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この作品からのみんなの引用
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ところでこの時代、商のある人々は、物を動かすことによって利が生じる、ということに着眼し実行した。それを専業とする賈人は、他国ではただたんに「商」と呼ばれ、──商がきた、といって好奇の目で迎えられた。やがて商王朝が滅んでから、そのやりかたを模倣する人々が続出するようになるが、かれらはすべて「商のごとき人」という意味で、「商人」と、呼ばれるようになった。
― 59ページ -
商ほど森羅万象をこわがった民族はいない。恐怖は聰明からくる。恐怖心は創造力が招くものといってよい。恐ろしいということは、恐ろしがるだろう自己を意識する恐ろしさである。だから商民族は恐怖心を打ち消すために、さらに見ようとした、さらに知ろうとした、さらにわかろうとした。占いはその重要な手段である。
― 36ページ
みんなの感想・レビュー・書評
圧巻の知識量、流石の勉強量である。今はまだそうとしか言葉が見付からず、普段自然と周王朝の立場から話を読み進めてしまう為か、どうにも感情移入に苦労する。
宮城谷氏が書きたいものは、小説であるのか随筆であるのか、お伽草子か歴史書か。そのどれともカテゴライズし難い故に、良さが相殺される部分が見えることが惜しいと。
これから地道に読み進めます。
事実関係の確認には一番強く奨めたい一冊。
追記:これらが杞憂であると解るのは、受王が出てきてからの先へ先へ祭りを巡らせる描写が始まる50頁程から。それだけに、導入にあたる干子と九公の件に移入しきれないことが惜しい。しかしそれも箕子・受王以降への布石としての緩慢さか、等と思う。
「王になることは、人でなくなることだからである。」
王家の風日 (文春文庫)
中国王朝の殷の時代。商の国の内側から描かれた受王そして箕子の人物像に迫る本である。太公望を読んだ後ならより一層深く理解できる。
受王は本当に暴君だったのだろうか。滅ぼされた側の悲しさか、多くの事実が勝者である周に色づけされたのではないだろうか。受王の箕子に対する温情や先祖子孫と王朝への想いはひとびとには伝わらない。
商王朝が栄えるべき時代は去り、新時代にあった周が勢力をのばす。そのことに既に気付き、また新時代でも才を発揮できたであろう受王が商の体質に縛られ滅びゆくさまが切ない。
裏側から見た『太公望』、殷周革命で時代が移り変わろうとしているとき、殷を必死に支えようとした賢臣箕子(紂王の叔父)の物語。 やわらかで親切な文章のよみやすい古代中国史です。 『太公望』より前に書かれた、確か宮城谷氏のデビュー作。 だから望様もちょっと出ます。
「太公望」を先に読んでいたが、商王朝の最期を宰相箕子の視点から描く点でいくらか新鮮であった。断片的な記録から古代を夢想し、描き、筆者の新しい歴史解釈を加えていくという書き方は、司馬遼太郎譲りである。 『詩』にうたわれるといわれる西伯昌の天命拝受。 周雖旧邦(周は旧邦といえども) 其命維新(其の命、維れ新し) 明治政府が1867年の自らの革命をこの商周革命になぞらえて“維新”... 続きを読む »
面白かった、と言うより、勉強になった、と言う方がしっくりくる一冊です。単語の難しさと人名・地名の読め無さっぷりに最初は辟易しますが、慣れてくると案外ズンズン読み進めることが出来ました。
キ子(漢字出ません・・・)の名君ぶりに心打たれ、太公望の神出鬼没ぶりにぶっ飛びました。「封神演義」や殷周易姓革命に興味がある方にオススメ。
商王朝から見た殷周革命。
宮城谷さんの「太公望」がすごく好きなので楽しみに読んだのですが、「太公望」の方がのめり込んで読んだ気がします。
「太公望」などほとんどの作品では主人公が行なった聖人らしからぬ行動については、スルーしたり、フォロー(解釈)を入れたりしているのが多いです。でも、「王家の風日」では、……という苛烈な行為も行なっている、とそのまま記述されたりしています。
そのためか、小説としては登場人物の行動にブレが出てきてあまり感情移入はできなかったように感じました。
多分、宮城谷昌光の本をレビューする時には常にこう書く事になるんだろうけど、古代中国ってロマンの塊ですよね。
本作はいわゆる「封神演義」の時代にフォーカスを当て、そこからファンタジー面を可能な限り消し、歴史小説として仕上げたもの。
こうして読むと紂王は早すぎた名君だったんじゃないか、太公望はテロリストの首魁だったのか?
なーんて思えなくもないから面白い。本当に歴史ってロマンですねぇ。
商の終焉。多分これが出た頃は、まだ商の最後の王、紂王側から世界を眺める作品はあまりなかったのではないかと。そこに、彼の側の視点を置いた、悲しい滅びの物語として、それがおもしろい。商は神に助けられ、生かされた王朝。対して次代王朝の周は人間の王の力が強まったことを示すような始まり。紂王がそこまで悪でなくとも、神の時代の滅びと共に商が滅ぶのは自然なことだったのではないかと思わされる。比較的初期の作品なので難しい感じが多いが最初は飛ばしても問題ないと思うので、王家の風日の空気をぜひ味わってみてほしい。太公望と合わせて読むとまた面白い。
再読。宮城谷小説が面白い理由は、漢籍を隅々まで研究していること、そして漢字に対する造詣の深さにあると思う。単に史記だけを下敷きに書いているのでなく、諸籍に分け入りながら三千年前の歴史に光をあてていく。 この小説は、周王朝誕生神話の時代に焦点を当てながら、滅びる側の受王や箕子を主人公にして描いていく。特に悪王の代表格とされる「殷の紂王」を革新的な集権政治を引いた者とするなど、後世の勝者史観... 続きを読む »
商周革命を商(殷)側を主人公にして描いた小説。史料を詳細に読み込み、それをもとに非常に豊かに登場人物の造形が成されており、彼らの人生哲学すら感じられる。著者なりの歴史解釈、雑学も所々に顔を出し、非常に興味を持って読み進められる秀作。
訳が分からない漢字、訳が分からない言葉…に目眩を起こしながらも読み続けた本。殷周革命の物語。後に出た太公望と合わせて読むとさらに面白い。
殷から周に変わろうとする時代。殷の紂王を諌めたという箕子の物語。箕子も勿論ですが、敵側の太公望もかなりの印象がありますね。互いに好敵手、だったのではないかと。

このところ、ライトな恋愛小説のようなものばかり読んでいたので、
最初は漢字(しかも見たことのないもの)の多さに辟易したが、
高校生のころ、中国物を漢和辞典を引き引き読み、
後に漢文が得意になった...





