色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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著者 : 村上春樹
  • 文藝春秋 (2013年4月12日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163821108

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年の感想・レビュー・書評

  • 村上春樹の作品はほとんど読んでいるが、ハルキストを名乗るほどの熱狂的なファンでもない。
    それでもやはり新作が出ると聞きつけると心が浮き立つ。
    1Q84からの巷のお祭り騒ぎには辟易するけれど。
    頑張った甲斐あって図書館の予約が一番に回ってきた。
    図書館のお姉さんにもすごいですねと褒められ(?)、ちょっといい気になってみたり・・・(笑)

    さて、本作だが期待を裏切らない春樹らしい満足のいく作品だった。
    過去の作品と比較するのもどうかと思うが、繰り返し描かれてきた喪失と再生がテーマにはなっているがこれまでの中で一番ストレートでシンプルな分かりやすい物語になっていると思う。
    あらすじの説明は省くが、主人公がトラウマとなった自分の過去と対峙するきっかっけになったのは一人の女性との出会いで、彼女を手に入れたいと切望する様は何ともロマンチック。
    春樹の作品の中でこれほど主人公がストレートに愛を言葉にしたことがあったかな。的外れかもしれないけどじーんとしてしまった。

    隠喩めいたエピソードも少なかし、ファンタジー要素もない。
    三人称で書かれているせいか、客観的に物事が淡々と進む。
    無機質な春樹独特の文章の中にあっても、静謐で美しい喪失感があらゆるところに漂いうっとりとしてしまうほど。
    ノルウェイの森を彷彿とさせるがむしろこちらのほうが好み。

    物語の設定を現代に据え、具体的な地名、家族の描写、フェイスブックやiPodなどのいまどきツールなど今までには登場しなかったものが結構描かれていたり。
    このあたりも新鮮だった。
    春樹が苦手な人もすんなり入れるかも。

    やっぱり春樹はいいな。
    春樹好きの友人が言っていたけれど、年齢も年齢だしあと何作読めるんだろうと思う。
    春樹の主人公さながら、早寝早起きを心掛け水泳とランニングを日課に長生きして行く末はノーベル賞と取ってほしいと切に願う(笑)

  •  よくもまあ、ここまでこねくり回した文章を散りばめられるもんです。すごい。ある程度の覚悟と自覚がないと、村上春樹は、読了できないかも、と改めて思いました。テレビや新聞で、「村上春樹の新刊出ますっ!!」て話題に上がって、ノーベル文学賞受賞に一番近い日本人作家って言われている人で、この人の新作を読まないとは、本読みの名折れでしょう、と思って読みましたが、それにしても、メタファー多っ!!もっとシンプルでもいいのでは?と、凡人の私は思ってしまいました。

     赤松、青海、白根、黒埜。アカ、アオ、シロ、クロとそれぞれ名前に色を持つ4人と友人になった多崎つくるは「乱れなく調和する親密な場所」を5人で築き上げる。可能な限り5人で一緒に行動し、そこに色恋を持ち込まない。乱れなく調和する共同体を存在させ、それを存続させるために。彼らの間に生じた特別なケミストリーを護っていくために。風の中でマッチの火を消さないみたいに。
     すべてが隠喩に彩られた、世界。
     なぜに、つくるだけが放り出されたのか。あの完璧な調和から。
     一人、夜の冷たい海に船から放り出されたかのように。

     私のレビューまで、村上さんに染まってしまう。これが、村上マジックですか。
     
     いやいや、なぜ、灰田も、突然つくるの前から消えたのかが疑問。灰田のお話に出てきた緑川はファンタジーだったにしても。

     国語のテストに出てきそうなくらい、読み手を惑わすこの文章。けど、読み終わった後の、この達成感は、何なんでしょうか?

