遠い幻影 (文春文庫 よ 1-36)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167169367

感想・レビュー・書評

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  • 12編から成る短編集。収録された短編の多くに感じるのは戦争の影である。吉村昭という作家が戦争という悲劇を如何に重く受け止めていたかが窺える。

    この短編集のハイライトは表題作ではなく、『梅の蕾』であろう。『梅の蕾』は日本文学の中でも指折りの傑作と言って良い。何度、読んでも、読後にストーリーを思い出すだけで、涙が溢れるのだ。『梅の蕾』の舞台はかつて、日本のチベットとさえ言われた岩手県北の辺境地である田野畑村。そんな無医村の田野畑村に医師が家族を伴い、赴任して来るのだが…日本人なら一度は読むべき傑作である。

    他に『青い星』『ジングルベル』『アルバム』『光る藻』『父親の旅』『尾行』『夾竹桃』『桜まつり』『クルージング』『眼』『遠い幻影』を収録。

  • 久々に小説を読もうと。
    人々の、それぞれの人生が迫ってくる小説。
    忙しく、自分の事しか考えられなかったから、久しぶりに周囲を見る目を思い出した。

  • 私を訪ねる12短編集

     自身を確立するため節目節目で作った作品集。

     いずれも静かにはじまり、ゆるやかな山を迎えて、静かに終わる。一気に飛ばさない。短いからこそ緩やかな展開になっている。

     物足りなさがあるものの、一語一語が重厚で味わい深い。いい作品集だと思う。

     表題作の「遠い幻影」は、主人公が幼い頃の曖昧な記憶を取材などで鮮明なものにしていくという筋。それに意味があるのかどうかわからないが「死期が迫るとそういったことをきちんとしたくなるものだ」と主人公に言わしめる作者の思いがじんじんと伝わってくる。

     私的にはこの表題作とハートウォーミングな「梅の蕾」がよかったなぁ。

     作品は以下の通り。
    梅の蕾
    青い星
    ジングルベル
    アルバム
    光る藻
    父親の旅
    尾行
    夾竹桃
    桜まつり
    クルージング

    遠い幻影

  •  盛岡駅構内の書店で出会った本。
     地元関連の本のコーナーにあったが、そこに置かれている理由がわからなかった。訳を知りたくて、青いカバーのその本を購入した。

     12編の短編が収められている。12番目に収蔵された、表題作『遠い幻影』から手始めに読む。舞台は静岡。盛岡や岩手との関連はない。
     兄が戦地に出発するのを見送ったときの著者の記憶から、物語は始まる。親族が取り囲んでこっそり好物の茄子を食べさせてやる場面。いよいよ汽車に乗り込む直前、従兄弟が兄の名を絶叫する、著者も一瞬だけ顔がのぞいた兄の片腕にとりすがる。いつもの淡々とした筆致だが描き出された場面は見事にドラマである。

     その記憶がもうひとつ別の「遠い」記憶を引き寄せる。
     確か、そういう出征兵士の見送り客を、通過列車が轢き殺したという事故があったと聞いたことがあった。あれは・・・。戦時下のこと、そんな不都合な事故が報じられた訳もない。著者の「事実」を追い求める執念の追求が始まる。
     真っすぐに延びる鉄路が青い靄のなかに吸い込まれてゆく。青いカバーは掴もうとしてもいまだ定かでない真相をよくイメージ化している。
     地元紙で要職にある知己に尽力してもらうが甲斐はない。地元の図書館も必死に協力してくれるが手ごたえはない。その都度著者は協力者への深い感謝を忘れないが、さらなる追求を決して諦めない。
     最後に、自身の従兄弟本人が事故のその場に居合わせた事実に行き当たる。
     記録文学の大家と言ってよい著者が、「目当ての資料は向こうからやってくる」と、豪語したとおりだ。だが、執念の追求の果てに行き着いた事実であるに違いない。
     「私」の記憶と、「事実」を追い求める著者の執念が見事に融合した短編であった。やはり読み応え十分であった。

     だが、まだなぜ「盛岡」なのかは解らない。

     第1編目、『梅の蕾』に戻って読み始めた。
     最初のページに「盛岡駅」のひとことを見出す。これだったのか。と、わかる。
     よい話だった。もしかすると吉村さんの短編のうち最高かもしれない。何の但し書きも添えずに、書棚に置いておいてくれた書店員さんに、心から感謝したいほどだ。
     だから、内容については一切書かないことにする。
     どうぞ買って読んでください。あるいは僅か24ページです。立ち読みでも一気に読めるでしょう。

     ただし、貴方が唐突に「音」を立ててしまっても差し障りのない場所で。
     ハンカチの用意も忘れずに。

  • 吉村昭氏の人生の断片が色濃く映しだされた表題作『遠い幻影』の他『青い星』『夾竹桃』『桜まつり』は、父母兄妹にまつわる記憶をとおして、戦前から戦後にかけての悲喜こもごもの人生を見つめた、思い入れの深い作品と受け止めました。都会から無医村に赴任した医師の家族と村民との交流を描いた『梅の蕾』、新婚の刑務官と模範囚の心情に胸打たれる『ジングルベル』など、人生の悲哀を謳った12編の短編集です。

  • 筆者の徹底した取材活動や自身の境遇、豊富な経験の中から生まれた私小説的短編集。長編に比べると物足りなさはあるが、味わい深い12編。特に岩手県田野畑村を舞台にした感動の実話「梅の蕾」と、戦争の闇を描く表題作が印象に残った。

  • 心温まる短編集。戦死した兄の恋人・落とし子との約50年目の密かな出会い「青い星」、名医を迎える岩手県の無医村の村長と村人との心の交流「梅の蕾」、不倫の末、夫と娘を残して去った娘を尋ね、連れて帰る老父の思い「父親の旅」、妻の不倫を疑うエリートから尾行を依頼された若い男性の心の動き「尾行」、死んで行くホームレスの視線「眼」、戦争中の秘匿された列車事故の真実を追う「遠い幻影」、いずれも短い中で主人公の心の微妙な彩を描いた可愛い小品です。

  • 2011.12.13(火)¥136。
    2012.1.5(木)。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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