鍵のない夢を見る

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163813509

作品紹介・あらすじ

町の中に、家の中に、犯罪の種は眠っている。
普通の町に生きるありふれた人々にふと魔が差す瞬間、転がり落ちる奈落を見事にとらえる5篇。現代の地方の姿を鋭く衝く短篇集

感想・レビュー・書評

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  • 第147回 直木賞受賞作。5つの短編小説からなるオムニバスドラマで、主人公の女性たちの日常に起こる出来事。

    恋愛、結婚、出産をめぐる普通の幸せやささやかな夢を叶えるためのkeyを手に入れようと進んだ方向に偶然にして必然のように犯罪に遭遇する。犯罪を傍観する彼女たちの感情や行動は、まるで魔が差したように、犯罪に絡んでいく。
    読者はまるで自分がその瞬間を傍観しているような気になり、自分にも起こり得るかもしれないという恐怖と怖いものみたさのような感覚に陥り、ついつい読み進めてしまう。


    仁志野町の泥棒
    主人公・ミチルが母に誘われて参加した「お伊勢参りバスツアー」のガイドが小学校の同級生・水上律子であった。
    律子は小学3年生の時に隣町から引っ越しできたが、律子の母親の泥棒癖のためで、ミチルの家に泥棒に入っているところに居合わせる。友達の優美子の態度に影響を受け母親の癖と律子とは仲良くしていたが、律子の万引き現場を目撃し、距離を置くようになる。

    ミチルの心のどこかで律子と律子の母の行動を繋げてしまう気持ちがよくわかる。律子がミチルを記憶から抹殺した気持ちは、恥ずかしさのためではなく、怒りからのように感じ、そのためミチルが涙した気持ちが私にはどうしても理解できない。大人になっても付き合いが続くような友達に巡り会うための鍵を持ち合わせていない不幸に涙したのであろうか。であれば、律子は、その器ではないとミチルに取った行動に少し憤りを感じる。

    石蕗南地区の放火
    主人公・笙子は財団法人町村公共相互共済地方支部に勤めており、実家の目の前の消防団詰め所に不審火の現場調査に行く。そこで、かつて合コンで出会った大林がいた。大林とはかつて一度だけ横浜に一緒に行ったことがあり、そのこと後悔している笙子に対して馴れ馴れしい大林。その後、大林は放火しようとしているところを、現行犯逮捕される。

    もしかしたらいいところもあるかもしれないと一緒に横浜まで出かけるも、やっぱりどう考えても好きにはなれない男性。鳥肌が立つくらい嫌いな男性に思われる。もしかしたらと試しに一緒に出かけてみて、「やっぱり違った」とますます嫌になり、一緒にいる時間が無駄な時間に思える。一刻も早く別れて無駄な時間を最小限に留めたい。そして寂しさを紛らわすためについて行った自分の愚かさに腹が立ち悲しくなる。世の中、想いを寄せる人からよりも寄せられたくない人から思われることが多いのではないだろうか。相手から同類でまとめられているからなのだろうか?と考えたこともある。素敵な男性に巡り合うための鍵を持っていないという不幸。

    美弥谷団地の逃亡者
    主人公・浅沼美衣は、ご近所限定出会い系サイトで柏木陽次と出会う。新しい男性との進展のために暴力的で束縛が激しい陽次から別れようと、母・浅沼真理子に相談をする。母に促され警察にストーカーの被害届を出すも自宅に乱入した陽次は母親を殺害し、美衣と一緒に逃走する。

    最後の逮捕シーンで、陽次が警察に確保されるが、母を殺された犯人と楽しそうに逃げ回る美衣の本当の心境は、最後までわからなかった。
    自分の本心とは異なる気持ちを表さなければならない時の気持ちが最後の「怖かった」の呟きに秘められている。自己防衛の表現であったのだろう。普通の恋愛をするための鍵を持つ難しさということなのだろうか。

