夏の裁断

著者 :
  • 文藝春秋
2.87
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  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163903248

作品紹介・あらすじ

女性作家の再生の物語過去に性的な傷をもつ千紘の前にあらわれたのは、悪魔のような男性編集者だった。若手実力派による、鬼気迫る傑作心理小説。

感想・レビュー・書評

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  • これを読んで、わたしは島本理生さんの描く純文学作品が好きなんだなって強く実感した。どうして彼女の描く男性たちは酷く歪んだ感性を持っていても読者を、や、わたし個人を強く惹きつけるのだろうか。ある意味で病的。
    柴田さんに傷つけられて千紘がいう
    ――ああ、この世にはまだこんなに人を傷つける方法があったのか、と死んでいくような気持ちであった。これ見たことがある、とも。(p11)
    この作品は読者が精神的に健康か否か、幸せか否かで、はっきりと意見がわかれるとおもうのだが、わたしはこれを読んでわかると強く感じた。人を傷つけることが巧い男を知っている。その男から離れたいのに離れることができず、また惹かれてしまうことも知っている。間違えている方角だとわかっていながらもついていってしまう。そしてこういう男は決まって聞き上手だし、取り込むこともやりこむことも巧い。すんでのところまでまで近づき、突然糸を切ったかのように突き放す。
    ――「答えを求めてもない。彼らはなにも考えてない。ただ、あなたを刺激して、自分のほうに意識を向けたら満足して気分で突き放すだけ」思わずでも、と反論していた。「意味があるかもしれないって」「思いたいよね。でも、そんなもんないよ」(p74)
    千紘が自分へ向かずにいることに気づいている猪俣くんの
    ――「この世で自分だけが傷ついてるとおもってるだろ」「思ってるだろ。誰よりも傷ついてるのはあたしっていう自意識で生きてるよ。俺だって本当は言いたいことたくさんあるのを我慢して優しくしてるんだよ。千紘ちゃんのこと好きだから、仕方ないと思っていた。でも、あんまりだろ。俺と会ってた時期に千紘ちゃんはあの揉めた編集の男とも会ってて騒ぎ起こして。俺は、なんなんだよ。おまえにとってそんなに意味のない存在なのかよ」「なにが、違うんだよ。じゃあ説明しろよ」「俺だって、がんばったよ。それでも言われないと分かんないよ」「ごめん、本当に。思ってもないこと言った」(p92,p93)
    この、“思ってもないこと言った”ってすごく優しいなって思った。思ってることしか言っていないのに、その優しさにしびれた。つづけて
    ――「俺、千紘ちゃんのこと好きだった。でも、やっぱ、俺のこと好きじゃない?」「あげる。千紘ちゃんは否定するだろうけど、単純な話でさ、刺すくらい好きだったんだよ。その人のこと。でも俺のことは、たまになら会えるけど、毎日一緒にいたらうっとうしい程度なんだよね」(p97)

    そこからの、冒頭、千紘が柴田をフォークで刺した理由、時系列が定まり、うわーっと鳥肌立った。柴田の卑猥さに。怖い。とにかく怖い。本当にこの世にはこんなにも人を傷つけることを楽しんでいる人がいるんだなと思う。

    中身としてはふわふわしていて未熟だし、確かに島本さんにしては幼稚のようにも読み取れた。100頁少しの薄い本だけど一言一言を大切に読んだ。ドリーミーで少女漫画みたいな軽さもあるけど、わたしはこの作品をすごく好きだなと、島本さん好きだなって思いました。

  • ノルウェーの森の時と同じ、人間の弱さ、恋愛絡みのどろりとした感情。愛されると生を感じて、必要とされていないと思うと死を感じる。夏に本を裁断するだけでなく、柴田さんをも裁断しようとしてフォークを突き刺した。この感情は理解できないんだけど、こう考えてしまって沼にはまって永遠と抜け出せない被害者もいる。歪んだその場限りの愛情が、必要とされているんだと錯覚して深みにはまってしまう。気持ち悪いくらいの人間らしさと、最後に生まれ変わった結末に星5つでした。

