名人―志ん生、そして志ん朝 (文春文庫)

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著者 : 小林信彦
  • 文藝春秋 (2007年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167256197

名人―志ん生、そして志ん朝 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 子どもの頃、落語が大好きで、本気で咄家になりたいと思った時期もありました。中学の授業中に「堀ノ内」「二十四孝」「寿限無」を続けて演じたこともあります。今でも、お声がかかれば「たらちね」「唐茄子屋」「時蕎麦」くらいはできると思います。

    本書は、日本の喜劇人に詳しい小林信彦さんの古今亭志ん生論、志ん朝論。小林さんにとって、2003年に志ん朝がなくなったときの衝撃はエルビス・プレスリーの急死に匹敵するとあります。客観的な評論を書くには、若干個人的な思い入れが強いかもしれませんが、志ん生、志ん朝が活躍していた当時の様子を豊富な資料と引用で記します。志ん朝については、文献がほとんどないことから、この薄い文春文庫は貴重と思います。

    当然のことながら、本書は志ん生、志ん生を知らない人にはお勧めできません。それでも、落語のクスグリは堪能できます。
    「(女性に向かって)100万年前のトカゲみてぇな顔しやがって」
    「お前なんてシャツの3つ目のボタンみてえなもんで、あったって、なくったって、いいんだよ」
    今の時代では、少し毒があるようにみえます。

    志ん生、志ん朝好きには★★★。
    なお、私が初めて志ん朝の落語に触れたのは高校1年生のとき。同級生に「火焔太鼓」のカセットを貸してもらいました。志ん朝の熱演は40分超。それまでは、円鏡や三平の「猫と金魚」のような小さな噺しか知らなかったので、落語に対する意識が大きく変わりました。
    もし、志ん朝の落語に関心を持たれたら、「火焔太鼓」はYouTubeに落ちていますので、ぜひご覧ください。志ん朝の「火焔太鼓」を聞かずに一生を終えるのは、日本語を話す民族としてもったいないと思います。それと「芝浜」「柳田格之進」も必見です。

  • 志ん生、志ん朝を巡る小林信彦の文集。
    小林を読み続けている人にとっては、彼の言葉や表現、つまりは彼の存在自体のかなりの部分が江戸落語に拠っているのは自明のことだ。
    そして、ここで小林が改めて執拗に強調するのは、東京という「中心」に搾取されているのは決して地方だけではなく、従来からあった東京それ自体が壊滅的に破壊されている、ということだ(そして、それも言うまでもなく彼の他の作品を貫いているものだ)。
    昭和一桁生まれの小林の時代にすでに絶滅寸前だった下町の「江戸言葉」は、地方出身者の流入と都市「開発」によって根絶やしにされる。
    そんな消えゆくものとしての「江戸言葉」のほとんど唯一の発露の場所としての落語。

    でも、そもそも落語はそんな「重荷」を背負うような表現ではない。
    ただ軽く聞き流しげらげら笑って暇を埋め合わす類のものだ。
    落語に深い意味なんてない。あるのはただ表層だけ。
    たとえば志ん生のとてもシラフとは思えない語り口や、志ん朝の張りのある声の中に全てがある。
    この世界全てが。
    ただ、それを言っちゃっちゃ野暮って話だ。

    東京生まれで東京育ちの方に借りた志ん朝の多幸感や全能感に溢れた音源を聞きながら、紛れもなく地方出身の僕は、あらためて彼の偉大さを思い、そんな落語の悲劇を思い、とても複雑な気分になるのだった。

    中途半端に抜き出された漱石の「猫」と「落語」の切り離せない関係がもし気に入ったら、「小説世界のロビンソン」(名著!)も読みましょう。

  • 言葉への追悼

  • 最近になって落語の勉強を始めた。志ん朝のCDを7、8枚買ってきて聞いている。そういう立場のぼくにとっては非常に参考になるところの多い本だった。

    ただ、ちょっと抵抗を感じる人もいるんじゃないかという点が2つ。まず、本書に収められた文章は志ん朝が亡くなった同時期に、あちこちに書かれたものをまとめたものであること。

    同じことの繰り返しとなっているところもあり、本書の構成背景を意識していないと戸惑ってしまうかもしれない。

    もう一点、時代背景を共有していないとわかりにくい面がある。たとえば「ヒップとスクエア」なんて区分が出てくるけれど、これは今にして思えば。ほんの一時期利用された「流行語」的なもの。同時代を体験していないと「なんのことやら」となるかもしれない。

    尚、本書の最後は「夏目漱石と落語」という「よくある」タイトルの文書が掲載されている。タイトルだけ見ると「いらねえよ、そんな文章は」と感じてしまうし、また扱っているのが「猫」とあっては「うるせえな」とも思ってしまう。

    だが実は、この「猫」についての論考がなかなか深く、実は読み応えもあるものだった。

    落語の勉強にも役立ったし、思わぬひろいものもあった。「得した」気分にはなる本だった。

  • 読み始めは正直ガッカリした。
    公演日、場所、演目、地理の紹介等、『資料』的要素が強いから。興味の無い人には退屈でしょうナ。
    とりあえず僕の知りたい事、読みたい事とは違ったって事デス。
    まーしかしその辺は本屋で直接手に取って買ったんだし、まるで内容を確認しなかった自分が悪いか・・・。
    著者の思い入れそのままに書かれているので、当然偏りというか著者の好みがモロに顕れているかんじ。
    写真をもっと沢山載せて欲しかった。数少ない写真も遠めでわかりづらかったりしたのが残念。
    志ん生や志ん朝をよく知らない人が読むよりも、ある程度詳しいファン、寄席を見たことある人、寄席やらホールやらに直接見たり行ったりしたことがあって地理が浮かぶ人、まーつまりコアなファンになればなるほど楽しめるんじゃないかナ。
    そういう意味で結構読者の対象範囲は狭そう。マニア向けてかんじ。
    まーでも後半はある程度は楽しめたかな。特に最終章の漱石にまつわる話しは結構興味深かった。というより充分楽しめた(完全に買った時の目的とは懸離れてるんだけどw)。
    漱石にまつわる話だけでもう1冊書いてくれないかなぁーてかんじ。
    あとがきの『志ん朝との対談2つをのせたくて果たせなかったのが残念』ての見た時はかなりガッカリした。そんな告白はイラナイ。。。



  • 中華食いながら一気読み。寄せ集めなのが残念。

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