しょうがの味は熱い

著者 :
  • 文藝春秋
3.22
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  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163878706

感想・レビュー・書評

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  • 3年間同棲をしているカップルが、
    『結婚』を考え揺れ動く心模様を
    女性の、その相手の男性の目線で交互に描かれています。

    いつも鋭く、切れのある表現だったり
    深く物事を洞察された表現だったりを多く読んでいた私。

    こんなソフトな感じの表現も書かれるんだなぁと
    ちょっと意外でした。

    奈世と絃。リズムも大事にしていることも
    かみ合わないふたり。
    絃が南国に旅行してハンモックに寝る場面。
    すごく恋愛に似ていると思いました。

    久しぶりの綿矢さん。
    ソフトな作品すぎてちょっと物足りない部分がありましたが、
    やっぱり所々に出てくる比喩がすごく好みです。

    ご結婚されて、今度はどんな目線で新作を書かれるか
    楽しみに待ちたいと思います。

  • 綿矢りささんの作品を手にとる回数は増えてきたけど、どの作品も痛烈な「綿矢りさっぽさ」っていうのがあまりなく、カメレオン作家のようで面白い。
    (だからこそ、この作品はあの作家みたいだな、と思ったりしてしまうけど。本作は江國香織みを感じた。特に月一でカーテンの選択をする描写など)

    帯の雰囲気から、ポップな感じの小説家と思ったけれど、しっとりと「結婚したい女性」vs「踏み切りたくない男性」の心理描写や生活感を楽しめる物語でとても良かった。
    「しょうがの味は熱い」と「自然に、とてもスムーズに」の二作品の収録かと思いきや、二つとも話が繋がっており、それぞれ女性目線、男性目線のそれぞれ交互から描かれるのでどちらにも共感してしまった。(ただし、「しょうが~」と「自然に、~」は文体が異なる)

    特に後半の、奈世の父が娘の結婚に対して放った科白「今日を逃せばまただめになるかもしれないと考えているからだろう」は、精神が成熟していない時(今もかもしれないけど、今より)に、そんなようなことを考えたことがある気がして笑ってしまった。
    結婚したらすべて良い方向に変わって、安心感で満たされるんだろうという、思い込みをしている人(していた人も。はい、私。)って、結構いるんだろうな。

    美しく、残しておきたい文章もあったりして、また新しい綿矢りささんに出会えた気がして嬉しい。

    P.21
    ポーチから床にこぼれ出ていた眉ペンを振ろうと、絃のシャツをまくり背中のほくろを、ぼんやりした灰色の線でつないでいった。絃は企画書を見続けている。背中を終えると今度は太ももから尻にかけての黒点をつなげていく。しっかりした顎と肩、短い脛に太く真っ直ぐな胴。ほくろはわき腹からお尻、太ももまでにかけて、まんべんなく散らばっている。ときおり肌に触れる冷えた指先と、皮膚をすべる丸い芯のこそばさに脇腹は逃げ、彼は下着をずり上げようとする。
    「やだ動かないで、まだ爪乾いてないんだから」
    上へ上へ逃げようとする絃の尻を押さえつけて、ほくろをつなげると、ダックスフント座ができた。ぶかっこうに胴の長い、彼の体で飼われている犬だ。

    P.57
    一人暮らしを始めたころは一日を好きなように使えることが嬉しくて、家に帰ってから誰かと会話する必要が無いのがラクで、昼夜反対の生活をして好きな時間に寝て起きれた。おかげで大学へ行く時間は減り、朝早い授業は欠席ばかり、単位が取れるぎりぎりの出席日数だけを確保した。
    自由をむさぼった結果、ただ一つ望むのはこの荒れた部屋から逃げ出すこと。自由を楽しめないなんて、とても価値のあるプレゼントを贈ってもらったのに、自分の力量のなさで使いこなせなかったような、情けない気分だけが残る。

