日本人を考える 司馬遼太郎対談集 (文春文庫)

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著者 : 司馬遼太郎
  • 文藝春秋 (1978年6月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167105365

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司馬 遼太郎
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日本人を考える 司馬遼太郎対談集 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • 日本人を考える 司馬遼太郎対談集

    司馬遼太郎は 対談の名手である。
    相手の持つよさを うまく引き出して、知の輝きが増す。
    昭和44年(1969年)から昭和46年の間の対談集。
    その時代からかなりたっているが、
    日本の思想の底流が明確になっているような気にもなる。

    梅棹忠夫、
    日本は無思想時代に入った。
    大企業に入るとは 藩に属するようなもの。
    ギターを楽しんで弾いて生きていくことが不思議でなくなっている。

    犬養道子、
    相対的思考のなかで あっけらかんとして生きている。
    ヨーロッパの理詰め的な対話はつかれる。
    なぜ 絶対なものをもとめたのか。
    祖父が 首相だったが 殺されたことによる
    絶対を求める力が強かった。

    梅原猛、
    真善美。は 宗教の求めるもの。
    南無阿弥陀仏と南妙法蓮華経。
    弥生文化と縄文文化の潮流がある。
    浄土宗、浄土真宗は 死の論理。
    日蓮からは 新興宗教が産まれている。
    日蓮は生の論理。そして、縄文的だ。
    利とはなれることが宗教であったが 創価学会は利を求めている。
    それは 日蓮を系譜としない 新たな宗教。

    信長は近代を切り開いた。
    無神論者となり、奇妙なものは徹底して破壊した。
    比叡山、一向宗教、

    向坊隆、
    日本はエネルギーの問題をさけて通ることができない。
    石油は いつ枯渇するのかわからない。
    原子力はコストが安いが それ以外のコストがかかる。
    残された灰をどう保存するのか。
    地震が多く、地下水が多い、狭い国で。

    高坂正堯、
    攘夷のエネルギーが、明治維新を作った。
    しかし、開国は、先の見えるものたちによって、当然だった。
    薩摩藩は、開国だったが、薩英戦争で、攘夷のように見えた。
    長州は、イギリスとの戦いをすることで、
    攘夷から開国に変更することができた。
    上杉は理解していた。
    勝海舟は、政治家のように言われるが、評論家だった。
    幕府には、政治家が、いなかった。

    長州が、陸軍の基礎になったのが、悲劇を産んだ。
    奇兵隊の延長で、猛攻に次ぐ猛攻。糧食は敵に求むというわけで、
    補給なんか考えない。
    無能な精神主義がまかり通った。

    司馬遼太郎は言う。
    日本の歴史の政治家で四人あげよといわれたら、
    信長、秀吉、家康、それに大久保利通をあげる。

    政治に教科書はない。人生に教科書はない。

    辻悟、
    子は親を批判することによって、自分を作ることが出来る。

    陳舜臣、
    日本人は、騎馬民族。緊張した臨戦体制。

    富士正晴、
    寝転んで、大阪弁で吠える。

    桑原武夫、
    理屈が話せて、しかも感情表現が豊かな日本語。
    日本語は変化し、進化する。
    人々を感動させる文章。
    形式論理から見ると非合理的で、心理的には納得させる論理がある。

    貝塚茂樹、
    日本語は、イデオロギーが成立しない。
    気分として、語ろうとする。
    毛沢東は、聖人である。
    中国人は、繰り返しが好きな民族。

    山口瞳、
    司馬遼太郎の東京にくしに、山口。タジタジ。

    今西錦司
    氷期には、対応したが、氷期が終わる時の気候の変化に対応できなかった。

  • この本は司馬遼太郎の対談集である。

    「坂の上の雲」で多少ゲンナリしていたので、不安があったが読み終えたら結構おもしろかった、というのが率直な感想。

    ただ、この対談は昭和45年~46年くらいのもので、わたしが2、3歳の時期である。もちろんわたし自身、この頃の時代がどういうものだったのか、存在はしていたが、時代の雰囲気までは感じ取れない年齢で、だから新鮮味があった。

