民主主義とは何なのか (文春新書)

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  • 文藝春秋 (2001年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166601912

民主主義とは何なのか (文春新書)の感想・レビュー・書評

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  •  伝統的生活を維持しつつ理不尽を改め豊かになりたいとのささやかな願いをもってちょっとした不公平からくる不満を表明したら徹底的に圧殺されてしまった。暴徒どもは女子供もろともわれらの自由の剣のもとに馬の蹄で踏み殺してやる。得体の知れぬこの不気味なもの。なにが起きているのですかとたずねたら、デ、デ、デモクラシーがこっちに向かってやってきた。

    『この(同じ種が群れをなして共同で自分たちの生命の維持をはかるという現実の自然が持っているメカニズムを持たず、親から子へ、子からまたその子へと生命が継がれてゆくというメカニズムをも視野の外に置くところの、生きているかぎりにおいて有する自己自身の生命を生命たらしめている自然そのものを根拠とする──引用者)「自然権」という概念は、いま見てきたとおり、たしかに、他のなにものにも依存せずにそれとして成り立っている概念である。その意味では、これを、ホッブズの「分解─構成的」な方法によって取り出された究極の元素であると呼ぶこともできよう。しかし、この「元素」は、ただ(炭素や塩素のように)それをつなぎ合わせて次々に色々なものを構成してゆけるような類のものではない。これは、或る種の放射性元素のように、それとして取り出したとたんに激しく自己崩壊をくり返して、周囲のものを破壊し尽くしたあげく、みずからもたちまち消滅してしまう、という類の「元素」である。』177頁

  • 西部邁などが昔から論じていた文脈。

  • 面白かったー。
    凄く読みやすい。
    ちょうど先に読んでいた『ふしぎなキリスト教』で触れていたことも、本書を読むのに役立った。

    ここで書かれていることを素直に受け取ると、なんとまぁ「民主主義」や「人権」という言葉が、いかがわしいものなのかと思う。
    そういった言葉を金科玉条として、自分達の主義主張を勢いよく声高に叫びながら練り歩いている人達を見ると嫌悪感を覚えることが多かったが。
    まさに「民主主義」とか「人権」という言葉が持つ胡散臭さや誤った意味合いを体現してるからなんだろうなと。

    他のレビューに、
    「じゃあ著者が考える民主主義以外の最良な政治システムが何なのかが提示されていない、だからダメ」
    的なことが書いてあったけど。
    それはまた別問題のような気がするんだけど。
    よりよいものを皆さんで理性的に考えていきましょうで良いと思うんですがね。

    おもしろーい。

  • 民主主義がすばらしいだけのものと思わないために、こういうことも知っておいた方がいい。

  • 民主主義(デモクラシー)は本来「いかがわしい」制度である。
    民主政(デモクラティア)と僭主政は「民衆(デーモス)の力(クラトス)」を束ねるという意味で近しいものであり、プラトンいわく民主政こそが僭主政を生み出す。
    民主政登場の物語は古代ギリシアの時代から常に血と革命をともない、「不和と敵対のイデオロギー」を内包している。その「不和と敵対のイデオロギー」を現在もっとも純粋に継承しているのが「国民主権」であるうんぬん。。。
    かつて英国首相チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態である」と言い放ったが、私たち日本国民は民主主義についてどのような印象をもっているだろうか。
    マスコミや政治家の間ではいまだに「民主主義万歳」、「国民の声を政治に反映させることが民主主義である」、「日本の政治がダメなのは民主主義が実現されていないからだ」といった言説が飛び交っている。
    果たしてそれは本当だろうか。民主主義とはすばらしいものなのだろうか。普遍的なものなのだろうか。
    もしかすると私たちは民主主義という代物について何もわかっていないのではないだろうか。何も知らないままに「いかがわしい」制度を使っているのではないだろうか。
    古来日本には「十七条の憲法」や「憲政の常道」があったはずだ。
    民主主義の危機が叫ばれる今こそ、日本の伝統を再発見し解釈しなおす本当の意味での「維新」が求められている。

  • 民主主義を考えるための師弟激論に知的刺激受ける(上)《赤松正雄の読書録ブログ》

     民主主義とは何なのか―このところこの問題意識を問う論考や書物に出会い、考えを巡らす機会が少なくない。三十八年に及んだ自民党の一党支配から十数年の連立政権を経て政権交代の三年余り、重要課題は先送りされるばかりの決められない政治が続くのは一体なぜなのか。民主主義そのものに根源的な欠陥があるのではないのか、との観点にたつ書物と格闘し、知的刺激をいっぱい受けた。

     長谷川三千子『民主主義とは何なのか』と岡崎久彦、長谷川三千子『激論 日本の民主主義に将来はあるか』の二冊である。正直言ってこの二冊を読み終え、すべてがわかったとは言い難い。だが、思索の糸口に立つことができ、考え続ける格好のよすがとはなる、と言っておこう。現代日本を代表する、しかも男女双方の立場を担う保守の論客二人による合奏は実に興味深いものがある。

     ズバリ、長谷川さんは、民主主義とは、一口でいえば「人間に理性を使わせないシステム」であり、「そのことが革命から生まれ出てきた民主主義の最大の欠陥であり問題点なのである」と喝破する。戦後民主主義との名で呼ばれてきたものの只中で、どっぷりと浸かって私は生きてきた。子どもの頃の記憶を辿ると、二言目には「多数決が民主主義」が少数意見は尊重されなければ、とのおまけ付きで、言い古されてきた。そして、天皇に代表される権威、軍部に集中された権力に支配されてきた、戦前の支配機構や歴史を全否定する流れに身を任せてきた。そのことがいわゆる“革新幻想”とあいまって戦後の思考停止とも言うべき状況を生み出す起因となってきた。

