静かな雨

著者 :
  • 文藝春秋
3.47
  • (46)
  • (190)
  • (240)
  • (28)
  • (6)
本棚登録 : 1480
感想 : 231
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (107ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163905716

作品紹介・あらすじ

「忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない」新しい記憶を留めておけないこよみと、彼女の存在が全てだった行助の物語。『羊と鋼の森』と対をなす、著者の原点にして本屋大賞受賞第一作。〈著者プロフィール〉宮下奈都(みやした・なつ)一九六七年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。二〇〇四年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選、デビュー。〇七年に発表された長編『スコーレNo.4』が絶賛される。一五年に刊行された『羊と鋼の森』が本屋大賞、キノベス第一位、ブランチブックアワード大賞の三冠を受賞。その他の著書に『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『ふたつのしるし』『誰かが足りない』『たった、それだけ』など。◯著者の言葉「静かな雨」は、人の可能性について書きたかったのだと思う。少なくとも自分ではそのつもりだった。でも、どうだろう。可能性の話というよりは、可能性をなくしていく話だったかもしれない。人はどんなふうに生きることができるか。その選択肢をなくした先にたどり着く場所について。(中略)とりわけ、『羊と鋼の森』にはまっすぐにつながっていた。まったく違う物語なのに、根っこがしっかりとつながっていた。読み返して一番感情を揺さぶられたのは、作者本人だったと思う。(月刊文藝春秋1月号より)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 宮下奈都さんのデビュー作。
    約100ページと、サラッと読める文量。

    たい焼きといえば私の大学時代、歴史の上では何度目になるかわからないたい焼きブーム(当時はクロワッサンたい焼きとか)が到来し、仙台の街中にもたい焼き屋が点在していたので、私もよく買い食いしていたなぁと懐かしい気持ちになった。

    なんて話はどうでもよくて、本作は事故で短期記憶をとどめておくことができなくなってしまったこよみさんと、その常連、果ては恋人となる行助(ゆきすけ)との日々が描かれたお話。

    事故の後で記憶の機能についてはダメージを受けても、価値観や考え方は一貫し、美味しいたい焼きを作り続けるという職業魂を失わないこよみさんがとても魅力的。

    ・あたしたちは自分の知っているものでしか世界をつくれない。
    ・あたしの世界にもあなたはいる。あなたの世界にもあたしがいる。でも、ふたつの世界は同じものではない。
    この二つのこよみさんのことばが印象的。

    記憶は、大事だけれど、ものすごく大事な訳でもない。と言うのがこの本から抱いたイメージ。

    記憶力があるかないかにかかわらず、
    同じ景色を見ていても、同じものを食べていても、感じ方は人それぞれで、隣にいる人と100%同じ感想を抱くことはない。
    もうその時点で私たちは半分しか交わっていないのだから、もし明日、相手の記憶から自分が消えてしまっても悲観的になる必要なんてない。

    自分と相手との繋がりには、単純な記憶の共有以外に、同じ経験をした時にどれだけ深い部分で感情を共有できるかという深さの部分がある。そういう意味で、感受性を上げるために、世界を知ること、経験値を上げることは大切だなと感じた。

    次は『羊と鋼の森』を読もう。

  • 喧騒とは無縁の静かな物語。

    流れていくような文体が心に沁み入る感じで良かった。

    激しい感情がぶつかり合うことはない、ただ当たり前を受け止め、当たり前のように降る雨のように二人で過ごす静かな時間。

    こよみさんの記憶はまるで儚いシャボン玉のよう。
    一日が終わり行助に触れると静かにふわっと消えてなくなる。
    でもいつか行助の永遠という大きなシャボン玉に記憶はもちろん何もかもすっぽり包まれる日が来るといい。

    せつなくはあるけれどほのかな美しさ、優しさも感じられる世界。
    そっと心に残りそうな作品。

    • けいたんさん
      こんばんは(^-^)/

      宮下さんはインスタでも人気。
      表紙が可愛い本があったので読もうと思ったらエッセイだった。
      私エッセイは苦...
      こんばんは(^-^)/

      宮下さんはインスタでも人気。
      表紙が可愛い本があったので読もうと思ったらエッセイだった。
      私エッセイは苦手なのでまた探さなくちゃ。
      この作品は初めて見るよ!勉強になります。
      2019/06/26
    • くるたんさん
      けいたん♪

