1984年のUWF

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著者 : 柳澤健
  • 文藝春秋 (2017年1月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163905945

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1984年のUWFの感想・レビュー・書評

  • 1981年4月23日。
    アニメのヒーロー・タイガーマスクが新日本プロレスでデビューする。
    既存のプロレスの全てを凌駕し、そして未だに彼を越えるプロレスラーは現れていない。
    日本中を熱狂させ、プロレスの全てを塗り替えた男は、わずか2年4ヶ月で引退。
    復帰したリングは、旗揚げ間もない「1984年のUWF」。

    プロレスか格闘技か。ファンなら誰もが通る葛藤。読み進めるのが辛いのに、ひどい言葉もたくさんあるのに、読むのを辞められない。

    「1976年のアントニオ猪木」にはじまるプロレスノンフィクションの第一人者が、プロレスファンが最も熱くなり、最もセンシティブになり、そして、泣いて酒を酌み交わす永遠のテーマ、UWFに切り込んだ。

    当時、学生運動に熱を上げるかのごとく、先鋭的にファンは支持した。
    1960年代。赤旗を振る学生のバイブルが資本論ならば、1984年のプロレスファンのそれは週刊プロレスだった。
    限られたチケットにありつけない多くのファンは、週刊プロレスの記事をむさぶるように読んだ。そして、熱く熱く己の中に籠っていった。先鋭化していった。理論、いや理屈に走った。

    夢のような時は、長く続かない。
    プロレスの先の先を目指した猛者たちは、別の道を歩むことになる。

    当時の週刊プロレスの編集長、ターザン山本がしばしば、この本では登場する。
    映画技士出身で、優れた文才をもった彼は、プロレス団体をある意味コントロールしていく術を見につけてしまう。
    行き過ぎた言動だけでなく、己の欲望を抑えきれなくなり、自分の競馬の小遣い欲しさに、全日本プロレスの馬場社長夫人に小遣いをもらい、敵対する団体の攻撃記事を書くようになる。大衆はそれを一時的に支持する。
    時代の評価を得た彼は、昇るところまで登り、やがて落ちていく。
    当時の堕落ぶりは、山本氏本人が自著で告白している。

    そしてこの本には、氏の証言が何度も登場する。

    「新生UWFに思想などなかった。彼らは金と女とクルマにしか興味のない人間。UWFとは何か、そんなことを真剣に考えている人間は、ひとりもいなかった」(P238)

    この本は、素晴らしいと思う。
    しかし、こんな証言を載せてしまっては、台無しだ。
    仏典には、「最高級の漆が千杯あったとしても、蟹の足を一本入れてしまえばすべてが台無しだ」とあるという。

    父子家庭で苦労し抜いた前田と高田。
    荒れた青春を、プロレスにかけ青春を燃やし尽くした日々。
    矛盾と葛藤に苦しみ抜き、文学に道を求めた前田。
    強くなるために、スター街道を捨ててUWFに参加した高田。
    そして、その温かい人間性ですべての人に慕われた山﨑。

    少々の文才のあるターザンが、こんな暴言を吐くことを、俺は許さない。

    こんな人物の証言を採用した柳澤氏は、重大な過ちを犯した。


    しかし、最後の言葉に、ストンと腑に落ちるものを感じた。

    「日本の格闘技はプロレスから生まれた。過去を否定するべきでは ないと思います」(中井祐樹)

  • 世の中の人を大きくふたつに分けると
    「矛盾」に対してうだうだ考えてしまう人と、
    「矛盾」を簡単にスルーできてしまう人がいると思う。
    これは中二病を解消出来たか、
    出来ていないかという程度の問題ではなくて、
    もっと深い部分での矛盾に対しての感性の違いだ。

    本書は1980年代のプロレス界という
    いかにもマニアックな世界を描いている。
    だからプロレスに興味のない人が手に取ることはない一冊だろう。
    だけれども前述した矛盾に対する感性の違いという観点から見ると
    まさに対象的なふたりの若者の物語として読むことが出来る。
    その意味では誰が読んでも面白いのではないのかと思う。

    いや、誰でもではないかもしれないな。
    矛盾を華麗にスルーできちゃう人が読んでもそれほどは面白くはないかも。
    でも、たいてい本を読んで喜んでいるのは(実用的な本は別にして)
    矛盾を華麗にスルーしたくても、みっともないほどに盾と矛について
    ひっかかって毎日寄り道しながら生きている人だと思う(笑)
    もちろん私もいろんなことに引っかかり続けながら日々過ごしている、
    だからこの本はとてもおもしろかった。(笑) 

