功名が辻 (4) (文春文庫)

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著者 : 司馬遼太郎
  • 文藝春秋 (1976年4月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (313ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167105204

功名が辻 (4) (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 一領具足。

  • 50石から始まった伊右衛門も最後には数十万国の大名に。
    千代と誓った夢を実現した男。最後は大事な日に死んじゃったけど。
    人生は短い。短いけど、太くて濃厚な人生を送りたい。

  • (2006.04.25読了)(2005.11.13購入)
    「功名が辻」最終巻です。上杉征伐に向かった徳川家康軍が石田三成挙兵の報せを受けて上杉に対する戦はせず上方へ戻るところから土佐24万石の城主となり死を迎えるまでが描かれています。
    家康が小山で開いた軍議では、諸侯は、家康と共に、石田三成と戦うと表明した。一豊も、掛川の城、知行地一切を家康に預けると表明し、家康にすべてをかけた。
    諸侯は、家康に味方するとはいいながら、大阪に残した妻子が心配である。家康は、諸侯を先発させて、江戸で様子を見ることとする。
    新井白石は、「藩翰譜」で、以下のように記述している。
    「我が及ばぬところをみづから知る事まづ難し。よき人見知る事、もつとも難し。善き人の言を能く用ゐる事、次に難し。この三つを合はせしは大知の流なり。一豊は誠にただ人ならずと、いひしなり」(48頁)
    伏見城に残っていた500人ほどは、西軍に攻められて陥落した。
    福島正則をはじめとする諸侯は、清洲城で、家康の江戸からの出発を待つが、家康は出てこない。家康は、諸侯が本当に家康に味方するのか疑っている。
    家康の疑念を晴らすために、家康なしで、西軍と戦うこととし、岐阜城、犬山城を落とし、一豊は、犬山城を預かる。家康は、やっと重い腰を上げて江戸を発ち、やってきた。関が原の戦いに向かう。
    「関が原は中山道、北国街道、伊勢街道の三つの道路が一つのところに入り込み、行動に便であるばかりか、大軍の決戦にはちょうどよい広さを持つ盆地であった。」(100頁)
    関が原に戦では東軍が勝ち、一豊も大阪へ帰還する。
    「実に、伊右衛門は軌跡の男といってよかった。関が原に出陣した東軍諸将のなかで、織田、豊臣、徳川の三代を生き延び得た者は、家康その人のほかに、伊右衛門しかいない。福島正則らは秀吉からこちらの男だし、黒田長政や細川忠興は第二世でそのおやじ殿はべつとしてかれら自身織田家につかえたことはない。」(134頁)
    関が原の論功行賞で一豊は、家康から土佐20余万石をもらった。
    「対馬の紙は、親までの前夜、その妻から届いた書状を開封せずにわしに差し出し、当時動揺し続けていた客将の心をわがほう加担に踏み切らせ、かつ小山の軍議では、わしに城を進呈することを申し入れ、そのため東海道に居城を持つ諸将はあらそって城を空にしてわがほうにつき、この一事で諸将に気持ちがかたまった。あの瞬間でもはや勝敗は決したといっていい。その功、抜群というか、とにかく関が原を勝利に導き、わが家を興すいしずえを築いてくれた。土佐一国はむしろ安い」(140頁)
    土佐をもらったといっても、まだ、土佐には長曾我部盛親がいたので、盛親を処分してもらい、平定した上で入らないといけない。一豊が土佐に入ってからも叛乱は相次いだということです。
    土佐の武士の中核は「一領具足」と呼ばれる連中である。特殊な武士で、知行地は持っていない。田畑を自作し、免租というだけが特権である。明け暮れ武勇を磨き、田に出る時も槍の柄にワラジ兵糧をくくりつけてアゼに突っ立てておき、すわといえばクワを捨てて走り陣に加わる。具足は一領きりで差し替えのものもなく、馬も一頭だけで乗り換え馬もなく、ただそれだけで駆け回るから「一領具足」といわれている。(172頁)
    この巻では、千代の活躍の場は、あまりない。一豊が殿様になれば、家老以下がきめてゆくことになるので、千代の知恵を生かす場面がなくなるということでもある。

    著者 司馬 遼太郎
    1923年 大阪市生まれ
    大阪外国語学校蒙古語科卒業
    1960年 「梟の城」で第42回直木賞受賞
    1996年 逝去
    ☆関連図書(既読)
    「功名が辻(一)」司馬遼太郎著、文春文庫、1976.03.25
    「功名が辻(二)」司馬遼太郎著、文春文庫、1976.03.25
    「功名が辻(三)」司馬遼太郎著、文春文庫、1976.04.25

    (「BOOK」データベースより)amazon
    関ケ原決戦―徳川方についた伊右衛門は、この華々しい戦でも前線へ投入されたわけではない。勝ち負けさえわからぬほど遠くにあって銃声と馬蹄の轟きを聞いていた。しかし、戦後の行賞ではなんと土佐二十四万石が…。そこには長曽我部の旧臣たちの烈しい抵抗が燃えさかっていた。戦国痛快物語完結篇。

  • 購入者:坂野
    全四巻平成と言う今が幸せな時代なんだなと本当に感じました。
    徳川と言う時代に移り変わり行く明治と言う時代、人と人が争う戦、戦争その中でも思いやりや支えあい
    時代は変わっても今でも戦争がおきていて
    愛と憎しみが今もどこかで・・・
    ただ出来る事はこの目に映る人の幸せ。
    また、もう1度読み返したいです。

    丸橋
    関ヶ原の戦いから土佐入府、高知城築城〜二人の死まで。
    織田家の平凡な一武士が、土佐一国の大名にまでのぼりつめる…。最後の山内一豊の変わりっぷりは唖然。千代の支えによって一国の主になることはできたが、相応しくなかったのかもしれない。悲しいかな。最後以外は美しい夫婦愛を感じられる物語だった。

  • 1997.4.26

  • 功名が辻 (1)と同意見

  • 土佐に移ってからの一豊はあんまり好きになれなかった…

  • ついに家康の天下に。そして伊右衛門は土佐二十四万石の大名になりましたよ。そこでめでたしめでたし、となるほど歴史小説は甘くないんですね。土佐はぜんぜん従わず、反乱反乱の日々。そして伊右衛門はやってはならないことに手を染めてしまう。千代が泣きます。やるせない。でも史実だから仕方ない。やがて伊右衛門が亡くなり、千代もその生涯を終え、物語は幕を閉じる。

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