この国が忘れていた正義 (文春新書 582)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166605828

作品紹介・あらすじ

犯罪者「福祉」予算2200億円!凶悪犯の人権、いじめっ子の教育権が優遇される原因は「犯罪者福祉型社会」にある。日本が正義を取り戻すために「処罰社会モデル」を提唱。

感想・レビュー・書評

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  • 観光地で犯罪者が刑務所で製作した木彫りの郷土品を見た時は、果たしてどの程度売れるのか疑問に思ったことがある。昨今、どこもかしこも人手不足が叫ばれ、それでいて労働者は残業時間の制限も厳しくなっているから、益々日本企業が苦手とされる効率化に邁進しなければならない。そんな時に元気いっぱいで罪を犯した刑務所暮らしの囚人に呑気に木彫りをさせてる余裕はない。刑務所では犯罪者の社会復帰を促すための教育に多くの労力と税金がかけられているが、残念ながら再犯率は上がるばかりで効果については極めて疑わしい。
    何より罪が殺人だった場合、慰謝料請求のための民事裁判は刑事裁判とは別の問題とされ、刑務所入りが決まった罪人に被害者への金銭面での償いが充分にできるとは思えない。結果として被害者泣き寝入りになることも多々ある。本書ではこれを「犯罪者福祉型社会」と呼び、被害者と比較して、犯罪者を手厚く保護する国の制度の不備を糾弾していく。これは後半のテーマになっている、子供のいじめ問題にも通じている。結局いじめられた側が自殺や転向に追い込まれ、いじめっ子を学校が守る構図である。
    本書はそうした被害者に厳しく犯罪者やいじめっ子に手厚い保護を与える現状に言及し、最終的な解としては、刑務所の民営化と生産性の向上、そして労働の対価を被害者救済に充てるというモデルを提案する。初めに書いた様に木彫りの郷土品ではなく、もっと世の中に必要とされるものや、自衛隊の装備品(機密漏洩に繋がりかねないソフトウェア面ではなく、物理的なハード部分)の組み立てなどに充てれば、相当な労働力にあると考える。その点は私も筆者の意見に賛同するものは多い。だがそうした犯罪者に強制労働かつ対価を搾取する様な制度は人権団体が許さない。そうした社会からの圧力に対しても、筆者は見事な論拠で喝破していくのが読んでいて爽快だ。
    私個人的には、罪の重さに対して科せられる罰の長さに加えて、被害者救済のための慰謝料請求分の刑務所内労働をプラスしても良いとさえ思う。そうすることで、例えば2人殺害したら死刑になる所を、死刑廃止論側の立場に同意して廃止する。代わりに無期懲役で生涯を被害者救済のための労働に充てさせる。更にその働きぶりや品質、生産性で評価し、時間単価を上げさせるなどすれば、早くに出たい犯罪者はそれだけ真面目に考えて働く様になるのではないだろうか。
    この大事な生産力の源泉をむざむざ優しい死刑にしてしまうのは別の意味で勿体無いと考えることも出来そうだ。まずは生産性向上のノウハウを持つ民間会社に刑務所を委託するというのも、資本主義的に見ればありだと考える。こうした民間による刑務所運営は過去にアメリカでは失敗したようだが、犯罪者福祉型社会で毎年二千億以上の血税を注ぎ込み、その結果再犯を引き起こす我が国でやってみない手はない。
    人がなぜ戦争を起こすのか、原因を一つに絞り込む事がむずかしいが、同様に犯罪やいじめも原因を根本的に取り除くのには時間がかかりすぎるし、それ自体が生産的な活動になれていない以上、刑務所の民営化は是非やってみたい(本書執筆当時でセコムのみがそれをやっていたとのこと)。
    何より先ずは被害者救済が最優先であり、どんな事情・背景があるにせよ、被害者からすれば加害者側に非があるのであれば、その様な犯罪者福祉から脱却し、被害者重視の社会に変えていく必要がある。

