新装版 茶道太閤記 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2012年8月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167135607

新装版 茶道太閤記 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 対比、対立構造を多く描いている。秀吉と利久の対立、秀吉を取り巻く女性同士の争い、権力と芸術の対立、武士と町民の思考の違い、キリスト教の聖なるもの と 俗なものの対比など

    秀吉を俗、利休を美として描くことにより、大衆歴史小説としての 面白さを感じた

  • 2016/06/03完讀

    【9/10】

    「わたしがこの作品を書くまで、利休は単なる茶坊主としか見られていなかったのです。利休が茶道という芸術界の巨人であり、それまでなかった新しい美学を創始した天才的英雄であることは、今日では常識になっていますが、それは戦後のことで、不思議なことにそれ以前になかったのです。それがこの作品のたったひとつのとりえでしょう」

    上一次讀海音寺潮五郎居然已經是2009年的事了。之前讀過的作品都頗有好感,不過沒想到就居然隔這麼久才又再讀。來到麵包之都後,對於這個城市處處可見秀吉的影子大為詫異,也開始對此從小廝到天下人的人物的心境「變化」(最階級流動的人物卻極力建構停止階級流動的制度、征朝、都市計畫及大興土木的嗜好、搬遷的理由等等)大為好奇,也對他與利休之間的衝突相當想一探究竟,也因此成了閱讀本書的契機。

    這本書是從直木賞作天正女合戰再加筆的連載長篇(昭和15年),一開始寫秀吉女眷間隱然兩派的明爭暗鬥,捲在中間的千宗易女兒お吟和被掃到颱風尾的佐佐成政。秀吉看上お吟,夾雜女眷間的哀怨,故事漸漸浮現主題其實是利休這個藝術界的英雄巨人和國民英雄秀吉的戰爭。利休不願賣女求榮,如同他對紀伊守所說「拙者は芸道に生きるもの、自ら申すもあごがましく存ずるが、いつの世までも名を残るものでござる。一言一行、かりそめなことは出来ぬ身でござる。」這本書裡面對茶々等人有細膩的心理描寫,對於秀吉的心理微妙的改變瞬間都很巧妙地捕捉並予以放大給讀者檢視,並巧妙地安排佐々半之丞這個角色更細膩地將巨人間的戰爭著色。利休女兒的戰爭,到小田原征伐後利休發現已經無法挽回兩人的決裂,於是便決定尋找死得其所,勸戒秀吉停止征伐朝鮮,但大德寺木像(原來樓門本來是平門)被梟首,他本人最終被賜死。

    令我佩服的是,這本書和這個主題以今日來講仍依然寫出獨特風格與新意,寫了很多小細節,例如黑百合事件,對每個當事人心態描寫鉅細靡遺,但卻又能很巧妙地把一切編織進入大故事的框架(而這是他辭去工作當全職作家五年半的作品),而且寫得相當相當有說服力,可見他的功力!他寫的茶々,我覺得應該真的很接近真實的模樣。之前讀的西鄉隆盛屬於硬派史傳,沒想到像這種女眷間的水面下的爭鬥也可以寫得如此出色,感到有些意外。最後利休決定死諫後的步調很快,不過據說是因為新聞社希望他趕快結束連載(雖然他還想繼續寫這個部分),而諫征朝怕有影射軍部之嫌,雖然有些可惜,但並未給人大倉促結束之感,仍屬可取。

    讀了這本書也才了解其歷史地位,現在利休的巨人像可以說是這本小說構築出來的。緊接著也想讀從這本書延伸出的野上和井上靖的利休與秀吉的爭鬥。總而言之,這本書娛樂性很強,又順利嵌合在歷史中,心理描寫和故事性俱佳,以小說而言分量適中,並不輕佻也有著嚴肅的一面,但也不過於沉重或陳腐,以大眾小說的技巧而言相當出色,應給予極高評價。

  • 黒百合を巡り北政所とお茶々の女の闘いそれに翻弄されるお吟、自分の知らない所で巻き込まれる成政、冷徹に立ち回る三成。そして絶対権力者秀吉の前で利休は信念を貫けるのか・・。

  • 20121228
    利休の娘、結構頑張っていたのね。
    知らなかったことが、いろいろ知れた。

  • 本編は利休と秀吉の対立だけど、序盤の北政所とお茶々との女の戦いはぞくぞくしておもしろかった。大奥というのはいつの時代でも存在するものだと。お茶々は淀君というイメージが強くてあまりいい印象を持っていなかったけど、結構魅力的に描かれていて、さすがに信長の血を引く女性なんだなと思った。同様に石田三成もいいイメージを持った。戦前に書かれた本ということで多少読みにくい所はあったが、全体的にはおもしろかった。「拙者は芸道に生きる者、いつの世までも名の残る者でござる」千利休の高い誇りと意思の強さを感じた。

  • 戦前に書かれたとは思えないほど、古さを感じさせず読みやすい。

    以後の利休像が、『俗』の秀吉と対極にあるものとして描かれるようになる転機となった作品とのことで、出会うことができて幸い。

    その“対”になるもの、について。石田三成と小西行長が切支丹に関しての問答をするのに多くの枚数を割かれているのも、聖と俗、現世的利益と精神的満足、または公事と私事など、対照的に語ることが簡単なように見えて難しいことの、様々な面から光を当てて論じて見せているようにも見える。

    その、三成の、秀吉が手のひらを返すようにキリシタン禁令を出したことの説明が見事で、目からウロコでした。
    茶々に対する冷徹な態度といい(心中の描写も含む)、ファンになってしまいそうです。
    利休に関しては、後に書かれた作品も読んでいるのでイメージ通りでしたが、この作品で注目したのはむしろ三成でした、不覚。


    最後には、自分の時代が終わったことを悟る利休が同時に、戦国の世が終わりに向い、武士が武辺一辺倒で生きることが難しい世になったことを悟り、娘夫婦にそれを伝える。
    この辺りも、先見の銘もあり、誠に潔い。

    醜く権力にしがみついて、腐ちていく、この時点での権力者を哀れとも思うが、三成などは、それも承知の上で、自分の役割を演じきったのだろうな、と、贔屓目に見るようになった。

    どんな侘び寂びが語られているのかと思ったが、秀吉語るに側室たちは大きな存在で、すぐに逆上する加賀どのや、恐ろしい演技派・魔性の女茶々が、リアルに描かれていて非常に面白い。

  • もっと、利休vs秀吉 かとおもっていたら、史実を元にそういうことかとおもっていた。ここまでなら☆3つ。ただ書かれた時代が凄すぎ。戦時中とか。検閲に対抗しながら、書いたのなら、また利休という人物に初スポットと聞いて☆4つとしました。

  • 帯の文句は「千利休像をぬりかえた書」。
    てっきり上杉兵を蹴散らす以上の利休が登場するのかと思いきや、思った以上に普通の利休。しかし発表が昭和15年と知って驚く。生前の作者曰く「この作品以前の利休像は単なる茶坊主に過ぎなかった」らしく、連載当時は利休と秀吉を同列視することを批判されたと言うから相当に革新的だったのだろう。
    作中の利休は揺るがない。秀吉の女どもの争いや武家のしがらみに巻き込まれるが、一貫して自分の価値観に殉じる。
    利休は自身を肯定しているが、意地を貫くことが武士にとっても数寄者にとっても滅びを招くとも悟っており、最期に別の可能性に希望を託し物語が閉じる。この結末が発表当時の世相を思うと非常に重く感じられる。

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