丸谷才一全集 第二巻 「年の残り・笹まくら」ほか

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (581ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163826509

作品紹介・あらすじ

丸谷全集第7回配本は、小説第二巻。69歳の病院長が、患者の少年との関係から回想する若き日々の情景――。人生、老い、病い、死という年輪が刻み込んだ不可知の世界を、巧緻きわまりない小説作法で、過去と現在との交錯・対比のうちに結実させた芥川賞受賞作「年の残り」。「笹まくら」の主人公・浜田庄吉は徴兵を忌避し、ラジオ修理工、砂絵師として日本各地を転々として戦時中を生き延び、無事に終戦を迎える。世間から身を隠し孤独な逃亡生活をおくった過去と、大学職員として学内政治の波に浮き沈みする現在を、変化に富む筆致で自在に描き、「戦後文学史における記念すべき作品」と評される中篇。ほかに「彼方へ」「初旅」など、小説的趣向を存分に凝らした5篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 文学周遊丸谷才一「だらだら坂」 東京・渋谷
    それは何となく、とつても上手につかれた嘘みたいな感じでした。

    2018/1/27付日本経済新聞 夕刊
     たまに道玄坂を歩くと、この不可思議な短編小説を思い出す。人を2人殺したかもしれない浪人生の青年が返り血を浴びた学生服で、だらだら坂を下りるのだが、行き交う人々は誰ひとり振り向きもしないのだ。
    返り血を浴びた青年が向かった渋谷駅前。互いに無関心な雑踏を人々が足早に過ぎていく=伊藤航撮影 
    返り血を浴びた青年が向かった渋谷駅前。互いに無関心な雑踏を人々が足早に過ぎていく=伊藤航撮影 
     1950年6月の昼下がりだった。彼は大学を滑って田舎から上京、従兄(いとこ)のアパートに転がり込んでアルバイトの日々。郷里の母が下宿に移る金を工面してくれ、道玄坂の上の焼け跡に並ぶ貸間仲介の店で張り紙を眺めていると、3人組の男に絡まれて空襲で焼けた屋敷の庭に連れ込まれる。
     金を出せと言われた途端、「母が苦労した金だ」と思うと闘志がわき、1人の顎を力任せに殴った。男は吹っ飛んでコンクリートに頭を激突してピクリとも動かなくなった。
     屈強な男がドスを抜いて殺到してきた。刃物を避けながら激しくもみ合ううちに男が誤って自分の腹にドスを突き立てて倒れ、苦悶(くもん)し始めた。黒い血がみるみる地面を染める。もう1人は逃げ去った。
     彼は渋谷駅に向かった。坂を下るにつれて増える人混みの中、霜降りの学生服を血に染めて歩く彼に誰も一顧だにしない。苦い陶酔と苛立(いらだ)ちが襲った。どぎつい形で大人の社会に参加したと思った。
     渋谷駅前のスクランブル交差点は来日外国人には都内屈指の観光スポットらしい。信号が青になると、大勢の人たちが、あらゆる方向から一斉に横断歩道を渡り始めるのが面白いという。でも私のような中年のオヤジには人とぶつかりそうで怖い。
     道玄坂の路地を歩いた。にぎやかで明るい若者向けのショップばかりが目立ち、まるで異界だ。上まで行っても決闘ができるような空き地なんかない。
     宇田川交番の近くに健在の古い酒場に行こうとして迷子になった。道行く人に尋ねた。2組とも中国人だった。ドコモショップで聞いてたどり着いた。
     主人公の青年は死守した金は新宿の遊郭を4軒はしごして使い切る。群衆の中で感じた孤独をそれで癒やしたのだろう。翌春、彼は志望の大学に合格した。年を経て、どこかの企業の温厚な部長になった彼は、殺したかもしれない2人のことを一度も夢に見ない。
    (編集委員 中沢義則)
     まるや・さいいち(1925~2012) 山形県鶴岡市生まれ。旧制鶴岡中学を出て旧制新潟高校文科乙類に入学。山形歩兵連隊入営を経て47年、東京大学英文科に入学。卒業後は英文学者としてジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」の翻訳などを手がけ、文筆活動にも取り組む。60年に初の長編小説「エホバの顔を避けて」を刊行。
     68年「年の残り」で芥川賞受賞。話題作を次々に世に問う。その一方で文芸、文学史を軸に多彩な評論や軽妙なエッセーを発表。代表作は「笹まくら」「たった一人の反乱」「裏声で歌へ君が代」「女ざかり」「後鳥羽院」「忠臣蔵とは何か」など。「だらだら坂」は73年に発表した。
    (作品の引用は講談社文芸文庫「横しぐれ」より)

  • 【小説的趣向を存分に凝らした傑作中篇集】六十九歳の病院長を主人公に深い人生観が透徹した芥川賞受賞作「年の残り」、戦後日本文学の金字塔と高く評価される「笹まくら」等。

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著者プロフィール

大正14年8月27日、山形県生まれ。昭和25年東京大学文学部英文学科卒。作家。日本芸術院会員。大学卒業後、昭和40年まで國學院大學に勤務。小説・評論・随筆・翻訳・対談と幅広く活躍。43年芥川賞を、47年谷崎賞を、49年谷崎賞・読売文学賞を、60年野間文芸賞を、63年川端賞を、平成3年インデペンデント外国文学賞を受賞するなど受賞多数。平成23年、文化勲章受章。著書に『笹まくら』(昭41 河出書房)『丸谷才一批評集』全6巻(平7〜8 文藝春秋)『耀く日の宮』(平15 講談社)『持ち重りする薔薇の花』(平24 新潮社)など。

「2012年 『久保田淳座談集 暁の明星 歌の流れ、歌のひろがり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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