  • 人権についての考え方は面白い。基本的には対国家の概念でありだから最大限守られるべきなんだけど、対人のときに同列に並べるのはおかしいのではないか、みたいな論で。
    被害者被疑者どっちかの視点に偏らないバランスのとれた制度が必要だなあと思う次第。

  •  現代日本は、凶悪犯罪者の人権と更生・社会復帰を偏重する「犯罪者福祉型社会」であり、それに代わる「処罰社会モデル」に移行すべきである、というのが本書の骨子。
     著者は、被害者救済支援活動に取り組む弁護士で、上戸彩主演でドラマ化もされたマンガ『ホカベン』の原作者でもあります。

     本書では、第一章から実例を挙げて快楽犯罪者の更生が効果を上げていない事実が指摘されています。
     読んでいて辛かったのが大阪姉妹殺害事件で、その残忍な手口は、読んでいて吐き気すら覚えました。しかもこの犯人は、以前母親を金属バットで殴り殺し、その際に射精していたとのこと。一方で「この事例だけを以て快楽犯罪者の更生可能性を判断してはいけない」と建前で思いつつも、やはり現状の刑事司法の対応はお粗末きわまりないと思わざるを得ませんでした。
     この犯罪者に対する更生アプローチは、実は1960年代にアメリカで「治療モデル」として実施されています。が、この「治療モデル」は、結果として史上最悪の犯罪社会を到来させてしまいました。その反動で、1970年代以降のアメリカは「治療モデル」から「正義モデル」へと大転換を遂ます。「正義モデル」とは、社会を犯罪から防衛するには犯罪者の心をいじるのではなく、彼らを徹底的に隔離し、無害化すれば良い、という考え方です。
     最近では捜査機関のずさんな捜査による冤罪が明るみに出るようになり、正義モデルも若干旗色が悪くなっているそうです。が、死刑の存置や「三振法(過去二回暴力犯罪で有罪判決を受けた者が、重犯罪で三度目の有罪になったときは、原則終身刑となる)」、それに「ミーガン法(性犯罪者の出所に際して、州当局が「危険人物」と判断した場合、その名前や住所を地域コミュニティに知らせ、住民総がかりで監視するというもの。メーガン法とも言う)」など、犯罪者の徹底的な隔離・監視と無害化という正義モデルはなおも健在とのことです。

     アメリカの議論を読んでいて気になったのは、治療モデルにしろ正義モデルにしろ、基本的には社会防衛と特別予防を重視する新派刑法学的な色合いが強く感じられたことでしょう。実際、ミーガン法により地域コミュニティに性犯罪の前科・前歴情報が行き渡ることで、私刑に等しい嫌がらせがなされたりもしています。性犯罪者が司法取引で、睾丸の切除と懲役20年をバーターするなど、凄まじい話も紹介されていましたが、社会防衛第一主義的様相を呈している姿は、正直それはそれで異様に感じる部分もありました。

     本書はこの後、人権論から遡って検討し、日本の更正モデルが実をあげていないことや、国家権力と加害者の対立の構図の中で被害者が疎外されている現状を紹介します。そして、加害者の更生についてその必要性から疑問を呈し、刑務所を民営化して刑務作業の労働生産性を上げ、その収益から被害者への賠償金を徴収する「賠償モデル」を提唱します。
     読んでいて一瞬『カイジ』の会長の、「金を借りた者の誠意とは、盗んででも奪ってでも、何をしても期限までに金を返すことだけっ…!!」というセリフが頭をよぎりましたが、現行法下でも「労役所」があり、刑務作業をさせているのだから、被害者救済の実効性を上げるために「賠償モデル」を選択するというのも十分検討に値すると思いました。
     また、この「賠償モデル」には公設取立人制度の創設も含まれている。出所後加害者がバックれても、被害者は自ら民事裁判手続を踏むことなく、公設取立人が加害者を追いかけて賠償を取り立ててくれ、そのために現在仕事の無い公安調査庁を居抜きで使うという発想には恐れ入りました。
     ただ、更生しない犯罪者は一定数いるだろうが、国家が犯罪者の更生や社会復帰、更には被害者・加害者の修復というアプローチに一切関与しないというのも行き過ぎのような気がします。被害者の側も、加害者の犯罪行為自体は一生許せないとしても、加害者が真摯な反省をしたことで幾分かでも心理的に救われる部分があると思います。甘いと言われそうですが、そういう道も残しておくべきなんじゃないか、と思われてなりません。
     また、犯罪者の社会復帰については、現行の保護司制度(ボランティア)に頼るだけでなく、もっと拡充していく必要があります。犯罪者の再社会化は、治安維持コストや刑事司法コストを軽減させるだけでなく、被害者への賠償の面でもプラスになるはずですから。