  • 2013年4月発行の作品。
    2009年の話題作「1Q84」の次の長篇小説。
    ファンタジーではなく、1冊にまとまっている長さなので、読みやすいと思います。

    多崎つくるは、36歳、独身、東京で勤めている。
    名古屋出身で、高校の頃には課外活動のボランティアで知り合った5人のグループにいた。
    赤松、青海という名の男子と、白根、黒埜という名の女子。
    つくる以外は、色の付いた名前で、そのまま色の名を呼び名にしていた。
    自分だけ特色がなく平凡だと、かすかなコンプレックスを感じていたつくる。
    一人だけ大学で東京に出たが、名古屋に帰って友達に会うのを楽しみにしていた。
    ところが、大学2年の夏、突然4人全員からの絶交を申し渡される。
    ハッキリした理由も聞かされないまま‥

    しばらくはショックで死を考えたつくるだが、徐々に立ち直る。
    しかし、ほとんど友人は出来ず、2歳下の友人・灰田もまた理由を告げずに去った。
    何度か女性とは付き合ったが、恋人ともどこか本気にならないまま別れ、年月が過ぎた。

    二つ年上の木元沙羅という女性と知り合い、本気で付き合いたいと願う。
    沙羅に、4人に会って事情を確かめたほうがいい、でなければこれ以上深くは付き合えないと言われてしまう。

    恵まれた育ちで、望んだ仕事についていて、良い場所に所有している部屋に住んでいる男性。
    はたから見ればこれ以上ないぐらい気楽な暮らしで、いまどき共感できる人は少ないんじゃと思うぐらいだだけど。
    友達からの切られ方というのは酷くて、これは‥
    16年もたって知った真実は、驚くべきもの。
    つくるが必ずしも悪く思われていなかったこと、再会した人に非難されるわけではないことは、救いですが。

    封印した過去と向き合うことを励まし、次へ進もうという内容が中心にありますね。
    死とは何かという答えの出ない問い。
    繰り返し見る生々しい夢。
    英語からの直訳のような文章。淡々と記録するように語られるセックス。
    スタイリッシュな暮らしの断片や、雰囲気に合う音楽の力を借りつつ、かっての悲劇がよみがえってきます。
    事件物というわけではないので、その辺の事実は謎のままですが。

    高校の頃には、特徴のある5人が補い合い、調和していた。
    そのときは、何よりもこの調和を壊したくないと切に思うほどに。
    でも時はとどまっていない‥
    成績がよかった赤松は銀行を辞めて、社員教育セミナーを請け負う会社を興している。
    スポーツマンだった青海は、車の販売員に。
    黒埜恵理は大学の工芸科に入りなおして、今はフィンランドに。
    フィンランドか‥ちょっと「ノルウェイの森」を思い出す要素もありますね。ノルウェイの話だったわけじゃないけど。

    一番感受性の強い内気なシロ(白根柚木)には、大人になるのは乗り越えられないほどの壁だったのか‥
    予想外の出来事に対応しきれずあがいたのは、つくるだけでなく5人ともだった。
    それぞれの大人への変貌は苦さも伴うけれど、中年へ向かうパワフルさがあるというか、なかなか意外性もあって面白く、力強く感じました。
    フィンランドまでも出向いて直接話を聞く勇気。
    その甲斐あって、黒埜との会話は良かったですね。

    つくるは、正しい痛みだと感じ、過去を違うふうに捉えられるようになるのです。
    挫折感を引きずり、ふだんはそこには蓋をしているというのは、誰しも共感できることかと。
    そこから人とあまり関わり合わない、やや草食系になるのは、いまどき?

    沙羅という女性がつくりものめいているのがちょっと、これで、つくるの生きる希望になるのかどうか。
    知り合ってまもなく、まだカッコつけてる時期だからかも知れませんが。
    つくるがこれまで人に話さずに来たことと向き合わ... 続きを読む

  • 乱れなく調和する共同体。
    高校のときに知り合った5人組は、5本の指のようにそれぞれがそれぞれの役割を持つグループだった。
    アカ、アオ、シロ、クロ。
    つくる以外の4人はそれぞれ名前に色を持ち、それぞれが鮮やかな個性と特徴を持っていた。
    そんなグループはつくるが東京の大学に進学したことで転機を迎える。
    大学二年生の夏休み、つくるは突然グループから弾き出された。

    喪失と孤独。
    かつてのハルキワールド復活?を期待して読み進めるけれど、ありゃー。
    なんだろ、けっこう安易に喪失感が埋められてしまう。うーん。
    私が年をとってしまったのか。
    あまり深みのない印象。
    誰もが抱えてるような不安をぼんやりと残して終わる。

    ミスター・グレーとミスター・グリーンの話が良かった。この空気こそハルキ!
    人の鮮やかさには山があり、やがて色褪せる。かつて美と感じていたものが16年経つと毒を含み汚れが交じるよう。三島の世界観とついつい重ねた。
    「巡礼の年」読みながら聞き、読み終わって聞く。
    音楽の時間に曲のイメージで絵を描いたり、物語を作る課題があったな。
    ハルキの本は読み終わって咀嚼して読み返してジンワリとくることが多いからこれからジックリ思い返して見る、
    と思う。
    それにしてもプールで4本くらい流してきたくなる。あの匂いを無性に嗅ぎたくなった。

