文章読本 (文春文庫)

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著者 : 向井敏
  • 文藝春秋 (1991年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167170028

文章読本 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 青春論を論じているけれど、本当にこの青春の価値というものは何かについては何度か読み返した。

    (抜き書き)

    気難しくて博識なる老人日夏こう(耳扁に火)之介の詩の一節に「われ賛美す/たしかなるみずからのものについて/われはさいしょにもっとも不可思議なる青春なり/(中略)われは孤(ひと)りなり/われは青(わ)春(か)く/われは繊弱(かよわ)し/されどわれは所有す/所有は五月の曲江のやうに照りかがやき/はつ夏の日輪のやうに撫愛(いつく)しむ」というのがある。私がはじめてこの詩を読んだのは、数え年十七歳の八月だったから、満で言うと十六歳と七ヶ月であった。そして満十六歳半の私は、自分自身の「若さ」というべきものが、この詩の中に見事に捕捉され、ピチピチと生きているのを感じた。私は自分の青春を理解した。私が十六歳で理解したものは、今また十六歳の少年が理解する、と思わなければならない。
     この詩人は、その時、「所有」ということを認識の核としているわけである。青春が、所有するもの、それは、善人生である。それはいわば地球を自分は所有していると考えるのと同様であり、人生というものを全部まだ「手つかず」で所有している、というのと同断である。
     だが、そのような所有とは、まったく所有しないこととも、殆んど同義である。だから、私自身は、日夏先生と違って十六歳の時、自分は何も所有していない、という認識を強くもっていた。「所有」を、物質的な面に限って言っても私は中学校へ通えるだけの資力を子沢山の貧弱な勤め人であった私の父なる男から、搾取し、仕立て直しの制服と一揃いの教科書と、通学定期券とを持っていた。しかし、その所有は「青春」の所有ではない。青春の所有とみなされるものは、本質的に言うと未開発なる人生の未来である。現象的に言えば、それは自分が持つ可能性のあるところの才能であり、勇気であり、美貌であり、敏感な、そして広い心であり、肉体の力と健康であり、かつ多分よき友人であり、女性の友であった。それらの「曲江のやう」な輝かしい青春の所有の、ほとんど全部を、私は、自分が持ってもいず、かつ持つ可能性もほとんどないと意識した。
     だが、若しも、私の卑屈にして惰弱な心の動きを、若しもである、若しも「敏感」と言う美しい形容的文字で呼ぶことができるのならば、私は一種の感じやすい傷つきやすい心を持っていた。それをすら、私は所有どころか、反所有即ち大いなるマイナスの負担だと思っていた。私は今でも自分にマイナスの所有がいくつかある、と思っているが、もし私が本当に達人であり、本当の生活者であれば、私においてのマイナスがすべてプラスとなり、自分にとっての重き負担ほど、それが自分の力になるように生かせるだろう。私が生かしたマイナスの条件は、ただ一つ自分の感じやすさ、傷つきやすさであった。外のもの、即ち外の非所有はみな、マイナスの価値のみ増大して今日に至った。
     そしてまた、若しも、私に詩や文学を語り、私をその惑いの多い迷路へ導く気配を見せる友がよき友であるならば、私はその時、そういう友を持っていた。それは、実は私の所有であったのだが、私はそのような友情を所有とは思わなかった。友人は他人だと思っていた。私は自分の少しばかりの所有を所有でないと思ったので、自分が無一物で、孤立して、何人の助けも得られずに放り出されている、という気持ちに苦しんだ。
     即ち私は、健康な肉体の力、美貌、広い心、勇気、才能、女性の友などという、青春のもっとも輝かしい伴侶と見なされるものを、まったく欠いていた。それらのものを所有しないという意識は、日常痛烈に私を苦しめ、自分を劣れるものと感じさせ、自分が青春を生きていないこと、多分従って人生らしい人生を送ることができないだろう事を予感させて、私をおびやかした。その時感じた脅迫感の荒涼とした非人間的な恐ろしさを、私は今五十歳になろうとして、まざまざと思い起こすことができる。