    P.75
    学生のころ、一か月だけアメリカでホームステイをしたことがあります。インドから移民してきたインド系アメリカ人の家族にお世話になったのですが、彼らの家のキッチンにはりっぱな自動食器洗い機が備えつけられていました。シンクの下の引き出しを開けると、奥行きの深い小型冷蔵庫くらいのサイズの機械に、汚れた皿をいつでも何枚でも差し込めました。
    アメリカならほとんどの家庭にもあるそれを、ホストマザーは当たり前に使いこなしていました。一日分のよごれた食器を簡単にすすいで、冷蔵庫ほども奥行きのある食器洗い機に手早くならべて、がちゃんと蓋を閉めれば終わり。夜中にトイレで起きたとき隣を横切ると、食器洗い機はひかえめな機械音のうなりを立てながら、静まりかえったキッチンで皿を洗っていました。
    対して日本では、食器洗い機はまだどこの家庭でも見かけるというほどには普及していません。高価だから、台所に置くスペースがないから、取り付けに工事が必要だからなどが普及しない原因といわれていますが、はたしてそうでしょうか。新しい家電製品が大好きで、どんな製品でも日本向けにコンパクトに作り変えるのが得意な日本のメーカーが、これくらいのささいな問題点のために食器洗い機を売るのをあきらめるでしょうか。きっとコンパクトで工事の要らない食器洗い機は、普及していないだけで、もう開発されたはずです。でも消費者である日本人が見て見ぬふりをしているのです。機械化の発達した現代でも、日本の人々はかたくなに、食器洗い機や乾燥機のたぐいをぜいたく品と見なしています。
    食器洗い機と乾燥機が普及しない背景には、"皿くらい洗えよ"と"洗濯物くらい干せよ"という日本人特有の意識があります。電化製品が発達してきたからといって、すべての過程を機械任せにするのは怠惰だという意識です。高価で買えない、電気代がかかるという以前に、家事を完全にさぼりきることへの漠然とした恐怖と、これくらいはやらないとという責任感にも似た思いがあるのです。
    また日本では一度使ってもまた洗えば使えるふきんが、どの家庭でも使われています。しかしホストファミリーの母親はテーブルのよごれを毎回ペーパータオルでぬぐって、くずかごへ捨てていました。日本だと子どものお誕生日パーティーでしか見かけないような紙皿やプラスチックのスプーンなども、普段の日にどんどん使い、捨てていました。
    台所周りに関しては日本人がエコに熱心でアメリカ人がむとんちゃく、とは一概に言えません。たしかにふきんを使ったほうが、紙をむだにしなくて済む、でもそれは習慣であって、エコの意識とは違う。スーパーが袋をくれなくなったから仕方なく持つようになったエコバッグとは、一線を画するのです。家で母がふきんを使い、しぼって干していくのを見て育っているから、それが当たり前なんだと思い込んで、自分が大人になってからもまた、ふきんを買います。
    もっと便利になってよい世の中なのにいまひとつ進歩が遅れているのは、実は裕福さの問題ではなく、個人の胸にひそむ、これだけは最低限守っておかなきゃいけないというしきたりのせいなのです。
    私が妻になったら、ペーパータオルをいちいち使うのはやはり紙がもったいないので、ふきんを使うでしょう。ふきんをすすぐときに使う水と再生紙のペーパータオル一枚捨てるのでは、どちらが資源の無駄遣いなのかはおおいに悩むところですが、やはり私はふきんをすすぐ方を選ぶ気がします。
    でも食器洗い機は取り入れる。便利だしお金を出して買う意義はある商品だから。私としてはお皿洗いは数ある家事のなかでも好きな工程で、けっして苦ではないけれど、私自身の革命のためにあえて食器洗い機を買う。私は迷信にも似た古い慣習にはとらわれず、めんどくさがりやとみなされるのを恐れず、機械で食器を洗う妻になるのです。
    でも。
    私、いつ、だれの妻になるんだっけ。



    ラストの描写について、結末が気になるというレビューもあったけど、個人的にはとても良い終わり方だと思った。(そして個人的には結婚がダメになって、いつか素敵な思い出になっちまえばいい、とも思った)

  • 『しょうがの味は熱い』
    同棲する男女の気持ちのすれ違い。寝るときも気持ちはかみ合わない。
    夜が明けたら女は出ていこうと決心するが、寝ているか起きているかわからないような、男の言葉に女は救われる。

