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この作品に関連する談話室の質問
みんなの感想・レビュー・書評
山口二矢に焦点をあてた作品であるかのように思えたが、
著者があとがきで記している通り、浅沼稲次郎の作品でもあった。
60年代という時代世相がどういうものであったか、
それを少しでも垣間見るための作品でもある。
山口と浅沼の両者を比較した場合、どうしても山口には共感できない。
浅沼のほうがより人間臭さが感じられてしまう・・・
ノンフィクションってこんなにドラマチックに描けるんだ!と感動した本。
私は沢木耕太郎さんの本は深夜特急から入ったけど、この本を読んでその力強さに驚いたことを覚えています。
その力強さと丁寧さ、そしてわかりやすさで描ききっており、この本を読んだ後、私はしばらくフィクションが読めなくなりました笑
私とノンフィクションを本格的に出会わせてくれた大切な一冊です。
山口二矢について皆さんはどう思っただろうか。私は今まで右翼の手先としか思っていなかった。しかし読んでみてどうだろうか。私は二矢少年は普通の学生だったのでは思った。ただ趣味が思想が右翼に片寄っただけなのではないか。 浅沼稲次郎は現代をどう思うだろうか。今の世の中は浅沼氏にとって物足りない世の中にと感じるのではないか。庶民のための政治家がいないだけでなく、変わろうとする庶民すらいなくなったからだ。 ... 続きを読む »
GWで読み終わろうとしたらピンポイントでちょうど
のニュースが。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090503k0000m040074000c.html
平和とか進化とかいろいろ考える今日この頃です。
日本社会党委員長浅沼稲次郎と、テロによって浅沼を刺殺してしまった山口二矢の物語。17歳の二矢の純粋過ぎる生きかた、社会主義者として生きた浅沼稲次郎の苦悩の人生…、はっとさせられる描写の連続です。そして悲しい結末…。
沢木耕太郎20代最後の作品。ノンフィクションとしての内容と完成度(まとめられかた)もさることながら、20代でこの描写の巧みさ!というところがまた衝撃的です。
あとがきにもありますが、テロリスト側からの話になりがちだが、する側される側の生い立ちや背景・世相などを交えることによって深みが増すものだと著者の視点に感心させられました。
山口二矢さんの他人への思いやりや礼儀など早熟な感性に驚きます。
入院中に読み終わりました。
山口二矢烈士と、老政治家浅沼稲次郎双方の人生が交錯した「一瞬」を細かく描いたノンフィクション作品。 烈」という漢字には烈火、烈々というように激しさ、勢いの良さがこめられている。烈士とは、「激しい気性をもって、自分の信念を貫きとおす男子」を指すらしい。山口二矢烈士は十七という若さで、野党政治家である浅沼稲次郎を討った。そこには、純粋な国を愛する気持ち、憂える気持ちが交錯した結果だと思う。罪... 続きを読む »
山口二矢の名前は聞いたことがあったけど、事件も含めた詳細は殆ど知らなかったので非常に興味深く読めた。政治家に対する命を賭したテロルに時代を感じるが、被害者浅沼稲次郎もきっちり描かれているので読んでいて切なかった。
資料的な感じで最後まで読んだので、あまり高揚する感じでは無かった。
「若さ」が「純真無垢」であるからといって、自らのなした行動に対してそれが、いかなる意味においても「免罪符」になるとは必ずしも言えないでしょうよ、と一般論として本書を読んでふと浮かんだこと。彼にとっての「最高の瞬間」は、その時のその場所でのそれでしかなかったわけで、筆者の言う、彼の「生きていたら」は全く想像しえない、は思うに説得的。
昭和35年10月12日、社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の少年、山口二矢に刺され死亡する事件を追求したノンフィクション。
浅沼、山口の双方の生い立ち、背景が丹念に描かれている。最後まで読み終わってから序説を改めて読むと、その意味がわかる気がした。人が信念を持つということについて考えさせれる。
テロルの決算・目次
序 章 伝説
第1章 十月の朝
第2章 天子、剣をとる
第3章 巡礼の果て
第4章 死の影
第5章 彼らが見たもの
第6章 残された者たち
第7章 最後の晩餐
終 章 伝説、再び