      私、実は宮下さん初読み(o´ェ`o)ゞエヘヘ
      これはデビュー作らしいよ。
      女性らしい文体が良かった♪
      最近、可愛らしい表紙で文...
      けいたん♪

      私、実は宮下さん初読み(o´ェ`o)ゞエヘヘ
      これはデビュー作らしいよ。
      女性らしい文体が良かった♪
      最近、可愛らしい表紙で文庫が出たよね♪

      私もエッセイは苦手〜。寝てしまう…
      2019/06/26
  • この一年で人気作家のデビュー作を立て続けに読んだ(高野秀行「幻獣ムベンベを追え」上橋菜穂子「精霊の木」メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」藤沢周平「無用の隠密」)。デビュー作には、作家の全てが備わっている、ということは、その度に思ったことである。2004年に文学界新人賞佳作に選ばれた本作も然りである。

    宮下奈都の作品は未だ3作目だけど、「静かな雨」「スコーレNo.4」「羊と鋼の森」と見事に洗練されてきたのが、これを読んでわかる。

    ボーイミーツガールものを装いながら冒頭こそは平凡な描写だったが、こよみと行助との会話のところで、おや、普通の恋愛譚とは違うと思った。行助はこよみから「(あなたの瞳の半分は)あきらめの色」と言われて、少年の頃の気持ちを思い出すのである。地球が高速で自転していると学んで少年は寝込んでしまう。でも、「(秒速463キロで突き進んでいる)地球が回るのを止めることはできない」「あきらめるしかない」と思ったら高熱もおさまったらしい。私は宮崎駿「風立ちぬ」にも出てきた良寛の「天上大風」の語句を思い出した。

    途中でこよみさんが1日しか記憶がもたない女性になってしまうけど、それは難病ものにしたいわけではなく、2人の会話に変化をつけたいだけだった気がする。ある日、記憶力をなくした数学者を描いた本のエピソードが出てくる。調べると小川洋子「博士の愛した数式」は、この中編が書かれた一年前の発行だ。第1回本屋大賞にまでなって仕舞う著作を読んで、テーマもストーリーも全然違うけど、雰囲気がよく似た物語を書いた著者が、12年後に本屋大賞を獲るとは本人は想像していただろうか。

  • 「忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない」

    駅のそばのパチンコ屋の裏の駐輪場にたいやき屋があった。
    とっても美味しいたいやきを焼くこよみさん。
    こよみさんに憧れ、生まれつき足に麻痺があり松葉杖を使っていて、
    高嶺の花と思っている僕・行助。
    ある日、こよみさんは事故にあってしまい眠り続けている…。

    毎日病院に通い見守る事しかできない行助。
    三月と三日眠り続けたあと目覚めたこよみさん。
    高次脳機能障害で、短期間しか新しい記憶を留めておけない…。

    主人公の行助の一人称による文章は、気持ちの揺らぎや感情が
    とても静かに静かにシンプルに描かれている。
    ゆったりとした日常の描き方がとても好きです。
    静かで優しい世界が広がっていくのを感じます。
    人間って何で出来てるかという事を、毎日の生活の中での思いで
    人は出来てるって考え良かったなぁ。
    記憶を毎日失くしながら生きてゆくって…とても苦しくて辛いって思う。
    そんなこよみさんがとっても素敵。
    こよみさんが語る言葉の数々が彼女かこれまで歩んできた道や、
    考えや根っこの部分を感じさせられ、とても惹きつけられた。
    魅力的な人でした。
    行助の家族もとても素敵な人達だった。

    色々考えさせられるテーマでした。
    でも、美しい旋律のような文章で心地よく心に染み入りました。
    決して暗くならずに、清々しい気持ちになれました。
    諦める事は、受け入れて前に進むという事というメッセージが込められている気がしました。
    本当に短い作品でしたが、まさに宮下さんの原点という感じの作品でした。

  • 失業したその日に、とびきり美味しいたい焼き屋を営む“真っ直ぐな感じ”の女性、こよみに出会った行助。
    やがて言葉を交わすまでになったふたり。
    しかし、こよみが事故に遭い…


    …などというあらすじは、もういいことにしよう。
    とにかく手に取って、紙の厚みや、頁の余白をたのしみながら、読んでしまおう。

    生まれつきの障害を持つ故に、あきらめを知っている行助。
    初めて出会った時から、そのことを行助のなかに見てとるこよみ。
    毎朝毎朝、事故の前までの記憶しかないところから再スタートしても、こよみは行助を受け入れてその日一日をあたらしく始めるのだろう。
    記憶が積み重ならなくても、その人の在り方は、変わらないものなのかもしれない。
    記憶がなくても一日経てば一日老いることから逃れられないように、その人の生きた記憶は、身体や五感に何かが刻まれていくのかもしれない。