    さてこの本の主人公のうちのひとり、
    矛盾にうだうだ考えてしまうほうはやっぱり大の読書家だ。
    リング内のマイクパフォーマンスで
    ヴェルレーヌの「選ばれし者の恍惚と不安と二つ我にあり」
    なんてカッコイイ言葉をチョイスしたりする。
    その男は前田日明というプロレスラーだ。

    そしてもうひとりの主人公は昭和50年代のほとんどの少年たちの心を
    一夜にして鷲掴みにした男、タイガーマスクこと佐山サトルだ。
    この佐山サトルという男、プロレスの天才でありつつ
    矛盾を華麗にスルーすることにかけてもやはり天才的な男のようだ。

    そもそもがプロレスというものの存在自体が矛盾で出来ている。
    なんせ真剣に生命をかけて毎日嘘をつく職業なのだ。
    プロレスの試合はスポーツの世界でいう真剣勝負というものはない(特別なケースを除いて)。
    試合の結果というのは事前にほとんど決まっている。
    その枠の中でいかに観客を楽しませることが出来るか?
    ということに生命をかけながら仕事をしている。

    リング内でいかに見事な演技が出来るかが勝負といえるので
    役者との比較がされることもある。
    しかし大きな違いは役者が虚構を演じているということを
    自他共認めながら演ずるのに対し、
    プロレスラーは虚構であることを観客に対して
    隠さなくてはならない、気づかせてはならない、という矛盾を抱えていることだ。

    この大前提に対して、当時20代の若者であった
    前田日明と佐山サトルという対象的なふたりがどう行動したのか?
    それを綿密な取材をもとにスリリングに描かれている。
    書き方もうまいのでふたりのその後を知っている私も
    ついついこの先どうなるんだろう?とドキドキしながら一気読みしてしまった。
    この時代のプロレスについて書き始めると
    永遠に終わりそうもないのでこのあたりでやめておこう(笑)
    が、やはり大変おもしろい一冊であった、ということだけは書き残しておきたい。
    そして真剣に嘘をつき続けて、心から楽しませてくれた
    あの時代のプロレスラーたちに対する尊敬の念も改めて強く持った。
    2017/09/06 03:26

  • 面白かった。

    そうとしか言えん。
    第二次UWFの頃からあんまり見れなくなったけど、流れはずっと気になってた。
    やっぱり佐山は好きになれない。それは変わらない。
    圧倒的なのは前田であったが、前田もそうだったのか。
    高田は、なんであんなバカになったんだろう。

    いずれにしろ、こういうことに未だにこだわり続けられることが、プロレスなのだと思う。

    おれは、いい時代に生まれてきたんだと思う。

  • 「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」前田の言葉を共有し、熱狂の時代を生きた者として、今だからケジメとして読む事が出来るノンフィクション。選手ではなく、UWFを興行ビジネスとして見てきたフロント側などへの取材から書かれた内容は、冷徹なほどリアル。表紙が前田ではなく、タイガーマスクである通り、佐山寄りではあるけれど、関係者からの証言描写としては、それがリアルなのであろう。UWFファンにとっては『介錯』として重厚な一冊。

  • 猪木の偉大さと狡猾さ、佐山の純粋さと愚直さ、中井の懸命さ、そして、藤原、前田、船木、高田…。あの頃私達は紛れもなく大きな“夢の砦”の中にいた。そして…
    UWF 猛者(つわもの)どもが 夢の跡。

  • ‪僕はUWFをリアルタイムでは体験していない。それでもプロレスから総合格闘技に至る歴史を語る上でUWFがいかに重要な存在なのかが読んでいく内に分かった。こんなに濃い物語があったのか…点と点が線で繋がる感覚。今のプロレス・格闘技ファンにもオススメ。歴史を知ればより面白くなるはず。‬

  •  UWFは新日本プロレスに参戦したところからリアルタイムで追いかけていて、当事週刊プレイボーイを読んでいたので懐かしい。知っていることとその裏の知らなかったことが書かれていてとても面白かった。

     特に面白かったのは第1次UWFで選手同士の思惑が全く違っていたのに、ほんの一時期それがうまく噛み合っていたことだ。理想の試合をやろうとして、実際道場でやってみたら全然面白いものにならなかったこととか、最高だ。

     改めて佐山サトルの先進性には驚く。何か権利的な登録していたら本当は億万長者になっていてもいいはずだ。

     第二次UWFの末期、前田があんなに頑なじゃなかったらどんな未来が開けていたのだろう。もしかしたら総合の時代がもっと遅くなっていたかもしれない。歴史の分岐点として興味が尽きない。

