太陽の棘(とげ)

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著者 : 原田マハ
  • 文藝春秋 (2014年4月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163900537

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太陽の棘(とげ)の感想・レビュー・書評

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  • 音楽は国境を越える、とはよく聞くが、確かに芸術は国境や時代を越える。
    魂のこもった力のある表現物や表現者は、見る者の心に直接働きかけるからだろう。
    理屈も理由も考える暇なく、感動を呼び胸を震えさせる。

    戦後すぐの沖縄の米軍基地に軍医として派遣された新米精神科医エド。
    ニシムイに美術村を作り、画家として生きるために描くタイラ。
    自らも画家志望だったエドは、ニシムイの画家たちの描く絵と、純粋に創作に向き合うきらきらした瞳に惹きつけられる。
    巡り合うとは夢にも思っていなかった彼らが、巡り合い、国も立場も越えた友情を育む。
    しかし、戦後間もない時代の沖縄という特殊な場所にあって直面する現実は、タイラたちニシムイの画家に厳しく、エドたち米軍の軍医に苦いものも多かった。

    物語終盤の別れの気配と、ニシムイの画家の一人である描くために生きるヒガに降りかかる不条理な悲劇の辺りから、鼻の奥がツンとなる。
    エドの怒り、画家たちの誇り、お互いに対する信頼と友情。
    胸が熱くなり、沁みたものは堪えきれず目から零れ落ちた。

    沖縄を去るエドが大事に抱えた二枚の肖像画。
    チカッ、チカッ……。七つの光の棘。
    眩い太陽を集めた光の棘は、小さいけれど強く、胸にほんのり温かい痛みを残す。

  • 期待していただけに残念というかもったいないというか・・・。
    実話を基にしていることが逆に足枷になっている感が否めない。
    完全なフィクションだったらもっとのびのびと描かれていたのかなと。
    しかし「ジヴェルニーの食卓」も事実と虚構が入り混じっているはずなのにずいぶんと楽しめた。
    と言う事は受け取る側の問題と言うことかもしれない。
    異国の地が舞台だったらすんなりと小説として受け入れられる。
    しかし舞台が沖縄となると身近な場所だけその戦後たどってきた道をどうしても思い浮かべてしまう。肩入れしてしまうというか。

    米軍医師と日本人画家の友情。
    彼らの間柄は特別なものであったのは間違いない。
    だからこそ表紙の二枚の絵がこうして時を経て表舞台に出てきた。
    でもそこに物語で描かれるような友情があったのかと言われるとどうなんだろう。
    物語が一貫して米国人医師の立場から書かれているせいだろう。
    画家のタイラの目線がここに入ってくればもっと深みが出てよかったんじゃないかな。
    占領下にある沖縄の人々の悔しさを掘り下げてほしかった。
    ちょっときれいごとで終わっているところが残念。

    ひねくれ者なのでこんな感想になってしまった。
    いや、十分楽しめたんですけどね。
    マハさんだったらもっと書けたんじゃないかなと。
    辛口になってしまいました。

  • また、絵の具の匂いを感じた。
    『楽園のカンヴァス』の時のような、
    むせかえるほど強力な絵の具のみの匂いではない。

    太陽や吹き抜ける風、
    ほんの少しの潮の香りと生活などの匂いに混じり
    画家たちの描きたいエネルギーに圧倒され
    少々薄まったような、でも存在感のある匂い。

