希望の国のエクソダス (文春文庫)

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著者 : 村上龍
  • 文藝春秋 (2002年5月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (452ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167190057

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希望の国のエクソダス (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  •  舞台は2002年の日本。2001年に日本を捨ててパキスタンに行った少年の報道を背景に、多くの中学生が学校を捨て、ほとんど授業が成立しなくなった中で、中学生たちがネットビジネスを立ち上げ、やがてはそれが日本や世界を動かしていく、という近未来の話。いわゆる「優秀な現代の若者」を、その感覚を理解しようとしつつも、完全には理解できない「凡人」である主人公が冷静に見つめるという構図で描かれている。
     経済とか金融の話が半分以上を占めていて、おれには難しかった。この小説自体はミレニアムより前に執筆されたものだが、もはやどこまでがノンフィクションでどこからがフィクションなのかすら、よく分からなくなってくる。おれは仕事が仕事なだけに、日々中学生と接しているので、なんか腹が立ってくる小説だった。生意気な中学生がイヤ、というのではなくて、その生意気の描かれ方が気持ち悪くてイヤ、という意味で。「なかったす」とか「そうっすか」、「コミュニケーションできません」みたいな喋り方が何とも気持ち悪い。そして、凡人である主人公の凡人さに共感してしまうあたり、いかに読んでいるおれが凡人であるかが分かるというのが面白い。「子どものくせにわかったようなことを言うんじゃない。誰のおかげでここまで大きくなったと思っているんだ。大人の世界には大人にしかわからないことがあるんだ。そういう表現は、わかりやすく翻訳するとすべて『うるさい、黙れ』ということになる。」(p.157)なんて、言いえて妙だ。あとは「自主性のある子どもを育てる」というのが定義矛盾、という発想も面白い。「子どもは自主性に欠けるから子どもなんです。経済的に自立していない人間が自主性を持てるわけがないんです。そもそもあらゆる学校は子どもをスポイルするものなんです。」(p.192)だそうだ。あとはインターネットをレファレンスすることの恐ろしさというものを改めて感じる。「相互にニュース記事を掲載し合うサイトやメールマガジンは世界中に何万もある。」(p.344)ということで、結局はデマの発信源すら曖昧で特定できなくなるという話がリアルだった。(16/09/02)

  • ポンちゃん達が起業した辺りから一気読み。この本の舞台は二千年初頭。13年前の作品だが現代はどう違うと言えるだろう。読んでいて日本経済の混迷とリーダー不在の政治は不安にさせられた。野幌市のその後を読んでみたい!いろいろと不満だらけの中学生には言いたいこともあった。日本でだめで、どうして外に出れば大丈夫と言えるのか?「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない。」(314頁)がんと来るが、ちょっと待て。希望もそこら辺に用意されているものなのか?自分で見出すものじゃないのか?

  • 「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。ただ、希望だけがない」p314

    エクソダス(脱出)。

    スーパーミラクルファンタジーな物語だったけど、笑っていられる内容じゃないな。おそろしいわ。

    「失われた10年」を越え、2002年。ナマムギ、の出現を契機に、中学生たちが全国で集団不登校を始める。
    希望がない国、ゆっくりと死んでいくこの国の絶望的な状況を見て見ぬふりし続ける大人たちから、彼らは脱出しようとした。
    ちなみにナマムギははっきりと死んだ国だと言ってたねえ

    物があふれる現代において、希望などもたなくても何となくで生きていけるから。
    希望を持つのにはエネルギーがいる。それを実現するために動くのにはもっともっとエネルギーがいる。そんなことしなくてもなんとなく楽しく生きていけるし、むしろはみ出さずに大人しくしてた方が上手く生きていける。

    しかし中途半端な年代に読んでしまった。学生時代に読むべきだった。
    というか世の中にあふれる本の多くは若いうちに読むもんなんだろうね。こればかりは怠惰な学生時代を悔やんでも仕方ないので。