     また、時代背景として雑誌がとても力を持っており、ファンをいいように洗脳していた様子も面白い。ターザン山本がかっこよかった。当事ネットがあったら果たしてどうなっていたのだろう。

     あんまり面白くて二日で読み終わった。

  • スポーツ新聞ではなく、
    一般の新聞のスポーツ欄に載る、
    「プロフェッショナルレスリング」
    それを夢見て戦う男たちのノンフィクション。
    プロレスリングに愛を注ぎ、驚くほどの
    参考文献を元に描き出される真実。
    唯一残念なのは
    渦中の人、最重要人物である
    佐山聡と前田日明へのインタビューが無し。
    超一次資料を求む。

  • 「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」前田日明の言葉を共有して熱狂の時代を生きた者として、今だからケジメとして読む事が出来るノンフィクション。選手ではなく、フロントスタッフや媒体側など、UWFを興行ビジネスとして見てきた側への取材から書かれた内容は、冷徹なほどリアル。表紙が前田ではなく、タイガーマスクである通り、やや佐山賞賛寄りではあるが、関係者からの証言描写としては、それがリアルなのであろう。繰り返しとなるが、UWF信者だった私としての『介錯』として重厚な一冊であった。

  • 歴史に埋もれていた幕末の志士に光を当て直し、坂本竜馬や河井継之助、あるいは江藤新平などを有名人にしたのは作家である司馬遼太郎の功績であるが、格闘議界というかプロレス界には柳澤健がその役割を担っているように思う。アントニオ猪木、クラッシュギャルズ、ジャイアント馬場などを歴史の経年を得て、新たな視点で本人や時代を語るその手法は読んでいる者を夢中にさせる。故に柳澤健の本はいつも数日で読み終わってしまう。

    今回は待ちに待った"日本のプロレスの青春"であるUWFの核心に迫った評伝である。主役は佐山聡と前田日明、そしてその大きな背景としてそびえるアントニオ猪木とカールゴッチ。これにプロレスの要素として欠かすことのできない"ファン"というものが主役級の関わりというか重大な誤解と熱狂とを以って、この物語を稀有なものにしていく。

    この本で作者は真の天才である佐山聡と時代に押し上げられた俗的な過渡期的存在としての前田日明との対比を明確に行っている。佐山聡はいまに繋がる"スピーディーな魅せるプロレス"のフォーマットを作る一方で、より大きな世界的なうねりである総合格闘技のフォーマットの2つの偉大なる"型"を作り上げた。新日本プロレスに入門したての18歳の佐山聡は合宿所の自分の部屋に「真の格闘技は、打撃に始まり、組み合い、投げ、極める」と大書したという。恐ろしい先見性であり、本質論者である。一方の前田日明は、才能とも言える体躯と周りの者の面倒をよく見、自ら先頭に立つ素直な性格やリーダーシップ、そして時代の要請から猪木の格闘技世界一路線の後継者とみなされ、UWF-リングスの期間を通じて最後までファンに真剣勝負の幻想を与え続け、時代の寵児ともなった(笑っていい共に出演し、西武百貨店のCMにも出た)。読めば読むほどその功績と本質は二人の間において歴然ではあるのだが、やはりプロレスがいまの総合格闘技に繋がるミッシングリンクを繋ぐ、過渡期的存在としての前田日明の道化はいまこうして振り返っても時代の要請であったように思えてならない。

    UWF合流までに佐山聡が描いた回りくどい大戦略(プロレスに厳格なスポーツルールを持ち込み試合を重ね、最終的にはリアルファイトの総合格闘技に変えていく)は、最初から無理筋だったとは言え、1つに前田日明の予想以上の人気、2つにグレーシー柔術によるアルティメット大会の興行的大成功という歴史の偶発によって、見事に結実をする。そして、そのアルティメット大会を日本に招聘した佐山聡は、自らが考案・設立した"修斗"の各選手を送り込んで大活躍させ、ついにガチンコのスポーツ競技としての総合格闘技の創設者の一人となるわけだが、最終的には金銭問題等でその修斗を追われてしまう。金銭問題は前田日明にもつきまとう問題で(もっと言うと、猪木のアントンハイセル問題まで遡れるが)、プロレス格闘技界の悪癖だが、こうして時代を画期した二人は、総合格闘技という大きなうねりに確かな痕跡を残しつつ、その第一線からは姿を消していった。

    猪木も馬場も、クラッシュギャルズも時代の象徴だとすると、UWFの各選手もまぎれもない象徴だが、TV放送などではなく、会場のファンが支え続け、だまされ続け、愛し続けた点で青春の青臭さのする稀有な出来事であったように思う。そしてこういう感想を持ちえる立体感を本書で描き出す作者の取材力や構成力に、毎度の事ながら脱帽するのである。