    『自然に、とてもスムーズに』
    3年後、女は結婚にとらわれていた。彼と結婚すればうまくいく、それこそが全てである、と。
    男は盲目的になってしまった女を落ち着かせようとするが、自分も飲み込まれ、生活が破たんするのを感じる。
    結果、女は実家へ戻り、冷静になる。
    3ヶ月後、離れたことで愛を認識した男は、彼女を迎えにいくが、彼女の両親は反対し、説得しようとする。結婚に至るときは”自然に、とてもスムーズに”いくものだ、と。

    ------------------------------------------------

    綿矢さんの描く、いわゆるメンヘラ女子は怖い。何かにとらわれると、それだけに集中して、それしか見えなくなる女。狂気。

    先日、ネットニュースで綿矢さんのインタビューを読んだ。
    彼女のAKB48への思いや、社会観、感覚が一般人みたいな感じですごく親近感があった。若くして開花したひとだから、オーラを出しまくっているのかと思ったらそんなことは全くない。
    そういうひとが書く、メンヘラ女子は実際にいそうだから怖いんだと思う。

    このひとの小説の感想を眺めていると、女のひとと男のひとで、感じ方がかなり違うのを感じる。

    感情的な女性を描くのがうまいから、
    男性からするといるよなこういう女!みたいに思えるし、
    女性からすると応援したくなるのかな。

    なんにせよ、圧倒的な説得力を感じた。これぞ一般論!的な説得力。

  • 薄々気付いていたのだけれど。これを読んで確信した。綿矢りさは、本当にすごい。一瞬を切り取り、はっとさせる文章。蹴りたい背中の、「さみしさは鳴る」という超名文があったと思うけれども、あれは偶然の産物ではなくて、今なお綿矢りさの作品に息づいている。これだって、「整頓せずにつめ込んできた憂鬱が扉の留め金の弱っている戸棚からなだれ落ちてくるのは、きまって夕方だ」。ここからぐっと世界に引き込まれて、抜け出せなくなる。そしていつものように、芸術的なくらいに、「しょうがの味は熱い」という挿入。なんていうか、いいなあ、と思ってしまう。

    • koshoujiさん
      初めまして。
      私も「蹴りたい背中」の
      ーさびしさは鳴るー
      の名文に触れて以来、彼女の大ファンです。
      綿矢さんは名文、名比喩、書き出し...
      初めまして。
      私も「蹴りたい背中」の
      ーさびしさは鳴るー
      の名文に触れて以来、彼女の大ファンです。
      綿矢さんは名文、名比喩、書き出しの天才ですね。
      ただし、彼女の文章の良さが発揮できるのは
      一人称文体だけかなあ、とは思っていますが。
      2014/03/04
  • 2012年最後の読書。いまのわたしに相応しかったかな。

    同棲しはじめたばかりの奈世と絃。
    同棲して3年が経った奈世と絃。

    2008年に書いた綿矢りさ作品。
    2011年に書いた綿矢りさ作品。

    どちらもよかったし、すごく響くものがあった。前者はラストがきゅんってなって屈折した少女漫画みたいな。
    絃みたいなひとをわたしは知っているしすぐそばにいる。もう何年も一緒にいる。絃みたいに細かくないし神経質でもないむしろその逆だけど、理屈ばかりでかちこちで頑固で謎な男をよく知ってるからこの作品がとても好きです。

    場面が変わって3年が経った奈世と絃の関係も。あー知ってる、これ、と思わずため息がこぼれる。結婚したらなにか変わると思っている感じ、結婚がしたくて仕方ない感じ。
    この日に読めてよかったです。いろんなことを大切にしようとおもいました。

  • 男女の恋愛観の違い、結婚観のズレ。
    自然に、とてもスムーズに、そうそれが一番理想なのだけれども、どうにもままならない。

    「まだ愛は生きている。瀕死の愛の微弱な反応。先生、まだ脈があります。結婚という電気ショックなら…だめだ、その電気ショックには患者が拒絶反応をしめす。」

    このくだりがもう最高。
    瀕死な愛を繋ぎとめる方法は、結婚かそれとも離別か。


  • この本のあらすじ、「ひりひり笑える」と
    あるが「どこが?!」というのが読み終わって
    すぐの感想だった。なにも笑えない…
    どちらかの愛が摩滅するまで終わらない恐怖の
    いたちごっこと思ってしまった。