    ていうか2002年って私自身ちょうど中学上がった頃だ
    私も戦後の物がない時代を知らない。生まれた頃からプラスでスタートしてる。希望って欲望ってなんだろうね。
    今の日本がいいとは全く思えないけど、結局口だけだ。
    希望がない国に生まれ育った中学生たちにとって希望とは何だったんだろう。
    いわゆる意識高い系の人達みたいに大袈裟にガツガツしてなくて、淡々としてるんだけど本質の賢さみたいなのを見せて着実に考えを行動に移してくる彼らがとても怖かった。
    彼らは社会に対して不平不満を言わない。社会を無理矢理変えようともしない。ただ自分たちが変わろうとする。脱出する。

    そうやってゆっくりとダメになっていく日本を彼らは変えようとしたのかな
    彼らはただ脱出を試みていただけのようにも見えるけど。
    彼らにそのつもりがなかったとしても、彼らの希望が世界に何らかの影響を与えたのは確かなのかな

    要所要所のポンちゃんや中村くんの発言にハッとさせられる。
    自分がどれだけ日本的な空気の中で何も考えずに生きているのか思い知らされる。
    敬語の話、ボキャブラリーの話など。目新しい話ではないけど彼らの口から語られると改めて実感。
    日本人はほんとに横並びだいすきだよね。でも楽なんだよね集団の中で自分の位置を守っている限りは自分の無能さから目を背けていられるから。

    あと由美子の懐石の話も良かった。
    ひとつひとつの料理を短い時間で食べられて、順序や盛り付けも洗練されている。
    懐石の美しさは決して人を疲れさせない。安心してパッシブでいられる。
    そうやってパッシブになって自分を解放する時間も必要かもしれない。日本の伝統全てが悪いわけではない。いいものは守り、わるいものは捨てる。簡単にできることじゃないけど。

    「物語」としてはラストのあっさりぶりに肩透かしをくらった気持ちになったけど、この失望がだめなんだなと思った。選択、そして行動は私自身の手に委ねられているのだ。
    ポンちゃんたちが淡々と示した希望の形を目の当たりにして、さて。

    最近脳みそ腐ってたので、2014年の終わりにいい本読めました。
    今年は冊数少なかったけど当たりが多かった気がするな。
    やっぱりよしもとばななかな。
    来年はもうちょっと読みたい。脱脳みそぐずぐず。



    以下引用〜↓
    付箋貼りすぎてぼわぼわなってた。

    「普通という概念は一定のものじゃないとぼくは思います」p44
    マスコミは何も探していないじゃないですか。明らかにとんでもないことが起きているのに、どうってことない他人事のような記事ばかり作っているじゃないですか。p71
    少しずつですがぼくらは現実が複雑だということを学んでいます。p8... 続きを読む

  • 村上龍はいつも流行の世相に飛びつく周回遅れのランナーだって、新刊時は確かにそうかも知れないけど、こう時が過ぎてから読むと良いな。その時の現実から類推できる近未来を描くのはあざといと思われても、それを作品として残し続ける事が、未来への警鐘になるんだって思う。

  • 世の中って「然るべくしてそうなる」ということより、「なんでそうなったのかよくわからない」というほうになることのほうがはるかに多いように思う。本作で描かれる日本の凋落や再生のイメージに違和感を覚えるのは作者の考え方がおかしいのではなく、そんなに「腑におちる」ような結果に着地することってあるだろうか?という点だ。作者の理屈は納得がいっても、そんなに理屈どおりの現実ってないよな、という思いに終始した。