     最後の方で、「いじめは犯罪である」と断じているのはその通りだと思います。シカトまでをも犯罪とするのにはやや躊躇を覚えますが、論旨としては森口朗『いじめの構造』とほぼ同旨で、納得しました。やはり、日本の教育界は学校内に警察が入るのを嫌悪するあまり、犯罪を処理する権能もないのに「いじめ」というマジックワードで校内犯罪を遺棄している、と言わざるを得ません。

     本書の提言は「やや極論」で、7割賛成・3割保留というのが実感ですが、十分検討に値する内容だと思いました。

  •  刑罰の在り方について書かれた本。
     
     罪に対して国家が×を与えるという当たり前の考え方があるが,bkhii6ewf
    犯罪者を「構成させる」ことに主眼が置かれ,犯罪者を罰することになっていない,ましてや被害者を救済することは被害者任せになっており,全く置き去りにされている。
     その結果,犯罪者に対する福祉ばかりが前面に押し出され,被害者もひいては国民も踏みつけにされている実態を強く主張し,発想の転換を求める啓蒙書。

     日頃違和感を感じていることをきわめて明快に書き起こしてくれ解き明かしていく。
     現代日本に跋扈するの弱者優先の逆差別を浮き彫りにし,その解決方向性についても一定の示唆を与えてくれている。

     犯罪者に償いを強く求め,強硬でぶれない主張は,今の日本では危険視されかねないのではないかと読んでいるこちらの方が危惧してしまう。
     しかし到来,当然の主張であるべきであるこうした主張が周囲をおもんぱからないと言えないような空気感こそが,いかに今の日本が加害者福祉国家たることを示しているともいえる。

     言っていることは強硬だが,そこには被害者に対する対するきわめて痛快で明快で納得感ある「強いやさしさ」を感じる。

  • 大好きな作家です。
    (「検察捜査」で江戸川乱歩賞を受賞。
    この本は色んな人に薦めてきました。)

    本書の帯にもありますが。「日本は加害者に甘すぎる」は常々、私自身が悶々と感じるところでもあり、興味深く集中して読むことができました。

    現在社会は犯罪者「福祉型」社会。被害者救済は後回し。

    個人的には「目には目を~」型の考え方でもあり、「福祉型」の現状を知るにつれ、こんな甘いのでいいのか?と思わずにはいられない。

    すぐ隣の犯罪者。自分や家族の安全を維持するために今のままでいいはずがない。
    犯罪者の人権云々を口にする方には一度、被害者の立場に立って真剣に考えてもらいたい。

  • ◆あらゆる犯罪者は冷遇されなければならない◆
    日本は犯罪者を優遇して被害者を無視するという狂った国


    あるいは、広津和郎があれほど松川事件に関わらなかったら、もし家永三郎があんなにも教科書裁判に関わらなかったら、野間宏が深く狭山裁判に関わらなかったら、など、ちょっと思い巡らすだけで、あまりにも有名なこの三つの例がすぐ出てきますが、彼らに本当は、もっともっと名作や傑作あるいは新しい歴史の発見があったかも知れないのに、並外れた資質を持つ小説家や歴史家が、その才能を権力によって消耗させられた残酷な例。

