永い言い訳

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著者 : 西川美和
  • 文藝春秋 (2015年2月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (399ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163902142

永い言い訳の感想・レビュー・書評

  • 良い評価をちらほら目や耳にしていたので期待して読み始めた。が、いまいち作者の主張が分かりづらかった。
    永い言い訳というタイトルではあるが、言い訳めいた感じはしなかった。その微妙感がリアルで良いということだろうか。解説が欲しいところ。

  • バス交通事故で妻を亡くした小説家・津村を主人公に、同じ事故で母親・ゆきを亡くしたトラック運転手の父・陽一と幼子2人(真平と灯の兄妹)の家庭との出会い。また鏑木優子という科学館の女性。彼らとの生活の中で、家族、小さい子供たちを愛することを教えられていく淡々とした記述が爽やかな読後感を与える。妻・夏子の携帯が息を吹き返し、未発信の下書きメールを見つけた時の驚きは衝撃的である。そして最後の喪失感、涙の場面は、ここまで辿り着いたことの静かな感動の場面。

  • 妻や子供を大事にしないと行けないと改めて強く思わされた。

  • 亡くなっていく人が悲しいのは確かにそうだけど 残される人のツラさはホントキツイ。子が親より先に逝ったらいけないから 子は親に残される。寂しいよぉ…

  • 祝!映像化で手に取る。

    事故で妻に先立たれた作家と同じ事故で母を無くした家族の話。主人公も同じ境遇の家族と共に過ごすことで、家族の大切さに気付き、亡き妻の想いと向き合っていく話。

    私も同じ様な年齢の娘が居るので、同じ状況になったら、友達が同じ状況になったらと心を傷めながら読む。
    まあ、よくまあ好きになれないキャラの主人公だなと思いながらも読む物の、いや人間とはそんなものだよなと思ったり。
    生きることへの応援と、続く生活の中で忘れがちな大切な事を教えてくれる一冊。

    「ゆれる」を書いた人なんだ。本著者の他の作品も読んでみようと思う。

  • 著者により映画化もされた物語である。

    衣笠幸夫。職業、小説家。筆名は津村啓。
    漢字は違うが、著名な野球選手、衣笠祥雄と同名であったため、小さい頃からよくからかわれてきた。しかし、実のところ、幸夫が生まれた頃、衣笠選手はまだそれほどは有名でなく、名前はまったくの偶然だった。幸夫=津村啓は、鉄人と呼ばれた衣笠選手とは正反対のまったくの優男で、本人は名付けた父を恨んでいた。
    一度は出版社に務めたものの、勤めを辞めて、物書きになる夢に賭けた。売れない時代は糟糠の妻に食わせてもらっていた。妻は腕のよい美容師で、詰まるところ文字通り、「髪結いの亭主」だったわけだ。ようやくここのところ少し売れてきて、テレビのバラエティ番組などにも出るようになった。
    しかし、そうこうする間、妻との間は冷え切っていた。ともに暮らし、散髪の際には必ず妻に切ってもらっているものの、互いに対する関心も薄れ、子のない2人の間には会話もほとんどなかった。
    妻が女友達と年に一度の旅行に出かけた日、幸夫は浮気相手と自宅で逢瀬を楽しんでいた。
    まさにちょうどそのとき、妻の乗った夜行バスが下りカーブを曲がり損ね、ダム湖に転落していたのも知らずに。

    映画のキャッチフレーズは「妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった」である。前半はまさにその通りの物語と言ってよい。
    主人公はなかなかにいけ好かない男である。夫婦がすれ違うのは双方に理由のあることではあるが、それにしても妻が死んでしまったというのに、この夫の見せる冷淡さにはいささか辟易する。それはある意味、正直さの裏返しでもあるのだが。
    ある程度の著名人である彼は、「被害者家族」として「被写体」になることを求められ、また事故を題材にして作品を書くよう薦められる。
    だが、彼の抱え込んだ「思い」は、実は紋切り型のお涙頂戴からは遠いのだ。

    妻とともに出かけた女友達も犠牲になった。彼女には夫と2人の子がいた。
    幸夫はこの夫、陽一と、被害者向けの説明会の席で出会う。驚いたことに、妻はこの家族としばしば一緒の時間を過ごしていたという。
    トラックの運転手として一家を支えている陽一は、家を空けることも多い。6年生の真平とまだ保育園児の灯がけなげに頑張っている姿を知り、幸夫は柄にもなく、手助けを申し出る。
    日を重ねるにつれ、子供たちとの絆は深まっていく。疑似家族のような関係に充足感を感じ始める幸夫だが、さてこのユートピアは強固なものたりえるのか?