    司馬遼太郎を初め、ほとんどが既に鬼籍に入ってしまった人たちで「この人ら、このときはこのように言ってたけど、今の時代を過ごしていたらどんな感じだったろうな?」という気持ちがすごくする。ここ数十年間で日本は随分変わった、日本人も変わったんじゃないかと思うくらい、この本に出てくる「日本人」は違うと思う。ただ、時折「集団ヒステリー」を起こす、と書いてはあったが、まさか四六時中集団ヒステリーを起こす民族になってしまったとは想像できまい。

    あとは文明が進むとそれぞれの人が「小粒」になるのかなあという気がしないでもない。あの時代からわたしが大人になるくらいまではまだ大物がいたような気はするが、今の時代はそういう人物もあまり見当たらないものなあ。。ただ、それは「階級のない社会」であった証拠であるから、仕方のないところなのかも知れない。昔のような超エリート数人で国を動かしてもいいものかと思うと、やはりそうは思わないので。

    この対談の中で出て来た辻悟という精神科医の言葉が頭に残る。ただ、ネットでいろいろ調べてみたらこの言い分は「持論」らしい。

    「だから自分の属している集団の同質性であれ、歴史の中から自分のものとした安定性であれ、自分のよりどころとしているものに絶対的なものとして寄りかかってしまうのではなくて、相対的なものとして受け止める心を自分のものとしなければなりませんね。それは不安の多いものではありますけれども、そうでなければ人間の精神は閉ざされたものになってしまう。簡単に実現できるという保証もありませんし、終わりのない作業かもしりませんが、それが大事であるという心構えだけは最低限持ってなければならない。」

    それから、最後の今西錦司との対談が面白かった。

  •  日本人には任侠は根付いていない。長い歴史の中で、どの時代でも国を信じることが出来たために日本人には小集団の任の発想がない。一方隣国、中国の民衆には現代でも根強く任がいきわたっている。彼らにとって国家の支配者はいずれ誰かにとって代わられるものという認識があるのだ。なので家族や身内に発生する任とは、現代でも彼らの生命維持に関わる重要なことなのである。

  • 読みやすいけど、あんまり残っていないかも。

  • 梅棹忠夫、犬養道子、梅原猛、向坊隆、高坂正堯、辻悟、陳舜臣、
    富士正晴、桑原武夫、貝塚茂樹、山口瞳、今西錦司、各氏との対談。1978年の第1刷ながら、現在の予言となったような部分も多々。わかりあっている部分、全くわかりあえていない部分、全て含めて面白かったです。

  • 知的訓練に耐える体質を学生に与えることができるのが大学。

    日本はまわりが海だから頭から単一民族だと思っている。
    だからよその国に対して幻想を抱く。

    バチカンの焼き討ちなんてことはゲルマンのバンダル族でも感gな得なった。そんなことを信長はやってしまった。

    無知こそ行動のエネルギーというのは江戸時代からある。

    日本人は文字が読めて島国根性だったから官僚制度が機能している。
    塾のような個人的子弟関係が教育の要になる。

  • 旅の途中で読みまさに、目からウロコの印象。

    薩摩が琉球を統治した経験があり、
    それが大久保を生んだの部分はまさに深く感動。
    なぜだか俺は大久保が好き笑

  • 2月に大阪の司馬遼太郎記念館に行って、触発されて購入しました。しばし、積読でしたが、今週初めから再読して一気に読了しました。司馬氏と当時の知の巨匠達の対談、現在でも通じる示唆や思慮があり、驚きです。やはり歴史的認識は大事ですね!