    “僕の世界にこよみさんがいて、こよみさんの世界には僕が住んでいる。ふたつの世界は少し重なっている。それで、じゅうぶんだ。”
    素晴らしい、最後のフレーズ。
    生活を共にしたりメールしあったり、多くの部分が重なっているのに気持ちが伝わらず、不満がつのったりぶつかりあったり…
    現実の私の図々しいというか、貪欲というか。

  • 2004初出で作者30代半ばくらいの作品。たしかに佳作ですね。パチンコ屋の裏の駐輪場にあるたい焼き屋の鯛焼きが滅法美味しくて、焼いている女性も何故だかとても魅力的。そんな彼女との静かな暮らしの流れが心地よかった。後年の「羊と鋼の森」にも通じるような気がする作品でした。

  • デビューのきっかけとなった、宮下さんの原点ともいえる作品。
    どこか痛いものを抱えて生きる人同士の優しいかかわりを描く、宮下世界がもう構築されている。

    物語の中に出てくる本、こよみさんが2冊買ってしまった本のお話とずいぶんかぶっていると思うのだけれど、終わろうとしている人のお話ではなく、まだみずみずしく若い人のお話だ。

    全部忘れてしまったわけではない。
    こよみさんを作った「土台」は確かにそこにある。
    その土台の上に、今は毎日テントの張りなおしだけれど、いつか家が建つかもしれない。
    おいしいたい焼きが焼けるのなら、毎日焼いていけるのならそれでいいじゃない。

  • ここから始まったのだな、としみじみと思う。透明で繊細で優しくてしなやかで優しくて、だけどまんなかにしっかりとした芯のある宮下さんが紡いできた物語たちの源がここにある。
    世間から見ると少しだけ横に押し出されてしまった人たちの、普段の生活のなかにある小さなできごとが、どうしてこんなにもきらめいて見えるのだろうか。
    毎日たい焼きをやいているこよみさんが、ずっと松葉杖をついてきた行助の隣りで明日の夜には静かな涙を流さずにいられますように、とただそれだけを祈ってしまう。

  • 長梅雨なので題名に惹かれて読んでみた。これがデビュー作だったのは知らなかった。100頁少しの本だけど、ピンとくる言葉が沢山あって嬉しくなった。

    こよみさんは事故で新しい記憶が出来なくなる障害を負ってしまったけど、芯がしっかりした素敵な女性。「あたしのいる世界は、あたしが実際に体験したこと、自分で見たり聞いたり触ったりしたこと、考えたり感じたりしたこと、そこに少しばかりの想像力が加わったものでしかない」「だけど、新しいものやめずらしいものにたくさん会うことだけが世界を広げるわけじゃない。ひとつのことにどれだけ深く関われるかがその人の世界の深さにつながる」「面白いと思えるものがあったら、それが世界の戸口」「楽器をしっかり身につけておくと、音楽を聴くときの深さが違う。楽器は自分で弾くためだけにあるんじゃないよ」
    行助のことを考えるととても切ない。一緒に暮らす人と、日常の些細な記憶の積み重ねを大事にしたいのはよく分かる。それでも忘れても忘れても育っていくものがあること、ふたりの世界が少し重なっているのを実感して前を向く爽やかな物語。「無限の九割の道が閉ざされてしまっても、まだ一割残っている。無限は一割でも無限じゃないのか。」

  • なんて静かで穏やかな世界だろう。
    主人公ユキの気持ちの揺らぎが詩のような美しい文章でそっと綴られていき、読み手の想像力が掻き立てられる。

    美味しいたいやきを焼く「高嶺の花」のこよみさんと一緒に暮らすことになったユキ。
    記憶がするりと消えて、どうしてもあの日に戻って足踏みしてしまう…そんなこよみさんの存在が人生の全てのユキ。
    二人は「今」という時間の中で、二つの世界のほんの少しの重なりを頼りに、二人だけの記憶を創っていく。

    ユキのささやかな願いがどうか叶いますように。
    短い物語なのに余韻がいつまでも続く。
    これが宮下さんのデビュー作。

全231件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

宮下奈都の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×