    戦後まもなくのアメリカ統治下にある沖縄での
    アメリカの軍医と沖縄ニシムイの画家たちのお話。

    読んでからこの表紙と裏表紙の自画像を見返しました。
    目が、いいですね。何かを訴えてくるようなまなざしが。

    この絵を大切に保管されていた博士と
    この絵たちに注目して私たちに物語と一緒に
    届けてくれたマハさんに感謝の気持ちでいっぱいです。

    『太陽の棘』の表現、素敵でした。
    また泣かされてしまいました。

    まだ一度も行っていない沖縄。
    逞しく何度も何度も立ち上がり、
    生き抜いて今につないでくれた人々。

    そして今を生き抜いている人々に
    いつか会いに行きたいと思わせる一冊です。

  • 終戦直後の沖縄。そこに派遣されたアメリカ人の精神科医と沖縄の芸術家たちの友情を描く。
    少し前まで敵国として戦っていた相手だが、芸術を通して深い絆で結ばれていく姿がとても印象に残った。芸術や文化に国境はないんだよね。何に対しても、お互いをよく知る事は本当に大事だ。
    最後のシーンは涙なくしては読めなかった。何年後かに再会できていると信じたい。
    芸術家たちにはモデルがいて、今まで知らなかったニシムイ美術村の事も色々知りたくなった。表紙と裏表紙の絵、すごく熱いものが伝わってくるいい絵ですよね。

  • こんな火の粉もかからぬ場所にいて、
    実際戦争に巻き込まれてしまった人達の
    一体何を?
    どれ程わかってあげられると言うのだろう。

    と、
    俯くことしか出来なかった私に
    チカチカ、チカと眩しい光。

    顔を上げずにはいられなかった。

    (大丈夫だよ、見て。)

    日本とアメリカの争いの渦中で
    尊い命をいくつも失ってしまった沖縄。

    家族を、人としての尊厳を、生きる希望を
    誰かに奪われる、なんて皆、思いもしなかった事だろう。
    どんな正義も強い意志も、強い流れの渦中にいては逆らう事が出来ない。
    私達はただ、流されるばかりのヒラヒラの葉っぱみたいなものなんだな…
    その事実を認めなければ、過去の惨事に向き合う事など私には到底出来ないままだった。

    (でも、災いはいつか終わるんだよ。
     もし、その時まだ生き残っていたとしたら、
     僕達はまた筆をとる。真っ白なキャンパスの前に立つ
     んだ。)
    ニコニコと輝く笑顔を放つ彼らは、
    沖縄の山中に『美術村』を創り、ひっそりと暮らしていた画家達であった。

    そんな彼らと偶然出会ってしまった
    アメリカ人医師との友情物語。

    出会えて本当に良かった。
    と、胸が震えたのは、
    彼らと医師の事だろうか

    それとも
    医師と原田さんの事?

    いやいや、この本と私と事も。

    全ての偶然に感謝したくなった物語。

  • わーやっぱり実話ベースだったんだ。
    と言うのが、読み終えて、すごい説得力とともにひしひし感動したところ。

    終戦間もない沖縄、当時はまだ日本ではなくアメリカの占領地でした。
    在沖縄アメリカ陸軍の従軍医としてやってきた新米精神科医師のエドと、ニシムイ・アート・ヴィレッジの芸術家たちとの交流を綴っています。

    沖縄といえばもはや楽園リゾート的イメージで、戦中戦後の沖縄といっても、ひめゆりの塔がおぼろげな史実として浮かぶくらいで...なんか日本人としてすごく情けないと言うか申し訳ない気持ちになりました。
    アメリカに占領されて制圧された沖縄で、絵を描くこと、絵を鑑賞することで救われる人たちが、眩しくもあり悲痛でもありました。
    どんな過酷な状況でも、そういう人たちがいたと言う事実に、いまの私たちも救われると思う。

  • 終戦から数年、アメリカ占領下の沖縄に赴任した若い米国精神科医と、当地にあった芸術家集団"ニシムイ"の画家たちの交流を描いた物語。
    事実に基づくお話とのこと。

    いかにも原田マハさんらしい爽やかな書きぶりのお話の中に、第二次世界大戦前後に沖縄が直面した問題が織り交ぜられています。
    ただ、この方のどの作品にも共通して言えることですが、そういった歴史的な事実も、この方の書き方だと、文の運び方のせいか、スピード感ある展開のためか、あくまでもお話のための付属品というか材料という感じです。
    結果的に人々の生の一部を扱う迫力や深みというか、胸に迫る感じが出ないのはちょっと残念なところですが…。