  • 「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」

    記憶に残った一言である。

    本作は、村上氏が、「今すぐにでもできる教育改革の方法は?」とネット上で質問した際に、氏が用意した結論。

    「今すぐに数十万人を超える集団不登校が起きること」

    をきっかけに作られている。

    現在の社会に「希望」を見いだせなくなった中学生たちが、ただ社会に反抗するのではなく、自分たちで「サバイバル(どう生き抜くか考え、行動)」していく物語だ。

    ヒトが「希望」や「欲望」を糧に生きているとしたら、どちらも失いつつある、私たちはどう生きていけばいいのか。

    希望の国のエクソダス(脱出) 。本作で、語られる問題は、未だ僕らを苦しめている。

  • とにかく、映像化を切望したいんだけど生半可な作品になるくらいなら永遠に“映像化不可能”作品として語り継がれていって欲しい、という矛盾(ジレンマ?)を、読む度に感じる傑作♪
    経済の話の件(くだり)が分かりづらい?
    結局何の話だったのかよく分からない?
    それは自分も一緒なんだけど(程度の差です きっとw)、でも面白いものはどうしたって面白いんだから仕方ない♪
    確かに普通は、『物語ラストに向けて盛り上がっていって最後には劣勢を逆転し痛快なクライマックスを迎えて大団円!』 、、、というのが一般的な娯楽小説でありストーリー展開なんだろうけども、これは全然そんな話ではなく まるきり逆といってもいい不思議な余韻を残したままこの物語は終わってしまう。でも、小説として作者が描写するのは残念ながらここまでだけど、この先もまだまだ波乱含みの彼らの物語は続くんだよ どうなっていくと思うかい? と問いかけられているような気もしてくる♪
    実に何度も読み返したくなる魅力がある♪

  • 「愛と幻想のファシズム」と見比べると劣って見えるのは、この作品に思想が足りないからだと思う。ナマムギの入りが非現実的で非常におもしろそうな感じを予感させたが、合間の経済ネタのせいで現実的になりおもしろみに欠けた。
    村上龍は本を書くに当たって非常に勉強しているのが伝わってくる。

    「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。 だが希望だけがない」

  •  『希望の国のエクソダス』は1998年から2000年にかけて雑誌『文藝春秋』で連載され、2000年7月に文藝春秋から刊行された。近未来小説なのだ。2005年に幻冬舎から刊行された『半島を出よ』に通じるものがあるとしたら、それは希望がない日本の将来を背景にしていること。戦後の日本が焼け野原から目覚しい発展を遂げることが出来たのは、明日へ生きようとする希望があったからなのだ。この本に描かれる近未来の日本は緩やかに死んでいくのだった。

     この流れでいくと、次は講談社から1987年に出版された『愛と幻想のファシズム』は外せない。村上龍の政治経済小説は面白い。途中、幻冬舎から1994年3月に刊行された『五分後の世界』もお奨めだ。

  • 前川元文科相次官の影響で読んだ。経済がわからないと、世の中の動きの半分はわからないと思った。

  • 日本社会のひずみ、教育システムとしての破綻を題材にしたフィクション。小説が書かれた時から15年経っているが、日本社会は改善していない。ポンちゃんの出現が望まれる。

  • 中学生の反乱のやつ。理想の社会とは。

  • 希望の国のエクソダス1609

    入りからやばい
    自分の好きな分野の話

    エクソダス-脱出

    p34
    ナマムギは、ここには、いじめがないとハッキリ言った

    無遠慮な質問は相手を警戒させてしまうことがある。
    日本を背負わず向こうの生活に馴染めば、普通に暮らせるようになる
    普通にやっていけるようになるまでが大変

    p46
    日本のメディアは、日本を捨てたものに対して、また日本的な共同体の価値観に従わない者に対してまるで犯罪者のような扱いをする。もちろんメディアだけに責任があるわけではない。国民の支持に従っているだけだとメディアは弁明するだろう。

    p52
    どういうわけか日本ではコミュニケーションが薄まってしまう。

    p171
    批評と称した愚痴

  • 2000年に書かれた近未来イフ小説。綿密な取材によりリアリティを追求しており、小説としては読みにくい。しかし読みやすさなど二の次で、この時代にこれを書かずにはいられなかったのだろうとも感じる。

    不安と停滞の時代に生まれ育った子どもたちが自らの力でこの社会から「脱出」した。まだ未熟な彼らが見えぬ希望を追って築いた国は脆い。しかし本当に脆いのはどちらの世界だろうか。そして私たちが生きる世界は…