    実は、先ほど触れた映画のキャッチフレーズには続きがある。
    「そこから愛しはじめた」。
    陽一家族との交流が始まっても、失ってしまった妻との溝はもちろん埋まらない。それどころか、遺品の中から、2人の仲が修復しようもなかったことを示唆するものさえ現れる。
    一方の陽一家族とて傷ついている。大きな存在を失い、心に黒いものを抱え、やりきれない思いを晴らす術もない。それは大人も子供も同じことだ。
    ある事件をきっかけに皆のそれが噴出する。
    けれども無様だけれども、不器用だけれども、かれらはそれを乗り越える。そしてようやく、幸夫は気付くのだ。不在の妻の「存在の大きさ」に。

    幸夫はまったく嫌なヤツなのだが、その独白には、自虐的な軽みもあって、ところどころシニカルな笑いを誘う。
    どこの家もこんな大きな悲劇に見舞われるわけではないが、どこの家にもある程度のすれ違いややりきれなさはある。
    どうしようもない思いを抱えつつ、それでも私たちは生きていく。生きているんだから生きていくのだ。無様でも、卑怯でも、言い訳がましくても。

    衣笠幸夫はいけ好かない男である。けれど津村啓の書くものは、案外とよいのではないか。そんな気がしている。


    *映画の主演は本木雅弘。何だか当て書きのように、... 続きを読む

  • (2017.02.25読了)
    もう愛していない。
    そんな妻が、バスの事故で突然亡くなってしまう…。
    ジワジワきます。
    ですが、そのジワジワがゆっくりすぎて中だるみ。
    また、いろいろ他にやることもあり、読了までに1ヶ月近くもかかってしまった。
    時間かかった分、感動も薄まってしまったような気がします。ちょっともったいなかったな。

  • 読後の感想としては2点。
    1.人生は短い。仮に明日死んだとしても悔いが無いように日頃から意識する。身近な人が大切であることの再認識。
    2.人は一人では生きられない。誰かを頼ることで、頼られた側はそれを生き甲斐と感じることがあり、誰かを頼ることは大切である。

    1点目はいつも何となく感じていたけど、2点目はむしろ逆で生きていた。誰かに頼らないことが良いと思っていた。
    頼ることを考えてみよう。

  •  映画を観た時も思った。
    なんて、ダメなやつなんだこの男は・・・って。
    面倒くさい、子どもみたいな・・・いや、子どもから純粋なところを抜いた、身体ばかり大きくてものすごく厄介で思考が子どもみたいな男だ、幸夫という人は。
    それに話し方が、気持ち悪い。こう、人をおちょくるような、上からな感じの話し方が、生理的に受け付けない。
    何度も、この男は!(怒)と思いながらも、頁をめくるのをやめられない。
    映画でもこんな台詞があっただろうか?と思いながら、ずんずん読み進めていくと、映画よりも小説は言葉が直接頭に飛び込んでくるようで、ダメダメな幸夫が発した言葉が今度は自分に鋭く突き刺さってきた。

    「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない。(略)人間死んだら、それまでさ。俺たちはふたりとも、生きている時間というものを舐めてたね。」

     物語も後半になってくると、ダメ男は実にいいことを言う(書く)ようになる。
    喪ったものを総括し、挽回できないことを自覚して、そしてこれからも男の人生は続いていく。

     単に映画の原作本という枠には収まらない、小説単体としても、痛くて刺さる台詞がたくさん詰まった、素晴らしい作品だった。

  • 愛する日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない

  • 妻への愛を喪失した夫と愛する妻を喪失した夫のどちらも残酷だった。対照的なのにどちらも惨めさが浮かび上がってくる辺りに男の弱さが表れている。それでもそんな大人を必要とする子供達がいることで喪失した過去となんとか向き合って、ぎこちなくても立ち直れるきっかけを作れたのは子供の偉大さの証なのだろう。

