龍陵会戦―戦争文学三部作〈2〉 (文春文庫)

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著者 : 古山高麗雄
  • 文藝春秋 (2003年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167291051

龍陵会戦―戦争文学三部作〈2〉 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 1998年に、仕事でミャンマーに行ったことがあります。
    海外はその時が初めてです。

    ミャンマーといえば、昔のビルマですね。
    ビルマといえば、「ビルマの竪琴」
    中井貴一主演の映画がありましたね。1956年版のリメイクですが。どちらも市川崑監督です。

    内容は、第二次世界大戦のとき、一人の日本軍兵士(水島上等兵)が、戦死者を弔うために坊さんになり、日本に帰ろうという仲間の呼びかけを振り切ってビルマにとどまるという話です
    私は1956年の白黒版をテレビで見たことがあります。感動的な映画だったと思います。

    ビルマは第二次世界大戦中の日本軍の主戦場の一つで、悪名高いインパール作戦の失敗後、中国とインド側から連合軍に攻め込まれ、昭和19年から20年8月の終戦に至るまで、各地で激戦が繰り広げられました。

    大日本帝国の兵士にとっては、飢えと病気に襲われながら、圧倒的な兵力と物量で迫ってくる連合国軍(アメリカ・イギリス・中国・インド)相手に退却戦を戦うというきわめて困難な戦いだったようです。
    ビルマでの戦いに参加した日本の総兵力は30万人。約18万人が戦没したといわれています。

    陸軍最強といわれ、九州出身者で構成された菊兵団(第18師団)と龍兵団(第56師団)は、第2次世界大戦中、常に最前線で戦ってきましたが、ビルマでも主力として戦い、多大な犠牲者を出します。その中には福岡県出身者も数多く含まれ、1万5000人以上の方がここで亡くなりました。

    といういうわけで、福岡の人と話をしていて、お祖父さんや曾祖父さんの話になったとき、じつは菊兵団だったんだということが数多くあります(なぜか龍兵団という人には出会ったことがない)。

    そういう年代の人と話をする機会があって、私がビルマに行ったことがあるというと、感嘆するような懐かしいような表情で、「実は戦車隊にいて…それは良いところに行きなさった」と言われたことがあります。

    この「龍陵会戦」の作者古山高麗雄は、昭和18年に軍隊から招集を受け、第2師団(勇兵団)の一等兵として従軍します。

    当時日本軍は、ビルマと中国雲南省の国境付近で、騰越(トウエツ)、拉孟(ラモウ)、龍陵、芒市といった要地を守備していました。中心となったのは、福岡、佐賀、長崎県出身者からなる龍兵団です。
    しかし反攻に転じた連合軍の大軍の中で孤島状態になり、昭和19年9月7日には拉孟守備隊約1260名が、9月14日には騰越守備隊約2800名が玉砕します。

    作者の所属する第2師団は、これらの守備隊の救出を目的とする「断作戦」に従い龍陵に向かいます。
    この小説は、その龍陵での戦いを描いた作品です。

    前作「断作戦」では、騰越玉砕の様子を、数少ない生き残りの一人を主人公にして描いていました。
    今回の主人公は作者自身です。自らが従軍した龍陵での戦いを描いています。

    戦場がテーマだけに、戦いの様子を詳しく描いた作品と思われるかもしれませんが、それだけではありません。
    前作でもそうだったように、作品は、現在の主人公の日常を描きながら、当時の戦地の話に戻るというフラッシュバックの形で進みます。そしてそれにまったく違和感がありません。

    作者の焦点はあくまで現在にあります。現在生きている主人公にとって、あの戦争はなんだったのか、一言で言ってしまうと薄っぺらになってしまいますが、主人公の関心は、今生きている自分や妻や、歳月を経るごとに少なくなっていく、あの場所で戦争に巻き込まれた同世代の兵士たちにとっての戦争の意味、現在生きていることにおけるその意味なのだと思います。
    だからこそわれわれがいま読んでも、じわじわと興味がわいてくる、充実した小説になっているのだろうと思います。

    今回は本人が主人公であるあまり、生の感想が繰り返し出てきて、またかと思いますが、気になるほどでもありません。

    また、戦争がテーマですが、この作者の作品は肩に力が入っておらず、無理がありません。特攻隊員として生き残った島尾敏雄の強烈な凝縮性と較べると、じつに対照的です。
    あちらももちろんいいのですが、こちらの肩の力の抜け加減というのが、日常の安楽さというか、初夏のノーネクタイの半袖シャツの感じというのか、そうだな、家をどこかが開け放ってあって風が吹いている感じといったらいいのかな。こういう話を読んでそう思うのも変ですが。