    芹葉大学の夢と殺人
    芹葉大学工学部の坂下教授の殺害容疑者として逃走していたかつての恋人・羽根木雄大は、逃亡先で主人公・二木未玖を突き落とす。
    大学時代に未玖と付き合っていた雄大は工学部から医学部に転部した後、日本代表のサッカー選手を夢見ていたが、受験は失敗を続け留年し続け、大学時代の恩師を殺害する。

    夢見る彼を捕まえることができず、最後は繋ぎ止めるための行動にでる。
    自分では、別れた方がいいと分かっていても結局のところ別れることができないで苦しむことがある。付き合い続ける意味のない恋愛を続けるそんな女性の気持ちが執念のように思えて怖くなる。男性を繋ぎ止める鍵を、持っていないために体をはって繋ぎ止めようとした気持ちは、きっと冷静に判断ができるようになった時に後悔するだろう。

    君本家の誘拐
    ショッピングモールでベビーカーごと子供が消えて半狂乱となる母親・君本良枝。やっと授かった赤ちゃん・咲良(さくら)の育児の日々に追い込まれ、後悔をする。
    良枝の買い物中に消えてしまったベビーカーを家に帰って見つける。

    自分の幸せを夢見て、他人と比較する。結婚していく同級生を羨ましく思ったこともある。幸せを演じるのではなく、何が幸せであるかを考えなければならないと思える作品であった。でないと、心が折れてしまう。自分にとって何が幸せの鍵であるのか、もしかしたら鍵に合う鍵穴をみつけるなければならないのかもしれない。

  • 実際にこんな事件がありそうだ...とハラハラしながら読みました。

  • 揺れ動く女性の心情を繊細に描写したことが直木賞につながったのか?タイトルの鍵のない夢を見る、「鍵」を「救い」と言い換えると納得できた。中でも、芹葉大学の夢と殺人の話が一番救いがなかった。絵本作家志望の大学生・未玖は、在学中に同じゼミの雄大に恋をする。心の繋がりよりも身体で繋がっている2人。雄大の医師になりたいという叶わない高い夢。雄大がゼミの准教授を殺害し、愛しき未玖を呼ぶ。未玖は一緒に逃げることを選択するが、雄大のまさかの「ごめんなさい」。雄大への復讐を実行した未玖の覚悟は絶望以外の何物でもなかった。

  • 5つの短編集。それぞれが犯罪に巻き込まれた人たちの心情を焦点に話題が進む。ただの痴話げんかも辻村マジックのごとく、登場人物の気持ちを文字に起こすと不思議と特別な事のように表される。「力のある作家ってすごい」と感じた作品だった。

  • 後味の悪さが残る。
    いつまでも考えてしまうのは、それだけ印象に残ったということ? 
    5話はどれも、学校、地域、職場、家庭での女性たちの立場を、心の内を鮮やかに深く描いている。どれも心理描写が繊細、そこまで掘り下げて見せるのかと驚きと怖さを感じながら読む。
    自分や身近な人の中にもあるかもしれない感情、身近に起こり得るかもしれない話。だから怖い。

    4話『芹葉大学の夢と殺人』では、こういう男性から離れられない主人公に痛みを感じながら、そういう心理が働くのかと衝撃を受けた。

    辻村さん、凄すぎて怖いです。

  • 町の中に、家の中に、犯罪の種は眠っている。5篇からなる短編集。

    ここまで極端じゃないけどこうゆう人いるいるって思った。全部面白いですけど私は「芹葉大学の夢と殺人」が興味深かったです。大きすぎる夢を見る【清潔】で美しい男に振り回される女。