    「限定して興味を持てる対象がこの人生でひとつでも見つかれば、それはもう立派な達成じゃないですか」

    「自由を奪われた人間は必ず誰かを憎むようになります。」

  • 村上春樹だった。
    耽美であり、思い巡らせることを読者に楽しませる。

    前半は好きではなかった。
    中盤からは文字を追いかけることが楽しかった。
    そして、最後に生を感じながら終えていった。
    楽しめた。しかし好きな作品ではない。

    なぜが残る、それは余韻ではなくシコリ的なもの。
    灰田が一番のシコリだった。
    ユズと灰田は出会っていたのかもしれない。
    出会っていないかもしれない。シコリだ。

    村上春樹の小説を読み終えると、位相がずれて、穴に落ち込んだ気持ちになる。
    冷静になろうとさせられる。

    うーん、愉しくない。
    しかし東京で感じたことがある歯車のズレをはめ直してくれた…気がした。

  • 最近映画ばかり観てる感じでしたが、本もちゃんと読んでいました。
    (まとめ借りしたので、続けざまに映画観ましたが)

    この本に関しては、感想はまたいずれ書きたくなったら書こうかな。
    本屋さんで予約するかどうかぎりぎりまで迷ったけど、
    私的な目的で節約生活を決意したばかりだったので(笑)
    図書館ですぐさま予約し(なんと9番!グッジョブわたし!)
    発売日に本屋にいってさわりだけ読んで
    そのままレジに持っていきたい気持ちをぐっと堪え
    図書館に入るのをじりじり待ち
    やっと手に取ることができました。
    とりあえず続けざまに2度読んだ。
    買ったらいいんじゃないかと何度も思ったけど、
    ここまで我慢したので文庫まで待つつもり。

    オーソドックス。ザ・村上春樹。
    そのマンネリ感という中庸さが非凡です。好きです。

    しいていえば、ラストはもうちょい、ハッピーエンド的な暗喩がほしいところ。

    村上春樹を読むと、なんていうかこう部屋の掃除をしたくなるね。
    日々いちにち一日を大事に生きること
    整理整頓、早寝早起き、適度な運動、健康的な食事、規則正しい生活、
    当たり前のことをきちんとする、
    そういうことがつづいていく生活がとても素敵に思えます。

  • 2013年(平成25年)。
    この作品は、私にとって3作目の村上作品にあたる。読了後、私が一番に受けた印象は「この作品は過去の村上作品との共通点も多いが、今までの作品とは全く違う点がある」ということだ。それは根拠のない勝手な思い込みかもしれないが、作者と同時代に生きリアルタイムで作品を読んだ日本人として、本作を読んで感じたことを率直に記しておきたいと思い、この場を借りた次第である。

    まず、過去の村上作品との共通点として挙げられるのは、翻訳小説のような文体、BGMのように物語に寄り添う音楽、セックスシーンのストレートな描写など。ついでにいうと、淡白なくせに何故か女にモテてセックスの機会には不自由しないことも、村上作品の主人公に共通の特徴だ。何より「現代人の孤独」というテーマが、過去の作品との共通点のように思える。「共同体からの疎外」「異端者の孤独」「人生は生きるに価するか」というテーマは、漱石以降、日本の主要な小説家に継承されてきた共通命題であり、そういう意味では本作もその系譜に連なるオーソドックスな作品だと思う。

    だが、その比較的わかりやすいテーマとは別に、この作品には今までの村上作品にはない、というより過去の日本文学には存在しえない、異質なテーマが潜んでいるように思われる。それは直截的には語られていないが、登場人物のセリフの端々や設定の随所に、作者のある思いが仮託されている。私にはそんな気がしてならない。

    「記憶を隠すことはできても、歴史を変えることはできない」

    「人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ」

    「あの子は本当にいろんなところに生き続けているのよ。(略)私たちのまわりのありとあらゆる響きの中に、光の中に…」

    「私たちはこうして生き残ったんだよ。私も君も。そして生き残った人間には、生き残った人間が果たさなくちゃならない責務がある。それはね、できるだけこのまましっかりここに生き残り続けることだよ。たとえいろんなことが不完全にしかできないとしても」。

