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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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「おまえ、ジョン・レノンの『イマジン』を歌っただろ。ちゃんと想像してみろよ。差別や偏見のない世界をさ」
― 135ページ -
人には繋がりがある。愛だったり、友情だったりするわけだ。それを無断で断ち切ることなど誰もしてはならない。だから殺人は絶対にしてはなならないのだ。そうゆう意味では自殺もまた悪なんだ。自殺とは、自分を殺すことなんだ。たとえ自分がそれでいいと思っても、周りの者もそれを望んでいるとはかぎらない。君のお兄さんはいわば自殺をしたようなものだよ。社会的な死を選んだわけだ。しかしそれによって残された君がどんなに苦しむかを考えなかった。
― 319ページ -
そのことを知った時、自分は不遇なだけではないのだなと思った。多くの人から応援されているのだ。しかし一方で、彼等は応援はしても自分の手をさしのべようとはしてくれないのだと再認識した。直貴に幸せになってほしいと思ってはいる。だが自分は関わりたくないのだ。誰が別の人間が助けてやればいいのにーーそれが本音なのだ。
― 173ページ
みんなの感想・レビュー・書評
映画も大号泣だったけれども、やっぱり小説がいい。人から借りて読んだ後に自分で買いました。
私が初めて読んだ東野圭吾さんの本です。この本をきっかけに好きになって東野圭吾さんの本を50冊以上読み、今も読み続けています。私にとって記念すべき一冊です。
ミステリーではありませんがジャンルは関係ありません。
非常に重いテーマでしかし感動的なストーリーです。犯罪者の弟としていくて行かなくてはならなくなった青年の軌跡を追いながら著者は絶えず読み手に「あなたはどうなのか」と問いをつけつけます。すばらしい作品です。
剛志(兄)は、自分が殺してしまったお婆さんの家族と、自分の罪せいで辛い境遇にある弟ナオキに宛てて、月に一回刑務所から手紙を送り続ける。
その手紙は、被害者家族にとって、剛志が事件に対して贖罪を続けている証であり、一方で手紙によって事件に縛られ続けるものだった。
弟に宛てる手紙には、生活を励ます言葉や、獄中での生活が綴られており、兄の罪からの解放を願うナオキに罪悪感と苛立ちを与えた。
人間のエゴとは、どこからどこまでなんだろうか。
剛志の手紙は、被害者家族に贖罪の気持ちを伝え続けたが、それは加害者側のエゴでしかないのか。しかし、送り続ける事で加害者として罪をなかった事にしない、償いの気持ちは持ち続けていると言う意志を被害者家族に伝える事は必要な事だったのだ。
人間の心理は、本当にあまのじゃくで、わがままだ。
なんか主題とズレたな・・・・
大学時代に初めて読んだ東野圭吾さんの本が、この手紙です。
犯罪を犯したら、周りの家族がこんなに大変な目にあうんだなと思った。
それまで犯罪者の家族の事は考えた事なかったので考えさせられました。
「容疑者X〜」が初めて読んだ著者の作品だったので、私の著者に対する印象は推理小説家だったのだけれど、この本では推理抜きに見事に犯罪者の身内について描いている。
強盗殺人を犯した兄を持つ弟が、高校、大学、就職、結婚、子ども…と、それぞれの過程で直面して行く犯罪者の身内に向けられる差別は、彼のせいでは無いけれど、かならず存在する。
肝になるのは、電機会社の社長・平野との出会いかな。
話の展開に行き詰まりを感じた頃、この社長との会話で何度か開ける。
そんなに上手く社長が声をかける事などないだろうけど、そこは小説、起こるべくして起こるのでしょう。。。
ラストはどうなるか、読み手の捉え方かもしれないけれど、私はちょっと先の広がりを感じました。
被害者家族が「これで終わりにしよう、何もかも」と言った日が来たように、この兄弟の間でも、事件の整理がつく日が来るのではないか?と。
犯罪加害者の家族がこうも人生を狂わされるのか・・・と教えていただけた一冊です。
読む価値は十分にあると思います。
考えさせられる。
終始暗め。初期の作品なのかな?あんまり東野圭吾って感じじゃないです。
映画が凄い泣けると評判なので、今度挑戦してみたいです。
東野作品が暗くてあまり好きではないことは分かっていたのですが、「有名なので一応…」というくらいの気持ちで友人から借りて読みました。
案の定、何も罪のない人間が親族の罪のせいでひたすら苦難にぶち当たっていく話で「現実はこうなのか」とか考えてしまいます。僕が小説に求める面白さがこの作品にはありませんでした。
もし家族が犯罪者になったとして、自分だったらどうするかな考えました。
これもまた中学生のときに読みました。
社会的に生き返ることってできるのかな。
2010/05/04
アメリカ西海岸のお伴として.
・憧れた技術者たちの仕事の残り滓
・検閲印,桜の形をした青い印
・逆にはじめがよければ,後で少々しくじっても大目にみてもらえる
・犯罪者は自分の家族の社会性をも殺す.そのことを示すためにも差別は必要
・正々堂々しているのは間違い.心理的に負担が大きいのは周りの人間
・ジョンレノン,レーガン大統領を射殺した若者が読んでいたのは,サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」
・オノヨーコは俳優マークチャップリンをクビにした.
強盗殺人の兄がいたら、
その存在を隠すのが幸せなのか、
認めるのがいいのか、
そして、刑務所にいる兄には、
真実を伝えるのが、
絶縁するのかいいのか。
だいぶ前に映画がされたので、
今更ですが、見てみようと思います。
犯罪加害者の家族は、被害者か? 加害者か?
人間の優しさは、ある範囲にしか適用されない。その範囲外にいる人に対しては、防衛本能から排除しようとする。犯罪加害者の家族は、排除される人だ。それは、犯罪者という社会のルールを犯したものへの罰則であり、自分と自分の周囲を守る社会のルールを成り立たせるための当然の行動である。
この小説には納得できない。犯罪加害者の家族に同情する、なんてことは口先だけで言えることであって、実際、私は差別するだろう。色眼鏡で見てしまう。けれど、絶対に受け入れない、と突っぱねることもできない。
きっと、その人と関わって、自分の色眼鏡を取り除くことでしか、差別から逃れることはできない。
4月の7冊目。今年の43冊目。
強盗殺人の兄を持つ弟の人生を描いた物語。実際にこういう人にはあったことないので、なんともいえません。もしかしたら、会ったことあるけど、隠していたのかもしれませんがね。事実をどう受け入れるのか。差別はなくならない、というか差別っていうのはあって当たり前。こういうとなんとなく非人道的に聞こえるけど、差別を意識した上で何が出来るのか。非常に重要なテーマが諸所にちりばめられていると感じました。
昔、本が出た当時に読んだ本。
まだ、そんなに有名でもなかった。東野圭吾。
映画にもなって、すっかり有名ですね。

人には繋がりがある。愛だったり、友情だったりするわけだ。それを無断で断ち切ることなど誰もしてはならない。だから殺人は絶対にしてはなならないのだ。