  • 途中で挫折。なのに ★4つ? 
    この本はなかなか読み進めない。進まない。おもしろいのになんで、言い訳だから?
    またいつか読もう。

  • 西川美和監督の映画は、「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」を見ていて、人間の描き方にスゴさを感じていた。見たくない、気づきたくないない部分までしっかり抉って表現する人だなあと。
    この小説も気にはなっていたのだが、映画監督としてすごいと思っていただけに、もし小説に失望したら嫌だなあという気持ちもあり、読んでなかった。映画が公開され、それも見逃していたが、引っ越して初めて行った図書館で、バーンと目の前に現れた(一気にその図書館が好きになった)。

    映画作品同様すばらしかった。失望など全くしなかった。
    ストーリー全体もよかったと思うが、随所随所で今の私にグイグイ来て、いろいろ考えてしまうので、なかなか読み進められなかった。

    たとえば、
    食べていけない時に、奥さんに経済的に支えてもらっていたのに、自分が稼げるようになった途端、奥さんを裏切るような行為をする男性がたくさんいる。これでは奥さんとしてはやりきれないよな、と常々思っていたが、そのところの解説?のような箇所があり、感心したというか、納得したというか。
    それほど男の人にとって屈辱的なことなんだとわかった。無意識のうちに復讐せねばならないほど恥だと思うんだってことが。
    でも、やっぱり奥さんはやりきれないと思う。

    主人公を好きになれず、この人が最後改心するんだろうけど、甘っちょろく改心させたら怒るぞと思いながら読んでいた。どういう流れの改心なら納得がいくのかわからなかったが、うまい具合の終わり方だったと思う。すごいなと思った。

    本筋とあまり関係ない部分もあるかもしれないが、自分が引っかかったところ、引用しておきたい。


    "女たちのこの態度を僕は知っている。どうせ役立たずだと思ってるんだろ。あなたが余計な提案さえしなければ、物事はもっとシンプルで、まともだったのよ。何もかも、ややこしくするのはいつもあなたで、割りを食うのはいつも私。口に出さないだけ優しいと思ってよ、と言いたいんだろ。"139ページ

    "一度良い目を見たら同じような幸福が続くと期待する。続かなければ不満に感じる。幸福は不幸の種だ。"140ページ


    "旅行に行ったり、美味しいものを食べに出掛けたり、絵や映画を見たりというような、何かふたりが、ふたりで居る時間を噛みしめながら、満ち足りた気持ちをわかちあってしまいそうな行動が億劫だった。そんなもので我が家の土台に起きている根腐れを表層的にごまかす空々しさに耐えられなかったのだ。"  205ページ

    "またしても忘れていた。人生が百八十度変わるのに、一日は、十分すぎる長さなのだということを。"  267ページ

    ”鈍いのか。抜けているのか。それともこれが度量というものなのか。”  286ページ

    ”真実が白日の下に晒されて、満ち足りた気持ちに浸るのは往々にして晒した当人だけである。一度ひらかれてしまえばふたたび裏には返せないのが「真実」だ。嘘つきと思われても、後で返す裏がのこされているほうが、まだ未来があるのではないか。”  286ページ

  • 久々に読んでいて笑えた
    真平君と灯ちやんのきょうだい喧嘩の件で目に浮かぶようだった

    この二人がけなげで真平君の心情に思わずうるっときた

    私も相方より先に逝きたい
    残されたくない

  •  ベストセラー作家の幸夫は、妻の事故死を契機に、ぐうたらで独りよがりの生活を一変せざるを得なくなる。自分の気持ちの整理がつかなくなっていた幸夫は、同じ事故で妻を亡くしたトラック運転手の陽一と、その子どもである小さな兄妹に出会って、勢いで彼らの世話を申し出る。

     赤の他人である陽一の代わりに、小学六年生の真平と保育園に通う妹の灯の送り迎えや食事の世話を始めた幸夫は、他人の家族のやりとりやその成長を通じて、亡くなった妻を思いやれなかった自分にはじめて気づき後悔する。
     しかし同時に、他者と関わることで生きていく自分の役割を痛感し、前を向き始める。