    これらの言葉を、東日本大震災後の日本人に対する作者渾身のメッセージと受け取るのは飛躍だろうか。作中、震災に関する記述はどこにもなく、東北に関する記述もほとんどない。でも、これはあの震災後に「世界のムラカミ」が書き下ろした初の長編なのだ。3.11後、多くの作家が震災をテーマにした作品を次々と発表したことは記憶に新しい。「このように圧倒的な現実を前に、小説家に何ができるのか」と、多くの作家が自問自答したという。まして日本文学界をリードする作者が、この問題に無関心でいられたはずがない。むしろ 3.11後初の長編において、かくも周到に震災に関する記述を避けているのは、「半端な記述は許されない」という緊張感の裏返しとみるべきではないか?

    でなかったら、なぜシロが奏でる曲が〈ル・マル・デュ・ペイ〉なのだろう。ほかに有名な曲はいくらでもあるものを、お世辞にも印象的とは言い難いこの曲を選んだのはなぜか。Le Mal du Pays, 〈郷愁〉と訳される、ホームシックあるいはメランコリー、正確には「田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ」を意味する言葉。まさに、曲名がもつその重みゆえに、この曲は選ばれたのではないか。

    また、巡礼の終わりがフィンランドというのもひっかかる。主人公の魂の再生をかけた希望の地を、遠く北欧に設定した理由は何か。 単に北欧ブームだからということでもあるまい。3.11以前ならともかく、このタイミングでフィンランドといえば、オンカロ――地上でただひとつの核廃棄物最終処分場――を連想せずにいられないではないか…。

    もちろん、すべては憶測である。作者に「俺はそんな... 続きを読む

  • しばらく勉強の為に読書から遠ざかっていたけれど、
    やっぱり本っていいなぁ。

    とても仲の良かった「アカ・アオ・クロ・シロ」と「つくる」。
    とても調和した特別な関係だった彼らの中で、突然彼らから完全な拒否をされた「つくる」。

    何をしたかも分からないまま突き放され、絶望の淵を彷徨った彼が、
    16年の時を経て、その時の出来事に向き合う為の、心の巡礼の旅。
    村上作品はノルウェイの森しか読んだことが無いけれど、似た雰囲気を感じる作品だった。

    特別だと信じていた繋がりから、突然拒絶される。
    その悲しみや嫉妬が響く。

    読み進めるにつれ、彼らに何があったのか、
    何故つくるは彼らから突き放されたのか、
    その理由に目が離せなくなり、結局睡眠時間を削って思わずページを捲ってしまった。

    彼らとの再会の中で、クロ(エリ)との会話が特に印象的。
    素敵な言葉での励まし、救いに思わず涙が滲んだ。

    少し複雑に組まれた文章に、読後は未だ消化不良。
    また改めて読み解いてみようと思う。
    つくるがわるいこびとに捕まりませんように、僕にはそう祈るしかない。


    「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。
    そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」

    そんな言葉が心に強く残った。

  • とりとめの無い、個人的感想ですみません。
    朝、電車で読み、仕事場に着く。
    帰りにまた、電車で読む。
    そうやって少しずつ読んでいた5日間が楽しかった。
    ふとした合間に多崎つくるのことを思い浮かべ、物語の世界を反芻していた。
    つくるが送る日常、つくるの仕事ぶり、つくるが思うこと、学生時代のこと。
    ゆっくり味わっていた。
    そして、ストーリーは巡礼の旅へ。
    面白かった。
    久しぶりに訪ねた友人もそれぞれの人生を歩んでいること。
    知りたかったことが少しずつ明らかになっていくこと。
    当時の思いと、大人になった今わかる思いのせめぎ合いが切なくて、感傷的な気持ちになったけれど、流れた歳月が支えてくれる。生きていくことの意味をおもう。
    自分なりに十分満足した小説です。
    心が静かになって落ち着いていく幸せを感じました。

    ほんとうに文章がきれいで素敵だと思う。
    あぁこんな比喩を使うなんてと感動します。
    つくるに好感を持ったし、つくるのような人物が出てくる小説を書く村上春樹が好きだ。
    あげつらえば、何かしらあるのかもしれないけれど、自分が一人この小説と向かい合っていたその時間を大切に思う。この小説に出会えた喜びが心に刻まれた。

  • 一気に読んでしまった。悔しい。

    いつも通り、「こんな会話してる男女は私の住む世界には皆無だわ」と思いながら、
    そして、なに?定期的に「あるいは」って使わないと死ぬ病気?とか、イライラしながら読むも引き込まれるこのパターン!!

