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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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私は五大陸の最高峰に登ったけれど、高い山に登ったからすごいとか、厳しい岩壁を登頂したからえらい、という考え方にはなれない。山登りを優劣でみてはいけないと思う。要は、どんな小さなハイキング的な山であっても、登る人自身が登り終えた後も深く心に残る登山がほんとうだと思う。
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結局、というよりも、最初から分かっていたことかもしれないが、山は他人のために登るものではないのだと思う。誤解されても仕方ないけど、山は自分のために登るものだと思う。誰からも左右されない、自分の意志ひとつで行動できる単独行であれば、それが人のためではなく自分のためであればあるだけ、すべてが自分に返ってくる。喜びも、そして危険も。
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国の違いで一方では人間がギュウ詰めになって、生きるのに困っているかと思えば、こんなに肥えた無限の土地が荒廃したように手つかずになっている国もある。交通機関が発達して、一日でどこへでも出られるほど地球が狭くなったのだから、民族国家を守っている世界なんておかしい気がした。
みんなの感想・レビュー・書評
世界初の五大陸最高峰登頂をした植村直己の青春回想記。冒険家のバイブル的一冊。
何度読んでも、その逞しい行動力と冒険心、熱い情熱に胸をうたれる。特に南米アコンカグアに向かう船上での日記は最高です。
目標に向かって突き進む!
そんな、姿が目に浮かぶようで、一気に読まされました。山にかける情熱がすごい!感動しました。
著者は戦後日本が生んだ世界的登山家・冒険家である植村直己。五大陸最高峰を全て登頂したのは当時世界初だった。
著者のように、なんのお金にもならないのに、一生懸命お金を稼ぎ、それを使い山に登るということは一見して意味のないことのように思える。しかし、山に登るということは著者にとって自己を表現すること、生きることであり、その姿はとても魅力的にみえる。夢に生きるとはこういうものであるということを教えてくれた本だった。
植村さんの生き様みたいなのにとっても感動
雪は食べ過ぎると舌を荒らす
どんな小さな登山でも、自分一人で計画&準備&行動することが、
本当の意味で満足できる登山なのだ
コジキも恥ずかしがっていてはできない
濡れた靴=凍傷
自分の限界を求め、何かを見いだしたい
人のためではなく自分のために
なんだかすごい本に出逢ってしまった。
すごい人と言うべきかもしれないが。
冒険心をくすぐられる一冊。
植村直己『青春を山に賭けて』『極北に駆ける』『冒険』。冒険とは、帰ってきて初めて達成されると著者はいう。マッキンリーにて消息を断って26年。彼のことを知らない人も多い。だからこそ、その文章から発せられるエネルギーを知りたくなる。特に、『青春を山に賭けて』『極北に駆ける』での生きる姿。この文章と関わった時に受ける感情は、とても力強い。彼が初めて山に登ったのは山岳部での訓練のこと。卒業して僅かの間に、日本を飛び出し、各大陸の最高峰を制覇していく行動力には圧倒させられる。その中でも、私は各地で現地の社会に飛び込み、住人となろうとする、その姿に最も心を打たれ、恥ずかしくなったのだ。
登山が趣味と言ってる割には、こんなに偉大な人を知らなかった。。
こういう人のことを本当の”冒険家”というんやろうね。
僕のバイブルの1冊になりました。
読んでるうちに、久しぶりに山に行きたくなってきた。
春になったら、テントをかついで山に行こ。
直己の半生。犬ぞりとかし始める前の山登ラーだった頃の自伝。
文才はないが、事実のみを書き記すだけでこんなにもハラハラドキドキさせさらるとはおどろき。