     そして、私の中にまだ消えないでいるところの、それらを所有したいという青春らしいものは、いまだ私の耳元で囁くのである。お前は、結局、お前の青春を所有しなかった。それは、もう再びお前が所有することは決してないであろう、と。私の青春は、衰え、力弱くなりながらも、私の肩の辺に腰かけている。彼は私が喫茶店の片隅でボウゼンとしている時、私が木々の緑なる水のほとりを歩く時、私が年若い学生の群とすれ違う時、私の耳に囁くのである。オレは、今までお前に付きまとってきたが、遂にそれは無駄であった。お前は、かつて、一度もオレを満足させたことがなかった、と。そうだ、私は彼を満足させることをしなかった。
     しかし、だからと言って、私が青春を知らなかったことにはならない。むしろ私は、それを所有しなかっただけ、それだけ、強烈に青春を知っていたような気がする。私は、青春というものを、青春らしい生活形式や交友や恋愛やスポーツそのものとしては所有しなかった。しかしそれらを所有しないことで、正確に言えば、所有しないと思ったとき、青春は私にあった。私は、長い間かかって、青春らしい生活の形は、大したものでないこと、さらに大胆に言えば、そんなものはツマラヌモノであることを理解した。私の肩の上に坐って、私につまらぬ事を囁くやつは、それは、私が論理的には捨てたやつが、単に情緒的に、仮にそこに坐って、私を失われたものへの情感に誘惑している亡霊に過ぎないのである。
     私は、もう一度言うが、青春らしいものを所有しないことによって青春の存在を痛切に知ったのであった。二十歳の私にとっては、ある日、陽の光に照らされている一少女の頬を、自分のものとして所有しないことが、生きていないことと同様のことに思われた。若し、体面や礼節というものが私を妨害しなかったならば、私はその少女を白日の下に抱きしめたであったろう。その時、私はそれをしなかった。その「しなかった」ということは、生命をシメ木にかけてシボるような痛切な非存在感で私の心に傷をつけた。私はそこで血を流し、そしてその痛切さにおいて私は生きた。そのようなものの連続が私の青春であった。
     実は、その時、その少女は、私には、エゴある人間として見えずに、桃の実の熟したような肉体の感覚として、また感覚のみで生きている心理的女性として見えたのであった。その時私の目に見えたその少女は、人間の実在から言えば、ヌケガラであった。しかも、私の青春は、そのヌケガラを直ちに所有することを私に命じた。私は、その時は、このような認識に妨害されて行動を中止したのではなく、習慣やテイサイに妨害されて中止したのであった。そのことは残念なことではあったけれども、私は幾度か、そのようにして辛くも青春に欺かれずにすんだ。そして、別な時に幾度か、私は幾度か欺かれた。欺かれたときに、私はその空虚さに気がつき、そして欺かれなかった時のことを理解するようになった。
     青春が我々を駆り立てるのは、必ずしも真実なものや、良きものに向かってではない。若し我々が、それに駆り立てられるままになっていたならば、我々は、過度の善と過度の悪との両方によって肉体的人間として、また社会的人間として破滅するであろう。しかし、そのような破滅は必ずしも死や無ではない。私の逢った破滅は、かえって、所有することの空しさや、所有することの惑わしさから私を救った。私の認識は、しばしば破滅の後に現れて、そして私を救い、私を恢復した。
     人間的な対立者として我々の前に存在し、また我々に迫ってくる異性や友人や敵は、惑わしの力の小さいものである。異性や敵が接近してくる時は、それは間もなく感覚的物体でなくなり、人間としての実在を私たちに理解させる。向こう側にいる人間が我々に働きかけるとき、我々もまた向こうに働きかける。それによって実在の接近は両方からされる場合が多いので、相互の理解は、加速度的に私たちを人間性に目ざませる。異性が我々を惑わすのは、むしろ、その異性が私から失われていくときである。その時、彼女の実在の消失は、また加速度的であるから、私たちは、その亡失の速度、その経過の強烈さに眩惑されて、自己を失う。失恋と別離は、最も大きな人間認識の危機である。絶望と破滅の感じがその時私たちを襲う。
     「わが青春は唯だ其処此処に照日の光漏れ落し/暴風雨の闇に過ぎざりき/鳴る雷のすさまじさ降る雨のはげしさに、わが庭に落ち残る紅の果物とても稀なりき」という荷風先生訳のボードレエルの歌のような、生の残骸の意識は、三十歳を過ぎると、人を襲うようである。私自身は、二十歳で、即ち、青春らしいものをまったく所有しないうちに、それが実は所有し得ないものであると考えたときに、このような洪水の後の荒涼さの中に取り残された。そして、今のような時代、即ち時代そのものが、近代という個人思想の青春を失った社会の中にいる青年は、多分二十歳以前に、自分が洪水の荒した土地に生まれてきていることを感ずるに違いない。