    途中必ず一度は「もう村上春樹はお腹いっぱいだ!新作出ても読むもんか!」と思ってしまう。毎作。
    またうっかり読んでしまった…。そしてひきこまれた…悔しいぃぃぃぃ

    でも最後のアレはなぁ。読者に投げる?そこを?
    最後の数ページは流し読みしちゃったなぁ。終わりがなぁ。

  • 友だちが昨年から村上作品にはまっていて
    その影響で久しぶりに読んだ。

    どうして急に避けられはじめたのかの理由がわかりそうになるあたりが
    わたしのなかでいちばん盛り上がった。
    けれどその理由は腑に落ちなかった。

    タイトルになっている「色彩を持たない」ってどういう意味なのかと
    興味をもっていた。タイトルに隠れているようなこういう感じは好きだ。

    なんとももやもやとした読後感。
    やっぱりわたしには村上作品はむつかしい・・・。

  • 村上作品はリアルタイムでほとんど読んでいて、村上さん自身も好きなのでファンといえるんじゃないかと思うけれども、ええと、うーん、この作品はわりに「ふつう」だったかな。嫌いじゃないけれども、すごく好きだったとか感動したとかはない。「1Q84」みたいに引き込まれたり圧倒されたりする感じもなかった。正直に言って、なんでみんなそんなに騒ぐの?っていう感じ。(まあみんな読まないうちから騒ぐわけでしかたないけど)。

    村上さんぽい作品だったかなとは思う。美しい言葉と巧みな比喩とアフォリズムと、哲学と純粋さがみっちりつまっているというか。密度が高い。濃い。
    そして本当にピュアな感じ。昔の作品みたいかも。失礼かもしれないけど、60代で書いたとは思えないというか。若い人の作品みたいだなとか思う。

    村上さんの描く孤独感みたいなものが好き。
    でも、もうわたしには村上作品に対峙するというかすみずみまで味わう気力体力がない気がする……。

  • 事前に周りから聞こえてきたあれこれ。
    だからこそ、丁寧に静かに読み終えた一冊。
    イヤホンをかけて、ところどころに表現されたBGMまで聞きながら。

    以前の小説には感じられなかった老成した観が窺えた気がする。
    これをもって「わからない」「ストーリー性が?」「孤独」「放置された」などの
    レビューを拾えば数限りなくある疑問点は、多崎つくる氏にとっては(著者にとっては)故意につくられた読者の感覚の中に残る残像なのではないか。放り出されたイメージを持ったとしたらそれが彼の意図するところ?
    穿った見方をしたなら私たち読者はまんまと手のひらで転がされただけ。

    それでも以前に比べれば、ずっと私は好きです。

  • 読後感から言えば比較的あっさりしてるけど、

    読み進めながら主人公つくるの影が自分に段々重なってきて、

    最終的に本の中に頭を突っ込みながら読み貪りました。

    ---------------ネタバレ------------------


    喪失って言葉が似合うのかもしれないけど、
    主人公つくるが対面したこの喪失に似た経験を自分も
    学生時代に経験したことがあり、

    多感な時期の苦しい経験が重なって
    感情移入しながら
    最終的に"つくるは俺だ"
    なんて思いながら読んでた。

    でもこういうことって誰でも通る道なのかな、
    そりゃいい年になれば語りたくない出来事の一つや二つ経験する人の方が少なくないから。

  • 村上春樹を夢中になって読んでいた青春時代を思い出しました。今思えば『海辺のカフカ』を最後に、私の中では村上春樹に対して気持ちが遠のいていた様に感じます。
    あれだけ世間が騒ぎに騒いだ『1Q84』も私の心にはあまり響かず…。まあでもBOOK2までしか読まなかったので、読み直すのもいいかも。それくらい村上春樹熱が再燃しそうです。

    読書なんてほとんどしない夫からよく「村上春樹ってそんなおもしろいの?」と聞かれるんですが、私はうまく言葉にできないんですよね。何を言っても陳腐な表現になりそうで、「う~ん、世界観がね、いいんよ…。まさに村上ワールド♡」
    なんて語彙力が無いんだー(ToT)