    奈世の父母のように側から見たら、
    どう見ても歯車の合わない
    同棲カップルという感じなのだが、
    当の本人たちはただお互い歩みたい道が
    違うだけの好き同士なので、
    第三者が介入したところで二つ返事で
    別れます、さようならというわけにも
    いかないんだろうな…

    結婚することで得られる幸せの永住権、
    結婚することですべての疑問が解決するはずと
    信じてやまない奈世の気持ちが痛いほど
    分かる。それを相手に押し付けるのは
    違うとわかっていながらも押し付ける
    相手がいることの安心感をずっと味わって
    いたいから、愚直に「結婚」というものに
    固執してしまう……

    この二人の行く先がどうなったのか
    非常に気になるところでした。

  • どうしてこの人の文章を読むと苦しい気持ちになるのだろう。どうして苦しいのに読むのをやめられないのだろう。26歳の主人公。この先もずっと一緒にいたいと思える彼氏とは同棲三年目。結婚して今以上に幸せになりたい彼女と、ゆっくり時間をかけてうまくやっていけると思ったら結婚したい彼氏。何度話し合いをしても結局同じ道をたどり、疲れ果てた彼氏はついに……。この二人は合わない気がする。仮に結婚したとしても彼は彼女にイライラするだろうし、彼女は結婚後の彼が想像していたのと違って再び彼を追いつめてしまうだろうな。

    「いいか奈世、結婚はいまがチャンスと焦ってするものじゃない。ほんとに合っている二人ならもっと、自然に、とてもスムーズに、結婚まで至るものなんだ。不安も焦りも、もちろん裏切りもない。拍子抜けするほどおだやかに、まるで当然のように付き合いから結婚へ流れていくのが、結婚する運命の男女だ。」

  • 同棲カップルの男女の結婚観の違いで喧嘩する話。
    どこにでもありそうな、ありふれた話題、何か大きな事件が起きるという訳でも無い、それなのにどうしてこんなに引き込まれるんだろう、やっぱり綿矢りさの小説は面白い。
    生活力が無くだらしなく痛い女の描写がうますぎてリアル。

    カレシが趣味で結婚したらハッピーエンド♡みたいな脳内がお花畑な主人公には共感できないし、現実的なカレシと会話や話の論点が全く噛み合ってないし、読んでいるとイライラするはずなのに、当人同士は必死だからそれが逆におかしくて笑ってしまう。

    • 円軌道の外さん

      藤野一花さん、はじめまして!
      関西出身で東京在住、
      読書は勿論、映画と音楽と猫には目がないプロボクサーです。
      遅くなりましたがリフ...

      藤野一花さん、はじめまして!
      関西出身で東京在住、
      読書は勿論、映画と音楽と猫には目がないプロボクサーです。
      遅くなりましたがリフォローありがとうございました(^o^)

      僕も綿矢りささんの作品大好きです。
      独特な比喩表現にもいつも感心するし、
      会話はリアルだし、
      ちょっとイタい人を書かせたら
      右に出る人いないですよね(笑)

      この作品は「読みたい本」リストに書いたまま
      まだ未読だったので近々必ず挑戦してみたいと思います。

      それにしても、 藤野一花さんのレビューと本棚を見させてもらって、
      あまりに好きなものが多くて
      好きのツボも似ているみたいで
      嬉しくなってしまいました(笑)
      またオススメありましたら
      教えていただけると嬉しいです。

      ではでは、これからも末永くよろしくお願いします!

      あっ、コメントや花丸ポチいただければ
      必ずお返しに伺いますので
      こちらにもまた気軽に遊びに来てくださいね。
      (お返事は仕事の都合によってかなり遅くなったりもしますが、そこは御了承願います…汗)

      ではでは~(^^)



      2015/06/20
  • 魔法も殺犯罪も悪人も出てきません。
    が、とてもドラマティックです。

    「結婚したら幸せになれる(してもらえる)」と思っているタイプの主人公と彼氏の話。

    ”ようやく気づきました。絃は私が結婚後に得たいと思っている落ち着きを、結婚前に得たいのです。私が結婚という区切りを付けてから始めたいもろもろのことを、絃は結婚前からすることで、これからの生活が大丈夫だと確信して安心したいのです”

    綿矢りさはいろんな表現がすごい。

著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

綿矢りさの作品

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