     大学生活、ダンス・パーティー、クリーム・ソーダ、クリスマス・ケーキ、誕生日のプレゼント、湖畔のキャンプ小屋、ビーチ・パラソル、酒のグラス、対抗競技、少女との出逢い、そのような甘美なイメージを甘美なこととして受け取ることの中にある青春を、私は偽者であると断定する。それ等の中に歩み入っているがいい。その中にあるものは、弱いものと劣れるものへの白眼視、洋服や小遣い銭や思想や家柄の競争、見栄や傲慢さや卑劣さの渦巻きである。そして、そのような甘美なものの題目の与える虚偽と、その中に溢れている人間らしい醜さのリアリズムとを理解するのは、その全種目を行為してみなくても足りるものである。一つの経験は他の同種のものの実現されるであろうところの実態を暴露する。それ等の醜さと空しさに耐える時に、本当の青春の力が必要になる。それらのものに耐える力は、老年にはまったく存在せず、中年にもほとんど存在しない。青春のみがそれに耐えることができる。
     しかし、本当に力が必要なのは、単に耐えることではない。目標を持たずに耐える、ということである。何時、どのようにして、自分にあることが満たされ、あることが成就し、この空しさから抜け出すことができるか、ということが、あらゆる青年のひそかな、そして心からの願いであり、期待である。しかし誰も、何人も、その青年に、それを確約してやることができない。洪水の後に新しい発芽と成長と実りがあるかどうかは、本人には分からず、まして他人には分からない。しかも彼は全力でもって、何かを為そうとし、崩壊に耐え、無限にやり直して、待っていなければならない。そして、そのようなものが、何時終わりになるか分からない。それが青春である。
     ただ、若し、その人に、同じように耐える友人が居れば、彼の耐える努力は、半分で足りるであろう。実は努力が半分で足りるのではないが、期待の念が倍になることによって、努力の空しさの意識が半減するであろう。どのような同行者を持つことは、青春の時にのみ可能であって、それ以後には、人間にはやって来ないことである。同行者があれば、人は不可能である筈の長い道を行くことができる。(伊藤整 青春について)


     なんと見事に伊藤整が代弁してくれたことか。自慢じゃないが、私もまた、「健康な肉体の力、美貌、広い心、
    勇気、才能、女性の友などという、青春の最も輝かしい伴侶と見なされるものを、全く欠いていた」から、五十歳に達した伊藤整が今更の如く改めて、「私は、長い間かかって、青春らしい生活の形は、大したものでないこと、さらに大胆に言えば、そんなものはツマラヌモノであることを理解した」と、敢て断言してくれた一種の思いやりに対し、こういう巧みな言い回しを考えてくれた機知に対し、心中深く感謝の意を表した。つまりなんと鮮やかな言葉の芸であろうと感心した。何故なら私は伊藤整の言い立てるところが、全部ウソだと承知していたから賛嘆したのである。
     確かに伊藤整の喝破するとおり、「そんなものはツマラヌモノであること」は事実だ。ではその対極に位置してこの人生には、ツマラヌモノでないホンモノが何処かに用意されているのか。そんな結構なモノは絶対に見当たらぬのだ。とすれば同じくツマラヌモノであるなら、「健康な肉体の力、美貌」その他その他を、誰にどう言われようとしっかり「所有」するほうがましである。少なくとも理論上は飽く迄そうなる。
     しかし現実は希少価値をめぐって回転しているから、そういう幸福な「所有」が誰にも与えられはしない。そのとき発動して気休めにできる衛星薬が、伊藤整の調合によるツマラヌモノの論理である。しかし高が論理一つでも組み立て方によっては、これほどに甚大な効果を発揮しえるのかと、私は驚き呆れて伊藤整の辣腕に敬服した。
     もちろん念を押すまでもなく、「青春の最も輝かしい伴侶とみなされるもの」は、すべて全く確実に「ツマラヌモノ」なのであって、それらの「所有」を誇る連中はツマランチンである。しかしまた同時にそれをツマラヌと排撃し弾劾して、対極に掲げられる思想や、文芸や学問の独りよがり、様々な観念の空中楼閣も同じくツマラヌものであり、それらを嬉しそうに振り翳しているのはもっとツマランチン、ただのお坊ちゃんお嬢ちゃん連より遥かに手のこんだ下劣な奴等である。
     伊藤整は「大学生活、ダンス・パーティー」その他その他をコミカルに数え上げ、「そのような甘美なイメージを甘美なものとして受け取ることの中にある青春を、私は偽者であると断定する」と言い放つ。
     全く同じ事情が別の局面にも言えるのであって、外書購読、研究室、口座継承、学位審査、芸術院、文学賞、文芸時評、祝賀会、自主ゼミ、匿名批評、「知」の先端、反核声名、なんとかを考える会、これらを挙げた後へ伊藤整の文章を続けよう。「それ等の中に歩み入ってみるがいい。その中にあるものは、弱いものと劣れるものへの白眼視、
    洋服や小遣い銭や思想や家柄の競争、見栄や傲慢さや卑劣さの渦巻きである」。異なるのは「渦巻き」の規模がより大きいという、単純な比較上の問題のみではないか。
     その間の事情を伊藤整が知らぬ筈はない。だがミもフタも無い比較論では話が成り立たぬ。論理とは何かを省略して初めて成り立つ芸なのだ。伊藤整は「青春の最も輝かしい伴侶とみなされるもの」以外に、人生には絶対に確かな本当に「輝かしい」ものがあり得るか否かを、カーテンの蔭にそっと隠して論を立てた。その上でわが国のエッセイ史上に屈指の、人を励まし勇気付ける忠告が生まれ得たのである。(谷沢永一 現代評論)