  • 途中で挫折。気が向いたらまた読む。

  • 時間がかかってしまいました。
    まずは印象に残っているところを抜粋。
    「何かを他人に伝えるというときに、まず、伝えたいことがあるということを伝えなければならないのではないかと僕は思うんです、(中略)」

    「ある生徒のことを想像してください、彼の名前はナカムラ君です。ナカムラ君はいつものように学校に行って、校門を通るときに、友達の関口君に会います、オッス、とナカムラ君は言います。でも関口君は返事をしません。まるでナカムラ君がそこにいないかのように無視します。おかしいなと思いながら、ナカムラ君は教室に入りました。誰も自分を見ないのです。ナカムラ君は隣の席の山田君にねえ宿題やってきた?といつものように聞きます。山田君はまるで中村君がそこにいないかのように中村君のほうを見ません(中略)これがシカトです。」

    「まず、ぼくらは、話をする前に何か相手の気を引こうとします。方をたたいたり、笑いかけたり、ちょっといいですか、といったり。それは、あなたに伝えたいことがあるという合図です。その合図が認められて、フェイストゥーフェイスで向かい合って、視線が合うことによってコミュニケーションが始まります。シカトというのはその最初の合図を無視することです。」

    今イジメが流行ってるのでちょうどよかったですけど、個人的にはそっちではなくてコミュニケーションのあり方として【何かを他人に伝えるというときに、まず、伝えたいことがあるということを伝えなければならない】っていう表現がとてもしっくりきたので抜粋しました。長いね。

    あとは最後の色んな人の作品に対するコメントにあったこの本の要約として
    「現代を巡る“絶望と希望”の本質、それを若者が認識することすら阻もうとするメディアと教育の機能不全」
    というフレーズがもうそのとおりって感じでした。

    10年前の作品なのにリアリティがありすぎて、読めば読むほど日本は何一つ変わっておらず本当にただ『ゆっくり死んでいく』途中なのだなと思った。
    割と若者VS団塊の老害的なところもあって、個人的に考え方が似ていたので読んでいてカタルシスはありました。ただ、実際これからなんの生産性もないご年配の方々が増えてその人たちのために税金が使われ若者が尻拭いをすると思うと今を全力で生きるという選択肢しかありませぬなぁと改めて思うところです。

  • 北海道歴史ワンダーランドで紹介されていて興味を持って読んだ。まさかの金融小説だったけど、現代のことを、少し進めて見通しているような内容で興味深く読めた。特に、舞台設定の2001年。そして14歳。2001年に13歳だったほぼ同年代の身として、自身の中学生時代をなんとなく思い起こしながら読んだ。いまでこそ、ネットを扱い、ものを作り出したり、商売につなげていることができている。しかし、実は僕もこういう発想は中学くらいからずっと持っている。子供の頃に一度なにかしらで実現できてれば良かった・・・とか色々考える。

    あ、でもそういえば小学生のときの野球カード売買で似たようなことをやっていたが・・・

    話は逸れまくったが、おすすめ。

  • 中学生相手の仕事をしているので、中学生80万人が一気に集団不登校をはじめるというこの小説を読んだ。
    でも描かれているのは、大人たちの融通の効かなさと楽観的な姿勢であった。
    組織からはずれてみると、いかに危機管理をして対処する準備をしても、思いもしない展開が待ち受けられていることがよくある。そんな想定外の状況でどう振る舞えるかが試されているように思うが、その能力は学校教育では育たないだろう。当事者感覚を持ってこの作品を読める10代、20代前半がどれくらいいるんだろうか。

  • 2000年に書かれた小説だとは思えないぐらい今の社会を書いていると思った。

  • 経済小説

    先んじて行動を起こす勇気に鳥肌が立つ

    2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた。経済の大停滞が続くなか彼らはネットビジネスを開始、情報戦略を駆使して日本の政界、経済界に衝撃を与える一大勢力に成長していく。その後、全世界の注目する中で、彼らのエクソダス(脱出)が始まった。壮大な規模で現代日本の絶望と希望を描く傑作長編。

