快楽主義の哲学 (文春文庫)

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著者 : 澁澤龍彦
  • 文藝春秋 (1996年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167140038

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快楽主義の哲学 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 快楽主義とは、一言では言えないが、幸福と快楽を全く別物であると言いきり、ただ享楽的に生きるのとは意味が違って、自らの歓びを得るために、あの手この手でパワフルに生きることや、遁世し山水に生きることなど、それぞれにそれぞれの快楽があることを述べた書。何十年も前の本だが、今だからはっとする箇所もあり、読んでいてがつんときた。これから何度か読み返すことになるかもしれない。

  • 幸福と快楽の違いを知っていますか?

    幸福は「苦痛を回避しようという傾向」そして「主観的なもの」
    快楽は「進んで快楽を獲得しようとする傾向」そして「客観的なもの」

    貧乏だろうが、自分が幸せだと思っている人もいる。
    回復不能の病気であっても、ひたすらに神を信じていて、自分は天国にいけると思い込んでいる人は幸せかもしれないし。
    昔の人が不便で、汚くて、不幸だったと考えるのも間違っている。

    著者は幸福なんて存在しないという。
    そんなものに憧れて、ため息をついているのなら、
    まず実際に行動してみること。を説いている。

    赤ん坊が笑う時、幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ。
    哲学者アリストテレスも言っている「幸福とは実践である。」

    精神分析学者のライヒによると、性交回数を自慢したり、誇ったりする男は、自分の強さや男らしさの証拠を示したいだけで、実際にセックスの快楽を十分に楽しんでいるのではない。
    つまり勃起能力や射精能力を誇ったところで、一回ごとのオルガズムに達しなければ、そもそも性の快楽の意義はどこにあるのかと発言している。

    どうすれば真の快楽を味わえるのか。

    ①誘惑を恐れないこと
    ―――飲む、打つ、買う、色んな誘惑がある。人を堕落させるものというイメージが強いが、いつも絶対に悪いものなのだろうか。良い悪いは誘惑を受けるものの態度遺憾だと思う。
    誘惑を受けて変化するとしても良い方にいけばいいのだ。
    影響されたから悪くなったのだ、などの考え方は卑怯だ。
    強い人間だったら、これを自分の進歩発展のための有益な糧として消化していくだろう。

    決心を努力を、接吻を抱擁を、あすに引き伸ばすことくらい、愚かなことはない。

    ②一匹狼も辞さぬこと。
    ―――「人のふりみてわがふりなおせ」、ふざけちゃいけない。他人は他人、自分は自分である。
    いつも他人とくらべて、「こんなことしたら笑われないだろうか」「変に思われたりしないだろうか」などビクビクしている人は、すでに自分の主体性を喪失している。
    大衆社会の疎外の産物である。

    ③誤解を恐れない。
    ―――真理であれ偏見であれ、わたしたちが一定の立場に立つ時、たとえその立場が他の多くの物と異なるとしても、これを気にするに及ばない。たとえ自分の立場が絶対多数の意見に一致しないとしても、遠慮したり撤回したりする必要は毛頭ない。
    同性愛だろうと、なんだろうと誇れば良いのです。

    ④精神の貴族たること
    ―――強い精神が必要不可欠。戦後の民主主義では、貴族主義などは非難の対象になる。
    やれ平等にしろ、やれみんな同じにしろ、同じに接しろ。
    1個のりんごを10人で等分に分けた場合、もうそこには快楽はない。

    ⑤労働を遊ぶこと

  • 澁澤世界はなかなか面白い。私は此の人は評論・哲学を語るより、芸術作品を産み出す側であってほしい。
    要するにこの本はイマイチ、だが、澁澤作品にはこの一冊を引き金に惹かれる事になった。
    人類はこの通りになった―とあるが、果してそうだろうか。究極美をどこまでも追求する快楽は見当たらない。
    美に倒錯し給え、人類よ。

    快楽の追求は最早、芸術世界でしか不可能であると私は思うのだ。

  • とてもわたくしごとですが。
    この本で若かりしわたしは読書をほぼ初めて、楽しいと感じました。
    今はもう少し捻たので、手放しに大絶賛するような感想は持てなくなってしまいましたが、読み物としてとても面白いことは今でも何も迷わず主張できます。
    10年前後昔に、澁澤みたいなお父さん欲しいなって思ったのを思い出しました。
    完全にチラ裏です本当にありがとうございました

  • 1960年代に書かれた澁澤龍彦さんの雑談。

    色んなものに縛られていないでやりたいようにやろうよ!という呼びかけが冗談交じりに行われる本。
    ユーモア溢れる内容です。

    人間がいつでも遊んでいるような状態にならなければ真の意味で社会や文明が進歩したということにはならないという考えには文句無しに首肯する。

  •  人生に目的などはありはしない。ただひたすら快楽を求めよ、それが異端でも構わない。一匹狼を辞するな。という扇動が込もったシブサワ哲学。
     なるほどな、と思ったのが、幸福と快楽は違うということである。一見、類似しているかのような二つの言葉だが、意味が全然違う。まず、幸福とは苦痛を回避するものだ、という。確かに、幸福というイメージは平和、安泰、保険などがあり、どれも苦痛を回避している。澁澤はこれを苦痛の欠如とも言っている。
     ところが、快楽となると、これは進んで快感を求めることである、という。例えば、おいしい料理をたらふく食べたい、絶世の美女(または美男)を手に入れたい、という欲求が快楽であるという。
     なるほど、確かに幸福ばかり続くとつまらない。「日常に刺激が足りない」とよく言うが、この刺激こそが澁澤の言う快楽なのであろう。
     澁澤自身、黒魔術についてだったり、妖怪についてだったり、超常現象についてだったりと、様々な日常とはかけ離れたものを好んでいた。それは小説にも見られ、澁澤の書く小説は「衒学的だ」、「異端だ」、「役に立たない」と人々は揶揄し、非難したそうであるが・・・私は首を捻ってしまう。私には、澁澤の書くものが、人間の自然的快楽欲求に叶っているとしか思えないからである。そういうお気楽な幸せ者たちに、「非難されるのはどちらなのか」と、思わず訊きたくなる。

  • 本日のナビで紹介した澁澤龍彦の「快楽主義の哲学」のブックコードをお送りします。3.11以降の風潮に逆行するように思えますが、ある種突き抜けた感のある主張に、下手な自己啓発本よりもよっぽど為になるのでは、と思います。少なくとも、私はこの本は良書だと思います。

  • 世の中がどんどん禁欲主義に向かっているのを教えられた。これからは「幸福<快楽」という価値観を持って生きていきたい。

  • 普段の生活を見直す機会になる一冊。まぁ、内容が内容だけにすべてが参考になるわけではありませんが。
    なんにせよ、普段過ごしている「日常」や疲れている現状に刺激的な「何か」を抱かせてくれる一冊です。

  • 澁澤龍彦のことはこの上なく好きなのだけれど、レジャーも愛する私としてはものたりない。

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快楽主義の哲学 (文春文庫)の作品紹介

人生に目的などありはしない-すべてはここから始まる。曖昧な幸福に期待をつないで自分を騙すべからず。求むべきは、今、この一瞬の確かな快楽のみ。流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。人並みの凡庸でなく孤高の異端たれ。時を隔ててますます新しい渋沢龍彦の煽動的人生論。

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