寝ながら学べる構造主義 ((文春新書))

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著者 : 内田樹
  • 文藝春秋 (2002年6月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166602513

寝ながら学べる構造主義 ((文春新書))の感想・レビュー・書評

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  • 実にありがたい。こんな入門書を待っていた。市民講座の講義ノートをもとに執筆された本書は、「哲学について予備知識のない一般人」を対象としているので、素人でも安心して読み進めることができる。構成は、以下のようになっている。

    1.構造主義の生まれる土壌を形成した人々:マルクス、フロイト、ニーチェ
    2.構造主義の始祖:言語学者ソシュール
    3.構造主義の「四銃士」1:歴史学者フーコー
    4.構造主義の「四銃士」2:記号学者バルト
    5.構造主義の「四銃士」3:人類学者レヴィ=ストロース
    6.構造主義の「四銃士」4:精神分析医ラカン

    もちろん、こんな薄い新書一冊で、彼らの思想のすべてを網羅することはできない。だから各論についてはざっと紹介されている程度で、ちょっと哲学を学んだ人なら、「なあんだ、その程度のこと」というレベルの話なのかもしれない。それでも私にとっては新鮮な話題ばかりだったし、何より、私たちが普通に使う日常会話の文体で解説してくれているので読みやすく、ビギナーとしては大変ありがたかった。それに、構造主義を学びたければ上に挙げた人々の主著にあたれば良いのだという指針を与えてもらっただけでも、この本を読んだ価値はあった。

    しかし、実をいうと本書でもっとも面白かったのは「まえがき」だった。韜晦と諧謔に満ちた文章、逆説的なロジック。しかし、この人を喰ったような文章こそ、実は構造主義的思想の実践なのかもしれないと、何度か読み返した後にようやく気がついた。

    <知的探求は(それが本質的なものであろうとするならば)、つねに「私は何を知っているか」ではなく、「私は何を知らないか」を起点に開始されます。>(p12)

    要するに、「自分の知識を、常識を、文化を、絶対視しないこと。『自分だけが真理を語っている』と、無邪気に信じるのをやめること」ということらしい。ごく当たり前のことのように思えるが、このような考え方は、構造主義によって初めて本格的に思想史に導入された重要な知見のひとつらしい。本書を読んで、とりあえずその一点だけは理解できた。今後は、理解できた部分を足がかりにして、少しずつ他の書物を読んでいこうと思う。思想史の世界へ分け入るための足がかりを提供してくれた著者に感謝!

  • 新書というものは誰にでも分かるように書かないと売れない種類の本である。こみ入った話は避け、できるだけ平易な言葉で語ろうとする。だから、読みやすいのは当然で、あっという間に読み終えることができる。それだけに読み応えの方はあまり期待できないといったものが多い。ただ、話題が「構造主義」である。どれだけ平易な言葉で語ることができるのだろうか、という興味で読み始めた。結論から言えば、極めて分かりやすい構造主義の解説書でありながら、読み物としての面白さも併せ持った格好の入門書足り得ている。

    ただ、現代は「ポスト構造主義の時代」と呼ばれて久しい。なぜ、今頃「構造主義」なのか。それについて内田は、「ポスト構造主義の時代」とは、決して構造主義的な思考方法が廃れてしまった時代ではなく、むしろ構造主義の思考方法が「自明なもの」になり、誰もがその方法を使って考えたり話したりしている時代であるとした上で、そういう「自明なもの」だからこそ研究する意味がある。なぜなら、学術という仕事は「常識として受容されている思考方法や感受性のあり方が、実はある特殊な歴史的起源を有しており、特殊な歴史的状況の中で育まれたものだということを明らかにすることだから」だと言う。

    ここを読んで「あれ、どこかできいたような気がするぞ」と気づいた人がいるかもしれない。そう。実は、こういった切り口で、それまで自明と考えられていた物事について、その起源を探り、それらが、自明でなかった時代が巧妙に隠蔽されていたことを暴いていったのがフーコーら構造主義者と呼ばれる人たちだったのである。つまり、内田は構造主義についての解説書を書くのに構造主義的な思考方法を用いることで、その意義を語っているのである。

    構造主義とは何か。少し長くなるが内田の言葉を引用する。「私たちは常にある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に『見せられ』『感じさせられ』『考えさせられている』。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。」

    見事な要約と言えよう。ふだん自分が考えたり、文に書いたりしていたことをこうまで的確に説明されると、何だ自分は構造主義者だったのか、と妙に納得させられてしまう。そうなのだ、意識するにせよ、しないにせよ、私たちはすでに構造主義のただなかにいるのである。なあんだ、そうだったのかと思った人はここで本を閉じてもいい。構造主義についてはこれ以上の解説はない。後は、構造主義的な思考方法を準備した先駆者達、つまり、マルクス、フロイト、ニーチェの果たした役割と、始祖ソシュールに始まる構造主義の「四銃士」達、つまり、フーコー、バルト、クロード・レヴィ=ストロース、そしてラカンの思想の解説にあてられている。