  • 「この国には何でもある。だが、希望だけがない。」そんな思いで中学生たちは学校を去る。集団不登校。これだけのエネルギーが実際の中学生にあるのか。あると思う。これだけ難解な政治・経済・コンピュータの話を理解する力があるのか。あると思う。何かのきっかけさえあれば同じようなことが十分起こりうる。小説の中ではそれは「ナマムギ」のメディア登場であった。自分自身の14歳を振り返ると、理不尽な先生の話を、裏で悪口を言うくらいで、聞き流していた。何らかの行動を起こす手段をまったく知らなかった。高校に入ってもそれは同じだ。時代がそうだったと言ってしまえばそれまでだけど、一部の生徒が暴力に訴えるというだけで、理論武装をして戦うような連中は皆無だった。しかし、大学の学生寮に住むようになって少し状況は変わった。自分たちで寮を運営する、そのためには大学側と話し合う機会も必要になる。学生間の意見を交わすことも必要になる。どういう手段で自分たちの思いを伝えていけばよいのかを少し学んだように思う。それでも政治や経済に実際に興味を持ちだしたのは30歳を過ぎてからだ。中学生であっても、自分たちの気持ちを訴える手段が分かりさえすれば、この小説の中のような出来事が十分に起こりうると思う。どんなことが起こっているかはこの本を読んでみて下さい。経済の話が長く難解ですが、全体のストーリーは文句なしに面白い。特にポンちゃんが校長を処刑する場面、国会で発言する場面は大人の愚かさが丸見えで面白い。ニュース番組にASUNAROのメンバーが登場するところも面白い。後半、中学生は北海道に新しい希望の国を築きあげようとする。風力発電、電気自動車など、環境にも十分配慮されている。経済についても地域通貨を導入している。このあたりの話については、実際にどこかで行われていることも多いだろう。でもまだ一般に知れ渡っていない。具体的な実行例が多く紹介され、世の中がより良くなっていくことを願う。(決してこれ以上便利になることを願っているわけではない。)NOHOROの街が本当にできれば移住しても良いなあ。

  • 店は若い人たちで込んでいた。十代や二十代のカップルやグループは副都心の夜景を眺めながら、バンコクに比べると三倍から四倍といった値段の料理を食べ、大声で笑いしゃべっていた。露骨に性的なことを話題にしているグループもいたし、声高に女を口説いている男もいた。ナマムギの子とはこういう連中の中ではもう忘れられているのだろう。こういう連中はもうダメなのではないかと、唐突にそういうことを考えてしまった。中村君のことが意識に残っていたのだ。この連中は十年間貯めた金だ何かを確かめにパキスタンに行こうと思ったりしないだろうとおれは思った。

    数年前3Dの絵本が流行ったころ、おれはすぐには立体的な画像を観ることができなくて、由美子とその友人たちに笑われたことがある。他の人間にとっては当たり前のことが自分にはわからないとき、おれたちはそのことをつい疑ってしまう。そうしないと不安だからだ。数十万人の中学生たちが情報通信によるネットワークを組織し、小型のデジタルビデオカメラを操作し、コンピュータと周辺機器を使いこなし、海外の業者と組んで億単位のカネを稼ぎ、ホテルを改修して職業訓練施設や学校の創設を考えているなどと、いったい誰が現実感を持って想像できるだろうか。趣味として日舞や丹後を踊る人たちやサッカー場にカエルの死骸を埋める人たち、飛来する鶴を毎日観察していてある日焼身自殺をした詩人などのほうがおれにはよほどリアリティがあった。

    そういえば二、三日前に、趣味的なマイナーショップが全国に増えているという新聞記事を読んだことがあった。失業率が七パーセントを超える時代では当然なのかも知れない。企業が従業員を保護してくれる、という考え方は完全に昔のものになった。月に十万しか利益がなくても、自分が好きなものを製作したり輸入したりカタログを作ったりして仲間が出来る方が楽しい、というような人が増えたわけだ。

