけられながらも耐え抜き、そこにスーパーマンのごとく「強い飛鳥」が表れ、長与を救い勝利する、という構図。そのわかりやすいストーリーが前述した多くの女子中高生の心を捉えた理由のようだ。そしてクラッシュギャルズは一気にスターダムを駈上る。しかし彼女たちの栄光は長くは続かない。亀裂は内部から広がっていく。パートナーとの亀裂そして長与の考えるプロレスと観客が求める長与千種のイメージとのズレ・・・・。
    女性ライターは書く。

    「人びとは人を愛さない。人は自分の中にある夢だけを愛する。ブラウン管の向こう側にいる少女たちが愛したのは、現実のプロレスではなかった。プロレスラー長与千種は、少女たちの夢の中に生きる長与千種に敗北した。すなわち長与千種は、自身がつくりだした幻想に敗北したのだ。p175」

    ブームは終わり、静かにライオネス飛鳥も長与千種も引退する。

    長与千種は引退後、芸能人として活動する。劇作家のつかこうへいは長与千種をモデルにした「リング・リング・リング」という舞台を上演した。その時、つかこうへいが長与千種にかけた言葉がすごい。

    「千種、お前の1年を俺に預けろ。俺は、男も女もお互いを認めあい”いつか公平な”時代がくるといいと思い「つかこうへい」と名乗っているんだよ。風呂で寝てしまい、我が子を溺死させた母親がいる。 母乳を与えながらうたた寝して、我が子を窒息死させた母親がいる。そういうやつは一生上をむいて歩いたりしない。でもオレは、オマエたち女子プロレスラーだったら、そういうやつらにも力を与えることができるような気がするんだよ。女子プロレスってなんだ?普通若い女がおしゃれをしているのに、お前たちは水着一丁で股ぐらを開いている。チャンピオンベルトと言ったって、ただメッキだろう?おれは今まで女子プロレスを知らなくて、ちょっとだけ見せてもらったけど、あの若さで、水着一丁で肌をさらしてぶつかっていく姿は、まるで天に向かう向日葵みたいだな」

    このつかこうへいさんの考察こそが、なぜあの時代に、あれほどクラッシュギャルズという女子プロレスラーが、あれほどの支持を集めたのかの理由に一番肉薄しているように思える。
    2017/10/16 11:56

  • 女子プロレスに興味はあったものの、なぜそこまで?という男子プロレスに対するのと同様の疑問があり、どんだけ頑張ってもキャットファイト扱いしかしてくれない客の目線とか、団体の男社会とかいろいろ気にはなっていたが、本人たちが意図的に演出したことがハマれば、そこにはものすごい満足感があるのだろうということはわかった。そしていまも、女子プロレスは進化し続けている。

  • クラッシュ世代ではないが、物語に没頭して一気読み。

    2人の天才の栄光と挫折。


    プロレスとはスポーツではなく、不器用ながらも前に進んでいく人間ドラマなのだと感じた。


    リアルタイムで、クラッシュの試合を見たことがある人なら、もっと楽しめるはず。

  • 舞台裏が赤裸々に語られているにも関わらず、ネガティブな感情なく物語に引き込まれてしまった。長与千種という天才がいかに生まれたかを、余すことなく伝えてくれている。ファンからの視点も加えているところが秀逸。

  • 偶然書店で発見。

    あの時代の熱狂ぶりが蘇る。
    ファンにはクラッシュの歴史をまとめ。
    何もかも懐かしく夢中で読んだ。
    大田区体育館もクラッシュ復活の有明コロシアムも観に行ったなあ・・・。

    これを読む前にデラプロ復活号がでてきた。
    クラッシュ再結成前のロングインタビュー。
    捨てないでよかった。

  • 最高。『1976年のアントニオ猪木』より面白かった。

  • 職場の先生が貸してくださったので、読んでみた。
    女子プロレスってほとんど興味なかったんだけど、面白かった!

    女子プロレスって、男子プロレスとはメンタリティ的に全然違うんだろうな・・・
    「傷ついた少女たちの代弁者」であったというのは、今でいうV系みたいなものなんだろうな〜。熱狂の仕方とかも近い気がする。

    知ってる名前もたくさん出てきたけど、私が物心ついた頃にはみんな引退してて、北斗晶もジャガー横田もただの怖い奥さんだったし、ダンプ松本とかアジャコングは芸人にビンタしたりする人というだけだった。
    女子プロレスにこんなに濃密な歴史があったなんて知らなかった。

    何よりも、この著者は文章がとてもうまい。
    どんどん引き込まれて、目の前で試合を見ているかのようでした。
    技名とか知ってたらもっと楽しめたかも・・・。

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。文藝春秋に入社し、「週刊文春」「Sports Graphic Number」編集部等に在籍。2003年に退社後、フリーとして活動を開始。デビュー作『1976年のアントニオ猪木』が話題を呼ぶ。他著に『1993年の女子プロレス』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『日本レスリングの物語』『1964年のジャイアント馬場』『1974年のサマークリスマス』『1984年のUWF』がある。

「2017年 『アリ対猪木』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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