    そんな少ない語彙で表現した“村上ワールド”、今作品はまさにぴったりの様な気がします。
    大切なものを失った喪失感、またそれを乗り越えようとする表現が素晴らしいです。テーマがストレートで分かりやすいというのもまた良かったです。

    しかしいつもながら登場人物が魅力的だったなー。なぜ平凡で地味な生活があんなにも素敵に見えるのだろう、ほんと不思議…。

  • アカ、アオ、シロ、クロ、灰田。
    カラフルな友人と、色彩をもたない多崎つくる。
    乱れなく調和する親密な場所でぴったりと5本指のように
    均衡を保ち過ごしていた高校時代。
    そして突然やってきた破綻。

    葬ったはずの心の奥に沈んだ暗闇を解放して
    真実の自分を明らかにするための巡礼の旅。
    Le Mal du pays。時間の概念を持たず、肉体の檻を出て、
    純粋に理論を飛翔させ、心と心で抱きあう邂逅。

    その先に交わる未来はなくても、傷つきやすく傲慢な季節が終わり、
    過去を受け入れ、真っ直ぐに進む先は光があると。
    許し、許され、愛し、愛され。人生の仄暗い部分こそ蓋をせず
    向き合ってこそ、どんなに夜は長くとも朝の光は美しく差し込む。

    フィンランドの森に浄化されていく想いが美しかった。

  • 「多かれ少なかれ、人は何らかの点において深く損なわれている。」

    繰り返し彼の作品で提示されるこのテーマ。これを読むといつも元気がでます。そうか、欠陥があっても駄目でもいいのだなと。

    今回は主人公がけっこう頑張って行動してくれてそれによるカタルシスのようなものもありました。まさに巡礼です。

    そしてタイトルの素晴らしさといったら特筆すべきものがあります。

    予約したときは、この意味不明なタイトルから、実験的作品ではないかと危惧を覚えたくらいなのですが、
    読み終えた今、タイトルを眺めているだけで、良いワインを味わったような気分です。

    何ひとつ文句がないので★5つ。

  • 集大成なんじゃないか。

    ムキムキの筋肉で戦った時期は終え、
    不必要なものは削ぎ落ち、
    強靭な骨格が浮かび上がったような。

    簡単に言えば
    主人公自身が喪失者だという事。
    そこにつきる。

    ノルウェーで自殺した親友、鼠、ミュウ、ねじまき鳥で妻が、その役割を負うことで、『他者』という壁でボヤけさせていた
    「書き切れない」が通用した
    真の喪失者の役割。


    今回はその役割を「主人公=多崎つくる」が担い、喪失を真正面から書き切ることに挑戦した。
    本を書いて、本を書いて、やっとそれが出来たんだろう。
    すごいなぁ。



    次はなんだろう。
    同じ物語を
    <僕>を使って書いたら、もう筆を置くんだろうな。

  • 「自分は色彩を持たない」——それは、高校時代の自分が自身について思っていたことだったから(それについての詩まで書いた)、ちょっとびっくりして思わず買ってしまった。誰にでも、そういう時期があるのだろうか。あの頃の私だったら、これだけ突き放して冷静に読んだだろうか。
    流れが素直で読みやすく、いつもの昏さが効いていないような気がするのは、前作とのバランスを取ったのか、多くの読み手に届けたかったのか何なのか、ちょっと勘ぐってしまう。心の中の何かに蓋をしているひとを見たら、この作品をエンデの『鏡の中の鏡』第20章と一緒にオススメしようと思う。

  • 久々に読んだ村上春樹の長編。
    読み終えたあと何だか変な感じ(違和感のような)が残ったから少し検索してみたら、この小説は解決されないままのミステリーだからもやもやが残るのは当然で、推理&解釈を載せているブログもいくつか見当たったから読んでみたら、何となく納得できたような気がする。(その解釈が正しいとは限らないけれど)

    36歳の多崎つくるは鉄道の駅を作る仕事をしている。
    名古屋での高校時代、4人の男女の親友と完璧な調和を成す関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、4人から絶縁を申し渡された。理由も告げられずに。
    死の淵を一時さ迷い、漂うように生きてきたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたのか探り始める。