    強者というか、生態系の中で既得権益を享受している種はもうそこで進化が止まるんですよ。

    教師という職業がある。今の日本で、ホワイトカラーとしては、ほとんど下から何番目かの職業。教師たちは直接僕らに何かを教える立場にいたわけですが、教師が一体何のために生きているのかわかりませんでした。学校では、どういう人間になればいいのかが分からなくなるばかりで、勉強しろ、いい高校に、いい大学に、いい会社に、いい職業に、ってバカみたいにそればっかり。幼稚園、小学校、中学校、と進むうちに、いい学校に行っても、いい会社に行っても、それほどいいことがあるわけじゃないってことがよほどのバカじゃない限り、わかってくるわけで、それじゃその他にどういう選択肢があるかということは一切誰も教えてくれない。

    大昔の日本を映した映像ニュースなどを観ると、人々は貧しそうだが実に屈託なく笑っている。戦前や高度経済成長時のモノクロの映像の中では、人々はカメラで撮られているというだけで照れ笑いを浮かべたりする。昔の人は表情が豊かだったのだろうか。おれはそうは思わない。彼らは単に非常に少ない情報の中で暮らしていたというだけではないだろうか。彼らは要するに無知で、何にでも驚くことが出来たのだ。

    江古田駅の向こう側に小学校が見えた。下校時間らしくて、チャイムが鳴り、ドボルザークの「家路」のメロディが聞こえている。下校の時の音楽は時代が変わっても同じなんだなと思ったとき、ふいに家路のメロディがからだの内部に入ってきたような奇妙な感じに捉われた。胸が詰まり、感傷に襲われてしまったのだ。何だこの感情は、とおれは少し焦ってしまった。小学校の頃のことはほとんど忘れてしまった。ろくな思い出がない。中学校にしても大体同じだ。嫌な教師ばかりだったし、いい友人が沢山いたわけでもなかった。楽しかった思い出をいくつか挙げろ... 続きを読む

  • 2000年刊行(文庫は2002年)。刊行当時をからみて、近未来となる2001年から2007年あたりの日本を描いた村上龍の小説。

    村上龍氏の作品は、遅ればせながら初めて読みました。
    自分の中で村上龍氏と言えば、テレビ東京系の経済番組『カンブリア宮殿』やその他、経済、政治、社会面での識者のイメージが強く、どのような小説を書かれるのか興味深かったですが、いや、そのまんまですね。

    本作は、とにかく(あえて書きますが)無知な日本人の危機感を煽ろうとして書かれた作品だというのが感じ取れました。
    正直、難しい経済・経営・政治などの用語と内容で、なかなかの上級者向け。「この小説も理解でないようじゃ・・・」と無知を馬鹿にされているような感じも受けるので、気持ちよく読める内容ではなかったのですが、あえてそうして煽ってるのかもしれないですね。

    また、近未来への洞察に驚きました。
    連載当時を考えると1998~2000年に書かれているわけですが、読んでいて近未来というより、過去をパラレルワールドして書いたのかと思うほど、違和感のない時代描写。
    作者曰くのファンタジーで完全なるフィクションなんですが、ネットビジネスを手掛ける若い経営者の革新的な成長はシリコンバレーでの前例をモデルにしており、とてもノンフィクションライクでリアリティがありました。

    「この国には希望がない」のは漠然と理解していること。
    とはいっても、この国を捨てて他国へ移住するほどの覚悟もなく、不安に思いながらも自分の身を守るのに精いっぱい。でも、何とかなるんじゃないかと希望的観測で日々を送る。
    このような大多数の日本人な訳ですが、本書を読んで、危機感も煽られたことだし、有事には閉塞感を破れるような技術を磨きたいなと思いました。

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希望の国のエクソダス (文春文庫)の作品紹介

2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた。経済の大停滞が続くなか彼らはネットビジネスを開始、情報戦略を駆使して日本の政界、経済界に衝撃を与える一大勢力に成長していく。その後、全世界の注目する中で、彼らのエクソダス(脱出)が始まった-。壮大な規模で現代日本の絶望と希望を描く傑作長編。

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