    「断作戦」、「龍陵会戦」、そして次の「フーコン戦記」。
    これで三部作。
    いずれ読んでみたいと思います。

    ところで私が行ったのは、ミャンマーの首都ヤンゴン(旧ラングーン)からヘーホー、タウンジーを経てメイクテーラへ。
    サガインヒル、古都マンダレー、メイミョウ。それからマンダレーにもどりヤンゴンへ。

    この物語の舞台となった龍陵近辺は、当時、反政府組織が活動していて、行けませんでした。
    (騰越、拉孟、龍陵は中国領ですから、中国側からならもちろん行けます。)

    地図を見ると、まさに中国雲南省との国境の山岳地帯で、アジア大陸の奥地のこんなところで、激闘を繰り広げていたかと思うと、なんだか呆然とします。

    ミャンマーにはその5年後に、また行けるチャンスがあったのですが、仕事の都合がつかず、断ってしまったのはいまでも残念です。
    ミャンマーは、映画に出てくるような坊さんがホントにたくさんいる国です。
    マンダレーヒルで見た落日は見事でした。

  •  初出は『文学界』1983.1-1985.8。初版は1985年、文藝春秋社より刊行。
     前作『断作戦』と同じく、1944年8月-9月、中国・雲南地区での〈断作戦〉が主な話題だが、前作とは異なる私小説的な語りの形式で綴られる。

     〈私〉は、福島と宮城の「勇兵団」の生存者を訪ねては、龍陵附近での戦場の記憶について語り合う。それは、司令部付きだった〈私〉が体験しなかった、激しく、次々と兵が死んでいく戦場だった。〈私〉は、九州の人たちに比べればはるかに口が重い東北の元兵士たちと逢うたびに、自分にとっての〈その時〉を思い出す。何度も何度も思い出し、そのたびに、新たなことを思い出す。
     生存者たちが敵の圧倒的な砲火にさらされ、無能で人望のない指揮官にコマのように動かされていた〈その時〉、自分はいったい何をしていたのか。自分は〈その時〉、召集前後に相次いで命を落とした母と妹のことを、ただ追懐していただけではなかったか。
     
     戦場の経過をつぶさに聞き出していく〈私〉が折に触れて、「その時何を考えていたのですか?」と問うているのは、ある意味で、空想に耽っていた当時の自分の不確かさにとまどっているからでもあろう。病気になったり病気になられたりしながら、〈私〉がなお戦争の記憶を語る言葉を集めることを止めないのは、単なる使命感からだけではないだろう。〈私〉は、戦争で自分が変わってしまったかを確かめたいのだ。そして、戦争〈ごとき〉で変わるような自分ではないことを、確かめたいのだ。

  • 『断作戦』は、1日で読みきることができたのであるが、
    今回は時間がかかった。
    率直に言って 面白くないのだ。

    断作戦は 龍師団を中心に描くことにポイントをおいていた。
    断作戦 とはちがって 自ら体験したことを物語にしている。
    何を伝えるのか?
    がより鮮明になっているが・・
    どうも、心もとないのだ。

    『思う自分だけが自分だ。私には思うことだけしかできないし、
    思うことだけはできるのだと私は思っていた。』

    断作戦に出てきた『浜崎』が、古山高麗雄だったんだろう。
    この言葉のもつ意味は・・・
    一体どこにつながっていくのか?
    とにかく、遅れながらも 隊列についていき
    マラリアにかかったりして、野戦病院のなじみになり
    銃弾が飛んでくれば 歯を鳴らしながら震えている
    自信のない兵隊が、著者の 古山高麗雄だった。

    時間的経過を淡々と追及する ということには、
    好感が持てるが、
    本来その中にあるドラマがきちんと構成できていない
    ということ・・・
    戦った、死んだ、後退した・・・ということの羅列すぎる。

    この本を半分読んだときに
    『心もとないのだ。』とおもった。

    老いていくことに戸惑い
    記憶が薄れていくことにおそれる
    著者の姿が浮き彫りになる。
    著者の『個人的な状況』を前面に押し出しすぎている。
    著者の65歳という年齢がそうさせるのかなぁ。
    生き残った戦友たちが鬼籍にはいっていくことが、
    著者の恐れを増幅させる。

  • 肯定も、否定もできない、戦争。

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