    もちろん彼らには、その必然があっての行為ですから悔いが残るはずはありませんが、読者としての私たちには、断固恨みが残ります。彼らの才能から生み出されるはずだった新しい創作物を誰が奪い取ったのか。

    という痛恨の思いを抱かされるのが、同じような境遇にあるこの本の著者・中嶋博行です。彼は1994年に『検察捜査』で乱歩賞デビュー。1985年に弁護士になったことを生かした作風で、私は小杉健治とは又違った法廷物を書いてくれると期待していました。

    あれから18年、弁護士稼業を続け犯罪被害者の支援活動を続けていては、とても大変です。彼は私の期待には少ししか応えてくれません。もっと圧倒的な弁護士物のハードなやつをガンガンほしいのに。

    でも、それは思っても仕方のないこと。だって彼は現在、犯罪被害者の理不尽な境遇を改善しようと闘っているのですから。

    訳もなくレイプされて一生深い傷を負って生きていく女性にとって、犯人が懲役1年でしかないという現実は耐えられないことと同じように、交通事故で二人の子供を殺された親にとって、10年はもちろんたかだか25年の刑で殺人者が戻ってくるのはとうてい納得できないものです。

    彼は「犯罪者福祉社会」という言葉で、いかに犯罪者が優遇されていて、被害者にとって理不尽な現実が当たり前のようにして現前するかを解きます。

    そして・・・・、この次を、もっとお知りになりたいとお思いなら、ぜひこの本を直接お読み下さい。

    そして、この矛盾した社会のシステムを変えようと提言している中嶋博行を、みんなでバックアップしようではありませんか!


    レビュー登録日:2007年9月22日
              (下記は機能ミス誤記)

  • [ 内容 ]
    犯罪者「福祉」予算2200億円!
    凶悪犯の人権、いじめっ子の教育権が優遇される原因は「犯罪者福祉型社会」にある。
    日本が正義を取り戻すために「処罰社会モデル」を提唱。

    [ 目次 ]
    女性検事の「太腿」事件 正義はこうして実現した
    国家プロジェクト「快楽殺人者の更生計画」
    犯罪者の更生改善は幻想
    コロンバイン高校銃撃犯は更生プログラムの優等生
    「治療モデル」アメリカン・ドリーム
    「正義モデル」
    死刑モラトリアム―あらたな死刑「停止」運動
    保守派の再反撃
    性犯罪者対策・去勢と監視
    犯罪者福祉型社会の「更生モデル」
    百年前の正義
    人権の正体
    正義の切り札?「民営刑務所」
    「更正モデル」から「賠償モデル」へ
    一生かけても償わせる
    いじめは「犯罪」である
    犯罪者「福祉型」社会との対決

    [ POP ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 小飼弾氏書評(07,09,22)

  • 刑務所問題について書かれた本。
    考えさせられることが多かった。確かに賠償モデル型という刑務所は魅力的かもしれない。

  • 2007/10/1

  • 犯罪抑止力のためには何が必要なのか。日本とアメリカの現行の法制度をまとめ、今の日本のあまりのも犯罪者にとって恵まれた制度警鐘を鳴らす。
    途中まではなかなか筋の通っている理論展開だが、いじめについての考察は蛇足気味。

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著者プロフィール

1955年茨城県生まれ。早稲田大学法学部卒。ジョン・グリシャムの作品に影響を受けて小説執筆を始め、横浜弁護士会に所属しながら1994年『検察捜査』で第40回江戸川乱歩賞を受賞。現役弁護士ならではの司法界のリアリティと、国家権力の影を作品に取り込むスケールの大きいエンターテインメントで人気を博す。著書に『違法弁護』『司法戦争』『第一級殺人弁護』などがあり、本書は『検察捜査』『新検察捜査』に続き女性検事の岩崎紀美子が活躍する最新作である。

「2023年 『検察特捜 レディライオン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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