  • キックと関節技で戦い、厳格なルールが適用される、そんなUWFを、観客たちは真剣勝負の格闘技とみなした-。1984年に誕生したUWFの全貌を、そこに関わった男たちの物語とともに描く。

    「場外乱闘や凶器攻撃はない」「ロープに飛ばされても返ってこない」など、従来のプロレスの約束事を破棄し、本気で蹴る(蹴っているように見える)キックなど、第1次UWFの登場がいかに画期的であったか、がよくわかる本。ただタイガーマスク(佐山さとる)を天才と表現するのはいいけれど、対比するために前田日明を悪者にし過ぎているような気もした。
    (B)

  • タイトルは1984年の第一次UWF誕生を連想させるが、表紙に描かれているのは「タイガーマスク」。スーパー・タイガーとして参加していたのは短期間だったが、如何に佐山聡がUWFに参加したか、そしてシューティングに傾倒していったか、そしてその後の第二次UWFからU系3団体への分裂、そして今日の総合格闘技に続く流れが当時の経験者、レスラー、フロントのインタビューと共に当時の熱狂と裏側が余すことなく表現されています。
    それにしても佐山聡は凄い!かつてタイガーに心を奪われたウン十年前の小学生男子から毎週のように週刊プロレスを買っていた学生時代。時代の変遷を思い出しながら一気に読み終えました

  • 初期UWFは混沌(カオス)だった。カオスであるが故に、意図せず幻想を生み出し、多くの支持者を生んだ。当時、Uの会場に行くプロレスファンは「密航者」と呼ばれた。この共犯意識が支持を強くしていった。そしてカオスであるが故に、瞬く間に崩壊していった。
    距離的な理由から密航者になれなかった自分としては、なんだか切ない本である。

  • UWFの魔力に今だ囚われてる人は、読むべし

  • プロレス関連のノンフィクション作家としては、個人的に「最高」
    と評価する柳澤健「XXXX年の○○」シリーズ。今回のテーマは・・・
    「UWF」である。

    UWFとは、1984年に旗揚げしたプロレス団体が元。その3文字は
    いつしか我々にとって「概念」となり、未だにソレを引き摺りな
    がらプロレスを観ている人間も居る。おそらく僕も、その一人だ。

    かなり束のある本で手に取った時は正直たじろいだ。今さらUWF
    を追求してどうなるのか?という思いも残念ながらあった。しかし、
    読み始めてしまったらもう止められない。相変わらず“凄い文章”
    を書く作家である。

    柳澤作品にしては珍しく、“信者”と形容されたUWFファンの心
    情が多々描かれるているのが大きなポイント。ここに書いてある
    「ファン」とは間違い無く僕自身のことであり、読んでいて少し
    心が痛くなるほど。おそらくは作者自身もそのカテゴリに居た、
    と自覚しているハズ。そうでなければ、こういう文章は書けない。

    「・・・結局のところ、新生UWFで新しかったのはフロントのアイデ
    アや企画力だけで、レスラーの技術的進歩はまったくなかった。」
    (本文より引用)

    ・・・そう言い切らなければ、我々をずっと翻弄してきたUWFという
    三文字にケリが付けられない。そう感じたのではないか?と思う。
    この一文に、僕はアタマをガツンと殴られた気がした。そして、
    その「夢」がもうとうの昔に終わっていたことに、改めて気付い
    た気がする。

    いわゆる暴露的な要素も含まれるが、それも含めて重要な素材。
    もちろん反論する選手や関係者も居ると思うし、この本が正解か
    どうかを断言することは誰も出来ない。しかし、僕の中ではちゃ
    んと「UWF」にケリが付いた。それは凄く悲しくて、寂しくもあ
    ったが、何十年もずっと漂っていた霧が一瞬にして晴れていくよ
    うな爽快感も共にあった。これでやっと、僕はUWFを卒業できる。

    UWFに何かを貰った人は、一度この本で確認すべき。自分の心を。

  • 男たちのコンプレックスとジェラシーが歴史を動かしていく、と改めて。UWFという復讐のために生まれたリングを舞台に繰り広げられる平家物語。著者が長年書き綴って来た「…年の…」シリーズの最新作ですが、原点は最初の作品「1976年のアントニオ猪木」で奇跡的に現出したリアル・ファイト。そこで放たれた「プロレスこそ最強」という妖しい光に魅入られたのは実はレスラーではなく、我々観客だったのです。このファンタジーを体感するために、猪木、佐山、藤原、前田という最強神話の憑代を消費し続けて来たのだと自分の観戦歴を振り返ってしまいました。そんなファンの夢を受け止めてレスラーたちは自分の存在をブランディングしていく。そのファンタジービジネスみたいなものがプロレスコミュニティの中だったら成立してたものを外からの総合格闘技というリアルによって崩壊していく過程がUWFの流れの最期。プロレスから抜けれなくて自我だけ肥大させていく前田に厳しい視点です。それにしても、ちょっと前まで最強を求めていた若者たちのエネルギーは今、どこに向けられているのでしょうか?

