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この作品からのみんなの引用
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多数決原理の基本は、人間それ自体を対立概念で把握し、各人のうちなる対立という「質」を、「数」という量にして表現するという決定方法にすぎない。日本には、「多数が正しいとはいえない」などという言葉があるが、この言葉自体が、多数決原理への無知から来たものであろう。成否の名言できること、たとえば論証とか証明とかは、元来、多数決原理の対象ではなく、多数決は相対化された命題の決定にだけ使える方法だからである。
― 77ページ -
熱いものにさわって、ジュッといって反射的にとびのくまでは、それが熱いといくら説明しても受けつけない。しかし、ジュッといったときの反応は実に巧みで、大けがはしない
― 213ページ -
空気の拘束、情況の拘束、一君万民の拘束、隠し合いの拘束、それらの拘束で成り立っている社会で自由という言葉を口にしたら正直者は笑い出すであろう
― 167ページ
みんなの感想・レビュー・書評
『「空気」の研究』1983年(初1978年) 「空気」とは大きな絶対権をもった妖怪である。 何しろ海軍の首脳に「作戦として形をなさない」ことが「明白な事実」であることを、強行させ、後になると、その最高責任者がなぜそれを行なったのかを説明できない状態に落とし込んでしまうのだから。 ----- そういえば、途中で読むのを挫折した『日本海軍の戦略発想』千早正隆(1995)のp.37にも、... 続きを読む »
いちいち心に刺さる、現代日本人の必読書。
3.11の震災後の原発絶対反対は、すでに時代の空気になっていると考えられる。
少なくとも収束に百年単位の時間を要する代物が、「絶対反対」だけで済むはずがない。終わらせるためにこそ、冷静な判断が必要になるはずだ。
だが、難しいのも事実。何度も読み返して、血肉にしたい一冊。
日本人論の名著。
著者の山本七平は、戦争中に従軍した壮絶な経験を私の中の日本軍という本にまとめられております。戦後、自身で出版社をおこされ発言を続けられた方です。日本人論にとどまらず、キリスト教、ユダヤ教に関する著作もあり知識の深さと広さに圧倒されます。戦争の経験がその後の著者の人生に大きく影響したものと思われ、戦争を知る世代がどんどん減っていくこれからにこそ、もっと読まれるべき本だと思います。著者自身に非常に興味がわきますが、この本はそんな山本七平の代表する著書です。日本人を強烈に支配する空気について書かれており、読んだ実感としては、戦前戦争中と現在、深いところでは何も変わってないのではということです。開戦の決定の際に、場の空気でなんとなく決めてしまい、その後の悲惨な結果を生み出すという構造。今でも十分ありうることです。
先の大戦に従軍した筆者がその経験をもとに今なお引き継がれる日本社会のネガティブな面を考察。我々の知らない戦中から戦後にかけての事例を現代社会との関係で問題提起した視点は貴重であり、それこそ筆者の言う「情況」の記録としても有用である(「情況」の正確な伝承が不可能なことを筆者は指摘しているのだけれど)。
しかし一方で、提起した問題に対する考察には粗さが見られる。例えば、この後の様々な作品にも引用される戦艦大和の出撃という不合理な決定が、物質・物体(ここでは大和)の臨在感による支配に帰せられてしまう。
そこは日本的集団に潜む意思決定メカニズムとその存続理由を追求すべきだと思うのだが、本書の役割は問題提起であって解明は他の優れた文献と補完し合うべきなのだろう。それだけ遠大なテーマなのである。
はやりものかと思いきや
予想外の1970年代の本
ただし、その内容は確かに今に通じる、
よくまとまった本。
また、空気と水の対比や比喩が、すっと心に落ちる
自由とは、水をさす自由
戦時下では、空気が固定化されて水をさせなくなった。
水を差すことで、場の倫理としての空気に、個の倫理としての水を入れる。
日本文化の基盤は、場に適時絶対的な信仰対象?を持つことができ、
それを水を差すなどで変転していける点にある
よい内容、分析だと思うが