     読みはじめてしばらくは、ベストセラー作家としての幸雄の成功と挫折の物語なのかと思っていたら、真平と灯が登場してから、幸夫同様、見えている世界が一変した。読みながら幼い子どもの姿を通じて不幸を語らせるのはズルイだろうと思いながらも、不思議と最後まで読んで、駄目で懸命な幸夫に共感してしまった。思わず胸につまる場面もあり、電車の中で読まなくてよかった。
     シンプルで使い古されたテーマかもしれないが、映画やテレビドラマとは違う描き方であり、このような話を小説で読めてよかったと思った。

  • 久々に、続きが気になって気になって…という本に遭遇。良かった。

    すっかり冷え切っていた夫婦の妻が突然の事故で亡くなり、一緒に亡くなった妻の友達の家族と心通わせる主人公の話。

    妻が死んでも泣けなかった主人公が妻にあてて語りかける最後の方の章が良かった。
    『何にせよ、生きてるうちの努力が肝心だ。時間には限りがあるということ、人は後悔する生き物だということを、頭の芯から理解してるはずなのに、最も身近な人間に、誠意を欠いてしまうのは、どういうわけなのだろう』

    主人公の人格には欠点が多々あり共感も出来ないのに最後にはジーンとさせられるのが彼の魅力なのかなと最後に気付いたかな…。

    あと、装丁がとてつもなく好みだった!

  • 映画があったな、と思い出して読んだ本です。
    映画見たかったなぁ。

    久々にいい小説でした。

  • 映画を見てぜひ原作を読みたいと思い図書館で借りました。一度映画で見ており、文章自体も読みやすくて書かれているのでサクサク読み進められました。

    主人公が事故で妻を亡くして、本当の愛を探していくストーリーです。主人公の独善的な考え方や上から目線の物言いに辟易とする一方で、誰しも人間が持っている弱い部分を表現しているようでドキリとしました。

    主人公の【あの人が居るから、くじけるわけにはいかんのだ、と思える「あのひと」が、誰にとっても必要だ。】という言葉が心に残りました。生きていく上で多くの障害があるけれども、それを乗り越えるために自分にとって大切な存在が大きな力になっているのだと思いました。

    あと、映画で池松壮亮が演じていたマネージャーの岸本の話が興味深いです。映画でも意味深な発言をしていて独特な人物でしたが、本を読んで発言の背景が分かりました。マネージャーとしての「建前」と「本音」のギャップ、主人公への批評的な視点が強烈でした。

  • (●´ω`゚●).。.:*・゜

  • 映画を見たかったが気付いたときには時すでに遅く、仕方なく小説を読む。後半は涙が止まらない。なぜかよくわからないけれど、とにかく泣きながら読む。
    結婚って、家族って、そもそも何なんだろう。そんなことをここ1年半ほどずっと考えている。家族や結婚にまつわる小説をどんどん読みたい、映画も見たい。
    自分はどう生きたいか?日々の生活で生じた「問い」に対して、こうやって小説を読んだり映画を見たりしながら、自分のことを知り、新しい知見や思想を得て、内面的に充実した毎日を送りたい。働くことに忙しくて、自分を見失ったり、自分が今なぜ、なんのためにそれをやっているのかわからないような日々にはしたくない。
    身近な人が亡くなるという現実は、その人との関係が親密でも、そうではなかったとしても、残された人に大きな衝撃を与えるもの、そこから、他者(事故で母親を失った子ども)を支援することで精神を回復させていくというストーリー。
    子どもは私がいないと生きていけない存在ではあるが、幼い我が子を世話することで、精神的に回復している、とは思わないし、我が子を育てることで逆に救われる、という感情になることはない。むしろ、目の前の育児に必死になっているだけだ。ということは、私は、そんなに精神的に追い詰められているわけでもないし、人生における喪失感のようなものも経験していないということなのかもしれない。確かに、夫も子どもも父も母も兄弟も健在だ。
    でももし、万一、高齢の父や母や誰か近しい人が亡くなったら、我が子の存在は、私にとって救いになるのかもしれない。
    やっぱり映画が見たい。

  • おもしろかった。とても。映画を観るのが楽し
    み。

  • 面白くて一気に読みました。

  • 身内が死んだときに泣かない人。
    わりといるんじゃないかなと思うんだけど。
    薄情なわけではない。気がする。
    時間がかかるんだよ。

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永い言い訳の作品紹介

長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが...。突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。
第153回直木賞、2016年本屋大賞にノミネートされ、2016年10月に著者本人により映画化が予定されている。

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