  • 読み終えて思うのは猪木の影響力のすさまじさ。今更いうまでもないけれど。それと佐山聡の天才。
    猪木が作った「プロレス最強」。それを下地に佐山が創ろうとした「総合格闘技」。その変遷途中に輝きを放ったのが「UWF」という存在。
    その佐山の構想は理解されずに、リアルプロレスと謳ってプロレスを続けたUWF。そこに徒花さがあるんだな、と思います。当時を知らない自分としては。
    「UWFをわからないといえない風潮」「UWFを認めない=格闘技がわからない」というような言葉がでてきますが、その言葉自体がリアルファイトでない、と理解している証左であって、それをいうことがプロレス=八百長を認めるというコンプレックスと同じこと。そのコンプレックスを脱ぎ捨てるためのUWFが、同じものを着ているという事実。プロレスの凄さは夢を見て、夢を見せることができること。レスラーと観客が同じ夢を共有できる、させることができること。その猪木が作り上げてきた夢が幻となった時に、新たな夢を魅せてくれたのがUWFだったんでしょう。
    そして、その幻想はPRIDEまで続きます。高田が背負って砕かれ、桜庭が希望となります。

    日本の格闘技の源流はプロレス。プロレス幻想を壊したのはUFCとグレイシーの黒船。でも、UWFという格闘技に一歩近づいた近づこうとしたものがあったから、PRIDEが生まれて、その後の格闘技の隆盛があったわけです。後から振り返れば、UWFは徒花と言われるかもしれないけど、それは滅びの魅力があるから。振り返った時に、後付けとして滅びと感じるから。
    歴史で見たらUWFは敗者と表現されるのかもしれない。でも、敗者は敗者として歴史に貢献していることは紛れもなき事実。敗者という表現が妥当かどうかはわかりません。帯で中井祐樹が「過去は否定するべきじゃない」といっているのが真実です。
    現在進行形のUWFの時代に、UWFを体験してみたかった。何かが新しく生まれる時、何かが失われる時。それを確信できてもできなくても、その時代を体験できるということは、幸せなこと。


    さて、柳澤健は次にどの時代を書くのか。
    PRIDE行きましょう。自分の期待が膨らんでいるからですが、桜庭主人公でどうでしょうか。

  • 【UWFとは何だったのか。その光と影を描く】1984年に設立されたUWF。そこに関わる男達、アントニオ猪木、タイガーマスク、前田日明、藤原喜明らの愛憎入り乱れる物語。

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1984年のUWFの作品紹介

プロレスか? 格闘技か?現在のプロレスや格闘技にまで多大な影響を及ぼしているUWF。新日本プロレスのクーデターをきっかけに、復讐に燃えたアントニオ猪木のマネージャー新間寿が1984年に立ち上げた団体だ。アントニオ猪木、タイガー・マスクこと佐山聡--、新間にとって遺恨はあるが新団体UWFにはふたりの役者がどうしても必要だった。UWF旗揚げに関わる男達の生き様を追うノンフィクション。佐山聡、藤原喜明、前田日明、髙田延彦……、彼らは何を夢見て、何を目指したのか。果たしてUWFとは何だったのか。この作品にタブーはない。筆者の「覚悟」がこの作品を間違いなく骨太なものにしている。【目次】序章 北海道の少年第1章 リアルワン第2章 佐山聡第3章 タイガーマスク第4章 ユニバーサル第5章 無限大記念日第6章 シューティング第7章 訣別第8章 新・格闘王第9章 新生UWF第10章 分裂終章 バーリ・トゥードあとがきにかえて ~VTJ95以降の中井祐樹[特別付録]1981年のタイガーマスク【著者プロフィール】柳澤健(やなぎさわ・たけし)1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、メーカー勤務を経て、文藝春秋に入社。編集者として「Number」などに在籍し、2003年にフリーライターとなる。07年に処女作『1976年のアントニオ猪木』を発表。著書に『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『1993年の女子プロレス』『日本レスリングの物語』『1964年のジャイアント馬場』『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』がある。

1984年のUWFのKindle版

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