    でも、美術への愛は伝わります。

    とはいえ、60年も前の記憶のよすがとして、当時沖縄で買い求めた絵を手元に大切に残しているサンフランシスコ在の80歳をとうに超えるご老人が実際にいらしたことに思いをはせると、人生って不思議なものだなあ、と思わされます。

  • もう15年ほど前のことになる
    沖縄の無人島でのキャンプに毎夏通っていたことがあった。10日間ほどのワンクールで、ひと夏に四回ほど20人ほどのメンバーが入れ替わるものだった。
    そのキャンプにに参加した人たちが、無人島から漁船で近くの有人島に渡り、その有人島からフェリーに乗って
    沖縄本島に渡るときに、帰っていくメンバーの人たちがフェリーから「鏡の反射」で「ありがとう、楽しかったよー」を伝えることが恒例になっていた。
     あのときの「光の交信」の光景はいまでも鮮やかに思い出す。どこまでも青い空、七色に輝く海、珊瑚礁の島を吹き渡っていく風。なにもかもが脳裏に浮かんでくる。

     勝手に被せていたけれど、「タイラさん」の絵はきっと名嘉睦稔さんの絵の如くどこにもない、誰にでも描けないそれでいてウチナンチューであることがにじみでている「絵」なんだろう

     「ヒガさん」の絵はきっと佐喜間美術館で特別企画展として観られていることだろう。

     「人」が絵を描くこと
     「人」が絵を見ること
     「人」が絵を楽しむこと
     「人」が絵に苦しむこと
     「人」が「絵」によって解放されること
     
     マハさんの絵画モノはやはり良いなぁ

  • 戦争後の沖縄という場所で出会った、アメリカ人医師と沖縄の画家達の友情を描いた、事実を基にした物語。

    戦争に負け、アメリカに占領され、絵を描くための道具が手に入らない状況。それでも、全てを受け入れて、前を向き、絵を描き続ける姿に胸を打たれた。
    また、人種や立場の違いなど、関係なく、芽生えた友情に感動した。

    以下の文が特に心に響いた。

    「おれには妻もいる。小さい娘もいる。どうしたって、売り絵を描かなきゃならない。自分が描きたいものは、後回しにせざるを得ない。・・・だけど、ヒガは、ほんとうに自分が描きたいものしか描かないんだ。それが、あいつにとって、たったひとつの生きていく理由だから」
    生きるために、描く。
    それは、ヒガの思いであり、タイラの決意でもあった。

    セイキチ・タイラは、物怖じせずに、ウィルと握手を交わし、流れるような英語で、エドはどうしているのか、困ってはいないか、自分たちが力になれることはないかと尋ねた。まっすぐな、きらきらと輝く目をして。
    このいかにも汚れて貧しげな沖縄人が、アメリカ陸軍のドクターの力になりたいと、堂々と申し出たことが、ウィルは無性におかしかった。そして同時に、静かに胸打たれた。

    原田マハさんの作品は、面白い。

  • うーん。個人的には合わなかった。美術がからんできると『楽園のカンヴァス』を超えられない…

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太陽の棘(とげ)の作品紹介

サンフランシスコにある医院のオフィスで、老精神科医は、壁に掛けられた穏やかな海の絵を見ながら、光と情熱にあふれた彼らとの美しき日々を懐かしく思い出していた……。
結婚を直前に控え、太平洋戦争終結直後の沖縄へ軍医として派遣された若き医師エド・ウィルソン。
幼いころから美術を愛し、自らも絵筆をとる心優しき男の赴任地での唯一の楽しみは、父にねだって赴任地に送ってもらった真っ赤なポンティアックを操り、同僚の友人たちと荒廃の地をドライブすること。
だが、ある日、エドは「美術の楽園」とでも言うべき、不思議な場所へと辿り着く。
そこで出会ったのは、セザンヌや、ゴーギャンのごとく、誇り高い沖縄の若き画家たちであった。
「互いに、巡り合うとは夢にも思っていなかった」その出会いは、彼らの運命を大きく変えていく。

太陽の棘(とげ)のKindle版

太陽の棘(とげ)の文庫

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