  • うーん…。
    文章はすごく良いのだけどテーマのわりに今ひとつ心に突き刺さるものがない読後感というか。

    主人公は女性作家・千紘。
    男性編集者の柴田と出会い、精神的に支配されて翻弄されていく。
    彼とのいざこざが終わる夏。亡くなった祖父宅で書籍をデータ化するために本を裁断する作業を負う。
    鎌倉の自然に囲まれた祖父宅で、作家が本を切るという自傷にも似た行為を繰り返しながら、柴田との関係に想いを馳せ、出口を模索する。

    柴田は、気を引かせるような素振りで迫ってくるのに、距離が縮まると相手を突き放すタイプの男。遊び人の一種に、こういうサイコパス気質の男が確かにいる。深追いするとこちらが大火傷を負う恋愛になりがち。以前、島本先生はこの作品について「意地悪な男の人が書きたかった」とおっしゃっていたが、まさにそんな話。

    現在と過去の回想が入り交じりながらストーリーが進んでいくが、時系列的にそれほどややこしくなく理解できる。が、「まだ回想が続くのか…」と途中で思ってしまいました。
    文章が感性の塊なので、一語一語を味わい考えながらページをめくる手もゆっくりになりがちで、それが良いところなんだけど、すこし冗長で退屈でした。
    後半、西藪のおばあちゃんとお守りを買いにいくあたり「このおばあちゃんは何のために登場するのかな…主人公のセンチメンタルを説明するためなのかな…」とか思ってしまいました。あと大学時代の同窓会の誘いとかも「これ要る?」と思っちゃいました。主人公の心理の流れ的には必要かもしれないけど、なんか、失礼な言い方だけど「よくできた日記みたい」とか感じちゃいましたすみません。私が歳を重ねて感性が鈍くなった結果、恋愛に病んでいる女性の心理についていけなくなったのかもしれませんけど…。

    幼い頃に性的虐待を受けたような記述も出てきますが、物語にあまりうまく作用していないような? 結局、何だったのという感じでした。
    『ファースト・ラブ』は、なるほどなぁと性的虐待の被害者の心理に寄り添えたのですが、今回はあんまり。伝えたいことはわかるけど…
    『裁断』というタイトルから滲み出ている残酷さに惹かれて読んだのですが、期待していたほどの闇でもなかったかなぁ。

    前半はおもしろく読めたので★3つです。


    余談1
    最初のほうに主人公が裁断をためらった小説が福永武彦先生の『夢見る少年の昼と夜』だったところ、福永ファンの私としてはときめきポイントでした!

    余談2
    私だけかもしれないけど、柴田さんって出てくるたびに、アンタッチャブルの柴田さんの顔が浮かんでしまった…柴田さんはきっとイケメンなはずなのに最後までアンタッチャブルだった…


  • ん~~~~~~~~~~
    島本さんの良くないところが詰まったような本だな…
    初期の身勝手な主人公に近いような。。迷ってるのかな。なんか色々気負ってるのと投げやりなのが混ざった文章。
    私はもう島本さんは自分の書きたいものを書ききるのがいいと思うよ、どろどろしていても、身勝手でも、あの人が芯から書いているものには魂がゆれる瞬間がある。今までも、主人公にいらっとしながら、それでもぐらぐらゆれる瞬間があった。それで時々軽いのも書いてみたらいいよ。それで、よだかみたいな本をもっと書いてほしいな。
    今回はゆれる瞬間がなかったし、「夏の裁断」というタイトルにそぐわない。もっと裁断を生かしてほしかったな。そしてもっと島本さんらしい、じめっとした深い暗闇に連れて行ってほしかったな。変に人工的な暗闇に連れだされたような不自然な一冊だった。勿体ない。
    雑音は聞かないで、書くことやめないでね、本当に。

  • 2016/12/01読了

  • 教授のことばひとつひとつが心に刺さる
    「選別されたり否定されす感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない」
    私もなんだかんだで柴田みたいな男に弱くて、勝手に好きになって、勝手に傷つくタイプだからなぁ
    201511

  • 理解し難い。
    特殊な状況すぎるのか?
    過去に何かがあり傷を抱えた人間が苦しんでいることはわかるけれど、どう対応していいものか。
    自分一人では立ち直れないだろうから、他人に甘えることも必要だとは思う。