    ただ、その解説のために準備された譬えがなかなか秀逸である。映画や能、狂言、童話まで駆使して解きほぐされる構造主義の「四銃士」たちの話はそこだけを読んでもおもしろい。慎重に選び抜かれた引用から、それぞれの著作にあたってみるというのもいいだろう。ラカンだけは、たしかに少し難解だが、それ以外の著者の文章は翻訳でも充分に理解できるはずである。個人的にはフーコーの『監獄の誕生』や『狂気の歴史』を読んだ後の「自明なもの」がぐらぐらと音立てて崩壊してゆくときの感覚が忘れられない。それは今に至ってもずっと続いていて、ものを考えるときの礎石になっている。

  • この手の解説本では、思想家の記述を逐一分析して結局なんなのかわからない、なんてややこしいものを結構みかけるのですが、この本は思想家の芯となる考え方を把握したうえで、コンパクトに記述を整理し親しみを加えて書かれているので、とても読みやすかったです。

    本書一冊で構造主義の概要・歴史、ソシュール、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンと、もりだくさんの内容をとりあげており、これらの考え方をより知る際に、ここで書かれたことを押さえておけば、変な方向に勘違いすることはなさそうです。

    自分はレヴィ=ストロース、バルトに興味は持ったものの、それ以前にこの人たち、どういう状況の中で、何について考えてたの? というほど現代思想に無知だったのですが、頭の中が整理でき、もっと知りたいと思えるようになりました。
    良い本でした。

  • 初めて買った内田先生の本。裏を見ると平成14年の7版と書いてあるから読んだのはもう十年前近く前なのか… なんとなく読みたくなって再読した。

    構造主義についてわかりやすく説明してくれる本である。マルクス、フロイト、ニーチェといった前の時代の前提となる知識をおさらいしながら、ソシュールを経て構造主義四銃士(フーコー、ロラン・バルト、レヴィ=ストロース、ラカン)へと論を進める。

    いろいろと内田先生の本を読んできた後なので、この頃から基本的な考え方がぶれていないことを確認した。『昭和のエートス』も最近読んだところで、その中で面白いカミュ論がありカミュを読みたくなってきているが、『寝ながら~』の中のカミュ=サルトル論争から、レヴィ=ストロースのサルトル批判へ至る所までの流れを読んで、サルトルもなんとなく読んでみたくなっている。「レヴィ=ストロースの文章は端正で明晰でそのままフランス語の教科書に使いたい」という文を読んで、大学の頃フランス語の授業で『悲しき熱帯』の一節を読んだのを思い出した。フランス語はほとんど忘れたが、「悲しき熱帯」の原題が "Tristes Tropiques" であることはなぜか覚えている。

    バルトが日本の文化について論じているところとか何となく忘れていた。これも気になる。ニーチェも良さそうなんだよなあ… とか言っていると際限がなくて困ってしまう。ああ時間が欲しい…

    内田先生の「初心者向けに書かれた本には良書が多い」という感覚には共感。

  • 内田樹さんの本では、以前に『女は何を欲望するか』と『他者と死者ーラカンによるレヴィナス』にたいへんお世話になった。以上の2冊に負けず劣らず、本書も読みすすめるごとに頭がスッキリする感覚がある。「もーわからん!頑張ってもわからん!」となったときに読むと、効果てきめん。暗号のような思想が理解できたような気がする。内田さんは魔術師かなにかか。 思想うんぬんの前に、彼くらい頭のなかを整理整頓したいものだと思う。掃除上手なところをとても尊敬している。

    さて肝心の内容についてだが、『寝ながら学べる構造主義』という表題で、構造主義をそれなりに知っている人やそもそも興味のない人は手にとらず仕舞いになっているかもしれない。後者は仕方ないご自由にとして、前者はちょっともったいないことをしているかも。
    わたしは前者で、何冊か現代思想の入門書を読んでおり、あらたまって学ぶほどのことでもないだろうと、ちょっとばかし面倒くさがっていた。お盆休みの日長に積読を減らそうと読みはじめて、本書をさっさと手にとらなかったことにひどく後悔した。無駄とは言わないが、何冊も読まずともこの一冊でよかったのではないかと思うほど、本書は優等生だったからである。
    構造主義とはうたっているが、通読すれば現代思想の要までおさえることができてしまう。マルクス、フロイト、ニーチェ、ソシュール、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカン、スター選手が勢ぞろいだ。現代問題も引き合いに思想の検討が行われ、深さもともなっている。「しまった、時間と金を無駄にした」というがわたしの本音だ。苦労あっての学習なので、まあよしとしようとは思うが。