  • 女性たちの生活の延長線上にある事件や出来事を描いた5つの短編集。

    第2、3、4話に登場する男たちの持つ闇は、一見特異なものに見えて気味が悪く、読み続けているといら立ってくる。主人公の女たちもどうして関わることを止められないのか?
    けれど、離れられないのにはわけがある。
    自分だけが相手の良さを認めているのだという優越感。
    自分は切望されているということに自尊心をくすぐられている。
    第3者である友人たちや読者は、それを諌めようとするが届くはずもなく・・・。
    事件性が強いので一見、遠い対岸のことのように思われるが、登場人物たちに似たような思考を持つ人は実は近くにいそうだ。ただ、大概の場合はそれぞれの持つ自制心や良心によって、表面化しない人が多いのだと思うけれど。

    また、第5話は昼間は2人だけの生活を余儀なくされる母親と赤ちゃんの話。予想通り追い詰められていく様子と自分が想定した生活以外を認めない融通の利かなさが書かれているが、最後の最後に少しだけ救いがある。

    子ども特有の潔癖さや正義感を持った主人公と、少しだけ先に大人になっていく同級生の友人との対比、最後にもたらされる仕打ちに心がちくんと痛む第1話。
    された方は覚えているけど、した方はまず覚えていない残酷さ。
    悪意があっての言葉なのか、そうでないのか。
    小説としてわざわざ掬い上げるととても怖い。
    第1、5話は似たようなことが身近で起こりそうだと思わせる。


    どれも視野が狭く、周りの声が届きにくい人たちだけれど、何らかの環境によってそうなったのかも、と思うと怖さが増す。
    こんなことを考えている自分も当然後ろ向きな考えや身勝手さを持っていると思うし・・・。
    人の持つ毒や悪意を見せつけられ、ざらりとした後味の悪さを感じる1冊。

  • 直木賞受賞の著者の代表作...と言えるかは、賛否両論分かれるところだろう。状況の異なる5人の女性をメインにした短編集。心理描写は秀逸であるが、設定上、力業になっている編もあることは否めない。女性・母としての存在価値、フレームからの逸脱...。う~ん、でもこの世界観は嫌いじゃない。
    「夢見る力は、才能なのだ。夢を見るのは、無条件に正しさを信じることができる者だけに許された特権だ。疑いなく、正しさを信じること。その正しさを自分に強いることだ。」

  • ゴミ箱みたいな短編集だと思った。
    それはこの小説がゴミのようなのではなく、女の自分が、見たくなくて目を逸らしたまま捨ててきた色んな感情が、この本の中にあったからだ。

    ここに出てくる5人の愚かな女性たちは、わたしが現実に知っている人たちとどこか似ている。そう思いながら読んでいた。誰だろうと考える。朧げながらそのシルエットは浮かぶが、気まぐれな真冬の暖かい湿った朝靄の向こうに立っているようでよく見えない。
    はっきりしない。

    子どもの時は「大人になったら、結婚して子どもを産んで家族を作る」それが当たり前だと思っていた。普通の家庭に育ったわたしは、それは努力せずに手に入る最低限の約束された未来だと信じていた。だけどそれが自分に訪れることがないと分かった今、立ち止まって振り返ること以外、一体何ができたんだろうと考える。

    こういう小説は苦手だ。
    不愉快なしこりだけが残る。
    とてもよい本だとは思うけど、もう二度と読まない。

  • 三面記事。
    社会の出来事を写し出す鏡のような空間であり、いつ私たちに起きてもおかしくはない事件、問題が取り上げられる。

    級友、合コンで知り合った男、恋人、元彼、そして…自分自身。

    普通に過ごしてきたはずの日常が歪む瞬間。正気と狂気の狭間…。

    誰でも、犯罪や事件には無縁でいたいし、こちら側とあちら側には決定的な隔たりがあると信じて日々を過ごしている。しかし、加害者も被害者も明日は我が身なのかもしれない…。

    怖い作品だった。WOWOWでドラマ化されたみたいです。ちと観たい。

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著者プロフィール

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』『レジェンドアニメ!』など著書多数。

「2023年 『この夏の星を見る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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