  • 今めっちゃハマっている島本理生先生。
    面白かったけど、時系列がわかりにくかった。
    柴田さんが女の敵なのは分かったけど、主人公もコラコラって突っ込みたくなる場面もチラホラ。
    次の作品に期待w

  • こんな、たった124ページでここまで苦しくて辛くて傷つけられる本は初めてだ 
    友人に勧められて読んだ島本理生 普段あまり読まないけど、なんというかはっきり言わずフワッと流して書く方なんだなぁと…それでいてフワッとさせ方が上手 だんだんあのパーティーの日に何があったのか、どういう経緯でそうなったのか知ってやるせない気持ちになった
    柴田の「僕、萱野さんのこと拒絶しましたっけ?」で急に刺されたしウワー!!!!!!こいつ!!!と叫び出しそうだった 会う度会う度ゼロに戻るようで、かと思うと急に距離を近づけてきたりとこうやって人を操るのに長けてる人いるよね 
    心理学を学んでいたのに人に操られ、どんどん柴田に絡めとられていく様子が本当に洗脳のようで恐ろしい 逆に学んでいたからこそ操りやすかった…?教授がいい人でよかった

    誰にも自分を明け渡さないこと。選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない。自分にとって心地よいものだけを摑むこと(p.117)

  • 編集者、柴田さんに依存するように支配される作家の千紘。本を裁断し、柴田さんとの関係を裁断する夏。

    物語は、千紘が柴田さんをパーティ会場で刺そうとして失敗する場面から始まる。
    母に言われるがまま、祖父の残した大量の本を裁断してデータとして保存する作業(自炊)にしながら、千紘のなかに柴田さんとの記憶が蘇る。
    当初から柴田さんは謎の男だった。二人で飲みに行った時も、性的な会話をスマートフォンに録音していた。その後も彼は巧みな態度で千紘を精神的な支配していく。

    スナックを経営する千紘の母は、柴田さんのことを「手におえない男」と言った。
    千紘が学生時代お世話になった教授は、「距離を取ったほうがいい。彼の行動に答えもないし、何も考えていない。あなたを刺激して、自分に意識を向けて満足しているだけ。何の意味もない」と言い切った。

    十三歳だった千紘は、母のスナックの常連客に性的悪戯(虐待)を受けていた。男性を受け入れること、支配されること、依存すること。父親との関係。
    千紘は自問自答し、行動する。
    柴田さんとの会話を自分も録音して彼の会社に郵送し、彼との関係は断ち切った。自分を好いてくれるイラストレーターを受け入れ、千紘は生まれ変わる。

    ---------------------------------------

    読んだよかった、と思える小説だった。
    笑って感動して心温まる話ではないし、手放しでハッピーエンドとも言いがたい終わり方だった。読んだ後も、千紘さんが背負い続けた痛みや、柴田さんの心の闇みたいなものをじんわりと感じ続けた。

    千紘さんは柴田さんに言いくるめられて、依存してしまうかわいそうな人で、柴田さんは身勝手で破滅的支配者のサイコパス野郎、と言い切ることもできる。
    でも、千紘さんが幼いころの性的虐待を受けた経験(多少の記憶の書き換えが起こっている)を背負い込んでいたために柴田さんにつけ入られてしまったのと同じく、柴田さんにも何かしらの暗い過去あって、それが現在の彼の行動に影響を与えているのではないか、とも思った。

    もちろん、過去に悲しい経験をしたからといって、誰かを傷つけていいということにはならない。
    千紘さんがしたように、関係を裁断することが正解なんだと思う。

    柴田さんはきっと別の対象を見つけて、自分が満足するように扱うだろう。”こんな身勝手な男、どうなってもいいじゃん!”と思うのもアリだ。
    けれど、彼も何らかの方法(たとえば精神科での治療とか?)で思考を矯正して、人を傷つけないように生まれ変われたらいいのになあとぼんやり思った。

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著者プロフィール

1983年東京都生まれ。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を受賞。15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞。18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞。その他の著書に『ナラタージュ』『アンダスタンド・メイビー』『七緒のために』『よだかの片想い』『2020年の恋人たち』『星のように離れて雨のように散った』など多数。

「2022年 『夜はおしまい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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