    内田さんの解説が冴えているのは、たとえが巧みだからだと思う。正直どれもよかったのだが、わたしが思わず「なるほど〜」と唸ったのは、バルトの「記号」について。わかるようでわからない「記号」とはなにか、たとえはこんな感じ。
    将棋を指していて歩が一個なくなったとする。しょうがないから相手に「じゃ、これ歩ね」と言って手元にあった蜜柑の皮の切れはしを盤におく。蜜柑の皮と歩にはなんの関わり合いもないけれど、対局者との了解があるなら、蜜柑の皮が「記号」となって歩の機能を果たす。すなわち「記号」とは、「ある社会集団が取り決めた『しるしと意味の組み合わせ』のこと」であり、「『しるし』と『意味』のあいだには、(中略)純然たる『意味するもの』と『意味されるもの』の機能的関係だけ」がある。「ほほう、そういうものか」と納得。

    内田さんの著作は、導入部分も冴えわたっている。本書の場合、「知らない」の意味を問うことからはじまる。わたしは、「知らない」とはそもそもどういうことなのかなどと考えもしなかった凡人なのだが、内田さんは「知らない」のではなくて「知りたくない」から「知らない」になるのだと言う。換言すると、「自分があることを『知りたくない』と思っていることを知りたくない」、ついうっかり知るのを忘れてたなんてことはない、必死に目を逸らしている結果が無知になる。これは痛いところを突かれた。

    内田さんの指摘はいつもズバリ。そして発想が逆。ここまでサッパリ言われると、なんだかやる気が湧いてくる。目を逸らしていることはないか、ついつい甘め判定が出る自身にこの問いを課すことが内田さん的掃除上手になる一歩となるのやもしれない。

  •  内田先生による、構造主義の入門書です。

    読んでいて書き留めたい箇所を引用します。

     精神分析の目的は、症状の「真の原因」を突き止めることではありません。「治す」ことです。そして、「治る」というのは、コミュニケーションの回路に立ち戻らせること、他の人々と言葉をかわし、愛をかわし、財貨とサービスをかわし合う贈与と返礼の往還運動のうちに巻き込むことに他なりません。(P197)

     レヴィ=ストロースは要するに「みんな仲良くしようね」と言っており、バルトは「ことばづかいで人は決まる」と言っており、ラカンは「大人になれよ」と言っており、フーコーは「私はバカが嫌いだ」と言っているのでした。(あとがき)

  • さすがに「寝ながら」は学べないけど、「寝っころがりながら」は読めたよ。

    構造主義それ自体というよりかは、構造主義にまつわる哲学者についての概説。
    専門書と違って言葉遣いがやさしく、わたしのような学術書初心者にはありがたかった。

    でも内田先生にかかってもラカンの解説は難しいのね・・・
    そこだけよくわからなかった。

  • 内田さんの本・ブログではここで取り上げられた5人が繰り返し登場します。普段の出来事へそれぞれの思想家をうまく導入しています。学生の時にポストモダンはよく読んだけれど難解でつらくなる経験をした覚えがある自分にとっては、うそのようにこちらへ入り、外へ導入できそうな気にさせてくれて、大変ありがたいと常々思ってます。まえがきに「話を複雑にする」ことによって、「話を早く進める」・・「複雑な話」の「複雑さ」を温存しつつ、かつ見晴らしのよい思想史的展望をしめす、とあるように「簡単」な話におとさず、「時間・死・性・共同体・貨幣・記号・欲望・交換とは何か」という根源的問いを分かりやすく「パス」してくれてるようです。本書では構造主義の前史としてニーチェ・マルクス・フロイトの話が冒頭におかれ、つながりのあるどんな「パス」をしたかも垣間見れます。すぐ読んでしまえます。より細述された「現代思想のパフォーマンス」を読みはじめています。

  • まだ読んでますが、おもしろいです!

  • 平成が始まったばかりの頃、学生の私は先輩に勧められて「構造主義」の本を読んだ。

    平易に書かれていたであろうその新書は、当時の私には難解だった。

    ただ、現代の思想の最先端といわれる構造主義ってなんだろう?
    その問いかけだけは、自分の中に残り続けた。

    「大人のための読書の全技術」(齋藤隆)の「社会人が読んでおくべき50冊」の中の1冊で、この本を見つけた。
    同窓会で、優秀な先輩に出会ったかのような感覚がした。

    著者は語る。
    「専門家のための解説書・研究書はつまらない。入門者のためのそれは面白い本に出会う確率が高い」と。
    それは、知らない人のためにわかりやすく本質的なことを伝えようと努力するからだ、とも。

    では、私たちはあることをなぜ「知らない」のか。
    それは、「知りたくないから」。「自分があることを『知りたくない』と思っていることを知りたくない」からだ、と。子どもが親の説教をシャットアウトするように。

    「寝ながら学べる」とのタイトル通り、近現代の難しい哲学的課題をわかりやすく伝えることに見事に成功している「敷居の低い」一書。

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