  • 下記12名との対談集

    梅棹忠夫
    犬養道子
    梅原猛
    向坊隆
    高坂正堯
    辻悟
    陳舜臣
    富士正晴
    桑原武夫
    貝塚茂樹
    山口瞳
    今西錦司

  • 40年くらい前の本だけど、多くの示唆に富む。今でも通じる内容も多いし。今の日本を司馬遼太郎が見たら何ていうのかな。興味深い。

  • 昭和44年。司馬遼太郎が12人の識者との対談を通して、日本人の考え方を描きだす。40年経った現在、予見通りとなったものもあれば、全く異なる結果となったものもあり、対談の「答え合わせ」ができる点も興味深い。

  • 昭和40年〜50年ごろの日本を理解するにはもってこい。中国との付き合い方の対談もあり勉強になった。

  • 司馬遼太郎の知識人との対話集。
    自分の性質のルーツという問題となると、どうしてもナショナリズムの追求は避けられない。

    ●日本は無思想時代の先兵
    今までの日本では、国民の帰属意識が社会を安定化させてきた。
    しかしそこが変ってきてる。
    もはや企業への忠誠心を根底にした目的合理性による規制ではきつくなった。
    なぜなら日本には明確な階層、思想がないから。
    成果主義によって年功序列の意味合いも変ったから、価値を自分自身に持たなきゃやっていけない。

    『大学と言うところはバカが利口になるという装置じゃないけど、知的訓練に耐える体質を学生に与えることができる。そういう体質でないとやれないような仕事がいまやどんどん増えている』

    ●あっけらかん民族の力
    日本はどこまでも相対的思考の国。
    一面で見れば、非常に強くなく、頑固でなく、体系的にしなくても済むのでお人よしだといえる。
    しかし、頑固さがないゆえの欠点も。
    西欧人のものすごい執念は、日本には真似できない巨大なものを生み出す。
    日本人は核がないから、ある程度で満足してしまう。
    自分としては、体系化や軸は大事だと思う。つまりヨーロッパ的な思考が好き。
    考えて生み出した人生観がないから、日本人には不毛な人が多いんだ。
    新書とかハウツー本とかはやるのもここが原因だろう。
    宗教を持てとは言わないけど、選択することは必要だろうなぁ。

    『日本人には彼の意見と我の意見のバランスをとって、初めて安定するようなところがある。』
    『日本は無神教にはなっても反神教にならない』
    『ヨーロッパでは一つの絶対神が常にぶつかっ再生されるが、日本の場合はよそから借りてきてちょっと使っては、また新しいものをよそから求める』
    『電気器具的な、牢固としたものを持たないことが、日本人をお人よしとしている。感心するかは別として』
    『なにかにつけて理屈や建前で押してくるのがヨーロッパ』

    『日本が単一民族と思われているのはひとえにまわりが海だから。もしヨーロッパにおいて、県民性による違いがあったら、別の国民として扱う』

    ●若者が集団脱走する時代
    今の時代は自分から求めないければ人生を豊かにできない。
    そこで、弊害になるのは自分の価値観。
    その価値観をいかに相対的なものとしてとらえ、自分を感化してくれる人、団体にコミットできるか。
    そこが結局大事なんだと思う。

    『不満と言うか、出来上がったものに対する批判というか、これは若者に与えられた特権。若者の立場からすれば、社会は若者たちが参加しないうちから社会が存在してる。自分が作ったものでないのに、出来上がった規則に従うことを要求される一方性ゆえに、反発を感じる。その反発を受け入れない社会は動脈硬化した社会であることは間違いない』
    『仲間を支えているのは同質性。この真理に左右されるのが差別の出発点』
    『人間の精神が健全であるためには、同質性を相対的なものとしてとらえ、また同質性を守ろうとする姿勢が持っている閉鎖性を自分から乗り超える心がけが必要』
    『家庭内で精神的な影響を父親が与えている家庭では、子どもや母親の話のなかに父親が出てくる』
    『封建社会を考えると、人生は田んぼを継ぐだけでいい。しかし今は一種の無階層社会になった。個々に目標を設定しなくては生きていけない』

  • 昭和47年頃の対談集です。現在読んでもまったく色褪せてないのには感動すら覚えます。あの頃の日本に比べて今の日本は良くなってるんでしょうか。ねぇ司馬さん?

  • 司馬遼太郎さんの知識の深さと先見性。
    本当に感動します。
    現代社会を読むための新しい古典やと思います。

  • こういう考えがS46-47の時代に出来るってのがすごい。今でも十分通用する。勉強量で時代の枠もある程度ははずせるんだな、と思った。やっぱ司馬遼はタダモノじゃないよ。研究室の本棚からパクってきた、というのはナイショです。

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