    つくるの高校時代の4人の親友たちは、苗字に“赤、青、白、黒”が入っていて、つくるだけが色彩を持っていないことにどことなく疎外感のようなものを抱えていた。
    高校卒業後つくるは東京の大学に進んだが、4人は名古屋に留まったままで、数年後のある時理由も分からないまま4人に縁を切られ、心のどこかでそのことを引きずったまま大人になった。
    大きな不自由があるわけではない。だけど消えない傷として残っている。
    36歳になったつくるに、2歳上の沙羅という恋人が出来る。そして彼女に導かれるようにして、過去の傷の理由を探る旅(巡礼の旅)に出る。
    その中で、過去の殺人事件のことを知る。未解決の事件が結局解明されないまま終わるところにもやもやとしたものが残るのだけど、その事件に対して立てた読者の仮説を読んで、もし本当にそうだったらと考えるとぞっとするとともに、この物語のラストに深みが増す。

    私は村上春樹ファンでもないしアンチでもないのだけど、支持者・不支持者が大きく分かれる理由は、物語的に意味があるのか無いのか不明なままの哲学とか、何となく“お洒落っぽい感じ”の影響なのだろうかと考えたりした。
    哲学については深く読まなくても物語は理解できるけれど、この小説みたいに、もしかしたら表現されているものの先に真実が隠されているのかもしれないものに関しては、その辺もきちんと読み解いた方が良いのかもしれない。
    すべてが違和感に繋がる。計算しつくされたものなのだとしたら、天才が書く小説だと思う。
    読者の仮説は真実ではないから、結局真実は分からないままで、予測しながらもう1度読んでみるというのも面白いかもしれない。

    青春時代に負ったまま消せないままでいる記憶と傷。誰しもが1つくらいは持っているもの。
    巡礼の旅に出てつくるは初めて解放され、そして本当に欲しいものを確認するに至った。
    結局彼の望みはどうなったのだろう。
    知りたいような、知るのが怖いような。

  • 小説に本格的にはまる前に読んだ本。何が面白いのかうまく説明できませんが、とにかく面白かったのを覚えています。読んでいて、とても不思議な感動を覚えました。小説の舞台に、世界観に、引き込まれ、全身に染み渡ってくるような(私、何言ってるんでしょうね)。

  • 多崎つくる・・・他人から見えているであろう自分・自分はこういう人間だと思い込んでいる自分、その両方に自信が持てずに生きてきた若者。学生時代に経験した痛手も引きずっている。そんな彼が思いを寄せた女性のアドバイスをきっかけにその痛手と向き合う旅に出かける。。 1人の女性がキーパーソンなのかな・・?自分が知らない自分を見つけ出してくれる存在。過去を紐解く道程を経て、彼は色彩を持たない自分というものが少なからず好意的に捕らえられるようになり、彼女への心の変化もその温度を増した。 村上春樹さんの最新作。分かり易いお話であるようで、ちょっと哲学的。喩えを使わせてもらえれば、へらで粘土細工をいじくりまわしながら、あら、いい感じに仕上がったわという感じです(笑) (3.2)

  • 2013/11/05読了

    購入したのはいいが読んでいない本代表である。
    連休を使って読了することができた。村上春樹作品はこれまでいくつか読み、また授業で詳しく考察することもあったので、さて今回のはどの様なものか、と思い、最新作のページをめくる。

    今作は春樹作品の中でいちばん面白かった。いや、面白かったというより、「納得することが出来た」作品だった。
    というのも、曖昧で微妙で問題の一部(それも、読者が知りたいと強く思う物事)を割と多く残し、森の中へと消えてしまう傾向がある春樹作品。しかし今回・・・今回こそ大きな謎(灰田のこと、シロは誰に殺されたのかということ)は明らかになっていないが、私にとってそれは大きな問題ではなかった。
    というのも、作品の要は、つくるの心や自我に常にピントがあてられていて、そこからブレることがなかったからだ。

    春樹作品の多くは、ふたつの視点が別々の物事を見つめて、それがある一つの問題を持ち、それを軸に集約していく、というケースが多い。そこに伏線が幾つもちりばめられていて、それが上手く回収されないことがよくある。
    伏線の内容はともかく、ふたつの視点ということで、意味や考察ポイントが多数生じて混乱するから、それが、謎なのかそうでないかなどで読了後に納得できず、モヤモヤとしたものを残すことが多かったのだ。
    その点、つくるの物語は一視点で目的がしっかりとしている。
    不安な点や謎、放置された伏線はもちろん(・・・というべきだろうか?)あるが、わりかし読了後はすっとした気持ちになれた。
    読了後の印象である。

    本作は、駅を作ることを仕事としている多崎つくるが、高校時代の友人だった人物を訪ねてまわる、というもの。
    高校、大学と、大切にしていた友達というものが破綻してしまう絶望からの再生、というのをテーマにしているように感じた。
    彼は目に見える色彩(名前など)は持たず、自身に色は無いと言っているが、実は自分が思っている以上に人間味に満ちている(カラフル)のである。自分に自信を持てよ!ってことかな?