山登りのリアリティもさることながら、山に登るために費やす下での暮らしについても深く記されていてgood。旅先での出会い、というか直己の惚れっぽさはまるで寅さんのよう。
映画化された「植村直己物語」と併せて観ると尚良。
☆毎度のことだから、もうロコ(バカ)と聞いても怒る気にもなれない。いいさ、バカと煙は高いところへ登りたがるんだ。おれは登ってやるぞ、ひとりで南米の最高峰へ・・・
☆しかし、山登りはたとえどんな山であろうと、自分で計画し、準備し、自分の足で登山する。その過程が苦しければ苦しいだけ、それを克服して登りきった喜びは大きい。
☆いくら私が冒険が好きだからといっても、経験と技術もなくて、また生還の可能性もない冒険に挑むことは、それは冒険でも、勇敢でもないのだ。無謀というべきものなのだ。それがどんなに素晴らしい挑戦であったにしても、生命を犠牲にしては意味がない。
言葉はいらないだろう。植村直巳になろうとは思わないが、彼の考え方、すなわち、真っ暗闇の人生を信念を持って光明を見出し、常に前進しようとする姿勢は、自分のものにしたいと強く思う。
■概略 世界で初めて五大陸の最高峰を制覇した日本人登山家・植村直己が記す登山日記。 ゴジュンバ・カンの攻略からマッキンリーの単独登攀まで、当時の日記を振り返りながら自らの人生を振り返っている。 ■感想 この本を読み冒険家という人生の在り方を知り、衝撃を受けました。 ただひたすら自分の夢のために全力で今を生き、1つの夢の達成の後にはさらに大きな夢を描く。 将来のお金の心配や社会的立場... 続きを読む »
何度も読みたくなる植村直己の名著。
彼の青春が脳裏に鮮やかに浮かぶ。
型破りだけど憧れの青春の生きざまとはこのこと。
この本、何度読んだだろう。何度読み返しても楽しい本だ。
野口はのこ本を読んで山を始めたが、自分は山を始めてこの本を読んだ。植村にあこがれて年間100日の山行を目指したこともあった。
登山は続けているが、彼には近づけていない。誕生日が同じことに運命を感じているが、偉大すぎます。
20/10/5 85
男は、一度は体をはって冒険をやるべき。
人の意見も当然重視しなければならないが、その意見にしたがってばかりいては何もできない。人に言われて止めるのではなく、自分で実際に直面して肌で感じ取り、それでできないと思ったらやめ、できると思ったらやるべきではないか。
どんな仕事であれ、自分に定職を持つことこそ、真の人間として生きる価値があるように思われる。自分のやっている、何かわからない放浪の生活と登山は、自分の職業ではない。俺の山行は主義があって登っているのではなく、心の勇んだときに登るだけだと思われる。
この状態では、明日はどうなるか分からない身だ。それでもみんなは元気で、悲愴感というものは見られなかった。自分に敗け、悲愴感をもつようなことは、クライマーには絶対に許されないことなのだ。どんな困難も、冷静に切り抜けられる自信がなくてはならないのだ。
最初に野口建の『落ちこぼれてエベレスト』を読み始めて、そのなかに彼のバイブル的存在としてこの本が登場するので気になって購入。
野口の本を一時中断して、こっちを一気に読みきった。
登山の専門用語に解説がなかったりで、わからないとこもあったけど、面倒なので調べもせずに読んだ。
それでも充分面白い。
バイタリティはんぱないね。
アマゾン河まで下っちゃうとか、登山家の粋越えてる。
彼が登山家だけではなく冒険家とも呼ばれる理由がわかった。
面白いし、力ももらえる良書。
五大陸最高峰登頂を成し遂げた著者植村直己。
型破りで無鉄砲な彼の生き方が詰まった本だと思う。
本当におもしろかったし、生き方にあこがれた。
目標を次から次へと見つけ、それがたとえ無謀だとしても実際にやってのける彼の行動力には驚かされる。
そして人生をも楽しんでいるかのような文章に読者はひきつけられる。
マッキンリーでの消息不明という最期を知ってこれを読むと、また違った印象を受ける。

「青春時代に読むと危険な一冊」との帯が忘れられず、青春時代ではない(?)にしろ長年読みたかった一冊。
職場で読んでいると
「お、冒険家にあこがれてるんか?でもまぁ、かっしーは毎日が冒険みたいな...