     青春とは何かということに思いをめぐらしたすえ、伊藤整がこれこそ青春の根幹をなすものであると見定めたのは、「目標を持たずに耐える」ということだった。しかし、伊藤整は青年を「何時終わりになるか分からない」、耐えるつらさの中に放り出したままにしてはおかなかった。そうした重荷を負って青春を彷徨しているのは、君一人ではない、同じように耐えるつらさを忍んでいる人がいる、「そのような同行者を持つことは青春の時にのみ可能」
    なことだと励まし、友人を持つことをすすめたのである。
     「目標を持たずに耐える」ことが青春だと説いたこの文章は、しかしもしこれだけが単独で提出されていたならば、人生論でよく見かけるお説教めいたくさみのある言葉として受け取られていたかもしれない。伊藤整には多年の経験から、そうした事情がよくわかっていたに違いない。だからこそ、「所有と非所有」の論理、「ツマラヌモノ」の論理を巧みに操って、読者を文章の流れに乗せ、自然に青春とは何かという問題の核心に触れることができるように気力と技術を傾けた。それがどういう結果をもたらしたかは見られる通りだ。古今東西を問わず、およそ青春と言うものの根幹をおさえ、このむずかしい世の中を生きていく力と勇気を与える不壊の言というに値する資格を、この文章は備えることになった。
     繰り返すが、これだけはどうしても書きとめておきたい、人に知ってもらいたいという確かな内容があって初めて、それをしっかりと伝えるために、イメージを練り、論理を操り、構成を整えるという、文章の工夫が必要になる。そうした内容と文章作法の関わるところを「青春について」は痛いほど良く知らせてくれる。

  • 文芸評論家の手になる「文章読本」です。谷崎潤一郎や三島由紀夫、丸谷才一のものと比べるとあまり知られていませんが、名のある作家の文章の中から悪文の例を引いており、おもしろく読めました。

    少し気になったのは、悪文の例としてあげられているのが、朝日新聞の「天声人語」、野間宏、大江健三郎、そして灰谷健次郎など、思想的な偏りが見られることです。一方、名文の例に日高普の『精神の風通しのために』が取り上げられていますが、ここで取り上げられている文章自体は、左翼思想の硬直性を内部から批判したものです。著者は、保守派の論客として知られた谷沢永一の盟友であり、何らかの思想的な予断が入り込んでいるのではないかという疑いを抱く読者がいるかもしれないと思われるのは、著者のために残念に思います。

    とくに興味深く感じたのは、名文として取り上げられている作家の中に、司馬遼太郎や宮脇俊三、海老沢泰久など、従来あまり文章そのものに注目されることのなかった名前があげられているところです。また、内容と文体の織りなす見事な文章として安東次男が取り上げられているところにも、認識を新たにさせられました。

  • 有名な本ではないが良書。誰が書こうと悪文は悪文、誰が書こうと名文は名文。

  • お恥ずかしい話だが、司馬遼太郎全集の書評を書かれた向井敏氏のことを丸谷才一氏がとっても評価されていて初めて知った。
    そして、「文章読本」との出会いがあったのだが、古今東西の作家が書かれた文章を分析されていて、文章を読む奥深さ、心構えなどを勉強させていただいた本でありました。

  • 新規購入ではなく、積読状態のもの。

  • 文章には、いい文章と悪い文章があって、読みやすいからいいわけではなく、理解するのが難しい文章が悪いともいえなく、内容あってのいい文章なのだそうです。内容が簡単で、すらすら読み進めていける文章でも、情感の伝わる文体なら名文で、2行3行で説明できることを数ページにわたってまわりくどく記された文体が悪文だそうです。

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