空気と水というタームの印象が強すぎるせいか、論理自体に新鮮味が感じられない(70年代だからあたりまえかもだが)
誰もが一度は直面する日本特有の権力、「あの場の空気」。これに対して宗教的見地から考察した結果見えたのは、日本文化の特徴とは宗教の不在ではなく宗教の過剰なのではないかという興味深い逆説。実際、この「空気」を英訳しようとすると、それは「エアー」ではなく「アニマ」、霊的なものに言い換えるしか説明ができないのだ。また一神教なら絶対的な神以外全てのものは相対的な存在なのだが、多神教だと絶対的なものが乱立するが故に意見を相対化できず、議論が成り立たなくなるのだという指摘には確かにその通りと関心させられた。
この本が出たのが1977年。「戦後30年たってるけど何にも変わっちゃいない」という考えに貫かれているけど、さらに30年たった今もまるで一緒。
イタイイタイ病のカドミウムを放射能に置き換えたら……完全に一致。
読了。すべてを理解したわけではありませんが、為になりました。その場の空気の力は、強力ですね。論理で抵抗してもどうしようもない場合もある。「水」をさし続けて、ダメならその場から逃れるのは1番よさそうです。決断できない、考えたくない、こういうことで変な空気が発生しそうです。難しいですが、みんなが様々な意見を出せる雰囲気を作れば、変わっていくと思います。
空気を読む、という単語は最近のものかと思っていたが、非常に昔から日本では使われていたらしい。
戦時中の戦略/戦術の決定、実行にもこの言葉が現れていて驚き。
知人の紹介で、積んでた本を読了
事例はイタイイタイ病等社会的なものが多く挙げられているが、私の日常生活で経験する事例を思い浮かべてみると、思い当たる節が多かった。
日本の空気という海外では理解されていないものに関して事例を挙げて説明している本です。アミニズムって日本独特のものなのかい?
良書。場を支配する空気がどのように醸成されるかについての研究。前半の空気の研究は読みやすいが、後半の水の研究は難解。後でもう一度読む。
空気と水の関係の、妙。
例えは易しくわかりやすいのに、書いてあることは難しい。
深く読みたくなる。
空気に支配される、という感覚、よくわかる。
鎖国できちゃう国だもの。
水を挿す、という言葉は、かなり的を射てるんだな。
ジュッとなった時の反応、段々下手になってきているよ。
大丈夫か?
借りて読んだけれど、再読・再再読したくなりそうなので、購入しようかな。
江戸、明治時代には「その場の空気に左右される」ことを「恥」と考える文化があったのに、いつの間にかそれが絶対権威化して太平洋戦争に突入していったように、現在でも事の大小に関わらず至る場面で我々の判断を狂わせるのはなぜか。この空気の正体は何か?に迫っている。 この「空気」を一言で言えば、「臨在感的把握の絶対化」ということになる。ものに感情移入させ、それを絶対化することで人の行動を支配する。つまり... 続きを読む »
「空気」の奥深さというか底知れぬ深淵の片鱗を見せてくれた本。偶像崇拝など西欧との考え方との比較も非常に得心が。この国で生きる以上、この国に住む魔物は知ることで、ある程度の不条理も条理として納得できるのかもしれません。
結論から。宗教について全く学がない私には、『日本的根本主義について』の章は難しいものでした。 しかし、福島原発事故以来世の中を取り巻いている雰囲気をこの本から少し解説されたように感じます。 「空気」の研究とは、端的に言えば、その雰囲気で人々が合意を図るその意義を探求しようということだと思います。 様々な科学的な、物質的な要因があるにも関わらず、その場にいた人々以外には不可解な結論を出している日... 続きを読む »
「空気を読む」の「空気」っていうのがよくわからなくて興味を持ち、読みました。日本のコンセンサス社会の風潮が感じられる内容でおもしろかった。
世界史の知識が乏しくてルターの宗教改革のあたりがあんまり理解できなくて残念。でももう一度読みたい。

「空気は読むもんじゃない、切り裂くもんだ」というのは知り合いのめんどくさいおっさんの言葉なのだが、本書を読んで、そのおっさんの言葉がようやく自分の中で咀嚼できた気がした。
普段生活をしていると最...