    救いというか、読んでいく中で「圧倒的な拒絶」が無いのがひとつの安心だった。彼を拒んだ16年前は恐らく4人とも心から拒絶したいわけではなかったのだろう。完璧で、均衡の取れた五角形。だがあまりにも完璧過ぎる上に、それをキープしようとある種の緊張があった。シロはそれが苦手だったし、耐えることができなかった。色と場所の綻び(つまり、つくる)を切り、やむなく、残りのメンバーも無色を信じていつつも「白」に同調せざるを得なかったのだ。
    黒でも赤でも青でもなく、白。シロは本当は何があったのか、どうしてああなったのか、そして死んでしまったのか、それはわからない。
    そして灰田のことも。
    だが、彼女らが完全につくるを裏切ったとは考えにくいのだ。
    36歳になり再会した他のメンバーは彼を信じ、認め、本心を打ち明けた。そこには大人としての彼らがいたし、過去としての物事として、客観的に事件を見ることができるようになっていた。
    それもあって、「許し」の上にあるこの作品は、本題の核の部分が謎であっても、なんだか、許せるのだと思う。
    読者が、作者を。

    というのは、さておき
    これは読者の年齢層によっても、だいぶ印象が変わる作品だというのは言うまでも無いだろう。
    大学生、社会人。高校生はかなり印象が違うかもしれないね。
    だから私がいま、この時期に読むことが出来たのは幸運だと思う。
    過去にグループや友達がいたかどうかも関わってくることだろう。時間をおいて再読するのも、いいかもしれないね。

    うむ、書きたいことは色々あるけれど、上手く書けないな。
    心が落ち着いたときにでも追記したい。

    クロことエリを抱きしめるシーンはよかったなぁ
    穏やかで。
    死の暗い海を泳ぎきって、地上へ這い... 続きを読む

  • こんな36歳の男が現実にいるのかと問われたら、まあまずいないだろうし、こんな男とこんな女のこんな会話(例「あなたの高校時代の四人のお友だちについて、その美しい共同体と、そこにあったケミストリーについて」)が現実にあるのかと問われたら、それもまずないだろう。
    だからこれは、たぶんリアリティを求める小説ではないのだろうと思う。

    私には共感出来ないことがたくさんある。
    まず、大学生の頃の出来事を、(いいオトナである)36歳まで引き摺るものだろうか?
    この性描写は必要なのだろうか?
    などである。

    レッド、ブルー、ホワイト、ブラックと色が出てくるとまず連想するのはポール・オースター「幽霊たち」であり、タランティーノ「レザボア・ドッグス」だが、直接の関係はないようだ。

    とても比喩が豊かな部分があるかと思うと(例「それに加えて小田急線と京王線という二つの私鉄線と、三本の地下鉄線がそれぞれ脇腹にプラグを差し込むような格好で接続している。)、肝心なところで陳腐(例「人生は複雑な楽譜のようだ、とつくるは思う)だったりもして、あれれ?と思う。

    本当にみんな共感して読んでいるのだろうか?
    「これは自分のことだ」と思いながら読んでいるのだろうか?

    どうも私にはしっくりこなかった。
    彼の作品の中でも、出来のいいほうの作品ではない、と思うのだが。

    36歳(いいオトナ)の、失われし青春時代の巡礼。
    「青春小説」なんだね。

  • 多崎つくるの人生の話であると同時に、読者の人生の話でもある
    恐らく誰もが経験したであろう疎外感やコンプレックス、拒絶を読んでいる時に思い出すはずだ
    そして大抵の人はその時に受けた傷を、そのままにしているのではないだろうか?
    傷ついた過去と向き合うのは容易じゃない
    つくるがそれをできたのは、手に入れなければ死んでしまうぐらい愛しい人と出会ったからだ
    そうした相手との出会いは間違いなく彼を傷つける
    しかし彼の人生に色を添える
    そうして人はようやく自分の人生を肯定し、生きることに全力で取り組めるのではないだろうか
    再生と前進、そして肯定
    その道筋を示してくれた

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