     国際政治を語らせて余人の追随を許さないかに見える岡崎久彦氏がここまでへりくだるか、との複雑な思いを抱くくだりが「激論」には散見され印象深い。「その該博な知識は、従来漠然と民主主義について腑に落ちないところのあった私としては、まさに、真理に目を開かされた思いがあった。読者の方々も、民主主義というものがいかに理論的にあやふやなものであるかについて、長谷川さんの哲学的分析から深い啓示を受けることができよう」との指摘から始まり、「民主主義というものは、そのままで、自動的に善政をもたらすものではないという、今まで漠然とそう思っていたことが真実であることを確信するに至った」との吐露に至るまで、全編これ民主主義をめぐる師弟対談の趣きすら漂う。
    (つづく)

    デモクラシーよりも自分の国柄にあった政体を(下)《赤松正雄の読書録ブログ》

     民主主義といえば、かのチャーチルの「民主政治は最悪の政治である。ただし、今までに存在したいかなる政治制度よりもましである」との箴言を思い出す。これについて今まで長きにわたって結局は民主主義しかない、民主主義はいいものだとの表面的理解に終わっていた私の浅薄な捉え方を長谷川さんと岡崎さんは打ち砕き、そして新たなものを打ち立ててくれる。

     「彼のこの言葉は、いわゆるデモクラシー礼賛の言葉というより、むしろコモンロー礼賛であって、自分の国柄に合った政体でなければだめだよ、というメッセージとして聞くべきものなのでしょう」と述べ、それを受けて岡崎さんが日本における大正デモクラシーを賞賛する。この辺りのやり取りを追って、改めて歴史を学び、自分の頭脳で考えることの重要性を実感する。随所で知的刺激が堪らない。

     戦後民主主義のダメさ加減を実感して民主主義全般の否定に立ち至るのではない。日本の歴史を振り返って、日本独自の民主主義の政体、在り様に思いをいたすことの大事さをこの二冊からそれなりに理解した。岡崎さんは「日本の民主主義は、明治の自由民権運動以来営々として築いた日本社会の近代化の頂点でありながら、占領史観によって無視されてしまった、大正デモクラシーへの復帰とその改善であるべきだと考えるに至った」と強調。具体的な実現する手段としては「憲法の改正、教育、言論によるほかはない」と結論づける。

     尖閣諸島をめぐる中国政府の理不尽きわまりない主張や、暴動的デモによって、日本には今、主権者意識の高まりがみられる。しかし、その高揚たるやみせかけのものとの指摘が見逃せない。

     京大教授の佐伯啓思氏は「『国民主権』や『民主主義』、『憲法』という言葉だけを輸入してきて、どうして西欧思想のなかでこれらの観念が生み出されてきたのか、そのことを理解していない」(「反・幸福論」22 領土を守るということ=「新潮45」10月号)と厳しく論及している。このあたりは長谷川、岡崎両氏と共通の問題意識がみられよう。こうした識者の論調が社会に定着するまで、まだ前途は大いに険しいものがあるというほかない。(この項終わり)

  • 確かに民主主義といえば何か良いものというイメージがあり、それでいて具体的にどんなもので何故良いのかというのは問われると答えにつまる問題だな。そういうことを考えさせられる本です。

  • 民主主義的に行われた、という、自分の口から出てきた言葉が理解できなくなったら読むべき本。そうあるべきことが正しい、と思ってきたことに対して疑問を抱き始めると、なかなか自分で自分の思考の交通整理をすることは難しい。この本は、その思考のカオスに、歴史と、その時々の哲学者等の思考を、うまいこと注いでくれる。

  • 日本においても、所謂民主主義的な選挙により、権力の移行がなされた。

    しかしながら、国民の政治に対する閉塞感、苛立ちは変わることはない。

    そもそも民主主義とは何なのかについて、第1章「いかがわしい言葉」デモクラシーに始まり、第2章「われとわれとが戦う」病い、第3章抑制なき力の原理 国民主権、第4章インチキとごまかしの産物 人権 と云う風に、整理してくれた。

    ギリシャ民主政に始まり、フランス革命の真実、ホッブス、ロックのごまかし などなど

    ものの見方は色々あり、人間の営為の産物について、極力複眼的に見なくてはいけないものだと教えてくれる著作でした。

  • [ 内容 ]
    18世紀末に近代民主主義が発明されて二百年余り、世界の人々はその正体から目をそむけつづけてきた。
    いま、その永い思考停止の歴史に終止符がうたれる。
    民主主義を根底から検証する本格的論考。

    [ 目次 ]
    第1章 「いかがわしい言葉」―デモクラシー(民主主義そのものを疑ってみよう いかがわしい言葉だった「民主主義」 ほか)
    第2章 「われとわれとが戦う」病い(まっとうな政治としての「人民のための政治」 ギリシャ民主政の始まり ほか)
    第3章 抑制なき力の原理―国民主権(引き継がれた「不和と敵対のイデオロギー」 「主権」とは何か―正しい国政の原理としての「君主主権」 ほか)
    第4章 インチキとごまかしの産物―人権(国民主権と人権 権利とは何か ほか)
    結語 理性の復権

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