昭和35年10月12日、日比谷公会堂の演壇に駆け上がった少年は弾丸のようなスピードで、演説中の社会党委員長浅沼稲次郎に突っ込み、刺殺した。驚くべき行動力と確固とした信念を持つ17歳のテロリスト山口二矢と壇上で息絶えるまで走り続けた人間機関車浅沼の一瞬の交錯を描いた本書は、日本のノンフィクションの歴史に燦然と輝く金字塔である。筆者は2人のどちらにも肩入れしていない。しかし、だからこそ2人の愚直で圧倒的な人生のドラマに胸を打たれる。
(九州大学 学部生)
浅沼委員長暗殺事件は歴史の教科書の一項目としての認識がありませんでした。この本を読んで事件の詳細、そして山口二矢のことを知りました。山口氏も生きていれば2010年で67歳。罪を償ったとしても、余りある人生が待っていたのではないかと思います。それにしても、17歳の少年がテロに真剣に向かっていった狂気というものを感じます。時代の空気もあったのでしょう。でもテロに走る感覚が分からない。
沢木耕太郎氏がこの事件にスポットを当ててくれたことで、事件が風化せず、語り継がれていることを考えると、作品の重みを感じます
日比谷公会堂の演壇に立った社会党委員長の浅沼稲次郎を右翼の少年山口二矢が両手で握った短刀で刺した暗殺事件を描く。
61歳の野党政治家と17歳のテロリストのそれぞれの生い立ちから事件の一瞬までを生々しく描き出す。
自分がその事件現場にいるように感じるほどの刺殺の一瞬一瞬の描写に息を飲む。
テロは反社会的・暴力的な手段であり何の解決も生まないと僕自身は思っています。しかし山口二矢少年の国を思う熱い気持ちには心揺さぶられるものを感じずにはいれませんでした。
現在の堕落しきった政治に批判するひとはいてもここまで熱く行動に移せるひとはいないような気がします。
そしてその少年以上に庶民のための政治に全力を傾けていた浅沼稲次郎が刺されたのが何ともやるせない気持ちになります。
声なき者の声を聞く
しびれます。
めっちゃめっちゃおもしろかった!
沢木と言えば、「テロルの決算」でしょう、といわれる理由がわかります。
第10回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
テロルとはドイツ語でテロリズムのこと、wikiでテロをさらに調べると「特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力・・」とある。1960年、社会党委員長の浅沼が17歳の山口二矢に刺された事件の前後を詳細にわたり書いている。小説と違い事実を丁寧に時系列で追っている、事件当時の様子などは物凄く緊迫感がある、これがノンフィクションの醍醐味なのだと思う。
新装版が昨年出ました。
この本の紹介を読むまで、浅沼暗殺事件なんて知りもしなかった。
もともと政治への興味が薄いのもあるが。
こうやって現在の日本に憤って、暗殺を企ててる人がいるというのは新鮮な驚きでもある。
暗殺なんて、遠い過去のことにしか思えていなかったから。
現代の若人こそ読むべきノンフィクション。
「しかし、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながら決して歩むことをやめなかった愚直な一生には、山口二矢のような明確で直線的な生涯とは異なる、人生の深い哀しみといったものが漂っている。」
主だった登場人物は2人。閃光のように駆け抜けていった17歳のテロリストと61歳の野党政治家。
17歳のテロリストはマスコミでも頻繁に取り上げられただろうけど、浅沼氏をただの被害者政治家としてじゃなく、生の人間として記してくれたのはとても嬉しい。
日本の歴史を知ることができた。
登場人物をリアルタイムで知らないものですから、ペースを掴むまでは読み辛く。
でもインプットできてからは一気に読めた。
結構エキサイティングでおもしろかった。
政治関係って、迂闊に手を出すとハマっちゃいそうで踏み込めないんだよねぇ。
小林よしのりとかさ。(あれは異色すぎる気もするが)
浅沼稲次郎、山口二矢を描いた名作。
折しも、刺殺場面の写真を撮ったピューリッツァー賞写真家が5月初旬に亡くなっていて、感慨深い。
社会党の歴史を知る上でも勉強になる。

日本もかつては多くのテロがあった。幕末、明治、戦前、戦後と、一人の要人を暗殺することで、何かが変わると思っているのか。
このノンフィクションは、テロによって殺した側と殺された側をそれぞれ描いたものだ...





